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情熱の行き場

どうしようもなく。それはどうしようもなく本当の情熱で、だからこそ何も纏わせることのできない言葉があって。挫けそうになるたびに、僕はまだ何かを信じている心の中をありったけの力で解き放つように叫んでいた。




<そんな自分も本当だけど、こうしてダラダラ過ごしてる>





昨晩友人と行ったライブの事を思い出しつつ半ば余韻に浸りながら、あれだけ叫んだのはいつ以来だろうかと考え始める。もはや体力が尽きてただ布団に転がっているだけのオブジェと化した男は、このいつまで続くか分からない弛緩をできるだけ長く味わっていたいと思っている。友人と好きなバンドが同じで、たまたま地元に近い会場に都合よくやってきた上にファンクラブでもないのに運よくチケットがゲットできたんなら、参戦しない方がいろいろ間違っているだろうなと感じた。夜の会場の独特の一体感でもはや自分の存在すら意識していない解放感は何物にも代えがたい。黒歴史にしがちな青春時代に熱く語り合った友人が同席したことで、一層特別な感情が沸き上がったのを覚えている。




『昨日のことだもんな。話をしたら彼女も行きたかったって言ってるよ』



『あんまり好きじゃないって言ってた記憶があるんだが』



『最近ヒットした曲をネットで見つけて、結構いいねって言ってた』



『今度連れて行ってあげたら?』




寝っ転がりながらスマホでやり取りしていると直に会った時とのテンションの違いを感じて変な気持ちになる。「彼女」の話が出てきたところで、少し気分が代わってきて、


「そろそろ何とかしないとなぁ」



と小さく声が漏れた。自分的には大きな決心を要する問題。実際のところ友人とバカ騒ぎして熱い語らいをしている一面とは全く違う、未だにナイーブな感性で迷いに迷っている気持ちの行く末を見守るように生きているような具合。異性で気になっている人がいるということなんて別に大したことでもないのに、殊僕についてそういう事があるならそれは秋空に桜の花びらが舞うような場違い感が漂う。それが良いことなんだという了解はある。だが、だからといってそこでどうしたらいいのか、相談もできないまま相談しないまま、それゆえ運よくおあつらえ向きの状況がやってきた場合には運命だと思って決心をしようと思っている。



「なにを馬鹿な…」



上記のような気持ちがあったとしても決意には至らず、自嘲気味にため息をつく僕。『職場恋愛は気まずそうだな』というぼんやりしたイメージで日々その人に惹かれてゆく己の気持ちを誤魔化している。たぶん、相手にはこちらが気があることすら感じさせてないだろうと思う。




そんな僕でも参ってしまうのは、おそらく相手がそれほど意識はしていないけれど「少し頼れる先輩」という体でそこそこ頼ってくる時の視線である。女の武器というわけではなく、ただ素直に信頼しているという事を隠さないでいる視線が僕にとっては微妙に心地の良いもので、できることならもう少し接近していたいという気分にさせる。尤も、これまでくそまじめに生きてきた性格が邪魔をしているのか、あるいは冷静に判断させてくれているのか、『相手の意図、期待することをなるべく正確に理解しようと努めよ』という誠実さが…誠実さへの努力につながってゆく。この前辛うじて、仕事で一緒に外出している時にその場の流れで昼食を取ったくらいの親しさだろうか。




「女心」について、ネットや一般論で聞きかじっているくらいではどうもよく分からず、むしろ先入観を持たないほうがいいんじゃないかと考え始めると…





そんなことを考え始めるループでいつも通りわけがわからなくなってきたところで、現実に立ち返る。どうせ仕事場でしか会えないのだから、一石二鳥的に明日の仕事に備えるのがいいんじゃないかと思い始めた。と、僕はそこで職場で使うステーショナリー、要するに文具の一つを紛失していたことを思い出した。無ければ無いで、どうにでもなりそうだけれど、あったらあったでストレスがない。そんな絶妙な「欲しさ」の文具を今敢えて買いに出かけるか…それはこれまた非常に悩ましい問題である。




