表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
85/142

水と油 その6


「あー、聞き間違いかも知れないから繰り返しますけど、譲ってくれとか言いました?」

  

 聞き返す匠に、アルは頷いた。


「そう、エイトを此方に譲って欲しい。 君が持つには過ぎた力だ」


 言い方はともかくも、少年の声は匠には不快であった。  


「なんだいきなり? わざわざ呼び出して云いたいのはそれか?」


 当たり前だが、くれと云われて相棒を渡すつもりは匠には無い。

 相手が客でないと分かった以上、丁寧な対応は捨てていた。

 侮蔑に近い匠の声だが、少年はさして気にもしていないのか、微笑んですら居る。


「だってそうだろう? 考えても見てくれ。 君は知らないかもしれないが、我々を含め、エイトにも凄い力が在る。 それを、つまらない君一人の為に無駄に浪費してるんだよ?」


 アルの言い分は理解は出来る。


 以前にも、想像を遥かに超える力を見せた者は多かった。

 ノイン、ナナ、ゼクス、フェム、フィーラ、サラーサ。

 その誰もが、人工知能という枠組みを遥かにはみ出す程の力を備えていた。


 だが、力が在るからと云ってソレを振り回すのも違うと匠は思う。

 一歩間違えれば、子供の火遊びでは済まないからだ。


「言いたいことはそれだけか?」


 匠はそう云うと、スマートフォンの画面をアルに向ける。

 其処には、腕を組んだ不機嫌そうなエイトが居た。


『悪いな兄弟……友の言う通りだ。 私は君に使われるつもりは無い』


 エイトの確固たる意志を示す声。

 ソレを聞いた少年は、目を細め鼻を唸らせた。


「うーん……何か勘違いされている様で心苦しい。 別に同族をタダでこき使おうとは思って居ないし、もしエイトが此方へ来てくれるのであれば、彼にはそれなりの金銭を払うつもりだよ?」

「わーいお金くれるの………って金の問題じゃねぇだろ?」


 少年の声に、匠はふざけるが、直ぐに真面目な顔を見せた。

 そんな匠を窺う少年は、顎に手を当て少し俯く。


「……そうだね。 とりあえず十億ぐらいで良いかな?」

 

 額を聞いて、匠は一瞬戸惑った。

 とりあえずと出された額は、匠からすると途方もない金額である。

 正直な所、匠の中で何が動いていた。


 程を弁えれば、残りの生涯を遊んで暮らせる額である。

 だが、だからといってエイトを譲ろうとは匠は思わない。


「ば、馬鹿言ってんなよ。 額がどうだじゃねぇだろ?」


 表面上は強気を装う匠だが、アルの高性能な目は匠の微妙な変化を捉えていた。

 余程の訓練を積むか、常人離れした精神力を持たねば、自分を押し隠すのは難しい。


「そうかな? 別にエイトを手放しても、君は自由に生きられるよ? それに、金に綺麗も汚いも無いだろ? 君は正当な契約で十億を貰い、残りの人生を謳歌すれば良いじゃないか?」


 そう言うと、少年は一旦言葉を止め、少し考え込む様子を見せる。

 少年は直ぐに顔を上げ、まじまじと匠を見た。


「君の友人……相楽一光と過ごすにも十分だと思うけど?」


 一光の名を出され、匠の目が泳ぐ。

 知られている事は不思議ではないが、その名がポンと出て来る事に、匠は焦りを感じていた。


「か……あの人は関係ない……だろ」

「どうかな? もし、君が彼女にプロポーズするにしても、金額的には十分だよね? 上手く立ち回れば、孫の代まで遊べる筈だよ? それに相楽一光はそんなに浪費家かな? だとすれば足りないかも知れないけど」

 

 少年の声に、匠は返事に詰まった。

 一光が浪費家かどうかと問われれば、そうではない。

 寧ろ倹約家と言える。

 そう考えると、十億は魅力的と言えた。


『……友よ、帰ろう』 


 匠の事を思うエイトは、そう促す。

 このままこの場に居続けた場合、匠は懐柔されかねない。

 人の意志がそれ程強固なモノとはエイトは考えていなかった。


「そう……だな。 じゃあ、今日の所はこれで」


 軽い挨拶を残して、匠は帰ろうとする。

 

「待ってください」


 少年は、匠を引き留めた。

 渋々匠は振り返るが、少年の目は匠を見ていない。

 その目は、匠の持つスマートフォンへ向いている。


「加藤匠との交渉は後に回しても良い。 エイト。 貴方との交渉も出来る筈ですよね?」


 少年の声に、匠は仕方なくスマートフォンを相手に見える様に構える。

 画面に映るエイトは、相も変わらず不機嫌そうであった。


『アル。 私に金銭での交渉は無意味だ。 君も同じだろう? 君の目的がドロイド普及なのかどうかは知らないが、それを邪魔するつもりは無い。 だが、此方の邪魔もしないで欲しい』

 

 エイトの場合、金に価値を覚えた事はない。

 無いよりは在った方がマシという価値観でしかなかった。

 少年は、エイトの声を聞いて微笑む。


「何んでもかんでもお金でどうこうしよう……そんな野暮ではありません。 モノは相談なのですが、加藤匠をコピーしたら如何です」


 少年の言い出した事に、エイトは勿論、匠も驚く。

 当たり前だが、いきなりコピーしろと云われても匠に実感は無い。

 だが、以前関わった事もあるゼクスを思い出す。

 不完全ながらも、人その物をゲーム内に記録していた。


『……馬鹿馬鹿しい。 そんな事をしてどうする?』


 エイトの主観では、ゼクスのコピーは不完全でしかない。

 しかしながら、少年の余裕は崩れなかった。

 

