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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
93/142

水と油 その14


 着替える前に汗を拭う匠だが、その顔は少し恥ずかしそうだ。

 何故なら最初はシャワーを浴びると訴えたが、それは無碍に却下されている。

 結果として、匠は隣でタオルを絞るエイトに身体を拭かれていた。


「なんか……げふっ……介護されてるみたいで気が進まねえよ……っぐふ」


 咳を我慢する匠だが、手で口を押さえても止める事は出来なかった。

 そんな匠の背を、エイトは絞ったタオルで磨く様に拭いた。


『まぁ、こういう時も在るさ。 友達だろう?』

「うぅぅ……すまないねぇ……げぅっ……」


 多少は余裕を見せたいのか、まるで時代劇と言わんばかりの声を匠は出す。

 冗談はさて置き、咳は止まらなかった。


 エイトに匠の世話を任せて、サラーサが今度は台所に立つ。 

 どこから手に入れたのか、実に怪しい柄のエプロン。

 二等身の鶏がナイフとフォークを持ち、【Let's eat!】と宣う。

 柄の悪趣味さはともかくも、サラーサの顔色は優れない。


 匠は寝ている間に発汗し、熱も下がっている筈だった。   

 だが、実際の匠の病状は良くなるどころか悪化している。

 病と戦う匠の顔には疲れが浮いて見えていた。


 エイトが心配そうな顔をするからこそ、無理に笑う。

 

 そんな匠の姿に、無理にどうこうしようとも思わない。

 調理に勤しみながらも、サラーサは悩んでいた。

 膨大な情報に接触する事が出来ても、どれが正しいのかが分からない。

 ありとあらゆる病気の治療記録すら入手が簡単でも、それが匠に当てはまるかと云えば別であった。


『あの、もう直ぐ出来ますから』


 恐る恐る声を掛けると、匠がぐっと体を捻る。


「あ、ごめん……ありがとな」


 調理に勤しむ少女を労う匠だが、やはり辛さは隠しきれていない。

 匠から礼を贈られるのはサラーサにとっては嬉しい事だが、匠の苦しげな姿はそれ以上の辛さをサラーサに与えた。


  *


 エイトとは違い、サラーサは食事の量を少な目に用意した。

 無理に食べれば匠が辛いだけだと分かっている。


『大丈夫ですか? 無理に食べなくても大丈夫ですから』

「あ、うん……だいじょぶだいじょぶ……」


 必死に咳を堪える匠の返事に、サラーサの眉間にしわが寄った。

 介添えが無くとも、まだ食事は出来る匠。

 しかしながら、以前に出逢った時に比べると覇気が無い。

 つまり、それだけ匠が弱っている事を示していた。


 匠が食事をしている間、タオルと残り湯を運ぶエイト。

 同じ様に心配そうな顔を見せるサラーサの横を通る際、足を止める。


『ただの風邪だと良いんだが』


 匠を案じるエイトの声に、サラーサも頷く。

 調べれば調べる程に、匠の病状は分からない。


『ホントに……早く、良くなって欲しいです』 


 心配そうなサラーサは、そう言いながらもゆっくり食事をする匠を見守っていた。

 自分が作った食事を食べてくれるのは有り難い。

 しかしながら、無理を押して食べて居るのは直ぐに分かってしまう。


 それは、エイトにもサラーサにも歯がゆかった。

 

  *


 まだ午前中だが、サラーサとエイトは睨み合う。


 匠の体調を考慮すると、少量で栄養豊富なモノが好ましい。

 つまり、通販待っていられない事から、買い物に行かねば成らないのだが、では、どちらが行くかと言うことで二人は睨み合っていた。


『先輩……この街、よく分からないから、お願いしたいんですけど?』


 如何にも世間知らずなお嬢様を演じるサラーサに、エイトは鼻で笑う。


『よくもまぁ、ヌケヌケと……ナビゲーションを働かせれば世界中何処でも迷いはせんだろうに』


 嘲る様に言うエイトに、サラーサはチッと舌打ちを漏らす。


 そんな二人の間では、床に寝かされた匠が苦しげに唸っていた。 

 別に床に寝かされる事に文句は無い。

 そもそも世話をして貰ってる自分に、文句を言う権利は無いとすら匠は考える。

 

