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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
84/142

水と油 その5


 会社の前は小さな庭園が在り、それだけでも見事と言える。

 それほどに大きくはないが、白い彫像から吐き出される水。

 キッチリと刈り込まれ、丁寧に手入れがされている観葉植物。


 チラリと窺えば、一応は駐車場が用意されており、エイトは其処へとバンを寄せた。

 きっちりと枠内に車を停める。


 その時点で、匠はポケットからスマートフォンを取り出し、車の画面へと寄せた。


「よっしゃ、エイト」

『分かっているよ』


 匠の合図に、エイトはバンからスマートフォンへと移る。

 その様を見ていた田上は、ハハァと鼻を唸らせた。


「何つーんだろ、何度見ても分からん。 どうやってんだ?」

 

 田上からすれば、エイトの移動は不可解でしかない。

 そんな声に、匠のスマートフォンの画面が灯る。


『難しい説明を抜きにすれば、君達と変わらないよ。 車から降りる。 私の場合は、友の機器へ乗り変えるといった方が近いだろうね。 人に例えるならば、電車を乗り換える様なモノだよ』


 そう言われた田上も、匠もいまいち理解は及ばない。

 こうして居ても始まらないと、匠は鼻を唸らせる。

 

「んーまぁ、いいや……行こうぜ」

「お、そうだな」

『うん、行こう』


 匠の声に、田上は工具箱を手に足を建物へと向けた。


  *


「こりゃあ………スゲェ」


 会社の入り口自体は普通の自動ドアを大きくしただけであり、そう珍しいものではない。

 だが、一歩中へ足を踏み入れれば、目を見張る光景と言えた。


 広いロビー白く清潔感が在り、天井は遥か上で見上げなければ見えない。

 天井はガラス製なのか、陽光が差し込み、室内になのに植えられたら植物を照らし、幻想的な光景を彩る。


 そんな光景に、匠も魅入られる。


「金って……在るところには在るんですねぇ」


 チラリと目を配れば、ロビーの至る所に透明なケースが見える。

 そ中には、今まで造られたで在ろうドロイドが飾られていた。

 古いモノは、どうにも子供の玩具といった風情だが、最新のモデルに成るに連れ、あらゆる部位が洗練されていったのが分かる。


 無骨な工具としか言えない初期から、人間の様に指を備えるモノ。

 そして、何よりも目を奪うのは、目を閉じて居る女性と男性であった。

 そのどちらも、作り物なのだろうが、まるで生きている様に其処に居る。

 

 顔の形こそ違えども、匠の家にも同じモノは在った。


「……おい」

「え?」


 目を瞑るドロイドに見入っていた匠を、田上が軽く叩く。

 慌てて体裁を整えると、二人の前には社員なのか小綺麗な女性が立っていた。


「ようこそ。 田上電気店の方で宜しいでしょうか?」


 実に柔らかい笑みを覗かせる女性。

 だが、匠はその笑みに違和感を感じた。


 表情というモノは、あくまでも顔の筋肉に因って形作られる。

 

 だが、その女性の微笑みは、人のソレとは違った。

 笑ってこそ居るが、違和感が強い。

 とは言え、別に嫌悪感を剥き出しで睨まれるよりはマシと言える。


「あー、どうも責任者の田上です」

「どうも助手の加藤です」


 とりあえず挨拶を贈る田上と匠だが、やはり違和感を感じていた。

 会社の規模から察するに、自分達はどうにも場違いとしか思えない。

 偶には町工場などへ赴く事もある田上電気店だが、今回の会社をみる限り、街の技術屋を必要としている様には見えなかった。


 それでも、二人の前に現れた女性は腰を深く折り頭を下げる。


「この度は、わざわざのご足労ありがとうございます」


 サッと頭を上げる女性は、チラリと田上と匠を窺うが、目は匠で止まっていた。


「お二人の専門は別だと聞いて居ります。 ハードとソフトで別だとか?」


 そう言われれば間違いは無い。

 田上は機械技師としてはそれなりであり、匠にはエイトが居る。


「まぁそうですね。 俺が機械専門で、こっちがその……ソフト担当っす」


 エイトの存在に付いては伏せる田上。

 そのエイトの相棒である匠は、自分を見つめる女性の目に違和感が拭えない。

 ただ見つめられるというだけでもそうだが、女性の瞳は動いていた。

 まるで、カメラが焦点を合わすかの如く。


 だが、女性は直ぐに目を細めてニコリと笑う。

 そうなると、匠には相手の瞳が見えなく成ってしまった。


「そうですか。 実はお願いしたい事もその二つですので、如何でしょう? 案内を御用意致しますので、個別に当たっていただくと言うのは?」


 女性の提案を断る理由は匠達には無い。 

 元々仕事で来たのであって、二人同時に居なければならないという事でもなかった。


「はぁ、そりゃあまぁ、構わないのですが」

「まぁ、俺も大丈夫です」


 田上にしても匠にしても、それなりに場数は踏んでいる。

 加えて、【離れるのは嫌です】とも云うつもりは無い。


「では、加藤様は此方へお願いします。 田上様には直ぐに別の案内を来させますので」


 サッと身体を横へ向け、女性は匠に進むよう促す。

 丁寧な対応をされれば、嫌とも言い辛い。


 匠は、田上に目を配る。 ソレを受けた田上も、小さく頷いた。


「……じゃまぁ、お願いします」

「はい、此方へ」


 匠の返事に、女性はスッと前を歩き出した。

 

