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1話目

宜しくお願いします。

読んでいただけると幸いです。


はあっ……はあっ……


夜闇に響く荒い息使い。ダッダッと強く地面を蹴る音も同時に聞こえる。


背後からは少し遅れて、重い地響きを伴った足音が付いてきている。


もう少し……もう少し……


今、丁度町を抜けて山に入ったところだ。

ここを少し登ったところまで行けばーーー


びしゃっ。


俺に遅れて水たまりを踏む音が聞こえる。


振り返ってその姿を今一度視認する。

50メートルほど後方に追っての影……妖魔の姿があった。

身長は5メートルくらいだろうか。大人の背丈を優に越える長さの棍棒を肩に担ぎ、雄々しく、天を貫かんばかりの一本の角を生やす“鬼”がそこにはいた。


携帯を取り出し、さっきあいつらに送ったメールに返信はないか確認する。


「……何でこういう時だけ寝てるんだよ……」


軽く舌打ちをして、携帯をしまう。

時刻は12時。高校生ともなれば誰か起きていてもおかしくはないのだが。


ただ、寝ているものはしょうがない。

すぐに切り替え後ろを振り返る。

黒い影がざわついていた。

太い腕が少し、僅かにだが持ち上がったような……そんな気がした。


「やばっ!」


いつまでも続く鬼ごっこに飽きたのだろうか。

鬼はただでさえ厳つい顔を、さらにむかついたようにしかめていることから多分そうなのだろう。


闇の中でも尚わかる、黒々とした棍棒が掲げられーーー前方の地面に向かい思い切り振り下ろされた。


トゲが風を掻き切り、悲鳴のように甲高い音を上げさせる。

圧倒的威圧感を持ったそれは、似合っただけの質量を伴って地面に迫る。


町からはもう外れているが、こんなところで振り下ろされたら周りの山道一帯が粉々に崩れ落ちてしまうだろう。


それは不味い。なるべく被害を出さないようにという意味もあって逃げてきているのだ。


跳躍。

予備動作なしで前へ跳び出す。

そのまま、木の幹に貼りつくように足を付ける。


二度目の跳躍。

ただ一直線に跳んだ。


端からは、俺が木にぶつかりスーパーボールのように跳ね返ったかに見えただろう。


しかし足場に使った木は、折れることはおろか、寸ほども揺れることはなかった。

先ほどまでと変わらず、ただ愚直に立っている。


それでも、鳴り響く音は凄まじかった。


突如響いた轟音に鬼が少し怯み、振り下ろす腕の速度が緩まった。

その空いた数瞬に、体を棍棒と地面の間に潜り込ませる。


ガギイィッ––––俺の腕と棍棒がかち合う。骨がギシギシと悲鳴をあげ、触れている箇所から徐々にヒビが広がっていくのが感覚でわかった。

“このまま”力比べをしていれば、こちらが押し潰されることは目に見えている。相手もそれを狙ってか、さらに力と体重をかけてきた。


グシャッと俺の体が、潰されるよう上下に圧縮され–––次の瞬間には、棍棒が粉々に砕け散っていた。


後には振り上げられた俺の腕だけが残っている。

鬼は何が起こったのか理解できていないようで、その場に固まっていた。


これを好機と見た俺は、鬼の足元に潜り込む。

そして全身の力と、棍棒を振り下ろしたことにより前に傾いていた鬼の体重、両方を使い、俺が逃げていた先の目的地へと鬼の体を投げ込む。


……そのはずだったが。


「っとぉ……あっ」


ぬかるんでいた地面は俺の足をつるりと滑らせた。

さらに、踏ん張ろうとして下向きに力を入れてしまったので、力の伝導が完全ではなくなってしまう。


不器用な軌道を描き鬼は飛んでいく。

ただダメだ。これじゃ届かない。


果たして、鬼の体の一部。一番前に出ていた頭の部分だけは結界の中に入ったが、そこまでで終わり。飛んでいく勢いはもう、露ほども残されてはいなかった。


鬼の巨体が地面に向かって落ちる。

俺も着地地点に向かって一応走るが、距離は50メートルほど離れている。普通に考えて間に合わないだろう。だからこそ、俺も走りながら、この後の処理のことを考えていた。




「どきなさい」



冷たい声が響くと同時、視界の端で何かが光った。

––––白銀の線

風を切る音と共に何らかの液体であろうものが夜空に散る。


突然の事だったので思わず足を止めて、上を見た。

そこには幾筋もの線が、鬼の体を縦横無尽に走り回っている光景があった。


線が走ると後をなぞるように、鋼より硬い鬼の体が、あたかも豆腐を切るかのように、一切の抵抗を感じさせずに部位が切り落とされていった。


この僅か一呼吸の間。

舞う土埃も、そよぐ風も、木の葉の揺れも、そして今尚落下し続けているはずの鬼の体も、全てがスローモーションの世界の中、白銀の剣閃だけが、時の流れから解き放たれたかのように走り続けている。



俺は息を呑んでその光景をただ見つめていた。


いつの間にか、鬼の体は既に事細かに解体されている。


嵐のような剣閃が止んだ後、遅れておびただしい量の鮮血が吹き出した。


ふっと、時間が帰ってくる感覚。

先ほどまでは浮いているかのように見えた鬼の体……肉片は重力に従い、ベチャ、グチャという音を立て地面に落ちた。

肉が潰れる音。冷静になって聞いてみると、あまり好ましい音ではないな。


巨体のまま落ちなかったので、俺が懸念していた周りへの被害は、血や肉片が少し広い範囲に飛び散っているだけであるため、最小限と言って良いほど抑えられていた。


鬼が細断されたのは、時間にして二秒にも満たない刹那のこと。

誰がやったのかは鬼の巨体に隠れて見えなかったが、相当な修練を積んだ剣の使い手であることに間違いはないだろう。


ただ、未だその姿を見せない。警戒しているのだろうか。されているとしたら、その誤解を解きたい。

姿を探すため、ぐるっと一周見回した。


すると背後の木から、ズシャアッという音と、バキバキといった、枝を折る音が聞こえてきた。

振り返ってみると、葉っぱ、枝、泥に塗れた金髪の少女が、剣を片手にこちらを睨んでいた。


しかし、どうにも体勢が……


俺はある地点まで視線を移動させると、手で顔を覆い後ろを向いた。


多分、少女は木から落ちたのであろう。その姿勢、衣服の状態が問題だった。

股を開き、尻餅をついている彼女のスカートは、大きくめくれてしまっていて、その下にある下着が堂々と存在を主張していた。


何の気も起きないが、かと言ってずっと見ているのも可哀想だろう。


突然後ろを向いた俺に、少女は一瞬不可解そうな表情をしたが、すぐに表情を戻しこちらの一挙手一投足を見逃すまいと、じっと睨みつけてきた。


その視線を後頭部に感じながら俺は、厄介なことになったと頭を悩ませた。

些かあの動きは怪しすぎた。

願わくば、ふとした拍子に、勝手にスカートが直りますように。

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