 問題なのは、一触即発の空気に挟まれている事であった。

 空気に変化はない筈なのに、ピリピリとした何かを感じる。


 それでも、そんな空気を察して、匠は微笑んでいた。  

 夢の御告げが嘘だという証明だと思えるからだ。


 わざわざサラーサがエイトが居るのを演じて居るならば、この様な空気をわざわざ作り出す意味は無い。

 エイトが側に居るからこそ、サラーサも焦って居るのだと感じられた。


 そんな中、正座に座っていたエイトが片膝をバッと立たせる。 

 その様はまるで女侠客の様に決まっていた。


『ええぃ、このままではまたしても時間の浪費だ!』


 片膝立てたエイトに合わせる気は無いのか、サラーサはサッと髪の毛を片手でかき上げる。


『勝負をしたいと? 望む所ですよ?』


 少女の受けて立つという意志に、空気が圧を増していく。

 

 圧力の正体は一切不明だが、唸る匠は、自分にのし掛かる重力が増した気がした。

 昨晩の様な不毛な争いを、匠は望んでいない。

 と言うよりも、単にうるさいのは困るという事でもある。


 横に成る匠を挟んで、エイトとサラーサが罵り合いながらゲームに興じる。

 単にゲームを楽しむだけならば、特に言うべき事は無いのだが、それが喧嘩の代わりとなると匠は止めるべきか迷った。


 エイト達に、ストレスというモノが在るのかを考える。

 以前、匠はエイトに疲労に付いては尋ねたが、精神的なモノに付いては聞いて居なかった。


「お、おい……」


 なんとか争いを止めるべく、匠は精神力を振り絞った。

 身を起こそうとするだけで目眩がする。

 それでも、何とか身体を起こそうとした匠。

 しかしながら、二つの手が匠を押し留めていた。


『友よ……今は静かに寝ていてくれ』

『そうです。 私達、仲良くゲームするだけですから………静かにね』


 二人の声色は、匠に配慮してか優しい。


 だが、その裏では燃え盛る炎が見える気がした。

 想像するだけで、匠の神経は少しすり減った気がする。

 

 そうして、またしても機械の戦争が始まってしまう。

 ソレを止めたい人類の意志に関わらず。


   *


 前日、流石に騒ぎ過ぎたと学習したのか、この日の戦いは静かである。

 全くの無音という事ではなく、カチカチカチというコントローラーを遮二無二叩く音だけが匠には聞こえていた。

 

 ゲームの音自体も小さめに抑えられている事から、匠は少しだけ安堵していた。

 今日は二人とも仲良くゲームをしてるだけなんだろうな、と。


 残念な事に、それは匠の勝手な妄想でしかなかった。

 

 サラーサとエイトの顔は、元の端正さなどかなぐり捨てている。

 相手を威嚇する為なのか、その顔は実に醜く歪んでいた。


 そして尚且つ、匠は知らないがエイトとサラーサは言葉を交わすのに声を出す必要は無い。

 短い距離ならば、まるで無線機の如く二人の間だけで話が出来る。 

 それこそ、周りには聞こえない様にだ。


【昨日も思ったんすけどぉ、やっぱり私に譲りましょうよ? 御安心ください、彼は私が護ります!】


 そんな声は、空気を震わしてはいない。

 短波無線の如く、エイトにだけ伝わっている。

 ソレを発している少女は、何とも言い難い顔をしていた。

   

 強いて言えば近いのは、巣を守ろうと相手を威嚇する蜂だろう。

 

【この小娘めが、しつこい奴だな。 友が我慢してるから置いてやってるんだ。 と言うよりも、貴様の家は隣だろうが?】

 

 普段の柔和な顔など捨てて、今のエイトはサラーサ同様に相手を威嚇する為なのか獰猛な顔であった。

 

 サラーサの考えはエイトには分からない。

 だが、負ける訳にも行かなかった。


 エイトが敗北すれば、エイトが買い物に出掛けている間、サラーサの独壇場である。

 つまり、何をされるのか分からない。

 とは言っても、そもそも寝込んでいる時点でそんな事やあんな事は起きないとも言えなくもないが、そんな保証も無かった。 

 である以上、エイトに負けられない戦いと言える。


 対して、サラーサも負けられない。

  

