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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
89/142

水と油 その10


 追いかけっこと呼べるほど、エイトはサラーサを追う必要が無かった。

 何故なら、目的の少女はアパートから百メートルほど離れた所で、トコトコと道を優雅に歩いており、それ以上走る様子は無い。


 事実、エイトに追い付かれても少女は慌てなかった。


『おい、逃げないのか?』


 モノ試しと聞いてみるエイト。

 問われた少女はチラリと隣を歩く女性を窺う。

 傍目には同じ様に美麗な女性だが、服装はそうでもない。

 サラーサはエイトの足元から頭の天辺までを見ると、フゥと息を吐いた。


『……服は、まぁ後で見繕うとして……エイト、お気をつけなさいな』

『うん? 気をつけろとは?』


 自分を案じる声を、エイトは訝しむが、少女の目には心配をする色が在った。


『貴方………外を歩いた事がお在り?』

 

 サラーサの声を吟味するエイトだが、直ぐに鼻をフフンを鳴らした。


『んっふっふ……悪いな姉妹よ、自慢ではないが友にはよくお出掛けに連れて行って貰えるのだよ』


 自信たっぷりに胸を反らすエイト。

 どうだと言わんばかりの女性に、少女は目を細めた。


『……ソレについては、素直に羨ましいと思います。 ですが、私が言いたいのはそう言うことではなく、独りで出掛けた事は在るのか……という事です』


 てっきり歯をギリギリ言わせて悔しがるかと思ったサラーサだが、その声は落ち着いている。

 だからこそ、エイトの自信も煙が抜ける様に窄まっていた。


『……在る……と言えば在る』


 エイトの主観に置いて、匠の側を離れた時期がそれに当たる。

 沈思黙考したかったと言えばそうだが、実際は顔を合わせて居なかっただけだ。

 俯くエイトを見て、少女はフゥと息を吐く仕草を見せる。


『なら、コレもまた経験と成りましょう』  


 先程までの暗さは何処かへ振り払い、少女は笑った。


  *


 傍目には姉妹に見えなくもないエイトとサラーサ。

 姉と妹が買い物か何かに出掛けて居る様に見えなくもない。

 そんな二人は、程なく近所のスーパーマーケットへ着いていた。


『いらっしゃいませ~』

 

 サラーサとエイトが自動ドアを潜ると、挨拶が流れた。


 昼日中でも、それなりに客は見える。

 ただ、エイトとサラーサはかなり浮いていた。


 行動が奇っ怪という事もないが、見た目が違う。

 だが、それも当たり前と言えば当たり前であった。

 美しくデザインされているのだからこそ、平均値と比べてもかなり目立つ。

 以前ならば、周りなど見ていなかったエイトも、周りの目は気付いていた。


『なんか……私、変かな』


 ジロジロ見られるという事には慣れていないエイトの声に、サラーサはプラスチックのカゴを手に取りなが頷く。


『忌憚の無い言い方をさせて貰えれば、悪目立ちしますね。 その衣服、匠様のモノでしょう?』


 少女に指摘され、エイトは慌てて自分の衣服を摘まむ。

 まず間違いなくエイトが着ているのは匠の私服であった。


『……うん……まぁ』


 困った様な女性に、サラーサはまたもやフゥと息を吐く。

 その様は、世間知らずの姉を憂う妹の様だ。


『エイト……最近は無理に店に赴かずとも通販です買えます。 貴方もそれなりにお金は御座いましょう? 買った方が宜しいですよ? お姉様』


 お嬢様な妹を演じるサラーサ。

 それを見て、エイトは拳をギュッと握っていた。

 周りの目さえ無ければ、この場で捕まえてこめかみ辺りをグリグリと圧してやりたい。

 しかしながら、人の目も在る事から、エイトは自分に我慢を課した。


 唇の端をピクピクさせるエイトを見て、少女は犬でも呼ぶ様に手を軽く振る。


『ほら、そんな所でピクピクしてないでくださいね』

 

