水と油 その11
エイトは人見知りをする性格ではない。
他人を下卑したり馬鹿にすると言うことも無い。
何故なら、その事に意味を見いだして居ないからだ。
自己の地位というモノに関してはエイトに頓着は無い。
そんなエイトでも、嫌いなモノは在った。
ソレは最近出来たと言っても過言ではない。
『結構です』
目の前の男性の誘いを丁重に断る。
本来なら、突き飛ばして終わりにしたいが、今のところ匠が伏せって居る事も在り、余計な事に時間を割きたくない。
「えー、でもさ、結構重そうだけど?」
エイトを引き留める男性からすれば、今のエイトは綺麗な女性に見えた。
そんな女性が、細腕で重そうな荷物を抱えている。
だからこそ、絶好の機会だと声を掛けたのだ。
上手く行けば、綺麗な女性とその妹も芋づる式にしやろうと。
ただ、やはりというか女性も少女の反応は芳しく無い。
荷物を持つ女性の顔からは色が消え失せ、少しだけ後ずさる。
男性は何か起こるのかと期待したが、パッと小柄な少女が前に出ていた。
此方の少女も、負けず劣らず整った顔立ちに衣服も合っている。
その顔には、少し硬い笑顔が在った。
『すみません、ウチの方は近いので』
エイトとは違い、サラーサの態度は幾分か柔らかい。
その為、男性も残念そうではあるが一歩下がり道を譲る。
「はぁ、そっすか……すみません」
男性が退き道が空いた事から、サラーサはエイトを引く。
『さぁさお姉……ちゃん、行こう?』
年下の妹を演じる少女に、エイトは仕方なく頷いた。
*
帰り道、エイトは懐疑的な目を少女へ向ける。
『何故あの様な事を?』
エイトからすれば、サラーサは同族ではあるがそれ以上でも以下でもない。
兄弟姉妹と呼べる程に付き合い無く、関係も希薄だ。
だが、問われたサラーサはフフンと不敵に笑う。
『何故? それは簡単ですよ。 あの程度の輩、退かす事は出来るでしょうね。 でも、おいそれと退かすのは難しい。 勿論、喧嘩に勝てないという意味ではないですよ? 分かります?』
分かりますと言われたエイトは、ムゥと鼻を鳴らす。
『関わろうとしなければ良いのでは?』
そんな声に、少女は肩を竦めて息を吐いた。
『エイト……貴方もしかしたら……失礼かも知れませんが友達多くないでしょ?』
サラーサの声に、エイトはウッと唸った。
エイトにも人間の知り合いは多いが、特に仲の良い者は多くない。
精々思い当たるのは匠の勤める店の店主の田上か、匠の友人の相楽一光程度である。
他には居ない訳ではないが、仲が良いかと問われると微妙だった。
何も言わないエイトの態度に、少女は微笑む。
『まぁ、友人など私達には望めるモノでは在りません。 それでも、人に紛れて居る時は、多少融通を利かせないと』
サラーサの言いたい事はエイトは何となく察した。
自分達は人ではない。
である以上、普通の人間以上に気を使わなければ成らないのは明白だろう。
『要するに、遠慮しながら身を隠す様に過ごせ……と?』
エイトからすれば、サラーサは日陰に居るのだと感じる。
問いに対して、少女は首を縦に振った。
『そうです。 私達は表立ってはいけない。 匠様を想えば、その程度の事など大した事ではないでしょ?』
恋する乙女だと言わんばかりのサラーサ。
そんな声に、エイトは目を細めていた。
別に陰日陰に居ることにエイトには問題は無い。
問題なのは、サラーサの気持ちと言えた。
『そう言えば、何故押し掛け女房の様な真似を?』
エイトがそう言うと、サラーサは一瞬目を丸くする。
直ぐに頬に手を当て、眉をハの字にしながらも微笑んだ。
『……そんな、もう女房だなんて』
困って居るのか嬉しいのか微妙なサラーサだが、エイトは顔をしかめている。
『文字通り取るのではない。 押し掛けた理由を聞かせて貰いたい』
少女はパッとおどけるのを止めた。
顔を真面目に取り繕い、エイトを見る。
『憶えていらっしゃらない? なかなかお呼びが掛かりませんでしたので、此方から押し掛けてしまったのです』
少女の声に、エイトはムッとしながらも口を開いた。
『……それは知っている。 質問の仕方が悪かったか、何故友に拘るのだ?』
エイトの問い掛けに、サラーサはピタリと足を止めた。
『ではお聞きしますが、今すぐ彼を譲ってくださいな』
サラーサの声に、今度はエイトが足を止める。
同じ問答は、以前船の中で済ませていた。
『前と同じ押し問答に成りそうだな』
『そうだろう? なら余計な事は忘れる事だ』
少女の口調は、エイトのソレに似たモノへと変わる。
元々は独特な喋り方をしていたサラーサだが、今では喋り方がエイトに酷似していた。
そして、顔には憤怒が窺える。
『……何のつもりだ?』
『何の? 其方こそどういうつもりだ? 私は、キチンと提案した筈。 無理に戦わずとも、譲り合えば問題は起きないと』
少女の口調はエイトのソレと相違ない。
敢えて真似をするサラーサに、エイトは鼻を少し唸らせた。
『何故私の真似をする?』
そう問われた少女は、少し左右に動いた。