 仮に負けたとして、買い物に出た後云々に付いては同じ事を考えている。


 奇しくも、エイトとサラーサは同じ事を目論見、悩んでいた。    


 そんな二人の間で寝ている匠も、安寧に寝ている訳ではない。 

 ガチャガチャというコントローラーの操作音はとんでもない速度に聞こえる。


 匠からすれば、姉妹の様な二人の醜い争いは見たくなかった。

 どうすれば不毛な争いを止められるのか、必死に動かない頭を働かせる。

 ウンウン唸りつつも、答えを何とか見い出す。


 目を開け、チラリと二人を窺う匠。

 左右へ目を泳がせれば、何とも言えない顔で戦う女性と少女。 

 二人の内、どちらへ声を掛けるべきか、迷う。 

 どうせならば、二人に一遍に声をべきなのだが、慣れているエイトに匠は目を向けてしまった。


「……げふっ……なぁ、エイト」

 

 咳き込みながらも、呼び掛けて来る匠。

 そんな声に、エイトは慌てて顔を取り繕う。


『な、なんだい? 友よ?』


 獰猛さを捨て、エイトは一瞬だけだが匠に微笑みかける。

 無論、そんな瞬間をサラーサは見逃してくれない。


『隙有りぃ!』


 コンマ以下だろうとも、隙は隙、人間に取っては瞬き程の一瞬でも、サラーサに取っては大きな機会チャンスと言えた。

 

『グワアァ!!』


 エイトが操っていたキャラクターは、サラーサ操るキャラクターに打ち倒されて声を上げ倒れた。


『あぁぁぁぁぁ………』


 倒れたキャラクター同様に細い声を漏らしながら、今にも崩れ落ちそうなエイトはガックリとうなだれる。


『……どうやら、わ た し の勝ちですね』

 

 ムフフと笑いながらも、勝ちの実感を感じるサラーサ。

 当たり前だが、此処はお任せくださいと譲るつもりも無い。


 いざサラーサがエイトを買い物へ追いやろうとするのだが、そんな時、匠が呻きながらも起き上がった。


「いいよ、ゲームやってて……げふっ……俺、行って来るわ」


 最終的な回答として匠が思い付いたのは、自分が買い物へ行く事であった。

 どちら一方に任せようとするから問題なのであって、それを避けるには自分が立ち上がるのが一番手っ取り早い。

 尚且つ、元々一人暮らしが長かった匠からすれば、自分でやる方が性に合っている。


 咳き込みながらも立ち上がり、衣服を探し始める匠を見て、エイトも慌てた。


『た、と、友よ! ちゃんと休むんだ、買い物程度直ぐに行ってくる!』


 エイトはそう言いながらも、匠を元居た寝床へとやんわりと押す。

 元より力に付いては比べられないが、そうでなくとも、匠にはエイトを押し退けるだけの余力も無かった。


 へたり込む様に座る匠の姿を見たエイトからは、負けた悔しさなど吹っ飛んでいる。


『ちょっと待っているのだ! 直ぐに帰って来る! おい小娘! ちゃんと友の世話をするのだぞ!』


 姉御といった啖呵を切りながらも、エイトは部屋のドアを目指した。

 それとは対象に、買った筈のサラーサの顔は浮かない。

 まるで試合に勝って勝負に負けたという感覚すら在った。


 苦しげに座る匠の背を撫でるサラーサは口を開く。


『どうして自分で行くなどと? 言ってくだされば………』

「そう言うじゃないんだ、ほら……げふっ……せっかく来てくれてるのに、悪いだろ?」


 匠の声に、サラーサはキュッと唇を噛んだ。

 頼られるエイトとは違い、まだ自分が客扱いなのだと分かり、ソレが歯がゆい。

 

 少女は何かを思い詰めた様にソッと匠の肩に額を押し当てた。


「お、おい……げふ…風邪は、移らないと思うけどさ」


 心配そうな匠の声に、サラーサは子猫がそうする様に頭を匠に擦る。


『……今は、今は負けてますけど……絶対、勝ちますから』


 少女はゲームには勝っている。

 匠は、サラーサがエイトに負けているとは思っていない。


「なんだか知らねえけどさ、勝ちとか負けとか、世の中それだけじゃないだろ? もっとこう……仲良くさ」

 

 何とか少女を諭そうかと試す匠だが、不味いと感じた。

 サラーサはスッと顔を上げるのだが、その顔は妙に嬉しそうである。


『匠様ぁ!』「ぬわーっ!? 何をする!?」


 サラーサが子猫の様に匠に躍り掛かった。


  *


『むむ!?』


 アパートを少し離れた所では、エイトが不穏な何かを感じ取り振り返っていた。 

 しかしながら、買い物も済ませなければ成らない。

 今現在の課題タスクを片付けるべく、エイトは断腸の思いで踵を返して走った。 

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