第2章 止まない雨(2016年11月24日)
2016年11月24日(過去)
時空転移理論の発表は、思いのほかスポンサーに
多額の資金提供を呼び掛ける事ができた。
約2時間の熱弁を終え、私は、くたくたになっていた。
講義室の椅子に腰を下ろす。
発表資料を整理していると、天童博士に声をかけられる。
「素晴らしいプレゼンテーションだったよ、未来君」
天童博士は、興奮した様子で私の肩をポンと叩いた。
「ありがとうございます。」
その言葉を遮るように、横から朝日が割り込む。
「やったな! ツクル!!」
「この後の祝賀会、ツクルも来るだろう!?」
朝日はこの日の為に、研究室のみんなに声をかけてくれていたのだ。
気持ちはありがたい・・・ありがたいのだが。
「馬鹿もんが!!」
「我々は、これから、今後の研究日程の打ち合わせと」
「施設の視察に行くのだよ」
天童博士が声を荒げる。
しょんぼりと肩を落とした、朝日と目が合った。
「すまん・・・」
「そういうわけだから、研究室のみんなには・・」
「朝日から、よろしく言っておいてくれ」
朝日は、渋々、諦めたようで
「へーい」
と、けだるそうに返事を返した。
「帰りは・・・たぶん深夜だろうな」
「じゃあ、2次会やってたら連絡・・・」
「いいって」
「今日は、アオイに夕飯を頼んで来ちゃったんだ」
「だから・・・な?」
朝日は口をとがらせて
「くっそーー!!」
「この、しあわせもんがぁーー!!」
と、私に詰め寄った。
実は、その祝賀会に参加しないために
アオイに、夕飯を頼んだのは内緒だ。
苦手なんだ、にぎやかな所が。
ごめんな、朝日。
「そろそろ、いいかね」
「あまり、先方を待たせたくない」
しびれを切らして、天童博士が割って入る。
「ああ、すいません」
「朝日、またな!!」
「おう!」
どうして人というものは、地位を持つと
他人に話をしたがるのだろう?
スポンサーの効率の悪い話にも
それに、あいずちを打つ自分自身にも嫌気がさす。
そういえば、昔から誰かの長話が苦手だったな。
小学校の校長の20分の挨拶など、
私なら、同じ内容を30秒でまとめられると思ったものだ。
そんな事をふと、思い出した。
限りなく無駄な時間を過ごし、家路についたのは
0時を少し回った頃だった。
雪は予報通りに、午後から雨になり
今日は太陽を見る事は出来なかった。
天童博士の車で、雨の夜道を走る。
街の明かりが雨に反射して、かすかに見える光は
私に、外の景色の綺麗さを想像させた。
「今日は疲れただろう?」
「はい、ぐったりです」
私はため息交じりに答えた。
「明日は1日、休みたまえ」
「奥さんとゆっくりするといい」
「はい、そうします」
「これから忙しくなるぞ、全世界が我々に、注目するんだ」
天童博士は興奮さめ止まぬ様子で、息を荒げている。
彼を落ち着かせるように、私は尋ねた。
「本当に、人が時を転移する事なんて可能なのでしょうか?」
「おいおい、この理論の発案者は君だろう?」
「何を言い出すんだい」
「天童博士、私は思うんです」
「人間が、自由に未来や、過去に行き・・・」
「運命さえも、変えてしまったら」
「神と等しい存在になってしまうのではないかと」
私の言葉に、天童先生は言葉に詰まってしまったようだ。
少し考えて、口を開いた。
「我々のやろうとしていることは、確かに危険かもしれない」
「だが、歴史をみても分かるように」
「発明というものは、常に危険と隣り合わせだった」
「電気や、オイルの発明により生活は豊かになったが・・・」
「同時に戦争の兵器も生み出した」
「要は、使う人間の裁量の問題なのだよ」
「そうですね・・・・」
これ以上話しても、意味はないだろう。
私は窓の方を向き、寝たふりをした。
「もうすぐ、君の家に着くよ」
「おや?」
天童博士の車が、家のかなり手前で止まった。
「どうしました?」
天童博士に尋ねる。
すると、
「いや・・・・君の家に」
「警察が来ているみたいだ」
「え?」
車に警官が近寄ってくる。我々に向かって道をふさいで
話しかけてきた。
「すいません、事件があったので入らないでください」
私は、ただ事ではない事を感じとり、警官に尋ねた。
「事件?・・・事件って何があったんですか?」
「この家に住んでいる女性が、殺害されました」
頭に衝撃が走る。
「え?・・・今・・・なんて?」
「だから、殺人事件ですってば」
「この通りは封鎖しますので、迂回してください」
「うそ・・・・だろ?」
「アオイ・・・」
「あ、ちょっと、入っちゃダメですってば」
なにが起きたのかわからなかった。
理解することを脳が拒絶している。
私は車から飛び出し
かすかに見える家の明かりに走った。
ボグッ
段差につまずいて、頭から地面に倒れる。
不思議と痛みを感じなかった。
雨と泥でぐしゃぐしやになりながら、走り続けた。
遠い
家までが遠い
アオイ・・・
アオイ・・・・
アオイ!!!
「はぁ・・・はぁ・・・」
無我夢中で、家の玄関までたどり着き
ドアを開ける。
血の匂い・・・
そんな・・・
横から、警官に取り押さえられる。
私は、今までで一番大きな声でアオイの名前を叫んだ。
アオイの名前を叫び続けた。
返事して欲しくて叫び続けた。
「未来君!!・・・未来君!!」
天童博士の声が聞こえた気がした。
・・・・でも、すぐに消えた。
何も聞こえない。
アオイ
アオイ・・・
声が聞きたいよ・・・!!
目を覚ましたのは、病院のベットだった。
あの後、私は気絶し、病院に運び込まれたようだ。
ザーザーという耳障りな雨の音で目が覚めた。
体中が痛い。
今、気付いたが、歯が1本折れていた。
口の中が、血の味で満たされていた。
病室に、先生らしき人と、看護婦が数人入ってくる。
「おお、目が覚めたんだね」
「よかった、よかった」
「君は、3日も眠ったままだったんだよ?」
「そう・・ですか」
私は、力なく答える。
体の痛みが、私に、夢では無かったことを告げていた。
アオイ・・・
なぜ・・・
「目が覚めたら警察が事情を、聴きたいと言っていたよ」
「いい天気だから、窓をあけようか」
いい天気?
こんなに雨が降っているのに?
こんなに・・・・
あ・・め・・が・・・・?
その日から、雨が止まなくなったようだ。