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追憶 その1

挿絵(By みてみん)


12月の寒さが本格的になってきた午後。

誰もいなくなった大学の教室に、ぽつりと一人の男がいた。


その男の名前は、未来ツクル。


彼が在学中に発表した、時空転移理論は

過去の誰もが考えもしなかった、新しい理論だった。


もしかしたら、近い将来、自由に未来と過去を行き来出来る様になるかもしれない。

そんな夢のような話が、現実になるかもしれない。

彼は希望に満ちた日々を送っていた。


未来ツクルはノートに書いた、物理の計算式を見ながら悩んでいた。

あまり綺麗とは言えない字で書きなぐった公式は多分、彼以外には読めないだろう。


「多分、これで行けると思うんだけど・・・問題はエネルギーだな」

「天童教授に頼んで、実験してみるか・・・」


彼はペンを器用にクルクルと回しながら、独り言をつぶやいた。


「あ、また残ってなんかやってる!!」


よく通る声で、教室に入ってきた女性が、ツクルに声をかける。


立花アオイ・・未来ツクルの恋人だ。

ショートに束ねた髪はその見た目と相まって美しく

キャンパスを歩けば誰もが振り返るような美人だった。


「アオイか・・もう少しで終わるから、少し待ってて」


ツクルはそっけなく彼女に声をかける。

アオイは頬を膨らませて、大きなため息をはいた。


「全く、仕方ないなぁ。」

「はい、あったかい飲み物買ってきたからどーぞ!」


そういうと、アオイは缶コーヒーを、ツクルにポーンと投げた。

ツクルは一瞬驚いた表情を見せたが、慌ててキャッチの姿勢を取る。



その時だ。



一瞬、視界が真っ白になり、ツクルは缶コーヒーを取り損ねた。

そのまま缶コーヒーはツクルの顔面を直撃した。


ゴス!!


「・・・・っ!!!」


アオイはびっくりしてツクルに駆け寄った。


「ご、ごめん!! まさか取れないとは思わなくて!!」


アオイがアタフタしながら心配してくる。


「大丈夫だよ、手元が狂っちゃって!!」


「ドジなんだから・・・!!」


その場で起こった出来事は、思えば予兆だったのだろう。




次の日、目を覚ましたツクルは目の前が白く霞んでいる事に驚く。

白内障に酷似した目の病気だった。

まるで、度の強い眼鏡をはずしたような感覚。

目を洗っても、洗っても、

目の前の白いもやが消えない現実にツクルは絶望した。



その日は大学を休み、病院へ行った。

診断結果は、1000人に1人の難病で

いつか目は見えなくなるだろう、という事だった。


「そんな・・・・」


しかし、彼の頭は冷静だった。

起こってしまったことは仕方ない。

自分のするべきことがロジックのように導かれていく。


ツクルは紛れもなく天才だったのだ。


しかし、1つだけ。

たった、1つだけ、彼にはどうしていいか、わからない事があった。


アオイの事である。


ツクルは自分といたら彼女は幸せになれないと思った。

この先、一緒になったら、彼女の幸せはどうなる?


頭の中で答えはすぐ出ているのに、心がその答えを拒否していた。


その日、悩んで、悩んで、悩んで。



ツクルは、アオイと別れる事を決めた。






翌日から、大学には顔を出さなくなった。

やらなければいけない事があったからだ。


ツクルは、今までの論文、公式、理論を一言一句残さず

頭の中に叩き込んだ。


空き時間で点字も覚えた。

多方向から音をぶつけると、物体の形が浮かび上がるという装置も

いつか役に立つと思い記憶した。



ツクルが、ふとしたときに思い出すのは、やはり彼女の事だった。


アオイには、ツクルはメールで別れを告げた。


彼女の目を見て、別れをいう事など出来るわけがない。

言えるわけがない。


当日は電話とメールが鳴りやまなかったが、翌日からは鳴らなくなった。

これで、いいんだ。

これで、いいんだ。


そう、ツクルは自分に言い聞かせた。




ピンポーン




玄関からチャイムの音がする。


「ツクル君!! 私です。・・ねえ!話を聞かせて!!」


アオイの声が玄関から、聞こえる。


ツクルは、玄関を開けて抱きしめたい衝動に駆られた。

しかし、それをぐっと抑えた。

握りしめた こぶしに爪が食い込み、赤黒く変色していく。


何も答えなければ、そのうち帰るだろう。

ツクルは部屋の隅に縮こまり、何も考えないように努力した。



何時間たっただろうか。時間の感覚がよくわからなくなっていた。

外は雨になっている様だ。


ザアザアと無機質な音が、耳に残った。

ツクルは食料を買うために玄関のドアを開けた。


見事に雨は本降りで、身を切るような寒さに体が震えた。




足元に気配を感じて、下を見る。


「まさか・・」


(まさか・・)


アオイが、ドアの横の壁にもたれかかって座っていた。


「何をやっているんだ!?」

「こんなに寒い中!!」

「肺炎になってしまうぞ!!」


「だって・・・」


彼女は力なく答えた。

何時間ここにいたというのだ。

半日?1日以上・・・?


ツクルは彼女を家に上げ、介抱した。

彼女の手は冷たく、氷のようだった。

感覚が無いその手をツクルは祈るように握りしめた。


ツクルは、自問自答していた。


自分の愚かさを恨みながら。

自分の馬鹿さ加減に呆れながら。


何が、彼女の幸せの為だ。

ふざけるのもいい加減にしろ。


一番彼女を苦しめているのは、お前自身だろうが。

ツクルは、何度も心の中でアオイに謝った。



口先だけの言葉より、シンプルな行動が、相手の心を震わせる事がある。



アオイの行動の意味をツクルは理解していた。

アオイの想いが、ツクルのくだらない自己理論を論破したのだ。




しばらくして、アオイに生気が戻った頃

ツクルは彼女にすべてを告白した。


自分の目の事。これからの事。



アオイは、優しく微笑んで・・・


ツクルの頬を平手打ちした。


バチーン!!


ツクルはびっくりして彼女を見た。

アオイは泣いていた。


「ツクル君は頭がいいのに、なんでこんなに馬鹿なの?」


「え・・? いや・・・」


言っていることが、非論理的すぎて理解できなかった。


「眼が見えないと、ツクル君じゃなくなっちやうの?」

「世界には、生まれたときから障害を持っている人だっているんだよ?」

「その人たちは、幸せになっちゃいけないの?」

「その人たちが、生きていて幸せじゃないとでも思うの?」


ツクルは、理論的でない言動が大嫌いだった。


でも、なぜだろう。



なぜだろう・・・。





こんなに、目から涙が溢れてくるのは。



「私が、ツクル君の目になるよ」

「頭の悪い、ツクル君。 何か、質問はありますか?」



ツクルは、子供のように泣き出し、アオイはツクルを優しく抱きしめた。


ツクルの次の言葉は決まっていた。

アオイに伝える言葉は決まっていた。


挿絵(By みてみん)






「アオイ、私と結婚してください」




ツクルは、アオイを命を懸けて守ることを

その時、心に誓った。























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