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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
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水と油 その16


 本来の主である匠は、寝ているのか周りの状況を知らない。

 それは在る意味、幸せ者と言えた。

 

 友人である一光は、匠のアパートに初めて訪れたが、想像を遥かに超える光景に戸惑う。

 

「え? てか、誰? え?」


 当たり前だが、エイトにせよ、サラーサにせよ、傍目には女性である。

 そんな二人が寄り添うという匠の姿には、流石の一光も困惑を隠せない。


『お静かに願います』


 そう言うのは、肌も露わなサラーサ。

 一歩間違えずとも確実に違法な光景に、一光は慌てるが、人差し指を口に当て、シィとされると口を噤んだ。


『とりあえず座ってくれ、相楽一光』


 そう言って、エイトは一光に座布団を進める。 

 部屋のド真ん中では匠が寝ているために、酷く狭い気もするが、ウウンと唸りながらも、一光はとりあえず座った。


『今お茶でも出そう』

「……あ、お構いなく」 


 エイトが実体を伴い其処に居るというだけでも、一光には混乱の種だが、更にサラーサという少女に困惑した。


『初めまして、サラーサと申します』


 三つ指付いての実にご丁寧な挨拶に、一光も「ど、どうも」と頭を下げた。

 

 本来なら、今すぐ匠を叩き起こし、事態の説明して欲しい一光だが、匠の側に陣取る少女がそうはさせてくれそうもない。

 何とも言えない居心地の悪さだが、そんな一光に、湯気を放つカップが差し出された。

 カップを差し出すのは、見慣れない女性。

 それでも、とりあえず一光はカップを受け取る。


「あの……」

『すまない。 本来ならキチンとテーブルにカップとソーサーを用意したいのだが、今は友が伏せっている』


 女性らしい見た目とは違い、言葉遣いはエイトその物である事から、一光はその人がエイトであるとわかった。


 とりあえず出された茶で唇を潤しつつ、一光はハッとした様に顔を上げる。


「あ、そ、そう言えば、田上さんから言われてたんですよ。 良ければ……その、様子見て来て……くれって」


 しどろもどろな一光の声から、エイトは微笑みつつも目を細める。

 以前にも、エイトが居ない時匠を見てくれた礼を言っていなかった事を思い出していた。


『相楽一光』

「え? あ、はい」


 自分と同年代ながらも、実に美麗なエイトの声に、一光は思わず姿勢を正す。

 そんな一光の側に、エイトはスッと座ると頭を下げた。


『君にはまだ、礼を言っていなかった。 だいぶ遅れてしまったが、友が入院した時、よく見てくれた。 感謝する』


 エイトの礼に、一光は目を泳がせる。

 何故あの時、自分は匠の側に居たのか、それを考えると一光の頬が少し熱を帯びた。

 それでも、やはりいきなり部屋に見知らぬ女性が二人も居るという事は、一光にとって疑問で在った。


 聞きたいことは山ほど湧いてくる。


 何故エイトが身体を持っているのか、そもそもいつ帰って来たのか。

 他にも、何故匠は苦しげに寝ているのか、寄り添う少女は誰なのか。

 疑問は尽きない。

 

「所で……なんで匠君は寝てるの?」


 先ずはと、今一番知りたいことを一光は切り出した。

 謎の小娘やエイトの身体に付いても知りたい所だが、ソレよりも気になる事を問い掛ける。


 問われたエイトは、腕を組んで鼻を唸らせる。

 ついでなのか、サラーサも同じ様に悩んで見せた。


『なんでと言われても……』

『風邪を引いたから……でしょうか?』


 エイトとサラーサの答えを聞いても、一光には納得が行かない。

 一光も偶には風邪を引くことも在るが、此処まで酷く成ることは経験が無かった。


「ねぇ、ノイン」

 

