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7話目

少し時間は遡る。




斬夜が教室を出た後、私たちもそんなに間を空けずに教室から出た。


昇降口を出て、部活をしている生徒たちを眺めつつ、校門を踏み越える。その間北川さんは珍しそうに、部活動をやっている生徒たちを見回していた。聞いてみたところ、イギリスで通っていた学校ではそういうのはなかったらしい。

何かに入ってみれば、と勧めてみたが、そんな暇があったら己の技術を磨く。と返ってきた。

真面目な顔で言うものだから、私もそれ以上言うのを止めた。


しばらくは、ごく普通の何でもない話が続く。


退魔士協会の支部は駅の方面にあるため、近づくにつれ田んぼや畑ばかりだった街の風景は、店やカフェ、オフィスビルなどが立ち並ぶ、都会的なものに変わっていった。

とは言っても都会的であって、都会とは程遠いのだが。



ひょんなことから一度だけ東京に行ったことがある。

そこで、これまでこの駅近くが都会だと思っていた私の認識は大きく改められた。

見渡せば、ビル、ビル、ビル。しかもその一つ一つが雲に届きそうなほどの高さ。

あっけにとられて、上を向いたまま固まってしまった。


ゴツン。と、肩に衝撃を受け視線を戻す。

スーツを着た男性がこちらを振り向いていた。ぶつかってしまったのだろうか。


「あ、あの。すいませ……」


「チッ」


自分が謝罪を言い終える前に、男性は舌打ちをし、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。


「……ん」


もう意味はないとわかっているが、中途半端なのもいやなので、最後まで言葉を繋げた。

しかし、東京の人の波はそれすらも悠長に待っていてはくれないかった。

ゴツゴツと次々に体がぶつけられ、私は人ごみの中で揉まれる。行きたい方向ではないところに、人の流れに乗せられそうになった。

その中を掻き分けるように、やっとのことで人混みの外れまで出る。


「は、はひぃ……」


呼吸を整えるため、深呼吸を繰り返す。

あまりの人混みに気持ち悪くなってしまった。

外から見てみると、人の流れは黒い波のように見えた。だとするとあの中にいた私は、さしずめ遭難者か。



揉まれて方角が分からなくなってしまったので、コンパスで確認する。

それを見ていた人たちが、驚いたように一瞬立ち止まった。別に珍しいことでもないだろうに、失礼な人たちだな、と思った。

山に囲まれた故郷の村では、スマホのコンパスは信用ならない。更新ボタンを押すと、画面に映し出された方角がまるで変わっていることが多々あるのだ。

一度それで迷ってから、二度とスマホのコンパスはおろか、地図機能すら使うことはなくなった。


そういえば、その時私を連れて帰ってきてくれたのが斬夜だったなあ、と思い出す。

どんな状況だったっけ?

