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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
88/142

水と油 その9


 にこやかな少女という情景は悪くはない。

 が、逆に言えば不自然としか見えないのも事実である。


 とりあえず差し出された箱を、匠は「ありがと」と受け取った。 

 

 箱を持ちながらも、チラリと隣の表札を窺うと、【3】とある。

 分かり易い事に代わりはないが、やはり違和感が拭えない。


「あの、隣には確か違う人が住んでたと思うんですけど? その人は……まさか?」


 始末したのか、と問い掛けそうになる匠。

 ソレを察したのか、サラーサは手を軽くパタパタ振る。


『あぁ、此処の人ですか? 二百万渡すから出てってと頼んだら、喜んで直ぐに出て行ったんですよ。 大家さんも、前払いで百万渡したら喜んでどうぞどうぞと言ってくれました!』


 あっけらかんと自分が何をしたのか白状するサラーサ。

 ソレを聞いて、匠は金の魔力に恐ろしさ感じた。

 長年住んだ、変な客だとか、そんな人間の些細なモノは吹っ飛んでしまう。

 

「あぁ、そう……えーとじゃあ………げふっ……宜しく」


 本来なら、再会を祝したり引っ越しを祝ってやりたいとも思う匠だが、今は熱に浮かされ余裕が無い。 

 匠の咳きを聞いた少女は、顔を心配そうに歪めた。


『匠様? もしかして、ご病気なんですか?』


 スッとサラーサが距離を積めても、匠には避けなかった。 

 熱に浮かされた頭では、其処まで考える余裕が無い。


「あぁ、うん。 なんかね……どっかで拾ったみたいなんだ……じゃあ、俺寝るから……今度ね」


 軽く咳き込みながらも、匠は部屋に帰ろうとする。

 だが、匠の足は動かない。

 動かさないのではなく、動かなかった。

 何故なら、サラーサの手が匠の衣服を掴んだままだからだ。


「……ん…っ…あの?」

『駄目です』

  

 咳き込む匠には、少女の言葉の意味が分からない。

 駄目と言われても、部屋に帰らねば寝られない以上困る。


「いや、駄目って言われても」

『部屋に帰って良いですよ、だから、私に……看病させてくださいな』

 

 匠は目眩めまいを感じた。

 果たして、それが熱に因るものなのか、少し惚けた少女の声のせいかは分からない。


 どうしたものかと匠は迷うが、次の瞬間、匠のポケットから怒声が響く。


『ふ、ふざけるな! 友よ! サッサとソイツを追い払え! 看病なら私がしてやる!』


 匠の纏う作業着のポケットからエイトの声は聞こえる。

 その服に手を掛けている少女の目が、グリッと動いてポケットを捉えた。


『おや? エイト、そんな所に』

  

 そう言うと、少女は片腕で匠を捕まえつつ、空いている片手でヒョイと匠のポケットからスマートフォンを取り出してしまう。


『あ! コラ! 何をする!?』

 

 まるで何かを摘まむ様にスマートフォンを指先だけで持つサラーサ。

 エイトの声を聞いても、少女の余裕は崩れない。


『アラアラ……そんな所に隠れちゃって……そう言えば、この前の喧嘩、私負けてましたよね? アレ、すんごく気にしますのよ?』


 実に妖しい声色に、匠のも異変を察したのか少し慌てる。


「あ、ちょっと……駄目だって…げふっ……」


 咳き込む匠に、サラーサは顔から妖しい色を消した。


『わかって居ります。 この間の言葉は嘘では御座いませんので』


 そう言うと、少女は匠を放した。


『さ、お早く』

『お早く……ではない! コラ! 放せ!』 

 

