第5章 真実(2016年11月24日)
2016年11月24日(過去)
懐かしいにおいがする。
私は自分の家の一室にいた。
幸せだった頃の家・・・。
アオイと生活していた頃の家にいた。
本当に来たんだ・・。
10年前の、あの日に。
「今の、時間は・・?」
ゴーグルに手を当てて、時間を確認する。
”22時03分”
予想どうりの誤差だった。
アオイはどこにいるんだろう?
私は胸に手を当てて、吐き気をこらえる。
感情が高まりすぎて、気持ちが悪い。
感情を抑えろ・・・感情を抑えるんだ。
自分に言い聞かせる。
心が、醜く、黒く黒く塗りつぶされていく。
10年という歳月は、私を少しずつ壊していった。
羽を失い、飛べなくなった鳥は、鳥なのだろうか?
心が傷つき、心が壊れた人間は、人間なのだろうか?
”ガチャ”
部屋の中に誰か入ってきた。
「えっと、確かこのあたりにあったはずなんだけど・・」
その言葉を聞いて、全身から震えが止まらなくなった。
アオイの声だった。
見た目も変わっているし、こんなゴーグルを付けているから
きっと私だとは気づかないだろう・・・。
私は、とっさにカーテンの後ろに身を隠した。
涙と、嗚咽交じりの声が溢れる。
人生をかけて願ったのだ。
アオイにもう一度、逢いたいと。
「あ、あった。これが、隠し味なのよね」
思い出した。
私は、彼女に料理を頼んでいたんだ。
飛び出して、抱きしめたい気持ちを抑える。
彼女の声が、私の心を満たしていく。
同時に、心の色は深く深く、黒く染まっていく。
彼女を奪った犯人を、絶対に許さない。
許せるわけがない。
銃を取り出す。
グリップを強く、強く握りしめ
ツクルは歯を食いしばった。
犯人には償ってもらう。
必ず、この手で殺す。
”ガチャガチや”
その音に私は、ビクッと委縮する。
(誰か・・・別の誰かがいる!!!)
(こいつが・・・こいつがアオイを!!!!)
「あ、ここにいたんだ」
「いやぁ、料理上手なんだな。惚れ惚れしちゃうよ」
その声の主は、アオイに親しそうに話しかけた。
「あ、つまみ食いしたでしょ!!」
「もー、まだできてないんだから、たべないでよぉ!!」
「悪い、悪い。あまりに美味しそうだったからさ」
「しょうがないんだから・・」
思考が停止した。
その声の主は、私の知っている男だった。
”朝日 カイセイ”
なぜ、朝日が・・家にいるんだ?
なぜ・・?
なぜ・・?
ナゼ・・・?
な・・・・ぜ・・・
「なぁ、俺、ここにいて大丈夫なのか?」
「ツクルが帰ってきたら・・・」
「大丈夫よ」
「スポンサーに捕まっているから、まだまだ帰れないって」
「さっき、連絡きたから」
「悪い、女だねぇ・・・ふふ」
頭の中で、虫が何匹も飛び回る。
耳障りだ。
「なぁ、あいつには、いつ言うんだよ?」
「え?・・・う、うん」
「今日、帰ってきたら言うつもり・・・」
「言おう、言おうと思ってタイミング逃してて」
「ツクル君、忙しそうだったし・・・」
「でも、このまま隠しておけないから、今日話すよ」
「そうか、そうか!!」
「ようやく、その気になってくれて、うれしいよ!!」
私は・・・・・・
私は・・・・・・
彼女に裏切られていたのか・・・・?
私は、何のために・・・・・・・
何のために、人生をかけて・・・・・・
私は・・・・・・・・
気付くと、私はカーテンから飛び出し
二人に銃口を向けていた。
「うわっ!!なんだよ、こいつ!!!!」
「きゃぁああぁぁああああああ!!」
部屋に、アオイの悲鳴が響いた。
彼女は、こんな声だったのか?
思い出せない・・・。
思い出したく・・・ない・・。
涙はすでに乾いていた。
今までで一番、悲しいはずなのに
今までで一番、苦しいはずなのに
ただ、心にあるのは、どうしようもない虚無感。
私は、胸のあたりに手を当ててみた。
よかった。
胸に穴は開いていない様だ・・・。
「うわっ!!・・・うわぁぁっぁあああああああ!!!」
一瞬の隙に、朝日がその場から逃げ出した。
ドタバタと不格好に逃げ惑う、その姿は惨めなものだった。
人間というものは、こんなに早く動けるんだな。
別にどうでもよかった。
ピピ、ピピ、ピピ、ピピ
22時18分、ゴーグルからアラームが鳴り響く。
「そうか・・”そういう事”か・・・」
私は、すべて理解した。
アオイを殺害した、犯人も
その犯人が、捕まらなかった理由も・・・
「お願いします、助けて下さい」
「お金なら、金庫を開けますから・・・!!」
アオイが泣きながら、訴えてくる
大丈夫だよ、アオイ・・・
君のいない世界で、私は生きていく事なんて出来ないよ・・・
せめて、思いでの君のままで・・・
私もすぐにいくから・・・・
「愛しています・・・」
私は、銃の引き金に指をかけた。
そして・・・・・
静かに、彼女の頭を目がけて、引き金を引いた。