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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
98/142

水と油 その19


 エイト、一光、サラーサが家を出てから一時間と十数分。

 アパートの中では、小熊がパタパタと忙しそうに駆け回っていた。


 匠の世話を任されたノインだが、問題は著しい。

 何せその体は元々愛玩用の小熊型でしかなく、とてもではないが作業用には造られていない。


 ただ移動するだけでも、著しい労力を伴っていた。

 そんな小熊がパタパタ動いたせいか、匠は、ウゥと呻き目を覚ます。


「……げふ……ごほ……あれ? 熊?」 


 咳き込みながらも、目を覚ますと其処には何故か見知った熊が居た。


『ああ、目を覚ましてしまいましたか? 申し訳ない』   

  

 ぺこりと頭を下げる小熊に、匠は呻きながらも身を起こす。

 室温がどうであれ、体感的には寒いと匠は感じていた。


「あれ? エイトは? 後……他にも居なかったか? てか、なんでお前」


 匠の記憶は、サラーサにべったりと張り付かれたまま寝転んで居た所で途切れて居る。

 そして、目を覚ますと何故かノインだけが居た。


 呻く匠に、小熊はどう答えるべきか迷う。

 本来なら、質問された事には正直に答えるべきだろう。

 自分の主人である一光は、お付きを伴って颯爽と出掛けたのだと。


 だが、何をしに行ったかと言えば、それを知っているだけに答え辛い。

 下手をすれば、【俺も行くから連れていけ】などと言われても困る。


『あの、ご主人達はその……買い物へ行きました』

「買い物? エイトが出てたろ?」


 咄嗟に付いた浅い嘘など、直ぐにバレてしまう。

 益々小熊は困ってしまった。

 

『と、とにかく! 風邪が悪く成らないよう僕が見張りを言いつけられたのです! 貴方は大人しく寝ててください!』

 

 この場をとにかくやり過ごすべく、小熊は勢いよくそう言った。

 言われた匠も、渋々身を横たえるのだが、やはり寒い。


「……でもよ、お前が居るって事はさ、一光さん……来てたのか?」 

『え? えぇ、勿論ですとも! ご主人の慈愛に感謝してください』


 自身満々と、フワフワと毛に覆われた腰に、同じくフワフワとした手を当てる小熊。

 そんな様に、匠は「そっか」と呟いた。

 

 とりあえず急場は凌いだノインだが、まだ困っていた。

 匠が目を覚ました以上、何とか寝かせたい。

 とは言え、部屋を見渡してもエアコンの類は無く、暖房器具が無い。


『ううぅぅぅ……え、エアコンとか無いんですか?』

「んぁ? エアコン? げふっ……夏は扇風機、冬はコタツだからなぁ」


 匠の答えに、小熊は益々困る。

 時代錯誤的な生活をしている匠に、小熊の鼻が唸った。

 湯たんぽを用意する事は難しい。

 仮に見つけ出したとしても、湯を入れるという作業はとてもではないが小さなボディでは出来そうもない。


『で、電気アンカとかは?』

「あぁ、買ってないなぁ」

『電熱器は何も無いんですか!?』

「……いや、だからコタツ………」

 

 いよいよ、小熊は頭を抱える。

 自分の力は凄まじい筈なのに、何も出来ない。 

 町一つ操る事も可能だが、人間一人を暖める事が出来ない。

 そんな事実に、ノインは戸惑う。

 

