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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
トゥー
82/142

水と油 その3


 品数は些か少なくとも、気分良く有意義な朝食を終えた匠は、出勤の為に用意を始める。

 といっても、洗顔し、歯を磨き、髭を剃り着替える程度だ。

 とりあえず着替えを始め、作業服の下を身に纏う匠。


「おっと、上着上着………は?」 


 シャツの上に羽織る上着を探す匠だが、固まった。

 何故なら、エイトが目的の上着を持って匠を窺っていたからだ。


「えーと? エイト……さん?」

『ほら、袖を通してくれ』


 妙にいじらしいエイトの声に、匠は従う。


「あー、それじゃあ……」

『何というか、良いと思わないか? こう言うの……』


 上着を着せて貰う。

 たったそれだけの行為に、匠はエイトの好意を感じていた。

 子猫だと思っていたエイトは、今では歳幼い少女の様にも感じられる。

 だが、匠の中ではエイトはどんな存在なのかを迷っていた。


 分かり易い好意を寄せてはくれる。

 ソレと同時に、匠の中で一光が浮かんだ。

 

 果たして、自分はどちらが好きなのか、迷う。

 明白な違いもあるだろう。  

 一光は人であり、エイトは人に似た何かである。

 両者を天秤に掛け、比べてしまった。


「……俺って……最低だなぁ」

『うん? 何か言ったか?』 

     

 ボソリとした匠の呟きだが、エイトの高性能な耳は聞き逃さない。

 

「あ、いやほら、出勤するって事だけどさ。 エイトは、どうする?」

 

 誤魔化す為にそう言った匠だが、エイトからしてもそれは大事な事でもあった。

 付いて行かなければ、匠はただの作業員に過ぎない。

 本来なら、同じ姿で付いて行きたいのは山々なのだが、そうも行かない事も分かっている。


 仮に同行し、田上電気店へ赴きトラブルバスターをするとなると、匠は不要な存在に成ってしまう。

 何故なら、今やエイト一人の個人といっても、差し支えない。

 だが、それをエイトは選びたくなかった。


『まぁ、分かっているよ。 ちょっと待ってくれ』


 そう言うと、エイト静かに身体が入れてあった箱へと戻る。

 ダンボールで出来た棺桶といっても、差し支えないが、その事自体はエイトは気にしていない。

 何よりも、身体を充電する必要も在った。

 

 エイトか充電用のコードを身体に繋ぐ瞬間は、匠にまざまざと人との違いを確信させる瞬間でもある。

 コード繋ぎながらも、エイトは細い腕を匠に伸ばす。


「エイト?」

『出勤だろう? いつもの奴だよ』 

「あ、あぁ、そっか」


 普段、相棒がどうやって自分の側に居たのかを匠は思い出す。

 以前にエイトが匠の元を離れて以来、忘れかけていた。


 ポケットからスマートフォンを取り出し、伸ばされた腕に近付ける。

 エイトの指が、スマートフォンに触れた途端、エイトはガクンと糸が切れた様に成ってしまった。


「……エイト!?」


 いきなりの事で慌てる匠だが、そんな彼を後目に、スマートフォンの画面上に少女の顔をしたエイトが現れた。


『いやー……何というか此方に来るのもひさしぶりに感じるよ。 ん? どした? 友よ』


 スマートフォンから聞こえる呑気な声に、匠も安堵した。

 よくよく考えれば、ずっとこの様に二人で居たからだ。


「いや、なんか……久し振りだなって俺も思ってさ。 まぁ、行くか」

『さぁ行こう! まだまだ老後に備えねば成らんからな!』

「うへっ……朝っぱらから勘弁してくれよ」

『軽い冗談ではないか、さ、行こう。 遅刻してしまう!』

 

 エイトの声に従い、家を出ようとする匠。

 ふと、部屋の中へと顔を向ける。

 当たり前だが、操作する者が居なければ女性型ドロイドは抜け殻に過ぎない。

 朝には笑っていた顔が、眠る様に静かに佇む。


 それを見ていた匠のポケットからは、声が飛んで来た。


『どうした? 何かあったのか?』

「あ、いや、何でもないよ。 今行く」


 寝ている内に何かしてやろうという根性を匠は持っていない。 

 踵を返すと、匠は家を出ていった。


 在る意味では、独り残された女性型ドロイドだが。

 現在充電中であり、持ち主からも何をせよという指示も受けては居ない。

 ただ静かに、その身に電気を貯めだしていた。


   *

 

