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3話目

次の投稿は月曜日を予定しています。

和室に案内する。


少女の分と自分の分のお茶を用意し、一息ついたところで話を切り出す。少女は警戒して一口もつけていないが。


一応。簡単な自己紹介からしておいたほうがいいのだろうか。お互いの名前も知らないわけなのだから。


「じゃあとりあえず。俺は“神代斬夜”。一応学生で、ここの高校に通ってる。1年生だ」


ーーー神代

何処かで聞いたことあるような。

少女はその名に引っかかりを覚えたが、それよりもあまりの情報の少なさに、少しイラッときた。


少女は、もっと他に何かあるでしょと、心の中で呟きそれを隠そうとせずに見つめたが、それ以上口を開く気のない少年の様子に、無駄だと悟った。


「それじゃあ私も。名前は北川アリナ。年齢はあなたと同じだと思うわ。この髪と名前は、父がイギリスの人だからよ」


俺は思案する。記憶を掘り返してると言っていい。

イギリス。

妖怪の勢力が最も大きい旧ヨーロッパ地域。空は分厚い雲が常時覆い、妖魔の苦手な光が差し込むことはない。“旧”と付けているのは、今ではヨーロッパ本土は8人の吸血鬼によって支配され、人が住む地域ではなくなっているからである。

吸血鬼は妖魔の中でも最上位に分類され、人間と同等の知能を持ち、その上で人間とは比べ物にならない力(一夜にして都市を滅ぼす等)を持っている。

本土が制圧される中、吸血鬼の苦手な流水……ドーバー海峡で本土から切り離されているイギリスは、支配下に置かれることを免れたのである。

吸血鬼は流水を浴びると、一時的ではあるが身体能力が大きく制限されるため、何とか迎え撃つことができたのだ。

さらに、空から来られてはどうしようもないので、雲の上まで結界で囲い、空から来ようとすると必ず日の光を浴びなければならないようにしておいたのも、吸血鬼の侵略を押し留めた理由の一つだろう。


もちろん、吸血鬼たちはイギリスを諦めたわけではない。今でも、制圧せんと絶えず戦力を送り込んでいる。それに対し人類側は、力のある退魔士を送り込み激しくぶつかり合っている。