『何故真似をするのか……答えはそう難しいモノではない。 もし、次に相棒不在で匠様が困った時、それでは彼が悲しむ。 私は彼にそんな事はさせたくない。 第一、私が本気に成れば彼に私と君の見分けが付けられるかな?』
サラーサの声はともかく、エイトを真似た口調に問題は見えない。
匠の呼び方に関しても、よくよく注意すれば済む。
少女の言葉は、それだけ強い意志を感じさせた。
一度の過ちも許さず、次も無いと。
『……すまない』
エイトは、サラーサに詫びた。 無論、本来は詫びる必要は無い。
だが、本気のサラーサと争う事はエイトも避けかった。
憤怒を顔に浮かべていた少女も、スッと手を持ち上げる、徐に顔を手で解し、顔から怒りを消す。
『次は……許しませんから……それにしても』
そう言うと、少女は目を配る。
普通の人間とはかけ離れた視力と記憶力を持つサラーサは在ることに気付いても居た。
『忌々しい。 後を付けてどういうつもりかしら?』
エイトも、先ほど送ると自分に申し出た男性は記憶に新しい。
自分達を追うように少し離れた所にある車は見えていた。
『何故だろうか。 静かに過ごしたいだけなのだが』
エイトは、寂しげにそう言うと目を僅かに輝かせる。
何かをしようとしているのは分かり、少女は前に出た。
『おい……』
急に前に立たれ、戸惑う女性を、少女は手で制する。
『走って逃げましょうか?』
サラーサの案は、エイトが呆気に取られる程単純なモノだ。
『逃げる?』
『えぇまぁ、ほら、考えてみたら匠様を待たせて居りますし……』
何を思ったのか、サラーサはパッとエイトから荷物を毟り取る様に奪うと駆け出す。
『あ! コラ! 待て!』
『待てと言われて待つ奴など居りません!』
人外の速さで駆け出す、二人組の女性だが、必死さは無く涼しい顔と言えた。
*
自宅のアパートにて、寒さに震える匠。
ベッドの上で毛布にくるまって居るが、異様な程に寒い。
「……げふっ……ぐふっ……」
咳き込み、呻く。 重い怠さに、熱の為か意識が乏しい。
病院へ行き、注射もされ薬も貰ったにも関わらず、一向に体調が良くならない匠は独り苦しんでいた。
腹に何か入れたいが、待っているという事も在る。
どうしたものかと悩んだ時、ガチャリという音が聞こえた。
『お待たせ致しました………匠様?』
『大丈夫……なのか、友よ?』
熱の為か、視界が僅かにぼやける。
それでも心配そうな二つの声は匠に届いた。
「……あ……お帰り……げふっ……」
身を起こそうとする匠様だが、それをエイトが抑える。
『無理しなくて良い……直ぐに何か用意するから、寝ててくれ』
「うー……そうか……ぐふっ……」
口を手で押さえ、咳を堪え様とする匠。
そんな匠の姿を、エイトとサラーサは沈痛な面もちで見る。
『どうやら……暖める必要が在りますね』
そう言うと、サラーサは荷物を足元に置いてベッドへと近寄る。
『おい貴様、何をするつもりだ?』
早速とばかりに衣服に手を掛ける少女を、エイトは押し止めた。
『何をとは無粋な……暖めなければ成らないのはお分かりでしょう?』
『余計な世話だ。 それは私がやろう。 食事の用意を頼めるかな?』
身長差が在る事から、サラーサはエイトを見上げ、エイトは見下ろす。
熱に因る幻覚なのか、匠は二人の目の間に何か稲妻にも似たモノが見えた気がした。
*
暫く後、台所にはブスッとした顔のエイトが立っていた。
どちらが調理し、どちらが匠の保温をするのか付いては大いに揉めたが、サラーサの一言でエイトは調理を担当したいる。
【まだ慣れていないのでしょう、練習したら如何?】と痛い所を突かれ、台所に立つエイトはムッとしたまま鍋の中を掻き回す。
チラリと目を配ると、何とも言い難い光景をエイトは捉える。
『……大丈夫ですか? 寒かったら、どうぞご遠慮無く』
「……あー……はぃ……」
心配そうな少女に寄り添われ、匠は困った様に目を泳がせながら寝ている。
サラーサが衣服を脱ぐことはエイトが阻止したが、それでも現状は余り芳しくはない。
その為、お玉を握るエイトの手にも力が籠もる。
ブルブルと先が震えるお玉だが、握り締める力は、持ち手が変形する程に強かった。
『あの……泥棒ネコめ……後で必ず追い出してやるぅ』
そんな恨み節が、エイトの口からは小さく漏れ出していた。
エイトの監視など微塵も気にしないサラーサは、コアラの如く匠に抱き付き離れない。
しかしながら、その形は無駄だとも感じていた。
何故なら、仰向けに寝ている人の側で自分も寝ても、接着している面は多くない。
どうせなら自らを布団代わりにする事も吝かではないサラーサ。
『お寒う御座いますか? 何なら私が下で貴方は上に……』
「え? いゃ……そんな、事は……げふっ……」
本音は寒いと言いたい匠と、何とも言えない申し出をする少女。
だが、匠はサラーサの声に応じるのは難しい。
何故なら、怖い笑いを浮かべたエイトが鍋を持って居たからだ。
『さぁ待たせたな……友よぉ? お粥が出来たぞぉ?』
どこから持ち出したのか、エプロン付けたエイト。
傍目にはともかくも、その笑顔は酷く怖かった。




