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一話 学生と呼ばれた悪霊 


 あの頃が、私にとって最も優しい時期だったかも知れない。平凡とは、言い難かったが、普通に学校に行って、普通に勉強して、普通に友達と遊んでいた。私は中学二年生だった。


 私は今、一枚の手紙を手に持って、学校の屋上にいる。この手紙はいわゆるラブレターと言われるもので、私は今、私を呼び出した相手を待っている所だ。本当はこんな有りがちなシチュエーションに胸をときめかせてもいいのかもしれない。

 けれど、私の心はドキドキどころかイライラしている。理由の半分は、呼び出しておいて、既になん十分も待たされていること。もう半分は、こういう人を嘗めた真似をする場合は、大抵……


 「まじで、きやがった! お前みたいな奴に告白する訳無いだろ。バーカ!」


 こういうクソみたいな悪戯だからだ。屋上に現れた同じクラスの男子どもは顔をニヤニヤと歪ませて、こっちを指差し笑ってくる。


 「なあにー? 待っちゃった? 告白されるんじゃないかと思って、この寒い中何十分も待っちゃったの? ぷくくくっ」


 心底イラつく顔でおちょくってくる男子ども。そんな彼らを見て、


 「ゴッド・ブロォーーーっっ!!」

 「ぷぎゃーーーーーっっ!!??」


 容赦なく全力のアッパーを食らわせてやった。アホどもは、勢いに押され尻餅をつく。一発かまされただけで、彼らは涙目だ。

 そんな情けない姿を見て、私は溜め息を吐く。

 こうしたやりあいは今回が初めてでは無い。話は一年程前に遡る。

 このグループのリーダーにして私の幼馴染、大木俊平。当時、奴には好きな女の子が居た。流石に幼すぎて美しいとは言えなかったが、他の女の子に比べて垢抜けていて、確かに可愛らしい少女だった。その為、他の男子どもにも人気があったが、当時何故だか委員会やら席やら何やらが偶然奴と被っていたらしく、奴は妙な自信を持って彼女に告白した。

 そして、見事に玉砕した。それだけならば、問題が無かったが、そのお断り文句に問題があった。なんと、彼女は私に惚れていたらしく、他の人など眼中に無いとまで言い放ったらしいのだ。ちなみに、私は女子で彼女も女子だ。

 そんな話を聞いた奴は激怒した。そして、私に喧嘩を売りに来た。なので、私は適当にいなした後、彼女に告げ口し、奴は完全に彼女に嫌われた。


 そして、それからだ。奴がこうして面倒臭い絡みをしてくるようになったのは。

 私は一つ、大きく溜め息を吐いた。

 


 私は六王子 未来。中学二年生の女子で、あだ名は『王子さま』。子供の頃から何故か背が高く、髪も短く、気も強かったために、『男より男らしい王子さま』なんて呼ばれてしまっている以外は普通の女子中学生だ。

 何故か私を見て目をハートにしている女子と、それを恨んで絡んでくる男子に囲まれ、頭を悩ませながらもそれなりに楽しい学校生活を送っている。

 最近バレンタインが近づくにつれて、女子のストーカーと男子の暴走が増えてきたのがもっぱらの悩みだ。

 そのことを親友の空木(うつぎ)葵に話すと、


 「今更ね。毎年の事だし、いい加減になれたら?」


 の一言でぶった切られてしまった。私はベッドに横たわって、文句をつける。


 「何だよー。毎年の事なんだからつらいんじゃないか。もう少し親友を労わってくれよ」


 頬を膨らませるも、「他の女子が見ている所でその顔はしないでね。嫉妬で刺されるから」と訳の分からないことを言ってスルーされる。なんだよ、もう。


 今は放課後で、ここは私の家の自室である。あの屋上での出来事で気分を悪くした私は、愚痴を言う為に親友を家まで呼び出したのだった。とはいえ、その親友も反応が冷たく、私が愚痴を言うだけになっている。もっと共感とか慰めとかしてくれてもいいのに。

 そんな文句を言うと「そうして欲しいのなら、他の子を呼びなさい。どこぞの女子が聞いたら喜んでやってくるわよ?」の一言で黙らされた。実際、親友の無関心さに助かっている所もあるので、それ以上は文句は言わない。

 とはいえ、愚痴は愚痴として続かせてもらう。


 「でもさぁ、何で女子ばっかにしかもてないんだろ? 男にももてるんなら、少しは役得を感じられるのに」

 「傷ついた子を放って置けなくて優しく宥める包容力、何かあれば身を挺しても他者を守る男気、そして、目の前の敵を射抜く鋭い眼光。男からすれば可愛げないかわりに、女からみれば魅力のある男ね」