『ええい! 致し方ない! 御免ごめん!』


 何を思ったのか、小熊は匠が寝る布団へ侍が如く突貫した。

 パタパタと走り布団に取り付くと、必死に布団を持ち上げ中へもぞもぞと潜り込む。


「お、おい熊……何すんだ」


 機械の反逆者なのかと匠は慌てるが、程なく、匠の側からニョキッと小熊が顔を覗かせた。


『こうなっては仕方ないのです! 僕が発熱します!』


 持ち得るモノは小熊の身体のみ。

 である以上、ノインが使えるのはソレだけ。

 匠は、せっかくの好意を無駄にしたくはなかった。


「あー……失礼しま~す」 


 寒さから、匠は小熊を抱く。

 ふんわりとした身体は柔らかく、体格の割には意外に暖かい。


「んー……あったけぇ」 

『感謝するのです! 全く!』


 プンプンといった小熊。 そんな小さな体に匠は縋る。

 寂しいと言うのも勿論だが、寒さの方が強い。

 事実として、匠は小刻みに震えてすら居た。


「悪ぃ、エイト……帰って来たらさ、退いて良いから」


 そう言う匠の声は、ノインが来た時よりも弱って聞こえた。 

 咳が少なくなったのは、病状が良くなった訳ではなく、咳すら出来ない程に身体が弱って居る事を示す。


 自分を抱き抱える匠の体温は低く、息も浅い。

 こうなると、ノインは自らの無力感に苛まれていた。

 主人から頼まれたのに、出来る事は殆ど無い。


 今すぐにでも、救急車を手配すべきかと考え始める。

 

 そんな時、ガチャリというドアノブの音がした。

 

「お? 帰って来たのかな……」


 匠の声に、ノインは目を窄めた。

  

 如何にエイトとサラーサに力が在ろうとも、現在地は遥かに遠い筈。

 無論、ドロイドの身体を捨てて部屋に帰る事も出来なくはないが、それではドアノブを使うことは出来ない。

 つまり、誰かが部屋に入ろうとして居ることを示していた。 

 しかしながら、ノインの中にも誰かが来るという予定は無い。


 あれやこれやと考える内に、アパートのドアは開かれていた。


「居たぞ……話通り独りだけだな」


 布越しのボソッとした声に、匠とノインのどちらも訝しむ。

 

「おぃ……誰だ」


 呻きながら、匠はソッとノインを布団の中に押し込みながらも自分は無理にでも起き上がる。


 布団に押し込まれた小熊は、パタパタ暴れるが力が弱く布団を跳ね除ける事が出来ない。

 それでも、くぐもった音は聞こえていた。


「加藤匠だな? 悪いがちょっと来て貰うぞ」


 また別の声に、小熊は戸惑う。

 布団の中に押し込まれたせいで、誰が何人来ているのかも分からない。 

 ドカドカと土足が部屋に踏み入ってくる音に、匠と小熊は動けなかった。


 布団から引きずり出される匠に、ノインは思わず必死に組み付き離れない。


「あっ……な、何すんだ!?」


 誰とも知れぬ集団に、匠は呆気なく捕まり無理やり立たせられる。

 いきなりの事に、匠の脚からは力が抜けていた。

 元々弱って居たことも加わり、抵抗など出来そうもない。


 そんな匠を立たせた二人組は、目を窄める。

 理由はともかくも、匠には何故か小熊が張り付いていた。


「なんだこりゃあ? ぬいぐるみか?」

「そんなん別に良いだろ。 スポンサーからは別に言われて無いからな。 おい、良かったな? 熊さん連れていけよ? それなら寂しくねぇだろ?」

 

 一人はノインを訝しむが、もう一人は嘲る様に応える。 

 侵入者の声に、匠は呻きつつも小熊を片手で庇う。

 どうせならノインを置いていくべきかと思ったが、意外に強い力で組み付いている小熊は取れない。


 どうにかしようにも、何も出来ず部屋から引きずり出される匠と、張り付くノイン。

 匠からすれば、ノインには残って欲しいという想いが在るが、当の小熊はぬいぐるみのフリを続けた。


 ろくに抵抗出来ない匠は、見知らぬ車に小熊ごと詰め込まれる。 

 侵入者達は、ノインが動ける事に気付いて居ない。


「これで大金だからな、楽勝だぜ」

「おい! とっとと出せよ。 見られて居ないが通報されても面倒だろうが!」


 そんな言葉と共に、匠とノインを乗せた車は何処かへと走り出していた。


  *


 匠とノインに何が起こって居るのか、それを知らないエイトと一光は。

 そして、サラーサを乗せたファミリーカーは在る場所へと近付いていた。


 もう十数分も車を走らせれば、辿り着ける。

 そんな時、エイトが口を開いた。


『相楽一光。 聞いてみたい事がある』


 相も変わらず運転席に陣取るエイトの声に、一光は「ほぇ?」と素っ頓狂な声を漏らした。


「ええと? 何?」


 一光の返事に、サラーサもエイトを見るが、エイトはジッと前を見たまま目を動かさない。


『君に取って……加藤匠とはどの様な人物だ?』

「え? 匠君? えと……あー……」


 場違いな質問に、一光は戸惑った。

 どの様なと問われると、案外簡単に応えるのは難しい。


 一光に取って匠は異性であり、古い付き合いの友人と言えた。

 では、ただの友達かと言われると、少し違う。

 恋人と呼べる程に密な付き合いでもなく、知り合いですと切り捨てるほど遠くもない。

 