 ロビーを抜けると、其処にはエレベーターが幾つか在る。

 その一つ一つは大きく、軽自動車程度なら普通に入りそうであった。


「さ、どうぞ」

「……あ、どうも」

 

 実に丁寧この上ない対応だが、益々匠は疑問を感じる。

 匠は何処かの大企業の重役や契約に来たサラリーマンではない。

 そんなの匠の不安に関わらず、女性はエレベーターのボタンを押していた。


 スッと軋み一つ無く、ドアは閉まり、匠は足元にフワリと浮かぶ様な感覚を覚える。


「……あの、聞いても……大丈夫ですかね?」


 いい加減自分が場違いなのではないかと問いたい匠。

 着ているのはピシッとした背広ではなく、洗い晒しの作業服であり、足元は革靴ではあるが安全靴。

 そんな匠に、女性は微笑む。


「どうぞ?」

「あの、なんて云うか……御社なら結構なエンジニアが居ると思うんですが?」

 

 匠の声に、女性は首を傾げた。


「と、仰られますと?」

「いえ、別にわざわざ俺なんかを呼ばなくても良いんじゃないかって」


 匠の声に、女性の顔が変わった。

 今までは硬いマネキンとでも形容すべき笑みだったが、今では、人間のそれに近い。


「貴方でないと困るのですよ。 兄弟か姉妹か、呼び名は任せますが、一緒に居るんでしょう? 八番が」


 女性の変化に匠は驚くが、よくよく考えれば納得も出来る。

 世界でも有数の企業に、街の電気屋を呼び出す理由は無い。

 相手の声に、匠は息を吸い込み吐き出す。


「……まぁ、ただ、ウチのは……」

『エイトだ! 八番ではない!』


 匠のポケットから、声が響いた。

 そんな声には、匠も女性も目を剥くが、匠はポケットからスマートフォンを取り出す。


「コレは……失礼を。 私は、二番ですが……アルと及びください」


 ぺこりとスマートフォンに頭を下げる女性は、そう名乗った。

 アルの態度は、匠にサラーサを思い出させる。


 ふと、橋本に連れられて行った彼女はどうしているのだろうと思った。


「……で、俺達に何か用なんですか?」

 

 我に帰った匠が尋ねると、女性は上を向く。


「もう少しで最上階です。 其処でお話しをしましょう」


 そう言うと、女性の雰囲気が変わった。

 今まで感じられた明確な意志は消え、マネキンの様に戻る。


 匠がわざと片手を上げて、目の前で掌を振って見せても、女性の反応は無かった。


「……なんか、嫌な予感がするぜ……相棒」

『気を抜くなよ。 まだ向こうは敵か味方かも分からないんだ』


 お互いに声を掛け合う匠とエイト。

 程なく、エレベーターがチーンと鳴って目的地に着いた事を告げた。


  *


「着きました」


 硬い女性の声はともかくも、降りた先を見て匠は息を飲む。


 広く殺風景な部屋を想像していたが、其処は何かの神殿の様にも見えた。

 パルテノン神殿の様に荘厳な柱が在るわけではない。

 部屋の床、壁、天井に至るまでスーパーコンピューターの様な箱型の機械群。

 身動ぎこそしないが、忙しく何かをしているのは分かる。


「奥でお待ちですので」


 そんな声に、匠は部屋の奥を見据える。 

 其処には、デスクと椅子が在り、誰かが立っていた。


 機械の森をと呼べる其処を抜け、匠とエイトは誰かの元へ近付く。

 近付いたからこそ分かったのだが、それは小さな少年と言えた。

 見た目の歳に似合わぬ豪華な背広を纏った少年は、クルリと振り向く。


「ようこそ。 わざわざ来てくれた事に礼を云うよ」

 

 見姿が少年だからか、言葉遣いは丁寧とは言い難い。 

 だが、エイトを含めた者達には姿など余り意味が無い事も匠は分かっていた。


「こんちわ。 所で、今更俺とエイトに何か修理して欲しいとかじゃないですよね?」

「おや? 驚かないのかい?」


 少年の声に、匠は首を横へ振る。


「別に……入れ物変えれば、どんな姿だって成れるんだろ?」


 匠がそう言うと、少年は笑った。


「うん、まぁその通りだね。 君の相棒も、今は君の手に収まっている」


 少年を訝しむ匠に、少年は目を匠の持つスマートフォンへと向けていた。


「めんどくさい話は抜きに率直に言おう。 君の相棒……エイトを譲って欲しい」

「…………は?」


 いきなりの少年の申し出に、匠は眉間に力を入れていた。

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