 美麗な少女の持つスマートフォンからは怒声という何とも珍妙な光景だが、とりあえずサラーサにエイトをどうこうするつもりは無いのだと分かった。

 仕方なく、匠は部屋の鍵を開ける。

 ただ、片付けが済んでいない事を匠は思い出していた。


 女の子を招くとしては、些か準備不足と言える。

 その前に、本来なら見知らぬ相手を部屋に招くという事に気を使うべきだが、今の匠にはそれだけの余裕が無かった。


「ごめん、ちょっと……散らかってるから」

『構いませんわ。 さ、中へ』


 戸惑う青年を妖しく誘う少女。

 サラーサにとってみれば、清潔度はあまり問題ではない。

 寧ろ、今までずっと待たされていた不満だけが募っていた。


『あぁ! 何でお前まで入るんだ! 此処は わ た し と友の家だぞ! 帰れ!』


 エイトの怒声は虚しく、ドアはパタンと静かに閉じた。


  *


 匠の主観に置いて、部屋に女の子を上げた事は無い。

 エイトが女性かどうかに付いて言えば、ドロイドの形がどうであれ、匠に取ってはエイトはエイトとでしかなかった。

 

「あ、ごめん。 何か……げふっ……出した方が良いかな?」


 フラフラとしながらも、匠はサラーサにそう尋ねる。

 そんな問いに、少女は首を横へと振った。


『お構いなく……そんな事よりも、早く寝た方が良いのでは?』


 何とも丁寧な少女の声に、匠はウンと頷いてしまう。

 それは、エイトにとってみれば不愉快な光景と言えた。


『くぉら! いい加減放せ! 卑怯だぞ!』

 

 相も変わらず、サラーサの手の中で吠えるエイト。

 ソレを聞いても、少女の余裕は崩れない。

 何せ今ならサラーサはエイトに比べて圧倒的な有利と言える。

 

 片方は微笑みを称えながら立ち、片方は文字通り手も足も出せない。


『さぁ……どうしましょうか?』


 ムフフと笑いつつ、サラーサはスマートフォンを顔に寄せて余裕を楽しむ。

 以前ならば圧倒的な優位にもかかわらずサラーサはエイトに負けた。

 だが、今のところは少女は逆の立場に居る。

 

 ただ、ソレを見た匠は、動かない頭を無理に動かしていた。


「あ、ごめんな」


 実に自然な動きで、サラーサに近寄るとヒョイとスマートフォンを取る。

 

 人間にしてみれば極々僅かな瞬間と言えるが、人工知能には違った。


 コンマ以下の数秒ながらも、エイトとサラーサは睨み合う。

 そして、エイトの顔は勝ちを感じた笑みを見せ、サラーサは悔しさに美麗な顔歪めていた。


 程なく、充電中のドロイドの手に匠の持つスマートフォンが触れる。

 近付くだけで良かったのだが、敢えてエイトは触れるまで待っていた。


 匠の部屋にて、充電をしていた女性型ドロイドの手が持ち上がる。

 そんな様に、サラーサ操る少女の顔はしまったという色を隠さない。


「……げふ…ぐふっ……あー、エイト……大丈夫か?」


 何度か咳き込む匠を、大人びた女性が支える。


『なに、もう大丈夫さ。 友よ、早く寝た方が良い』 

  

 余裕たっぷりなエイトの声。

 それはさながら、急に回復した正義の味方を想わせる。


 あから様なエイトの変貌に、サラーサは白い歯をギシリギシリと軋ませるが、唇は笑う形で閉じていた。


 今や二人の女性が部屋に居る匠だったが、両手に花と喜んでは居ない。

 実のところ、今すぐ寝たい衝動に駆られ余裕が無いのだ。


「ごめんよ、あー……どうしようかな」


 フラフラとしながらも、何かに迷いを見せる匠。


『どうした?』『どうかされまして?』


 ほぼ同時に匠を窺う女性と少女。

 ほんの僅かな間、互いに睨みを利かせるが、コンマ以下の秒数では気付く事は難しい。

 そして、匠は病院から貰った紙袋を見ていたせいで気付いて居なかった。


「いやさ……食前食後、三十分以内って書いてあるからさ……げふっ……帰りに、なんか買ってくれば良かったのかな」

 