結局、色々な都合を考えて買いに出かける事にした。





準備万端のつもりで家を出てすぐガスの元栓を閉め忘れていたような気がして戻って確認するという、僕の「あるある」を繰り返す。結局しっかり閉めていて、気を取り直すようにまた外に出たのだが、その微妙なロスによってなのかどうかは分からないものの近くの踏切に差し掛かったところで遮断機が下りる。




<「運が悪い」というよりは「間が悪い」だよな…>




精神衛生上、最近そう解釈することにしているけれど優柔不断な自分にとって「タイミング」というのは本当に大切な要素で、タイミングが良いからついでにやってしまうという事もなにかと多い。もちろん「万事塞翁が馬」であって、近視眼的にみれば間が悪くとも結局は…という事もあるのかも知れない。





それが証明されるようなことが起こるとは思っていなかったといえばそうだ。




何の因果だろう。本当にどういう事なんだろう。こんな偶然があってよいものか。僕は駅前で『職場の後輩』、『気になっている人』、その他諸々の呼び方を巧みに使い分けている当の、その人に出会ったのである。



「晃先輩!!」



「弥生さん!!」



お互いに気付いたタイミングがほぼ一緒だったのでなぜかこんな対面になってしまったけれど、休日で私服姿の弥生さんを見るのは新鮮といえばそうである。あーだめだ…もう…





そのあと「仕事中」という枠がないために、僕自身どういった対応をしたらいいのかわからずところどころしどろもどろになるのをなんとか取り繕って、「文具」を探しているということをなんとか伝えた。明らかに様子が違うのを怪しがって、



「先輩、今日なんか変ですよ。ふふ」



と笑われてしまう。



「そりゃあ、弥生さんに会うと思ってなかったから準備が…」



「何を準備する必要があるんですか?」



「えっと…それはその…」



こういう受け答えだけでも墓穴を掘ってしまいそうなので、



「あ、今日はどっか出かけてるんでしょう(見ればわかる)?近く?」



とやや強引に話を振る。



「えっと、私今日友達と約束してたんですけど、なんか来れなくなっちゃったみたいでこれからどうしようかなって思っていたところなんです」




「ほぅ…」



「そういえば私も文具見に行きたいような気もしますし、ついて行ってもいいですか?」




「え…?」




「だめですか?」




「だめだという事はないと思うよ」




こうなると一緒に文具を見に行くのが自然だろう。むしろここで断るほうが何か殊更に断る理由があるように思われてややこしい。



「じゃあ行きましょう!」



とどこか上機嫌で駅の中に入ってゆくときに、彼女がすっとスマホを取り出したかとおもったらちょっと困惑しているのが見えた。



「どうかした?」



「あの…非常に申し訳ないんですけど、友達、なんとか来れることになったみたいです…」



「あ…そうなんだ…ざ」




『残念だね』という言葉が出かかって、彼女にとって全然残念じゃないなと思いなおす。と思いきや、




「約束だったので…残念です…」




とお世辞ではなく本当に残念そうな様子を見せる弥生さん。僕の頭はここで「少なくとも用事がなければ一緒に出掛けてもいいと思っていた」、「いけなくて残念だと思っている」という情報を整理しつつ精査し、残念なのは残念なのだが、それほど悪いことでもなかったと結論を出していた。




「じゃあ、今度何かの機会があったらどこか出かけようね」



このセリフを僕は「何かの機会はそうあるもんじゃないけど」というニュアンスで言ったつもりだった。社交辞令ともまた違うけれど、期待しないような感じ。ところが…




「そしたら、来月とかどうですか?先輩が出かけるところとかぜひ教えてください!」



という具体的な提案なので、ますます混乱してくる。混乱したまま、



「う…うん。分かった。来月の予定は開けとく」



と答えてしまった。それは果たしてどこまで本気の事なのだろうか、自問自答しつつ予定だった文具を買いに移動する。痒いところに手が届くようなステーショナリーを扱っているそこそこ有名な専門店までやってきて、気もそぞろに文具を選んでいるとスマホにメッセージが入る。




『ライブさ、来月も近場であるらしいんだけどさ、どうよ?』




僕はこの返信ほど悩ましいものはないなとこの時思うのであった。それはある意味で語っていたすべてが凝縮されている選択でもあって、、、




<まさか彼女をライブに誘うっていう、アクロバティックがあったりするのだろうか?>




などと不思議なこと考えていたのだった。

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