なのでイギリスは今、最も妖魔との争いの激しい、危険な地域だ。


「一つ聞きたいんだけど、北川さんはイギリスでの戦闘経験はあるの?」


「何度かね」


「そりゃすごい。だから慣れてるんだ」


イギリスで妖魔と戦っていたのなら、あの強さも頷ける。


「あともう一つ。北川さんって退魔士だよね」


「ええ、そうよ」


「じゃあ、ランクってどれくらいなの?」


「あなたも退魔士でしょ。なら、本部のデータベースにアクセスして調べれば分かると思うんだけど……」


ランク……そのまま、退魔士協会に所属する退魔士の戦力を表すものだ。


退魔士は免許をとると同時に自動的に協会に所属するため、ほとんどの退魔士は協会の下働いている。

まあその後に退会金を払えば、抜けることも出来るのだが、退魔の仕事はほとんど協会が斡旋しているため、抜けた後も退魔士として働くのならメリットなど皆無に等しい。

さらに、抜けたあとその人が力を使って犯罪を働く可能性もあるため、抜ける時常に居場所を協会に知らせる霊式も刻まれるというおまけつきだ。


ちなみに霊式というのは、霊力に何かしらの指向性を持たせ、それを束ねたり組み合わせたりすることで世界に干渉する方法のこと。


霊力は退魔士が使う超常的な力である。

誰もが持つ生命力を汲み出し、意識的に使えるよう特殊な臓器で変換されたものだ。

その臓器は、普通の人であれば一生を通して活動することはない。退魔士の家系ならば肉親が、そうでなければ師匠が外から刺激を与えて目覚めさせるのである。

生まれた時から目覚めているという人もいるにはいるがとても稀であり、そんな子は大体赤ん坊の頃死んでしまう。

一番生命力を必要とする赤子の時に、勝手に霊力に変換されていってしまうからだ。


そう思うと、よく俺は生き残れたものだ。

やっぱり妹がいたからだろう。


ランクの話に戻ろう。

Eが最低で、次にD、C、B、A、Sと続き、その上に特級、超級がある。

大体高校生だとDのランクがほとんどで、卒業する頃何人かCになれる人がいる程度である。


そして他の退魔士のランクは、協会の退魔士ならばパソコン等を使って簡単に見ることができる。

直接ランクを聞くのは失礼な場合もあるので、任務で同じになるとき以外は、名前だけ教え合いその後調べたければ勝手に調べるというのが暗黙の了解だ。


聞いた時北山さんは眉を寄せたが、それも納得できるというものだ。


「俺は退魔士じゃないからね。免許は持ってるけど、協会には属してない」


「……鬼と追いかけっこしてたとか言ったり、つくづくあなたって変わってるのね」


「事情があんだよ、事情が」


「そう」


意外とあっさり引いた。


「個人的な事情を聞くほど礼を欠くつもりはないわ」


「なるほど。だとしたらこの結界のことも個人的な事情ということでいい?」


「それとこれは別よ」


一蹴されてしまった。個人的な事情というのもあながち間違いではないのだが。


「まあ、それはあとで聞くとして。ランクよね」


「はい」


「Bよ」


淡々と紡がれたため、へぇー。Bか。と流しそうになったがーーーいや、待て。


え? 何だこの天才。


大体の退魔士が普通に頑張った時、ランクが打ち止めになる“B”

それ故、そのランクの退魔士は長年やってきた熟練者や上級者が多く、危険な妖魔の討伐なども任されてくる。一般に、才能があると言われる人たちが努力して、それで届く限界ラインだ。


