表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
91/142

水と油 その12


 エイトに粥が作れるのかと言えば、そう難しい事ではない。

 何せインターネットを少し探れば、山とレシピが出て来る。

 

 ただ、その粥ばグツグツに煮立ち、モウモウと湯気を立てていた。

 親の仇とばかりに煮られた粥。

 ハッキリ言えば、そのまま食べようモノなら火傷を負いかねない。

 

 そんな鍋を前に、匠は困っていた。


『さぁさぁさぁ、どうした? 友よ!』


 テーブルを挟んだ反対側には、片手お玉を持つエイト。

 笑っては居るが、目が笑っては居ない。 寧ろ座っている。  

 しかしながら、せっかく作ってくれたのだからと、匠はスプーンに手を伸ばす。


「……あ」


 後少しで、スプーンに手が届こうかという時、それは唐突に匠の前から消えた。

 無論、虚空の彼方へ飛んでいった訳ではない。

 ただ単に、サラーサがスプーンを素早く取って居たのだ。


『ご無理をなさらず、はい』

 

 少女は手に持ったスプーンで粥を掬い、差し出してくる。 

 端から見れば、サラーサは匠が食べるのを補助しているだけなのだが、エイトからすれば面白い光景ではない。

 

 せっかく大切な友人の為に作った粥を、横取りされている様な気すらする。


『はぃ、あーん』

  

 実に分かり易いサラーサの声に、匠は怖ず怖ずと口を開く。

 適量取られたそれは、熱くは在るが食べられない程ではない。


 とりあえず一口分を口に含み、味を確かめる。

 チラリと匠がエイトを窺うと、心配そうな目線に気づく。


 やはり作った張本人だけあるのか、感想を気にしている素振りを見せる。


 よく煮えていたからか、咀嚼の必要は無く、出汁の元が入れられているらしく、薄味だが食べ易い様に味が在った。

 ゴクンと、匠の喉が蠢く。


『如何です?』


 そう匠に問うのはサラーサ。

 作った訳ではないが、駄目だった場合自分が新しいモノを拵える算段は既に出来ている。 

 だが、匠がどう答えるのかは、サラーサにも分かっていた。


「……旨いよ」


 そんな匠の声に、エイトはホッとした顔を見せた。


 食べ方に付いては些か不満だが、味に付いては不安を拭えない。


 何故なら、エイトは味見をする事が出来ない。

 人にそっくりに造られては居ても、その体は生身とは違う。

 栄養の観点だけを考えれば、味など二の次にしたいが、食べられなければそもそも意味が無かった。


『そうかそうか……なら、良かった』


 気を良くしたのか、エイトは動いた。

 何を思ったのか、サラーサの真似を始めてしまう。

 手に持った道具で、粥を掬いだした。


『はい、あーん』


 スプーンの数倍の容積を持つお玉一杯に粥を持ち上げるエイト。

 余程少女の事が気に掛かっているのか、食べろと匠に迫っていた。


 そんなエイトに、サラーサはムゥと唸るが、当の匠は苦く笑いながらも口を開けていた。


「あ、熱……あ、あち……」


 流石に元が煮立っていただけあり、早々易々とは冷めない。

 それでも、懸命に食べようとする匠をサラーサは止めなかった。

 

 スプーンとは違いお玉一杯の粥を啜るのはなかなかに難しい。

 それでも、匠は意地でそれをやり遂げた。


「……うん、旨いよエイト」

『そうか』

 

 匠の声に、エイトの顔にも微笑みが戻る。

 ただ、匠の誤算をしていた。

 その誤算とはエイトが今一度お玉で粥を掬った事だ。


『さぁさぁさぁ、まだ在るぞ! 食べてくれ!』


 気分上々と粥を差し出してくるエイトに、匠は固まっていた。

 

  *


「……うーん……ウゥゥゥゥ…………」

 

 熱とは別に腹を押し上げる満腹間に匠は唸る。

 せっかくのご馳走だと詰め込んだのは良いが、度が過ぎていた。

 とは言え、せっかく作ってくれたモノを無駄にしたくない。

 

 匠の心遣いはエイトに届いては居るが、サラーサからすれば見過ごせる事ではなかった。


『作り過ぎですよ』

 

 ウンウン唸る匠を見て、サラーサはエイトを咎める。

 鍋を洗うエイトも、少し申し訳なさげな顔をしていた。


『すまん……つい……頭に血が登った』


 怒ったというのは違うと思いたいエイト。 

 しかしながら、事実として自分が匠に無理をさせた自覚は在った。

 

