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修士課程と同じ大学の同じ研究室に再入学した。
表向きの動機は、「博士号」を取得する、ということだが、本当の動機は、「支配からの逃亡」であった。
その「支配」とは、「父親の支配」であり、会社という「社会の支配」であった。
その恐怖から、私は逃亡したかったのである。
もちろん、その当時の私は、その「逃亡」をはっきりと認めていなかった。
ただ、感覚として、「得体の知れないものから逃げている」という「ほのかな感覚」があったのである。
しかし、私は、その「ほのかな感覚」に、向きあう勇気も覚悟もなかった。
「自分には足りないものがある」という劣等感を抱えて、新たな「支配先」である「指導教官(教授)」に傾倒していくのである。
「自分に足りないものの正体」がわからないのである。
「自分は、本当は何が欲しいのか」がわからないのである。
かと言って、それを突き止めようともしないのである。
ただ、「大学の学部・院時代に空虚な競争を繰り広げた」という、「後悔」や、「劣等感」を背負って、大学に戻ってきたのである。
博士課程に入学して、自分に足りない「何か」がわからないまま、その「何か」を求めて、一生懸命頑張った。
大学の学部・院時代からの「劣等感」を埋めるように、頑張るのである。
しかし、なかなか、その「劣等感」を埋めることができないのである。
「充実感」を感じることができないのである。
そこで、その青年は、指導教官に「アメリカに行きたい」と申し入れる。
なかなか埋まらない、自分の「劣等感」や「不安」、「恐怖」を解消したかったのである。
青年のその行動は、「戦場からの解放」を求めていたのである。
「なんでこんなに戦ってきたのに、いつまでも勝てないんだ!」「断崖絶壁を走ってきたのに、なんでまだそれが続くんんだ!」という、「怒り」、「みじめさ」、「悲しみ」、「憎しみ」がそこにはあった。
しかし、その感情に、当時の私は、一向に気がつかないのである。
ただ、どんよりとした「憂鬱」に浸るのである。
そして、相変わらず、周囲の他者は、自分の生存権を脅かす「脅威」なのである。
あの時、戦場で震えていた少年は、体は大人になっても、まだ、同じ戦場で「恐怖」や「不安」に怯えていたのである。
そこから逃げても逃げても、それらは、解消されない。
予備校に入っても、大学に入っても、会社に入っても、読書をしても、友人と遊んでも、何をしても解消されないのである。
そして、アメリカに逃亡しようとするのである。
しかし、この時期に、その後、妻となる女性と出会うことになる。
この女性が、その怯えていた少年を癒し、慰め、そして、愛して「戦場から解放」するのである。
今思うと、この出会いは、神様が私に与えてくれた最高の贈り物だったのである。
それは、戦場で一人怯えながら生きてきた少年に、そして、暗闇を歩かざるを得なかった少年に、温かい光をかざしてくれた瞬間だったのである。
高校時代のテスト欠席、就職活動、会社員時代、その三回の神様が与えてくれた「機会」をことごとく棒に振ってきた、その青年は、その女性との出会いを通じて、「得体の知れないものの正体」に気づいていくのである。
ただ、その「気づき」に至るまで、妻との出会いから四年ほど経過するのであるが。




