追憶 その2
アオイが死んでから、1週間が経った。
未来ツクルは、自宅で一人、窓の外を眺めていた。
止まない雨。頭の中で虫が飛ぶ音がする。
警察は、金品が無くなっていない事から
強盗目的で侵入した犯人が、アオイと鉢合わせし
犯行に及んだのではないかと推測した。
未だに、犯人は捕まっていない。
アオイがいない生活が、こんなに意味のないものだとは思わなかった。
ツクルは、自分が空っぽの置物に見えた。
目が見えなくなったことで逆に鮮明に物事を記憶することが出来た。
瞬間記憶に近い能力があったのかもしれない。
目をつぶると、思い出せるアオイとの思い出だけが
ツクルに正気を保たせた。
”ガチャ”
玄関のドアが開く音がして、一人の男が部屋に入ってきた。
朝日カイセイ、仕事の同僚でツクルとは大学時代からの友人だ。
「なんて、生活をしてるんだ・・・」
朝日は、部屋の様子をみて愕然とした。
部屋中にガラスの破片が散乱し
窓は割れ、大きな本棚からは雪崩が起きていた。
強盗の仕業ではない。
”ツクルが、暴れたのだ”
「朝日か・・・なんの用だ」
ツクルは、朝日の方を見ずにつぶやいた。
「職場に来なくなったから、心配してな」
「例のプロジェクト、お前無しでは出来ないから」
「様子を見てくるように、頼まれた」
「そうか・・・すまないな」
「お前に余計な迷惑をかけた」
朝日は、そっけない返事に困惑し
少し間をおいてから、話し出した。
「お前、食事はとってんのか?」
「死んじまうぞ、こんな事をしていたら」
ツクルは、ふふ、と少し笑みを浮かべて答えた。
「殺しているんだよ」
「何?」
朝日の言葉が荒ぶる。
「何を言っているんだ、お前は?」
「しっかりしろ!!」
「お前が、死んでどうする?」
「アオイちゃんが、そんな事、望むはずがないだろう?」
その一言が、ツクルの張りつめていた心を砕いた。
「朝日・・・」
「教えてくれよ・・・」
「生きてどうなる?」
「アオイのいない世界で、生きる事になんの意味がある?」
朝日は、ツクルの鬼気迫る迫力にたじろいだ。
足を引いた先にはガラスの破片があり、
パリパリと音を立てて割れた。
「生きてほしいと、アオイが願っているだと?」
「それは、お前らの願い だろうが!!」
「アオイはいないんだよ!!」
「もう、いないんだよ!!」
「願いなんて、もう言えないんだよ!!」
朝日は言葉を失った。
もう、自分の知っているツクルはいないのだと思った。
目の前にいるのは心の壊れた、ツクルの姿をした別人のように思った。
「何を言っても、無駄みたいだな・・・」
「帰るよ」
朝日はそう言うと、手に持っていた食料を置き
ツクルの部屋を出ようとした。
「ツクル、多分、お前がいないと研究所自体が無くなると思う」
「俺も、会う事もなくなると思う」
ツクルは何も答えなかった。
ただ、うつむいて窓の外を眺めていた。
「じゃあ、またな」
朝日は、そういうと扉を強く締めて部屋を後にした。
ツクルは目を閉じて、アオイの事を考えた。
何もない空に、虹を描くように彼女を思った。
何もない心に、希望を埋めるように彼女を思った。
涙が溢れた。
こんなにも、沢山・・・沢山、幸せをくれたのだ。
アオイから与えられた幸せに比べて
私からアオイに与えた幸せが、どれほど、少ない事か・・・。
こんな、つまらない男を、愛してくれた。
アオイ、ありがとう・・・。
私も、そこにいくよ・・・。
・・・・そこにいく?
頭の中に、衝撃が走った。
ツクルは部屋の中をドタバタと走り回り、紙とペンを用意した。
そして、異常な速さで計算式を紙に書いていく。
書きなぐりながら、数式を頭で再生しているのだ。
紙にびっしり書かれた計算が、10枚目に達した頃
ツクルはピタッと動きを止めた。
「助けられる・・・かもしれない」
「アオイを、助けられるかもしれない!!!」
翌日から、ツクルは時空間転移装置の開発に取り掛かった。
10年間1日も休むことなく、研究を続けた。
思えば、とっくに正気を失っていたのだろう。
彼は、10年をかけて、
人生のすべてをかけて、ついにタイムマシンを完成させた。