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帰省中でさえも私は、それらの「決意」を持つことができなかった。
まだ、自分の「弱さ」や「ずるさ」を認められなかった。
しかし、そのことに気づくきっかけがあった。
帰省中、私たち家族は、実家の和室で寝ていた。
私達夫婦は、息子と一緒に川の字になって寝ていた。
深夜になり、息子がまた、いつものごとく、夜泣きを始めた。
いつもなら少しあやしたり、授乳すると、落ち着くのだが、その時、息子は泣き続けた。
慣れない場所だった、ということもあるのだろうか。
とにかくしばらく泣き続けて、私も妻も少し苛立ち始めた。それでも泣き止まない。
すると、なんと母親がいきなり私達の寝ている和室の戸を開けて、入ってきた。
そして、こう言ったのである。
「お母さん(私の妻)が起きてくれないんでしょう?」
私の息子にそう言いながら抱きかかえようとしたのである。
すると妻が、「違います!」と大きな声を上げた。
それは、いつもおとなしい彼女の、いつもやさしい彼女の、心からの「悲鳴」だった。
私は、その「悲鳴」を聞いて、はっ、と気づいたのである。
私の母親の「異常性」「ずるさ」、「邪悪さ」に気づいたのである。
そして私もまた、このように妻を傷つけていたことに気づいたのである。
ここでのポイントは、妻は、その時、一生懸命、息子をあやしていた、ということである。
決して「寝ていた」わけではなかったのである。
そして、これまでも妻は、私の母親や父親のように「有償の愛」で息子に接したことは一度もなかった、ということである。
その時、私は、はっ、と気づいたのである。
その妻に対して、この「おめでたい」私の母親は、「お母さん(妻)が起きてくれないんでしょう?」と言ったのである。
しかし、母親は、その言葉を無意識に言っているのである。
少なくとも表向きは、妻を傷つける意図はないのである。
「表向き」というのが重要な点で、その裏には、「孫の面倒を見たい。嫁は邪魔だ。」という意識があるのである。
その行動を通して、「私の妻は不完全な嫁である」という虚構の「劣等感」「罪悪感」を私にも妻にも植え付けようとしているのである。
母親が私に何度も何度もしてきたような間接的「罪悪感の植え付け」をここでも堂々と披露しているのである。
その場は、母親に出て行ってもらった。
しかし、その時、私の母親の「残虐性」に気づくと同時に、私の「残虐性」にも気づいたのである。
母親の「愛する人への無関心」に気づくと同時に、私の「愛する人への無関心」に気づいたのである。
その時の妻の涙を忘れることができない。
次の日、私は、母親の行動・言動をどうしても許すことができず、母親に詰め寄った。
妻には内緒にするため、二階の私の部屋に連れていき、詰め寄った。
すると、
「赤ちゃん(私の息子)が風邪をひいてしまったかと心配になって。私がなんとかしないといけないと思って。」
という、「うぬぼれた」ことを言うのである。
決して謝ることをしない。
自分の「弁明」を繰り返すのである。
「自分を褒めて!自分を認めて!」が止まらない。
私は、ただただ、呆れるのである。
私は、今までの「自分」というものを客観的に見ることができたのである。
それに気付かせてくれたのは、いつも近くにあった二つの「光」だったのである。
神様が与えてくれた、温かい二つの「ぬくもり」だったのである。
両親の専売特許である、罪悪感の植え付け。
それを無意識に実行していた私。
その事実に今まで気づかなかったのである。
私は二つの「光」を「愛している」と思っていたのだ。
うぬぼれていたのである。
それは、「有償の愛」だったのだ。
私の両親から引き継いだ「有償の愛」を二つの「ぬくもり」に与えていたのである。
それを「愛している」ということにしていたのである。