少なくとも高校生でBに届いた人なんて、俺が知っている限り10人くらいしかいない。彼らは凄まじいとしか言えない才能の持ち主であった。

高校1年生でBランク。しかも、佇まいから感じ取れる人並みならぬ努力、経験を積んでいるようだ。これは将来的に特級、超級が有り得る。


……ただ、こういう天才を見て毎回思うが、何故皆が皆美人やイケメンなのだろうか。

やっぱり神に愛されていると自然と容姿も整ってくるのかもしれない。


言いようのない理不尽さを感じ、ギュッと拳を握りしめた。


「次は私が質問していいんだよね」


そんな俺の怒りなど露知らず、北山さんは尋ねる。

まだ怒りのおさまっていない俺は引きつった顔で、いいよ。と言った。


「じゃあこの結界、この神社は一体何?」


やっぱりそれを聞くらしい。

しかしその聞かれ方なら、嘘をつくことなく話せる。


「この結界は狐を守るものだと思う。俺がこの町に来た時には既にあったから。

そしてこの神社だけど。これは俺が建てた」


「建てたって……これを一人で?」


「ああ。とは言っても、リフォームしたって言った方が正しいな」


俺はただ、ボロボロになってた神社を建て直しただけだ。その時に狐に懐かれたのだった。

毎日直しに行くついでにご飯をあげたからかもしれない。

それにしては最初からすり寄ってきた気もするが。

意外と動物にはモテるのかもしれないな。


「ふうん」


アリナは少年……斬夜の言い分に一応の納得はした。

表情と、注意して聞いている心音からすれば嘘はついていないようだった。

もしかしたら、平然と嘘をつける人種なのかもしれないが、これまで害意を一瞬でも示さなかったため、信用することにする。


しかしまだ疑問は残る。普通はこんなところ近寄らないし、仮に結界内に入ったとしても、自分のように悪寒を感じてすぐに出るのが普通だ。

さらに、神社を建て直したらしい。そんなことするのは、余程神を信仰する人か、底ぬけのお人好しくらいだろう。


まあ、聞いたところで答えてくれるとは思えないけど。


「それともう一ついいかしら」


「ん〜。まあ、いいよ」


「あの狐、“妖狐”よね。何でそれを見逃してるの」


やっぱり気づいていたか。

説明するのめんどくさいが……いや、結構簡単に終わりそうだ。


「北山さんがあの狐を撫でていた時と同じ気持ちを俺も感じたから。と言ったらわかってくれる?」


「うっ……い、いやそれでも、最初に見逃す原因には……」


「じゃあ、北山だったら直ぐ殺すの?」


そこで少し言葉に詰まる。


「……殺せないわよ」


「でしょ。そういうこと」


「わかったわ。答えてくれてありがとう」



……まさかお礼を言われるとは思わなかった。

北山さんの行動と、今までのBランクだった高校生達の態度からくる偏見により、もっと横暴、若しくは冷たい人だと思っていたのだが。


「何面食らったような反応してるのよ」


「いや、意外だったからつい」


「ほんと失礼ね。あなたが可愛がっている狐を、殺す殺さないの質問をしてしまったから言ってるのに」


「だってさ、いきなり刀を向けてきたり殺気を浴びせてきたり。そりゃあねえ」


無言で刀を向けられた。


「明らかに一般人じゃなさそうな人と遭遇したら、警戒するのは普通でしょ」


そりゃそうだけど。あれはあからさまでやり過ぎ。

そう言おうとしたが、北山さんがイギリスにいたということが頭に浮かんだ。

それなら警戒心が強いのも仕方ないのかもしれない。


「まあ、うん。確かに」


ということで、無難に返しておいた。


その答えを聞いて満足したのか、北山さんはそれきり言葉を重ねることはなかった。

質問は終わったと考えていいのだろうか。

まだあと一つ聞きたいことがあるのだった。


「最後に一ついい?」


「別に。いいわよ」


「この町に来たのって、仕事? 私情?」


「……仕事よ」


「そう。答えてくれてありがと」



残っていたお茶を飲み干す。

どちらも何も話さなかったので、静寂が辺りを包んだ。




「それじゃあ帰るわ」


そう言って北山さんは腰を上げる。

そして立ち上がった姿勢のまま止まった。


「……どうしたの?」


「あなたも来なさいよ」


「へ?」


「あ、あんなとこ、一人で帰れるわけないじゃないの」


……ああ! そっか、そうだった。

帰りのことをすっかり忘れていた。

よく見ると少し体が震えている。行きの道中が怖かったのだろうか。


「ごめんごめん。忘れてた」


急いで立ち上がる。

俺が立ち上がったのを見ると、北山さんは襖を開け部屋の外に出た。


それを追って俺も部屋を出る。



「遅いわよ」


廊下の先で北山さんは待っていた。

霊式を使っているのだろう。手のひらの上に光の球が浮かんでいる。

その光が辺りを照らしている。





「お茶。美味しかったわ」


神社から出る時、北山さんがボソッと呟いた。

飲んでくれたのか。それにしてもいつの間に。


行きと同じように先導していたが、それを聞いて一度振り返る。


「どういたしまして」


ビクッと北山さんの体が震える。まさか返されると思っていなかったのだろう。

ぽかんとした顔のまま固まっている。


「ほら、置いていくぞ」


「あ、ちょっと。待ちなさい」




帰り道は、行きとは違って軽い世間話のようなものが生まれた。

例えば、『好きなものは何?』や、『使える武器は?』、『友達いる?』といった、何てことない質問をし合ったりした。

あとは、俺が誰かに似ている。とも言っていた。

その“誰か”が、その時は出てこなかったようで、誰に似ているのかは分からず終いだった。

性別は女らしい。確かに中性的な顔立ちだと自覚しているが、少しショックだ。

そんなに男らしくないだろうか。


まあ、ただの一人を除いて俺……“僕”に似ているなんて有り得ないし、合ってはならない。

仮にその人と会ったらどうしようか。顔を取り替えてもらうだけで済むかな。



一方はそんなことを頭で考えつつ、もう一方は恐怖を払うように言葉を投げかけながら、どこまでも暗いこの結界の中を二人は進んでいった。



◇ ◇ ◇



結局。北山さんを結界の外へ送り届け、その後山の麓にある自分のマンションに帰れたのは3時を過ぎた頃だった。


一つ気がかりだったのは切り刻まれた鬼の体が、結界内の首と、地面の血の跡だけを残して、綺麗さっぱり無くなっていたことだけである。

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