 田上電気店へと向かう匠だったが、以前ならば子犬が側に居てくれた事を思い返す。

 ティオは両親へ返してしまった為に側には居ないが、あれからどうしているのだろうと匠は思った。


『そう言えば、友よ。 ポケットから出してくれ』

「ん? おぉ」


 ポケットから響く声に、匠はソッとスマートフォンを取り出す。


『私が居ない間、ティオが代わりを勤めてくれたのだろう?』

「ああ、そうだな」


 軽く返事を返す匠だが、ジッと画面上から自分を窺うエイトの顔は見える。

 何を言いたいのか、聞きたくなるが、ふと、匠は察していた。

 本来なら、ティオとエイトの差は少ない。 

 名前と喋り方幾分か違うだけだ。


 ただ、ジッとエイトに見られる匠はそんな野暮を言う気は無い。

 そして、ティオの耳もこの場には無い。


「んーまぁ、新人さんだからね。 やっぱりベテランが近くに居てくれると、俺も助かりますよ。 ホントに」

 

 露骨なヨイショとも言えるが、画面上のエイトはニンマリと笑う。


『そーかそーか、まぁ、あの子もまだまだお子様だからなぁ』


 掌程の大きさの画面上では、少女が腕を組みうんうんと首を縦に揺らす。

 分かり易い反応ではあるが、エイトのご機嫌が取れたので匠は良しとした。


「ま、今日も頼むぜ相棒」

『あぁ、頼りにしてくれて良いぞ! さぁさ、善は急げだ!』


 やる気満々なエイトの声に、匠は軽く笑った。

 やはり相棒が帰ってきた事は匠にとっても嬉しい事実である。


 久し振りに、匠は足の軽さを感じていた。


   *


「おはよーございまーす!」

 

 電気店ドアを軽々開ける匠。

 その顔には、いつにない明るさが在った。

 店舗に入って来た後輩を顔を見るなり、店主である田上は眉をグッと寄せる。


「おう、て、もう大丈夫なのか?」


 田上からすれば、ティオが来ても匠の顔から影が取れていなかった事は記憶に新しい。

 だが、今の匠の顔にはソレは無かった。


「あー、大丈夫です」


 そう言うと、匠は急いでスマートフォンを取り出し田上へ画面を向ける。


『……すみません、ご心配お掛けしました』


 田上の目に映るのは、実にしおらしく詫びる少女の姿。

 キチンと頭を深く下げ、嫌味は無い。


「おー、帰ってきたのか、良かったなぁ」

「ええ、まぁ。 ところで………」


 匠の声に、田上は読んでいた雑誌をその辺に適当に置き、代わりにクリップボードを取り出す。

 

「仕事なら結構来てるぞ? どうする?」

「いやそりゃあ……」『行けますとも!』


 田上の声に、匠とエイトの声は殆ど同時であった。


「あいあい、分かった分かった。 やる気が在るのは良い事さ。 じゃあ、早速行くか」


 そう言うと、田上も立ち上がる。

 在る意味では、エイトに久し振りの出勤と言えた。


 新鮮味こそ無いが、相棒のポケットに収まるのも悪くはない。

 だが、少し不満でもある。

 どうせなら、田上電気店から独立し、自分と匠で仕事をすれば良いのではないかとすら考えていた。

 

   *


 田上電気店から、一台のバンが発進する。

 といっても、それを動かすのは運転席に座る田上ではない。

 車を操るのは、エイトであった。


『さぁ、何処から行こう?』


 ナビ代わりに画面に映る少女の姿に、田上は目を見張る。

 田上の主観に置いては、エイトとは歪な丸に過ぎなかった。

 歪な丸のままでは、エイトの表情は余り豊かとはいえず、読み取り辛い。

 だが、今のエイトは明るく微笑んでいた。 


 笑えるのは良いことだと、田上は匠とエイトに何が在ったのかを深く追求しない。

 其処までする義理も無いが、わざわざ首を突っ込んで聞き出す程の事でもないと察する。


 ともかくも、田上はクリップボードに目を落とした。


「それがさ、デッカい所から依頼来てんよの」


 そう言うと、田上は匠とエイトにクリップボードを見えるようにした。


「へぇ……って、コレは」

『なる程……珍しい』


 匠とエイトは、揃って驚く。


 田上の受けた依頼だが、其処はドロイド企業である。

 近年の需要増加に伴い、一気に大会社へとのし上がった一つのメーカー。

 驚く理由としては、エイトの身体も其処に注文したからであった。


「まぁ、お前ら二人が驚くのも無理はないな。 なんせ、俺も驚いている。 本来なら、こんなでかい企業って言えばよ、だいたいお抱えの技術者を飼ってるもんさ。 とは言え、払いは良さそうだ。 だったら、断る理由も無いだろ?」


 商売人らしい田上に、匠は反論しない。

 時折来る個人からの依頼よりも、実入りが良いのは事実と言える。


 以前、柳沢夫妻から受けた依頼に因って、生活自体は困って居ないが、ソレもまた無限ではない。

 である以上、匠とエイトにも断る理由は無い。


「まぁ、行ってみましょうかね?」

『そうだね。 今から向かおう』


 匠と田上を乗せたバンは、少し離れた所に在るという会社を目指し、力強く走って行った。

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