幕間~平穏なる日常⑤ 初めてのデートは
正樹とデートの約束をしていた女性の視点を描いてみました。
デートすっぽかされたらどうします?
雨が降っている。降っているというレベルではなく土砂降りだ。
これは今日の予定は変更せざるを得ないだろう。
彼女の希望で今日の行き先は全国でも珍しい淡水魚専門の水族館だったが、流石にこの土砂降りでは自動車での長距離移動もままならない。
駅前のカフェから覗く風景も灰色に沈み、人通りは極めて少ない。カフェ内のテレビでもニュースキャスターが不要不急の外出はしないようにと呼び掛けている。
どうしたものか。
彼女はため息を付く。雨女であることは自覚しているが、流石に初デートでこれはないのではないだろうか。
落ち着いたブラウンで統一されたカフェ内の壁に掛けられた時計はまだ十時半を指している。黒の地に文字盤と針が白の時計はおしゃれでカフェの雰囲気とも合っている。
雨が降っていたため、早めに家を出て来たのだが早過ぎてしまった。約束の時間までまだ三十分もある。
まるで楽しみで楽しみで早く来すぎてしまった子供のようだと気恥ずかしくなる。
いやいや、時間厳守は大人の基本だ。大体、行きたいと言ったのは自分だが誘ったのは向こうの方だ。などと取り繕っても、そこは心の声だ。誰が聞いているわけもない。
夜の街中で助けられた時に見覚えがあったのは考えれば当たり前だった。向こうは覚えていなかったようだが、二人とも同じゲームセンターにたむろする常連で、閉店まで遊んではゲームセンターの店員もまじえて朝までバカ騒ぎする仲間の一人だったのだ。
当然、大勢いる仲間の一人で、名前すらちゃんと聞いたこともない間柄だった。そんな堅苦しい出会いはその場の誰も望んでいない。ただ、一時集まって憂さを晴らし、明日への活力を得るためだけに皆がそこに集まる。そんなメンバーの同士であっただけだ。
彼女の堅苦しい会社では多くのストレスがたまる。勿論やりがいのある仕事ではあったが、正義感や情熱といった感情に暑苦しさを感じてしまうほどにはドライな性格だった。
だから、彼女の夜遊びはひっそりと会社の人間に知られないように行われている。ただゲームセンターで深夜まで遊んでいるだけで不良と言われたのだ。子供でもあるまいに、それは何時代の発想だと思うがそれが現実だった。
例の一軒の後、友人として話すようになってからもゲームという共通の趣味があるせいか話も弾まないこともない。
相手は少し口下手な所があるがその分彼女がおしゃべりなせいか、気まずくなるような無言の時間が長続きすることもなかった。
待ち人が来る前に別のデートプランを考えておかなければと、テーブルに置かれているコーヒーを飲みながら考えていると、カフェ内のテレビの上部に速報のテロップが入った。
台風の影響でどこかのダムが決壊し、その流域が氾濫したというニュースだ。
「……あれ?この川って……」
見覚えのある川の名前に、思考が止まる。間違いなく同じ県内の川だ。
そういえば駅前にも大きな川が流れている。ニュースで決壊の知らせが出ている川ではないが、の場所も安全ではないのではないだろうか。
頬杖をついていた顔を上げてもう一度窓の外を眺めるが、の場所からでは駅の先にある川は見ることができない。
電車が止まるのも時間の問題のような気がしてきた。
「……これは、中止かなぁ……」
ため息が漏れる。
電車が止まる前に帰る事を検討しなければならないようだ。相手に連絡を入れて予定の中止を告げようとスマートフォンを取り出すとそれが急に震えた。
約束の相手からの着信だった。
「……はい」
『良かった繋がった。ごめん、約束したんだけど、行けなくなってしまったんだ』
「……うん。この天気じゃやめた方がいいと思って私も連絡しよいうとしてたところよ」
『いや、天気もあるんだけれど、友人が今洪水の近くに行ってる筈なんだ。ケータイで連絡してるんだけど繋がらなくて……』
「えっ?!」
『心配なんで近くまで行ってみようと思っているんだ。だから今日はごめん』
「ちょっと!そんなことしたらあなたまで巻き込まれてしまうかも知れないじゃない!!」
『俺は大丈夫、危ないとこまでは行かないから』
危ないところがどこまでかなんてどうやって判断するのよと思いながら言い返そうとするがその隙を与えず相手が捲し立てる。
『この埋め合わせはいつかするからごめんよ!』
そのまま一方的に電話は切られた。
「もうっ!男っていうのは何でこう後先考えないバカが多いのよっ!」
ガタンとスマートフォンをテーブルに叩きつけるように置いて彼女は憤る。
洪水の近くに行ったところで何ができるんだと思う。
鼻を鳴らすと、最後のコーヒーを飲み干して彼女は荷物をまとめて立ち上がった。イライラを隠しもしない歩き方で店を出ていく。
折角のデートはまた後日になってしまった――。