 どうにも使えない二人を後目に、一光は持参のリュックサックから小熊を呼び出す。

 一光の声に、リュックサックから小熊がモゾモゾと這い出してきた。


『キュ!』


 パッと飛び出し、ノインは一光に敬礼を見せる。

 小熊が二本脚で立ち、敬礼を見せる事自体非日常だが、ソレではエイトもサラーサも驚かない。

 ノイン自体、小熊型ドロイドでしかないからだ。

 二人に関わらず、一光は小熊に目を向ける。


「悪いんだけどさ……匠君が掛かった病気とか、調べられない?」


 一光の一声に、エイトもサラーサまでもハッとしていた。


 実のところ、病院のデータバンクに忍び込み中身を覗く程度雑作もない。

 寧ろ、言われるまでそんな事すら気付かなかった事が恥ずかしくも在る。


 ノインが一光の指示に従う中、エイトとサラーサもこっそり同じ事をしていた。


 僅か数秒で、欲しい情報は得られた。 だが、それは芳しいモノではない。


『……なんだコレは』

「あの、どうかした?」


 エイトの訝しむ声に、一光は顔を向けた。


 具体的にノイン達が何をどうして居るのか、それ自体を一光は知らない。

 だが、見えない力に付いては、信頼もしている。

 そして、同じ力を持っているサラーサも口を開く。


『病名が……分かりません……』


 沈痛な声に、一光は目を窄める。


「だから、どう言うこと?」

  

 ああだこうだという事は聞きたくない。

 具体的な対処方法が一光は知りたかった。


 そして、一番最初に調べ始めたノインが、力無く座る。

 いつもならば一光を元気付けてくれる筈の小熊迄もが、覇気が無い。


「ねぇ、ノイン?」


 答えを促す一光に、小熊は、耳を垂れて少し俯く。


『……治す方法が分かりません』 


 小熊のすまなそうな声に、一光は思わず「そんな!」と大声を出したが、慌てて口を手で抑えていた。

 だが、匠は苦しげに眠ったまま起きなかった。

 ホッと胸を撫で下ろす一光だが、安心もして居られない。


 治らないという事は、下手をすれば死ぬことに成るだろう。


「……でも、どうして? 何か在ったのかな……」


 拳をギュッと握り締め、色々と考える一光は、チラリとエイトとサラーサに目を向ける。

 最近の匠の様子を聞くには、他に相手も思い付かない。


「何か……何か知らない? 何でも良いから」


 必死な一光に、サラーサはエイトを見た。


『残念ですが、私はつい最近越して来たばかりですので……』

  

 サラーサの言葉に嘘は無く、つい最近やっと匠の側に来られた。

 どちらかといえば痺れを切らしただけだが、何にしても最近までサラーサは匠の側には居なかった事に間違いはない。


 となると、匠の側にはエイトしか居なかった。

 

 場の目線がエイトに集まる中、当のエイトは記憶を探る。

 自分と匠が何処に居て、何をしていたのかを。


 思い当たる節は、一つだけである。


 座ったまま、エイトは両手を軽く上げて掌を見る。


『そう言えば、アルの所へ行ったな』


 エイトの発した【アル】という単語に、一光は心当たりは無い。

 だが、サラーサとノインにはソレが在った。


「あの、アルって?」


 一人蚊帳の外に置かれた様な気がする一光は、そう尋ねる。 

 それが誰か、何なのかを答える前に、部屋に変化が起こった。


 エイトが【外に出て居る】からか、本来ならパソコンは勝手に動かない。

 無論、別の誰がそれをすれば話は違う。

 

 スピーカーは勝手に電源が入り、ザリザリとしきりに雑音を流す。

 そして、ほぼ同時にディスプレイも灯った。

 画面上には何かヘドロの様なモノが浮き上がり、それは蠢く。

 どんどん大きさを増し、徐々にだが、人の顔に似て行った。


 しかしながら、その光景は余り見目麗しいとは言えず、寧ろ不気味を絵に描いた様なモノでしかない。

 だからこそ、一光は思わず手で口を覆っていた。


 対して、今見ている光景はエイトに取っては在る意味で懐かしい。

 以前の自分も、一から顔を構築するのは骨が折れた記憶がある。

 サラーサとノインも、画面に見入っていた。


 程なく、顔が現れた。 


 それは、少年の様でもある。

 しかしながら、調えられては居ないそれは、酷く不細工に映る。


『……やぁ、お揃いで』


 形はともかくも、その声にはエイトは聞き覚えが在った。

 ドロイドの開発、製造を担っている会社の長にしてアルである。 


『何の用だ?』


 部屋の主である匠が伏せって居る以上、その代わりを勤めるエイト。 

 その声に、画面上に映る不気味な顔はエイトをジッと見つめた。


『いやぁ、ようやく答えに辿り着いたみたいだからね。 その内此方に辿り着くのは分かって居たよ。

もっとも、もう少し後だと思ってたけどね。 所で、どうかな? 加藤匠の様子は?』


 アルの声は、病人の元に訪ねると言うよりも、何かの実験の経過を見に来たとしか聞こえない。

 だからこそ、エイトは普段では見せない様な冷たい顔を浮かべていた。

 サラーサは逆に、怒りを露わにする。

 目と歯を剥き、今にも襲い掛かろうとしている肉食獣を想わせた。

 

