序章 初雪の降った日(2016年11月24日)
原作:Shin イラスト:梅雨
いつも見る悪夢がある・・・
2016年11月24日、初雪が降った日の事だ。
その日、妻は何者かに殺害された。
犯人はまだ捕まっていない。
私の時間はその時から動いていない。
私の名前は未来ツクル。科学者だ。時空転移の研究をしている。
タイムマシンを作っていると言ったら驚かれるだろうか。
妻が亡くなってから、私には研究以外何も無くなった。
家族、友人、皆、私を変人と呼び去っていった。
だが、別にどうでもよかった。私にはやらなければならない事があったから。
もう少し・・もう少しなんだ。
これが完成すれば過去に戻れる。
妻を助けられるんだ。
ここまで10年かかった。明日は、妻の命日だ。
私は「あの日に戻って君を守る」
2016年11月24日(過去)
「うわっ、すごい雪だよ! ツクル君! マジで仕事に行くの?」
妻に心配され、空を見上げる。雨交じりの雪が目に入り少し染みた。
風の音がごうごうと耳に刺さる。私は足元に気を付けながら1歩1歩歩く。
まだ雪は降り始めたばかりだが、それでも5メートル先が見えないほど強い風が吹いていた。
「午後には止むって言ってたから多分、大丈夫だと思うよ?」
そうは言っても天気予報はあてにならない。
50%の確率で晴れるという言葉の矛盾に気付いていないのだろうか。
「気を付けて行って来てね。今日は遅くなるの?」
「ごめん、今日は大事な研究の成果報告の日で・・帰りは夜中になると思う」
「そっか・・ご飯はどうする?」
「家で食べるよ。あ、起きていなくていいからね。先に寝ていていいから」
「うん、わかった。じゃあ、行ってらっしゃい」
何気ない会話に幸せを感じる。
特別なものは何もない。彼女といられる事が、私にとって幸せそのものだった。
彼女・・アオイは私にはもったいないくらい素敵な女性だった。
大学の時に知り合い、それからずっと私を支えてくれた。
アオイが私を選んでくれた時は、自然と涙が溢れた。こんな私を選んでくれた事は奇跡に等しい。
彼女の為なら私は死んでも構わない。
本気でそう思っている。
耳を澄ますと様々な風景が私には見えてくる。
ドサッと雪が落ちる音。
車のクラクション。
バサバサと、鳥が、羽ばたく音がする。
雪の中飛ぶのは大変なのだろう。
焦ってどこへ行くのだろう。行かなければいけないのだろうか。
何も見えない空を、彼らは怖くないのだろうか。
鳥がもし羽を無くしたら、彼らはどうするんだろう・・・
もう一生飛べないとしたら、彼らは生きていられるんだろうか・・
そんな事を、なぜかその時考えた。
ふと、視線を背中に感じて私は振り返った。
雪の中、小さな少年が私を見つめて泣いていた。
10歳くらいだろうか。いつからここにいるのだ?
なぜ、こんな雪の日に一人で外にいるのだろう。
もしかしたら、迷子にでもなってしまったのだろうか?
「アオイ・・あの男の子、迷子かな?」
アオイに尋ねる。アオイはキョトンとして答えた。
「・・・男の子?どこにいるの?」
「え?・・いや、そこに・・」
そう言いかけたとき、男の子の姿は消えていた。
幻・・だったのだろうか。確かにそこにいたのに・・。
疲れているのかもしれないな。
あんなにはっきりと見えたのに・・・。
はっきりと・・
はっきりと?
「たまに変なこと言うよね、ツクル君て」
「<見えた>んだとしたら、きっと幻だよ」
彼女に言われて、はっとする。
そういえばそうだ。私には・・・
私には「見える」はずがないのだ・・・
「あ、天童博士が来たみたいだよ?」
アオイが私の手を引いて誘導する。
先ほどの不思議な出来事は、すでに私の脳裏から消えていた。
車のエンジン音が近づく。独特の排気ガスのにおいがした。
雪の中、私を、わざわざ迎えに来てくれたのだ。
(天童カムイ・・ 大学時代からの恩師。)
彼の助け無くしてここまで来ることは出来なかっただろう。
私の職場の上司であり、研究の最大の理解者だった。
「いやぁ、すごい雪だね」
彼が、車に積もった雪を見ながらつぶやく。
「天童先生、おはようございます」
「おはよう! 未来君、今日は歴史に残る1日になるな!」
「大袈裟ですよ。寒いので、車に乗っていいですか?」
「おお、すまんすまん。滑るので気を付けてな」
私はアオイに手を引かれて車に乗り込む。
靴の中に雪が入り、その冷たさに驚く。
暑い夏も嫌いだけど、やはり寒い冬の方が嫌いだな。
心の中でつぶやいた。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
アオイが私を呼び止める。
目の前に影が落ち、アオイの手が私の首元にふれる。
ひんやりと冷たい手。でも、綺麗な温かい手だった。
「これでよし・・と」
「ネクタイ、緩んでいたから」
「大切な、発表なんでしょう?・・ふふ」
ふわっと、いいにおいがする。
優しいにおい・・唇が、少しだけ触れた気がした。
「ツクル君、行ってらっしゃい!!」
「行ってきます」
それが、私の聞いた・・彼女の最後の言葉だった。