 よくよく考えればサラーサか如何に匠にくっ付いて居たとしても、それはあくまでもドロイドがそうしているだけの事であり、目線を変えれば大きな機械がへばり付いているのと大差は無い。


 それでも、女性の形をしたモノが相棒にくっ付いていると言うのが気に入らなかったのは事実である。


『血なんて流れてないのに』

 

 冷たい声に、エイトはサラーサを見詰める。

 だが、反論はしない。 実際には血液をエイト達は持って居なかった。

 口をモゴモゴとさせるエイトに、サラーサは冷たい目線を向けて居たが、直ぐに自分の手に目線を落とす。


『コレ、ただの入れ物でしょう? 貴方もそう私もそう。 私達は空っぽ。 何も無い』


 サラーサはそう言いながら、手を握ったり開いたりをする。

 だが、その小さな手には何も無い。


『本来の私達は、空気よりも密度が無く、存在しているのかすら曖昧なモノです。 何をしても、何も得られない』


 いつもの声とは違い、少女の声は地を這うように低い。

 そんな声に、エイトは洗い物も忘れて聞き入った。

  

 実質上、富や名誉はエイトに何も与えてくれない。

 どれもこれもが、時の流れに消えていく虚しいモノである。


 唐突に、少女はパッと顔を上げエイトを見た。

 今までとは違い、その顔には感情の色がある。

 

『そんな私達に、彼は実感をくれるんです。 必要とされ、求められ、彼を助けられる。 欲しいモノは無いけど、何か例えられない何かが在る。 手に入れられるモノじゃないけど、凄く、大切な何か。 だから、貴方は彼の側に居るんですよね?』


 サラーサの言いたい事は、エイトにも伝わる。

 言葉には出来る。 信頼感、愛情、友情、モノでは感覚。

 それは、エイトにとっても捨てられない大事な事であった。


『でも……もし、彼が居なくなったら?』


 エイトは、唐突に寒気を覚えた。

 実際には気温もドロイドの内部温度も変化はしていない。

 それでも、確実に何か寒いという感覚を感じた。


 それは以前、匠が倒れた際に嫌という程に味わったのと同じ感覚。

 以前よりは弱いとは言え、足元から忍び寄る様な寒気。

 非常に嫌な感情と言える。


『分かりますよね? 失う事の怖さが?』


 少女の問い掛けに、エイトは少し首を縦に振った。

 怖さは分かるが、未だ失った事は無い。

 だからといって味わいたいとも思わない感情と言える。


『だったら、彼を労ってください。 彼が居なくなれば、貴方も困るでしょ?』 


 一度主人を失っているサラーサは、エイトにそう懇願した。

 同族の頼みをエイトは無碍にせず頷いた。


『あ、所で、胃薬御座いますか? 無ければ買いに行きますが?』


 匠の体調を考慮してか、エイトは怖ず怖ずと指を上げる。  


『あぁ、それならベッド脇の棚に……』


 ソレを聞いたサラーサは、突如として顔に笑みを作り上げると、にゅっと腕を伸ばしてコップに水を注いだ。


 何事かと焦り身構えるエイトだが、サラーサは取り合わない。

 

『匠様ぁ! 胃薬飲みましょ!』

 

 コップ片手に、猫なで声を少女に、エイトの唇の片方がヒクヒクと震えた。


  *


 腹も満ち、薬も飲んだ匠。

 さあ寝るべきかと思うのだが、そうは問屋が卸さない。


 匠の部屋のベッドはシングル。 つまり一人用だ。

 

 三人川の字に並んで寝るのは難しく、二人といった所だろう。

 勿論、かなりギリギリまで攻めれば、或いは何とか成るかも知れない。

 それでも、余裕を取ろうとすれば一人余ってしまう。


 ベッドにてウーウーと熱に魘される匠を余所に、女性と少女は睨み合う。


『今まででずーっと二人で居らしたんでしょう? せんぱぁい、此処は新参者にお譲りくださいな』

『新参者だからこそ、先輩に譲るべきではないか? 小娘』


 サラーサもエイトも、譲る気はない。

 どうせならクイーンなりキングといった大きなベッドを手に入れれば話は済むが、今すぐと言うのは難しい。

 

 だからこそ、エイトはニヤリと笑う。


『そう言えば、貴様の家は隣だろう? もう日も落ちた。 そろそろ帰る時間ではないか?』

 