 「男じゃないけど!? っていうか包容力と男気はともかく、鋭い眼光って何!? 私そんなに目付き悪い!?」


 私は心外だと叫ぶが、親友は「何を今更」と眉を顰め、


 「正直、私でも怖いと感じる時があるわよ。特に寝起きは最悪ね。邪神か何かと思ったわよ…………まぁ、それがいいって盛り上がっている女子も多いのだけど」

 「ちょっと!? 最後何をつけた!? 何言ったあぁぁぁぁぁっっっ!???」


 狭い部屋の中で、私の絶叫が鳴り渡った。





 「で、どうするの?」


 ひと悶着の後に、親友が突然言ってきた。


 「どうするも、何も……どうにもならないって、嘆いているんじゃない」


 女子にもてるのも、男子に反感を抱かれるのも、自分でどうにかなる物でない。というか、どうにかできるものなら、とっくにしている。しかし、親友は首を振った。


 「そっちじゃなくて、あっちの話よ」

 「?」


 よく分からない言葉に、私は首を傾げる。ちゃんと主語を明らかにしてくれなくては、分からないぞ、親友! そんな事を考えていたら、とんでもない爆弾を落とされた。


 「バレンタインよ。好きな先輩がいるんでしょ? 渡さなくていいの?」


 再び、私の絶叫が部屋に木霊した。お隣さんに聞こえてないことを切に願う。






 「で、どうするのよ?」


 親友は紅茶を飲みながら、興味無さ気に聞いてくる。私は返事に困った。


 「いや、だって。こんな男女から渡されたって困っちゃうだろうし、渡さないよ」


 私は小さくなって言った。顔が赤らんでいるのが分かる。私が恋をしたのは、陸上部の先輩で、委員会の時に少し話した事があるだけだったが、その優しい人柄に惚れてしまったのだ。

 

 「……あんたね。そんな事言ってたら一生男できないわよ」

 「ふぐっ。い、いや、でも、私みたいなのでも良いって言う奇特な男性が現れるかもしれないじゃん?」


 私の反論に、親友は溜め息を一つ吐き、


 「だから、あんたの大好きな先輩がその奇特な男性かもしれないでしょ? 違くても別に貰って嫌な気はしないでしょ。気にせず渡してきなさい。10%ぐらいは上手くいく可能性があるから」

 「10%かよ! そんな具体的な数値は聞きたくなかった!」


 正論をぶち込んできた。私の精神的ダメージが大きいので、素直には頷けないが。


 「何を言ってるのよ。動かなければ可能性は0よ。黙っていて男が寄ってくるような容姿である訳でも無し。自分で動いて掴み取らなきゃ、一人寂しく老後を迎えることになるわよ」

 「やーめーてーっっっ!!」


 ちくしょう、この(しんゆう)私の精神をガンガン削ってきやがる。一人寂しく縁側で茶を飲んでる老後の自分を思い描いてしまった。……結構リアルに想像出来てしまった為にダメージが深い。


 「で、どうするの?」


 項垂れる私に向かって、親友は再度尋ねてくる。声色が呆れている。ちくせう。何だもう少し心配してくれよ。構ってくれないと寂しいんだぞ。……まあ、それはともかく。


 「……じゃあ、渡す……………………」


 私はぶすっとした声で言った。本当は親友が心配して言ってくれているのは分かっていたが、こうもがんがん口撃されると、素直に話すのも気が引けるのだ。


 「なら、がんばらなくてはね」


 それでも、そんな私の気持ちはお見通しなのか親友は綺麗な笑顔を見せてくれた。





 先輩にチョコを渡すと決めた私は、親友の指導の元、チョコ作りに精を出した。


 それはもう、全力で精を出した。私の女子力が無さ過ぎるのも問題だったが……あの鬼教官(しんゆう)が酷かった。本の些細なミスも指摘し、自分では結構上手く出来たと思っても駄目だしされ、やり直し。失敗作の山も自分で処分し、口の中が甘ったるくて仕方なかった。 正直、しばらくチョコは見たくも無いと思う。


 なにはともあれ、鬼教官(しんゆう)のお蔭もあって、無事にチョコは完成した。正直もう一度やれと言われても出来ないレベルの一品だ。これが出来た時は、親友共々手を取り合って喜んだ。


 そして、バレンタイン本番である今日、憧れの先輩にチョコを渡すべく、いつもより早く私は家を出た。親友からは上手くいってもいかなくても報告するように言われてる。上手くいけばお祝いを、上手くいかなければ残念会を開いてくれるらしい。お祝いにしてやるから覚悟しとけと言っておいた。





 けれど、結局私はチョコを渡す事が出来なかった。


 その事を親友に報告することも、愚痴を言って、つまんないことで笑い合うことも出来なかった。


 私が、その日、異世界に召喚されてしまったから。



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