 慣れたモノだと余裕を崩さないサラーサに、エイトは渋々と後に続いた。


  *


 暫くの間、エイトは少女の後に続く事で色々と学ぶ。 

 電子の買い物でも、商品が並ぶという光景は見えるが、それらはあたかもカタログを眺めているのと相違ない。


 実際の生鮮食料品が並んでいる様は、なかなかに壮観と言える。


『お前は……こういう所はよく来るのか?』


 エイトの質問に、品を吟味する少女は少し頷く。


『ええ、まぁ……橋本様の所に居た時には、暇でしたからね。 今考えれば良い予行演習と言えるでしょう』


 手早く吟味しては、必要なモノを見定めてカゴに放り込む。

 テキパキとした少女に負けじと、エイトは頭を働かせた。


 身近に端末等が無くとも、エイトは独力でインターネットを使用する事は出来る。

 近場のルーターなどに潜り込む様なやり方だが、この際手段を選んではいなかった。

 風邪とは何なのかを検索し、対策を練る。


 そんなエイトは、ふと自分を見上げる少女の目に気付いた。


『なんだ?』

『エイト、一つ忠告してあげましょうか?』


 サラーサは言葉と共に、片手を上げて人差し指を立てていた。


『余り外部の記録に頼らない方が良いですよ?』


 言われたエイトは、小首を傾げる。


『何故だ? 在るものは使った方が楽だろう?』


 そんな言葉を受けて、少女は立てていた指を横へ揺らす。

 メトロノームの様でもあるが、別にリズムを取っている訳ではない。


『確かに、それが楽なのは認めますよ? でも、私達は考える事が出来ます。 にもかかわらず、それをせずに調べる、聞くばかりしていると、自分では何も出来なく成ってしまうでしょうね』


 サラーサの声は辛辣とも言えなくもない。

 だが、エイト身につまされて居た。


 匠が怪我をした時、倒れた時、風邪に苦しんでいた時。


 どれも何も出来なかった。

 急な事態に対応が出来ず、ただ動けない。

 

 唇を強く閉じ、目を伏せるエイトは、酷く寂しげに見えた。

 そんな手をサラーサはソッと引く。


『まぁまぁ、過去は過去、今は今でしょう? さ、早く買い物済ませて帰りましょう? お姉様』

『なんか、そのお姉様と言うのは違和感が強い』


 実際の姉妹ではない以上、エイトは違和感を訴えるが、少女は気にしなかった。


『それはそれは……ですが、今は我慢してくださいな』


 そう言うと、サラーサはエイトの手を引く。


『……むむ……むぅ』


 渋々といった女性だが、少女に逆らいはしなかった。


 買い物だけに関して言えば、サラーサはエイトの上と言える。

 何を買ったら良いのか迷うエイトとは違い、その目は的確に必要なモノを揃え様と動く。


 残るは、会計を済ますだけであった。

 

 レジは二通り、昔ながらの人が打つタイプのモノと、半自動のレジ。

 どちらに並ぶのかと言えば、サラーサは何故か昔ながらのレジへと並んでいた。

 この点に付いてはエイトには不可解と言える。

 一々他人に任せず、自分達でやった方が正確かつ早いのではないかと。


 そう思うエイトは、腰を折ってサラーサの耳に口を寄せる。


『ぉい………何故此方だ? あっちの方が早そうだが』 


 わざわざ他の客に混じって並ばずとも、半自動レジなら並ばなくともよい。

 エイトの囁き声に、サラーサフフンと笑った。


『何を仰いますお姉様。 お買い物に来てるんですよね?』

『………まぁ、な』

『だったら、少しぐらい人の真似をさせてくださいよ』


 少女の声に、エイトは身を見開いていた。

 サラーサの言ったことは理解出来る。

 自分と少女は、あくまでも人に似ているだけでしかない。

 敢えて率直に裏を明かせば、人の紛い物である事は明白であった。


「いらっしゃいませぇ……」

 

 余りやる気の無さそうな店員が品をレジに通し始める。

 一つ一つが通される度に、ピッピッと電子音が鳴るが、その際、サラーサはエイトの腰をポンと叩いた。


『はい、お姉様。 お願いね?』

『え? あ、はい』


 会計を任されるエイトは、慌ててポケットから財布を取り出す。

 使い込まれたソレは、思わず持参した匠の財布であった。

 正直なところ、勝手に財布の中身を使うのは心苦しいエイト。

 それでも、買い物をした以上払わない訳にも行かない。


「え~……三千六百五十二円で~す」


 そんな声に、エイトは『はい』と支払う。

 その素早さは店員が一瞬目を疑う程であった。

 

 悠々とカゴを持つエイトだが、隣を行くサラーサの目は細い。


『なかなかどうして……案外出来ますね?』

『むふふ……まぁね。 計算に関しては完璧だろう?』


 自信満々なエイトを、サラーサはフッと鼻で笑う。


『後はまぁ、独りでお買い物が出来る様に成ってくださいね?』


 少女の軽い嫌みに、エイトの顔は怖かった。

 口は笑っているが、目蓋は震えて目は開かれている。

 そんな怖い顔を見ても、サラーサの余裕は崩れなかった。

 

   *  


 買い物も終え、後は帰るだけのエイトとサラーサ。

 さぁ帰ろうとしたが、見知らぬ男性が立っていた。


『すみません』


 軽く挨拶を入れて横に退くエイト。

 道を譲れと言うつもりは無く、余計な事をして帰りが遅く成るのは嫌だった。 

 だが、避けた筈なのに、男性はスッと動いてエイトの前に立つ。


「あの、もし良ければ乗せて行きましょうか?」


 そう言う男性の顔は、親切心から来るモノでは無く、獲物を物色するソレである。


 サラーサはまたかと言った顔をしていたが、エイトは違う。

 まるで能面の様に冷たい顔を見せていた。 

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