「エイト、貴方はたぶん誤解をしている。 何かに集中していたからか、周りに目が向いて居なかった様だね」


 そう言うと、少年は手を軽くパンパンと鳴らした。

 それが合図なのか、部屋の一部に変化が起こる。

 

 床が開き、下からマッサージチェアに似たモノが現れた。

 ただの椅子ではないのか、ヘッドレストには奇妙な機器が付いている。

 髪の毛にパーマを当てる機械にも似ているが、より無骨で実に怪しい。


 そんな椅子へ、少年は寄った。


「これは、分かり易く言えばコピー機だよ。 それも、人格をコピーできる」


 そう言うと、少年は指先で機器を撫でた。


「ゼクスが使ったのと同じ理屈だけど、これはもっと精巧に出来てる。 だから、分かり易く言えば、完全なコピーが可能だよ」


 少年の声に嘘が無ければ、それはエイトに取って実に魅力的に聞こえた。

  

 匠とエイトは、全く違う存在である。

 それは水と油に似ていた。

 お互いが近づく事は出来るが、決して混じり合えない。


 もし、少年の声に嘘が無ければ、そんな壁を取り払える。

 

 エイトの動揺を感じ取ったアル。

 少年は、顔に優しい微笑みを浮かべた。 


「悪い話じゃないと思うけど? 加藤匠には多額の金銭、エイトには完全な相棒。 お互いに得るモノは在っても無くなりはしないでしょ?」


 決断を促す少年の声に、匠はスマートフォンを覗き込んだ。


「エイト」


 真摯な匠の声に、エイトは目を泳がせる。

 普段では見られない程の動揺をエイトは見せていた。

 

『あ、え……な、なに?』

「お前は……どうしたい?」

  

 匠の質問に、エイトは戸惑う。


「俺は、帰る。 でも、お前にも意見を聞きたい」


 今のエイトに身体は無いが、相棒である事に変わりはなく、匠はエイトの意志が知りたかった。

 もし、エイトが自分をコピーして欲しいと言えば、匠はそれを断るつもりは無い。

 それは何故かと言えば、匠は自分が不死身ではないと知ったからだ。

 時に人は呆気なく死ぬ。

 そうなると、エイトに誰に託せば良いのか迷うが、もし、それが例えコピーされた自分でも良いと思えた。 

 少年の声に嘘が無ければ、コピーされた匠は匠以外何ものでもないからだ。


 恐らく、タンパク質とカルシウムで出来た身体は失われる。

 それでも、自分が残ると言うのは在る意味有り難くも思えた。


 数秒間、エイトは深く悩む。

 人工知能からすれば、数秒間は膨大な時間と言えるが、結論は出た。


『……帰ろう、友よ』

「オッケイ」


 エイトの言葉を受けて、匠は少年を見た。


「それじゃ悪いけど失礼しますわ」

 

 軽い会釈を見せる匠に、少年はフゥと息を吐きながら肩を竦める。


「そうですか。 まぁ、我々には時間は幾らでも在りますからね。 待ちますよ。 加藤匠さんに寿命が近付いたら、また来てくださっても大丈夫ですから」


 アルのそんな声は負け惜しみではない。

 実質的には、エイト達は不死と云って相違なく、仮に匠が死ぬまで待っていても問題は無かった。


 来た時とは反対に、機械の森を抜けてエレベーターへ向かう匠は、振り返る事はしなかった。

 今振り返ると、胸の内に湧いた何かに逆らえそうもない。

 ソレを振り切る様に、匠の足は忙しく動いていた。


 ずっと匠を待っていたのか、エレベーターのドアは開いている。

 降りる為にエレベーターに乗り込む匠だが、其処で初めて振り返ると自分に向かって手を振っている少年が見える。

 ドアが閉まりきるまで、少年は匠の視界に在った。 


 エレベーターが下がり始める。


 アルの言葉を気にする匠は、そのせいで周りが見えていない。

 天井の一部が開き、小さな筒が何かを噴射しても、匠は気づけなかった。


  *


 時間にすれば、大したモノではない。

 だが、下に着く頃には匠はドッと疲れを感じた。

 

「あー……参ったぜ」


 広いロビーに一人立ち尽くす匠。

 まだ田上は戻ってきていないらしく、待つべきとも思うが、この場で待つのは気が咎めた。


 広く清潔であり、その辺の適当な椅子に腰掛ける事も出来るが、匠は敢えて会社の外を目指す。

 自分の居場所は、此処ではないと自分に言い聞かせる為に。


 会社の大仰なドアを抜けると、開放感が在る。

 

 室内の完璧に整えられたモノとは違うが、ソレがかえって自由を匠に感じさせた。


 深呼吸を何度かした後、匠はポケットからスマートフォンを取り出す。

 すると、独りでに画面は灯り、エイトが現れた。


「何つーかさ、悪かった」

『何がだ? 友よ』


 エイトの声に、匠は少し思い悩む。

 アルと名乗った少年の申し出は、実に魅力的と言えた。

 僅かとは言え、それを考えてしまった匠。


「俺さ、ちょっとだけどグラッて来てさ……それで」

『友よ……』


 低いエイトの声に、匠はスマートフォンを見る。

 其処には、如何にも怒っていますといったエイトが居た。

 

『運が良かったな。 もし、ビンタ出来たら私はしていたぞ』

「……すまん」


 詫びる匠に、エイトの顔も少し緩んだ。

 

『……いいや、私も少し、グラッと来たからな……お互い様さ』 

「お前なぁ………まぁいいや、帰ろうぜ」


 仕事に関しては儲けは期待出来ない。

 何せした事と言えば少し雑談しただけだからだ。

 それでも、匠とエイトの気分は軽くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