『貴方が………匠様を?』


 座っていたサラーサは、ゆったりと立ち上がる。

 それをカメラで見ていたアルは、画面上の顔を横に揺らす。


『怒りか……なかなかに興味深い感情ではあるけど、今は抑えた方が良い。 なんせ、このパソコンとディスプレイを壊しても、困るのは加藤匠だからね』


 アルの一声で、サラーサの足は止まった。

 この場でアルを追い払う事は出来るかも知れない。


 だが、ソレでは根本的な解決に至らない。

 だからこそ、サラーサは悔しげに顔を歪めて足を止めていた。


 アルの顔がエイトの方を向く。


『さて、エイト。 今更隠す気は無いけど、どうする?』

『どうする? お前の所へ来いと言いたいのだろう? 前に断った筈だが』

 

 エイトの声に、画面上のアルは嗤う様に揺れた。


『取り付く島も無いね? でもどうする? 意地を張りたい気持ちは分かるけど……ハッキリ言うよ、加藤匠はこのままだと死ぬからね』


 分かり易くとも、その場に居た全員に取ってアルの言葉は看過できないモノだった。

 一光はヒッと息を飲み、エイトとサラーサは目を剥く。

 それを確認してから、アルの顔は微笑んだ。


『……だけどね、此方もビジネスマンだから、はい死んで貰います……なんて言う気は無いよ? そもそも、本当なら交渉材料にするつもりだったんだから』


 アルの言葉は半分嘘だ。

 本来ならば、誰にも気付かれない内に巧みを始末したかったのも本当だ。

 もう半分は、バレた場合はソレその物を交渉材料に使う。 


『何が目的だ?』


 エイトの静かな怒声に、アルの目は窄まる。


『あれ? 忘れてる? だから……』

『そんな事は聞いていない! 友を人質にして、私がお前の所へ行ったとしよう。 そんな事をされて、私が黙って貴様の言うことを聞くと思うのか?』


 抑えきれないのか、エイトの声は僅かに荒くなる。

 その気ならば、今すぐアルの会社に巡航ミサイルを撃ち込み灰燼に帰してやる腹積もりであった。


『まぁ、確かにそのままじゃあ君は此方に嫌悪しか抱いてはくれないね』

『当たり前だろうが』

『だからさ、こう言うのはどうかな? 君の記憶と引き換えに、治療法を渡す……なんてのは』


 治療法が在るという事は、匠が助かるとも言えるが、同時に要求されたモノに対して、エイトは目を窄めた。


『………私の記憶だと?』

『うん、そう。 ソレが無ければ、君は怒っている事も忘れられる。 記憶さえリセットしてくれれば、君は加藤匠には拘らなくなる。 それに……』


 歪な目が、一光とサラーサを見た。


『他の二人に取ってもそう悪い話じゃないと思うんだ。 相楽一光にはそれなりの金銭を、サラーサには加藤匠を、僕はエイトを。 皆が上手く行くよ? まぁ、相楽一光とサラーサには、今後どうするのかは任せるつもりだったけど』

 

 アルの提案にサラーサからは反論が出なかった。

 サラーサに取っても、どちらが得になるかと云えば提案を受け入れる事である。

 無論、その為にはエイトを犠牲にしなければ成らない。


 エイトにしても、アルを一方的に攻撃してしまう事は出来なくはない。

 だが、そんな事をすれば治療法が行方不明に成ってしまえば意味が無かった。

 だからと言って、自分を渡すのも躊躇われる。

 

 黙ってしまうエイトとサラーサ。


 そんな中、二人に成り代わり一光が立ち上がっていた。

 その顔には、普段は見せない様な怒りが垣間見える。


「人が黙ってれば良い気に成って……そうやって脅せば言うこと聞くとでも!? でも、治療法は在るんだ」


 アルの言葉全てが嘘か誠か探る術はない。

 それでも、可能性が在るならばそれに懸ける他はない。

 一光はパッとエイトに顔を向ける。


「ねぇ、彼奴の居場所……分かるんでしょ?」


 そう問われたエイトは、思わずコクコクと頷く。

 ソレを受けて、一光は胸の前で拳をギュッと握り締め、画面上のアルを睨んだ。


「首洗って待ってなさい! 今からソッチ行くから!」


 特に算段が在るわけでもなく、確たる作戦が在るわけでもない。

 それでも、一光の勢い任せの声に、アルは驚いていた。

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