 熱と咳の為か、二人の瑞々しい女性など意に介さない匠。

 そして、ソレを聞いた二人も、片目が器用相手を睨んでいた。


『そうか! なら、今すぐ何か用意しよう!』


 自信満々にそう言ったエイトだが、問題が無い訳でもない。

 匠の部屋には余り食糧と呼べるモノは多くなかった。 

 高性能な目を全開に生かし、辺りを窺う。

 ポンと目にはいるのは、何故か小さなリボンが付けられたインスタント蕎麦の箱。 

 この際、コレでも良いかと手に取るも、クスクスと言う笑うに手を止める。


『病人にインスタントですか?』


 そう言うのは、口を手で覆い隠すサラーサ。

 言われたエイトは露骨に顔をしかめるが、少女は取り合わない。

 美麗な少女はすっくと立ち上がると、匠を見た。


『匠様』

「はい」


 ポンと呼ばれ、ポンと返す匠。 

 益々エイトの顔が歪むが、対して少女は優雅ですら在る。


『今から何かご用意致します……少し猶予を』

「え? あー……うん」


 サラーサの声に、今度はエイトがギリギリと歯を鳴らす。

 笑う少女に睨む女性という光景だが、匠は座り込んだままフラフラと揺れていた。

 客が来ているのだから、頑張ろうと起きては居るが、実のところ余裕など無い。


 今にも倒れてしまいそうな匠を見て、エイトは意を決した。

 バッと手を伸ばし、匠の財布を掴む。


『友よ、少しだけ待っていてくれ!』


 今生の別れとでも言いそうな勢いで、エイトはそう言うと部屋の外を目指す。

 対して、少女の動きは優雅であった。


『匠様……お着替えして、寝ててくださいね?』

「あー……はい」

 

 水飲み鳥程ではないが、ユラユラ揺れる匠にそう言うと、サラーサはエイトの後を追う。

 実質的には風が起こるほどに動きが速いが、匠はソレを見て居なかった。


 周りを窺えば、気配が無く、とりあえず立ち上がる寝間着を探す。


「……作業着のまんまじゃあ……駄目だよな……」


 朦朧としながらも、匠は作業着から寝間着に着替え始めていた。


  *


 部屋から出るサラーサだが、意外なモノを見て脚を止める。

 なんと、全力で何処かへ行ったと思っていたエイトは其処で待っていた。


『あらら、とっくに買い物に走ったと思いましたのに』


 言葉こそ丁寧ながらも、今にも喧嘩を始めそうな少女。

 対して、男物の衣服を纏う女性は腕を組み仁王立ちに立つ。


『貴様……どういうつもりだ?』


 自分は門番です。 今のエイトからはそんな声が聞こえて来そうだ。

 だが、サラーサには意味が無い。


『どういう? ですから、申し上げましたよね? なかなかお呼びが掛からないので、自分から来たと。 橋本様も……悪い人では御座いませんでしたが、キチンと挨拶はして来ました』


 優雅な少女の声は、衣服にも合っていた。

 少女らしい服装ながらも、気取らず、決して嫌みではない。

 

『そうではない……船は沈んだ筈だな?』


 目を窄めるエイトに、サラーサは小首を傾げる。


『ええ、この私が沈めました……あら? もしかしたら……持参金が気になりますの?』


 唐突な少女の声に、エイトは動揺を隠そうと身を固めるが、顔まではそうも行かない。

 船が沈んだ事は、エイトも見ている。

 となると、サラーサの金蔓が無くなった筈なのに、少女の余裕は崩れない。


『なんだ……そんな事ならご心配無く。 あんな船を買う気なら、後数隻は買って見せますわ。 それに、そんなものなど無くとも、彼のお側に居られればそれで良いでしょう? 他に何が要ります?』


 少女の声に、エイトなんとか反論を模索する。

 しかしながら、サラーサにそれを待つ義理はない。

 それどころか大変な事を仕出かしたという顔を見せ、口を手で抑える。


『いっけない……こんな事してる場合では御座いません……では、バイビー!』


 完全なる死語だが、そう言うと少女は駆け出す。

 今のところ、サラーサに取ってはエイトとのお喋りは重要性が低かった。

 

『あ!? 待てぃ! この泥棒猫!』


 エイトは、記憶に残る言葉を出しつつ、少女の後を追った。

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