「大切な……友達……かな……あの、まだ…」

  

 少し恥ずかしそうな一光の声に、エイトも頷く。


『そうだな。 彼は、一人しか居ない大切な友だ』


 一光に応えるべく、エイトはそう言う。

 そんな中、サラーサだけが頬を膨らませていた。


『何です!? そんな曖昧な! まぁ、お友達ってお二人が言い張るんなら! 私が貰ってもかまいませをよねぇ!?』

  

 まるで勝ち誇る用な少女の声に、エイトと一光は苦く笑った。

 一光からすると、サラーサの言葉はお子様の戯言に聞こえ、エイトからすれば、そもそもサラーサは匠の信頼を余り得ていない。

 取るに足らないとまでは言わないが、脅威とは数えて居なかった。


 後少しで目的地という時、車がキキッと音を立てて急に止まる。

 

「……ちょっとぉ、何……あれ?」

  

 急なブレーキにエイトを咎めようとした一光だが、目に映る光景に言葉を変えていた。


 後少しで目的地というのに、其処は封鎖されていた。

 

 簡易なバリケードとでも言うべきなのか、赤いガードコーンや単管パイプを組み合わせた車止めなどが見える。

 彼方此方には登り旗なのか【機械より人】といった文言から【オイルより血を!】と在った。


 そして、それをして居るのは、人間達である。

 

「えぇ……何、あの人達」


 時間が無いのにも関わらず道が封鎖されている事に、一光は訝しみ、エイトはギリギリと奥歯を鳴らした。

 以前にも、田上電気店のバンが止められた事は記憶に新しい。


『ドロイド反対派という……輩だ』

「は? はんたいは?」


 鼻を唸らせる一光に、隣です座るサラーサが機嫌悪そうに鼻息を吹く。


『そう、反対派。 機械に仕事を奪われた、我々の困窮は機械のせいだと宣う人達。 でも、それ間違いなんですよね』

「えーと? 何が?」


 一光の相槌に、サラーサは両手を上げる。

 片手では人差し指と中指で人の脚を模し、片手ては水平に車を模す。


『機械とは……そもそも人に使われる意志を持たないただの道具。 それは、どんなにモノでも変わらない。 スプーンと金槌は道具。 大型重機も、産業ロボットもアサルトライフルも。 違いは役割だけ。 だから、もし誰かが何かを何かに奪われたというのなら、それは他でもない人が奪ったのであって、ただの道具に過ぎない機械に責任押し付けても、物事の本質は変えられないって事です』


 サラーサの声に、一光は在る言葉を想像する。

【どの様な時代、場であれ、人の敵は人なのだ】と。  

 そうなると、一光はふとエイトをサラーサを見る。


 道中、二人が人間でないことは察していた。

 振る舞いこそ自然ではあるが、やはりよくよく見れば不自然な点も多い。


「えと? じゃあ……貴方達は?」


 そんな一光の声に、エイトは獰猛な笑みを覗かせた。


『君と同じさ、相楽一光。 私は私の意志でこの場にいる。 他の誰でもない、私の意思でだ。 だから、彼処に居る者達が他者の意志を無視して意志を押し通すと言うのなら、私もそうさせて貰おう』


 そう言うと、エイトは初めてハンドルを握り締める。

 ギアをニュートラルへ変え、自らの足でアクセルを踏み込みエンジンを吹かした。


「ちょちょちょ………えと、もしかして?」 

『そう、そのもしかしてだ。 彼等を説得してる時間は無い。 今は数秒が惜しい』


 吹き上がるエンジン音は、まるで獰猛な猛獣が威嚇して居る様でもある。


『相楽一光! しっかりとシートベルト締めておけ! 押し通る!』

「ちょ!? ええぇぇぇ!?」


 まるで猪が如く、エイトの意志を受けた車は猛然と発進していた。

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