第1章 拳銃と腕時計(2026年11月23日)
2026年11月23日(未来)
降り続く雨は、心を憂鬱にする。
研究所の地下室で、ツクルは机に向かって作業していた。
何もない殺風景な部屋。
彼の心を映し出しているかのようだ。
何もない。
何もない、白い部屋。
眼はもうほとんど見えなくなっていた。
生活には不便だが、それを恨んだことは一度もない。
目を閉じると鮮明に思い出せるからだ。
アオイの声を
アオイの笑顔を
アオイのぬくもりを・・・
10年間、彼女を思い出さなかった日は無かった。
明日は彼女の命日だ・・・。
装置の完成までもう少しなんだ。
「・・・クル!」
「・・ツクルってば!!」
横から、声をかけられる。
接近に全く気付かないほど、作業に没頭していたようだ。
「朝日か・・すまない、ボウっとしていた」
「大丈夫か?顔色が悪すぎるぞ?」
(朝日カイセイ ・・大学時代からの同級生でタイムマシン開発初期メンバー)
朝日の問いに、私は力なくうなずいた。何日、寝ていないのだろう。
分からない。別に興味もなかった。
「天童のおっさんから伝言」
「多分、明日の試運転は中止になるだろうってさ」
「なんか、試算値よりエネルギーが全然足りないとか言ってたな」
朝日がため息交じりに話してくる。
私は「そうか、分かった」とだけ、ぼそっとつぶやくと
また机に向かい作業を再開する。
机の上のゴーグルを見て、朝日が興奮した様子で話してくる。
「お、それ、完成したのか?」
私はゴーグルを頭にかぶり、朝日の方に向き直る。
「ここに音波センサーが付いていて、物体への音の反響で
形と距離を計測して、疑似的に形状化出来る様にして・・」
専門用語をずらずらと並べる。別に理解される事を期待してはいない。
「サーモグラフィ も調整したから、朝日のいる位置と形はなんとなくわかるよ」
朝日が私の前で、おかしなポーズを取り出す。
見えないと思っているのだろうか?
「スゲーなそれ!! 問題。指は何本立っているでしょうか?」
朝日が私の目の前に右手を差し出す。
私はフウと、ため息を吐き答えた。
「グーなのにか?」
「スゲー!!」
少しだけ、気分が楽になった気がした。
ありがとう、朝日。
会話もそこそこに私は、頼んでいた件を朝日に切り出した。
「朝日、頼んでいた物は手に入ったか?」
「・・・!!」
ゴーグルを通して、朝日の体温と心拍数が上がるのが分かった。
「ああ。こんな物騒なもの、どうするんだよ」
そういって、朝日はテーブルに ”それ”を置いた。
ゴトッと鈍い音がした。
拳銃である
「すまない、こればっかりは、私には用意できないからな・・」
「金は君の口座に振り込んでおいた」
「何に使うんだよ?」
朝日の質問には答えられなかった。
私は、礼をいうとその場から立ち去ろうと席を離れた。
ドンッ!!
すれ違う時に、私の肩と朝日の肩がぶつかり
私の内ポケットから腕時計が床に落ちた。
「すまない・・・」
「いいって。時計が落ちたぞ・・」
「これ、女物だな・・・」
「・・・まさか、アオイちゃんのか?」
ほんの少しの沈黙の後、私は小さくうなずいた。
「明日は、アオイちゃんの命日だったな」
「お前、まさか死ぬつもりじゃ・・・!!」
朝日が私に詰め寄る。
「そんなんじゃ、ないさ・・・」
そう彼に伝えると、私は、彼の質問を遮るように部屋を出ようとする。
「ツクル・・・お前」
「なあ・・朝日・・」
「羽が無くなったら・・鳥はどうなるんだろうな?」
私は、意味の無い質問を朝日に問いかけた。
「・・・?」
「飛べなくなるんじゃないか?」
「・・・・そうだな」
私の後ろ姿を見ていた朝日が、遠くから声を響かせる。
「なあ、そのゴーグル!!」
「凄いけど、見た目がアメコミの目からビームが出る奴みたいだから」
「後で、俺が軽量化してやるよ!!」
私は振り向かずに手を振って答えた。
雨の音は一向に止む気配はない。
雨の中で飛ぶことが出来なくて雨宿りをしている
鳥たちを想像してみる。
自由を奪われた鳥・・・私とそっくりだ。
そういえば、私はいつから外に出ていないのだろう。
1年・・2年・・・いや、もっとか?
私は少しずつ、壊れているのかもしれない。