第六話
ユーイング老が薦めた宿はかなり立派な建物だった。
周りに匹敵する建物は他にない。遠くに見える冒険者ギルドが何とか張り合えるぐらいか。
小国といってもその国一の宿で、国名を名乗るのを許されるだけはあるな。
と、感心した。
正面入り口から中に入ると、五人座れる丸テーブルが十席と、
左端の厨房が見える位置にカウンター席がこれまた十席あった。
まだ夕暮れには早いのかテーブルは二席、カウンターには一人しかいない。
右端を見ると二階に上がる階段があり、右奥の開け放たれた扉の奥は酒場らしい。
奥の酒場への入り口は裏にもあるみたいだな。
俺はカウンター席にいき今日のお奨め料理を注文した。
給仕は俺が年若いのを見ると金はあるのか聞いてきた。
「ここの料理は一食金貨何枚いるんだ?」
と、言いながらカウンターにリーガントレット金貨を一掴み分、大体二十枚ぐらいを出し置いた。
給仕は慌てて失礼しました。と頭を下げ、厨房に注文を通した。
給仕が厨房から戻ってくると盆の上にコップが乗ってて、
「果実を搾った飲み物です。先程の失礼のお詫びです。」
と俺に差し出してきた。
俺は「ありがたく貰う。」と、言い質問した。
「ここは宿もしているんだろ?泊まりの手続きはどこでやるんだ?」
「はいお客様。泊りの手続きは二階に上がるとカウンターがございますので、そちらでお伺いをしています。」
「ありがとう。」
俺はそれを聞き、銀貨を一枚チップで渡した。
給仕は驚きで目を見開いて何か言おうとしたが、
俺は手を振り「気にせず取っておけ。」と言った。
まぁ普通はチップと云えば銅貨だからな。
俺は内心ニヤニヤしながら料理ができるのを待っていた。
予想以上の出来だった料理でかなり満足した。
値段も手頃な銀貨三枚だった。(注)一般民の一人頭の一か月の食事平均額が銀貨三枚)
さて買い物をする前に寝床を確保しとくか。
俺は二階に上がった。
ふむ。階段を上がりきった所に、
下にあった五人用の丸テーブル四つ四角に並べれる広さの空間とカウンターがあり、
二人のフロントクラークがいた。
俺はカウンターに行き声をかけた。
「十日ほど泊まりたい。部屋の条件はダブルで風呂トイレ付きだ。
あと貴重品とか置かないので掃除の出入りは昼頃で頼む。
他には俺の名前を聞き用がある者が来たら深夜や早朝関係無しで通して良い。」
「はい。少しお待ち下さい。」
少し年配のフロントクラークは表情を変えずに淡々と空き部屋確認をしているが、
もう一人の若いフロントクラークは、俺の若さとスラスラ条件を言う態度に戸惑った顔をしている。
「お客様、条件に合う部屋に空きがありました。」
「良し。全額前金で払う。あといきなり帰って来なくなる事もあるので心に留めて置いてくれ。
俺の名はブリッジだ。」
「ブリッジ様ですね。では一泊金貨一枚ですが十日間で金貨九枚と銀貨五十枚を頂きます。」
「うむ。金貨十枚からで。」
「はい。確かに。大銀貨五枚をお返しします。それとこれが部屋の鍵です。
では案内をいたします。私はこの方を部屋まで案内するからフロント業務を頼む。」
さすが年配のフロントクラーク、淀みなく手続きを済ましたな。
若いフロントクラークは、俺が無造作に金貨十枚だすのを慄いた目でみていた。
「ではお客様、私のあとを着いて来て下さい。」
「うむ。案内したまま振り返らないで聞いてくれ。
部屋に着いたら中を一通り見てすぐに買い物に出かける。
丈夫な服をすぐに欲しいのだが近くに良い店がないか?
仕立てる時間が惜しいので既製服があり、すぐその場で調整してくれるような店を。」
「そうですね。お客様の条件で丈夫とありますので、冒険者ギルド内の店などはどうでしょう?」
「ほう…この街の冒険者ギルド内に服装関係が出店してるのか?」
「はい。冒険者ギルドに行けば大抵の物が揃いますよ。まるで商人ギルドのように。
お客様、到着しました。この部屋でございます。」
フロントクラークに最上階の一室に案内された。
ってこれはスイートルームじゃねえ?
中に案内されてベッドを見るとダブルじゃねえし。
これキングサイズじゃん。
俺は隣のフロントクラークを見た。
年配のフロントクラークはシレッと言った。
「私の長年の経験でお客様にはこの方が良いと勝手に決めさせて貰いました。」
俺は無言で右手の拳を握り親指を立てて、
「素晴らしい。」
と、一言褒めた。
「では私は失礼します。」
と踵を返す年配のあとに続き部屋を出て一緒に階下に降りた。
「この仕事は長いのか?」
「はい。今年で五十三年になります。十二でこの宿に通わされて色々なお客様をお迎えしました。」
「うむ。俺が告げた条件以上で俺も納得させる。この国の人間には度々驚かさせられる。」
俺は珍しい事に微笑みを自然に浮かべてた。
フロントが見えてきた時、俺は話しかけた。
「総支配人、素晴らしい手腕を見せてくれた礼だ。受け取れ。」
金貨二枚を手渡した。
フロントクラークいやこの宿の総支配人は驚いた顔を初めて見せた。
「私が総支配人だと何時お気付きに?」
「部屋を見せて貰った時だな。長年勤務だけであそこまで勝手に出来まい。」
俺はニヤニヤと笑みを浮かべて答えた。
「そのチップは一枚は貴方に。もう一枚はこの宿の全クラークに。」
総支配人は真剣な顔で俺を見ていたが、見事なお辞儀をして答えた。
「有難く頂きます。」
「うむ。では出掛けてくる。あと過剰なサービスは断るぞ。」
「先に手を打たれましたか。私の完敗です。」
「いやいや引き分けだよ。」
俺と総支配人は笑いあった。
若いフロントクラークはこっち、いや総支配人を見て驚きで硬直してた。
まだまだ経験が足らんな。
俺は肩越しに手をヒラヒラさせながら階段を下りて行った。
昨夜、のんびり書いてたら朝がきてそこそこの文字数があったのでゲリラ投降します。
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