道中のことは覚えているのだが、肝心の見つけられた時のことは覚えていない。


うーん。



「沢田さん。何を悩んでいるのでしょうか」


北山さんが小首を傾げ聞いてくる。

いけないいけない。顔に出てしまっていたようだ。


ただ、それにしても……



「……?」


きめ細やかな白い肌。その白の中に映える、すこし赤みがかった頬。

パッチリとした目を長い睫毛がさらに飾る。

鼻筋も綺麗に通っており、高すぎず低すぎず、顔のパーツを調和するような可愛らしい鼻は、妄想を形にしたものでもお目にかかれることは少ないだろう。

そしてふっくらとした唇。健康的なピンク色をしており、そこに自然に添えられる白く細い手が、さらにそれを引き立てた。


女の私でも思わず見惚れてしまう。私にそういう気はないと思っていたのだが。


「どうかしたのですか。私をじっと見つめて」


「う、ううん。何でもない」


勘のいい子だ。完全に気づいたわけではなさそうだが、私から体を隠すように動いていた。


「ならいいんですけど……」


一応の納得はしてくれたようだが、依然こちらを訝しげに見つめる視線には変わりない。


「さあさ、行こ行こ」


誤魔化すように私は先を急いだ。





◇ ◇ ◇




駅前の喧騒から少し離れて、複雑に入り組んだ路地裏に入る。

そして、曲がってまた曲がって、路地裏の奥へ奥へと進んでいく。

私は慣れているので道選びに迷いはないが、北山さんはまだこの町に来て日が浅い。北山さんが迷わないよう、私から北山さんが見える距離を保ちつつ進んだ。


最後の曲がり角を曲がる。

すると一転。狭い路地裏のはずが、そこだけぽっかりと空間が開けられており、木造の平屋、昔ながらの日本の家が、その中にぽつんとあった。



最初に私が来た時も、その不思議な光景に驚いたものだ。

私の場合は、母親に連れられて来たのが一番最初だ。

あれは確か子供の頃だった。

よくこの空間で、ボール遊びなんかして遊んだなあ。と、懐かしい気持ちになった。


そして一緒に遊んでくれたおばあちゃん。

ここの家の持ち主だった人だ。お母さんや、たまに来る他の人たちは怖がっているようだったが、私には、とても優かったというイメージしかない。

本当の孫のように可愛がってもらった。


まあ、そんなおばあちゃんも大戦で死んじゃったんだけどね。

だから、今ここの主をしているのはその娘さん。

30歳くらいで子供もいる。夫の方もこの家に住んでいるようなのだが、忙しいらしく一回しか見たことがない。




コンコン


玄関の引き戸をノックする。


「すみませーん。沢田ですけどー」


はーい。と声がして、その後ドタドタと廊下を走る音が聞こえた。


ガラッと扉が開けられて、エプロン姿の女性が顔を出す。

少したれ目で、おっとりとした印象の女性だ。

この人が、今のこの家の主、白井綾乃(しらいあやの)さんだ。


「梨花ちゃん! 久しぶりねぇ。……と、あら? アリナちゃんも一緒にいるのね」


「はい。何か問題でもあるのですか」


「全然。そんなんじゃないけど……梨花ちゃんとアリナちゃんって、性格合わなそうだったから。そんな二人が一緒に来て、驚いちゃった」


「あ、あはは……」


合ってる。

世間話をしている間も、私とは全然性格違うなー。と思うことが多々あった。

向こうも同じようで、渋い顔をしていた。


「まあ、そんなことよりも。アリナちゃん、おかえり」


「……」


北川さんは無言だ。

むっときたので、彼女を小突いた。


「ほら、ただいまって言いなさいよ」


「……」


「もうっ! あなた!」


声を上げた私を、綾乃さんが押さえた。


「いいのよ。私は気にしないし。それより、早く中に上がりなさいね。梨花ちゃんのチームの他の子も来てるわよ」


え? 今日集まる予定なんかあったっけ?

と先ず思い、その後、私の苦手なあいつも来ているんだと分かって、気分が重くなった。


「お邪魔します」


北川さんが先に入っていく。ここに部屋を借りて住んでいるらしいのに、お邪魔しますと言うのは何かこだわりがあるのだろうか。


「何で、ただいまって言わないんでしょうね」


「さあ。アリナちゃん自分のこと話してくれないから……。でも、多分何かあったんでしょうね。ほら、彼女良い子じゃない」


それは分かっているのだが、綾乃さんが折角言ってくれてるのに。と思ってしまう。


「ほら。梨花ちゃんも早く上がって」


手を引かれて、私も中に入っていった。









◇ ◇ ◇





玄関をくぐってすぐにある階段を下に降りると、またすぐに部屋が現れる。


北山さんはいない。どうやら先に行ってしまったようだ。

ここまで一緒に来たのだから、最後まで一緒に行ってくれてもいいのに。

そんな不満を持つも、ぶつける相手がおらず、私の中で四散してしまった。


その部屋にはエレベーターしか置いておらず、扉の前にはタッチパネルが設置されている。


「それじゃあ、ここからは自分で行ってね」


いつも通り、綾乃さんは上に戻っていく。

有難うございます。と言って、私はタッチパネルに顔を向けた。


ピピピと、今まで何度も打ち込んだパスワードを、流れるように入力する。

打ち込み終わると扉は間もなく開き、私は乗り込んだ。



ゴウンゴウン。

地下深くへエレベーターが降りていく音。

最初の頃は怖がったものだが、今となってはこれも慣れてしまった。

窓の外には黒しか見えない。

かつては降りていく景色も見えたそうだが、パニックになってしまった人が出たらしい。

しかもその人は結構な実力者だったようで、協会側もその事案を無視できなかった。

なので、それ以降窓の外が見えないよう、遮光板を入れたそうだ。


「こっちの方が逆に怖いと思うんだけどな」


窓はいくら見つめても、黒に映る私の顔しか返さない。

外の景色が見える気配もない。


何処に連れて行かれるのか分からない、といった感覚の方が、景色が見えることより怖いと思うのだが。




そんなことを考えているうちに、プシューという音、さらに、軽く体を上下に揺さぶる衝撃がした。


チーンと、扉が開く。



これからのことを思い、重くなった体を動かし、私はその先に進んだ。






日本屋敷風の部屋の中を抜け、いつも私たちが使っている部屋へと向かう。

その途中、畳の上で寛いでいる北山さんを見つけたので、引っ張って一緒に連れて行った。

北山さんは渋ったが、経緯を私たちに説明しろ、と言うと、むっとした表情は崩さなかったが、一応ついてきてくれた。


内心ほっとしている。

全員来ているということは、あの二人も来ているのだ。

石川くんがいるとはいえ、出来ればもう一人誰か欲しい所。そんな思いもあって、北山さんを少々強引に連れてきたのだ。


嫌いというわけではない。むしろ仲間として信頼している。

……けれども、苦手なのだ。受け付けないとも言える。


「沢田さんの仲間って、どんな人たち何ですか?」


そんな心中を知ってか知らずか、北山さんが質問をしてきた。


「あ、ああ。うん。まあ、頼りになる人たちだよ」


煮え切らない言葉に、北山さんの顰めっ面にさらに拍車がかかる。

私も暗い表情をしているので、重い顔をした二人が廊下を歩く、という何ともいえない状況になっていた。

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