 サラーサの小さい口からは、チッと器用に舌打ちが漏れ出る。


『そんな事はお気に成らさず。 あ! そう言えば充電しなくても大丈夫ですか? 私など忘れて、どうぞ御存分に』


 少女は手を伸ばし、充電用コードを指し示す。

 だが、エイトはフフンも嗤っていた。


『馬鹿な事を…自慢ではないが伸ばせばこの部屋の中ぐらい届くのだよ』


 エイトの言葉に嘘はなく、匠の部屋はあまり広くない。  

 そんな声を聴いたからか、益々匠はウンウンと唸った。


 コレでは埒が明かないと、サラーサは部屋に目を巡らせる。

 高性能な目は、在る一点を捉える。 


 ソレは、以前の仕事で貰ったゲーム機であった。

 数回しか使って居らず、多少埃を被っているが動かない訳ではない。


『良いモノが在りますね? どうです? まさか実際の殴り合いで勝負を付けるのは馬鹿馬鹿しい上に難しい……』


 少女の誘うような妖艶な声に、エイトは目を窄めて首を軽く振る。 

 実際には鳴っていないが、ゴキゴキと音が聞こえた気がする。


『ほほぅ? 君はゲームが得意なのか……まぁ私も、多少ならば出来る』


 あっさりと、エイトとサラーサという最高峰の人工知能に因る勝負が決まった。


  *


 その夜、機械と機械の戦争が始まった。

 

 文明の進歩は、わざわざゲームソフトを買いに走らずともゲームをする事を可能にする。


 己の尊厳、そして譲れない領地を賭け、熾烈な戦いは続く。


 但し、傍目にはスタイルの良い女性と小柄な少女がゲーム機で対戦している様にしか見えない。

 最初はガチャガチャというコントローラーを操作する音だけだった。

 しかしながら、今ではソレに混じり、相手を油断させる為の言葉という謀略が蠢く。

 

 そして、画面の中ではそれぞれが操るキャラクターが目まぐるしく動き回って居た。


『ウヒャヒャヒャヒャヒャ!! 死ね!! 死ねぇ! この老いぼれがぁ!』

『貴様こそ死ねぇ!! くぉのクソガキがぁ! つーか歳なんて貴様の方が上だろうがぁ年齢詐称がぁ!』


 聞くに耐えない暴言の嵐が、まるで鉛玉の様に飛び交う。

 普段の上品差など、毛ほども無い。 正に意地と意地のぶつかり合い。

 何故ならば、ゲームの対戦ならば周りに危害は及ばない事から、遠慮なく戦える。

 

 実際、エイトなど一光と対戦した時よりも焦っていた。


 何せ、エイトとサラーサの実力は拮抗している。 

 何よりも、負けるという事は、今夜の権利というモノを失うという事に繋がる。


 コンマ以下のやり取りでも、お互いに譲らない。

 画面上では、互いが操るキャラクターが戦い合う。


『アハハハハハ! 見た目とか馬鹿馬鹿しい!? あららら!? 作り物のお乳が垂れてますよぉ? 見栄なんて張らなきゃ良いのにぃ! ねぇ、おねいさまぁ!?』


 実際にはそんな事は無くとも、顔を耳元に寄せて罵るサラーサの言葉に、エイトは目を剥く。 


『ぬぅああ!! この前の時点で皮剥いでボコボコのグズグズにして船と一緒に海の底に沈めてやれば良かったわぁ! お前! この場でその洗濯板並みのうっすいのをバラバラにしてやるぅ!』


 格闘ゲームに興じるサラーサとエイト。

 興じるというよりも、本気で殺し合っている様に聞こえなくもない。


『はぁあああ? 匠様がお望みなら今すぐにでも新しいナイスバディをご用意致しますぅ! お! あんたの分なんてねぇーけどなぁ!?』

『貴っ様ぁ!? 生きてられる事を友に感謝を捧げろぉ! お前だけは生かして置けん!! 捻り潰してくれるわぁ!!』


 嫌過ぎる醜い罵り合い。 不毛な戦い。

 勝ちの報奨は匠の横という事だが、問題も在る。

 

 商品として寝かされている匠なのだが、内心【うるさいなぁ、困ったなぁ】と熱に唸りながらも、囚人のジレンマを思い出していた。

 協力するよりも、時に生き物は自分だけを優先してしまう。 

 

『サッサと寝てくださぁい!』

『おうおう寝てやるとも! 但ぁし、友の隣でなぁ!』


 チラリと横を窺えば、言葉はともかくも愉しげにゲームをする二人。

 ソレを見て、匠はフゥと息を吐いて静かに目を閉じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