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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
スリー
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我に自由を! その18


 銃器密造兼用密売船【デウスエクスマキナ】は沈んだ。

 だが、それは小さなニュースとしか報道されない。


 公海上にて、国籍不明の船舶が沈没したとしか、世界には流布されなかった。


 問題なのは、それを調査していた藤原と橋本である。

 勝手に居なくなった上に、無断で船を使用し、あまつさえ証拠足り得る大型船は沈没。


 結果として、二人は査問に掛けられた。

 二人同時に査問をぶつけられる事はなく、別々である。


 実に偉そうな人物が藤原を見ていた。

 だが、藤原は恐れる事無く、自分が何をしたのかを語る。


「銃器密造の現場と、それを運んでいた船は見つけました。 ただまぁ、ちょっとした手違いで、沈んでしまいました」


 それが藤原の答えである。 

 無論、その組織を牛耳って居たのは少女の姿をした人工知能であるという真実も在ったが、それを言った所で信じて貰えるとは思っていない。

 

 藤原を査問する委員も、目を丸くしていた。


「つまり……君は……橋本警視正と共に二人で船に乗り込み、八面六臂の活躍をして組織を潰してその船を沈めた……そう言いたいのか?」


 戸惑いを隠せない査問委員。

 それを見て、藤原は笑い掛けたが奥歯を噛み締めて笑いを押し殺した。


「はい、その通りです。 嘘だとお思いならば、海保辺りに頼んで船の跡を攫って見ては? たぶん……少しは残骸などが出るかと。 この場に何も持って来れなかったのが残念なぐらいです」


 荒唐無稽としか思えない事を、藤原は容易く言ってのけた。


  *


 たっぷり何十分とあれやこれやと聞かれた藤原は、フゥと息を吐きながら査問を受けていた部屋から出る。

 処分に付いては後で追って伝えるとしか言われなかったが、藤原には後悔は無かった。

 やるだけの事はやれた。

 かつて、正義の味方を目指して警察官に志願した藤原は、やっと本来の目的を果たせた満足感の方が強い。

 仮に、警察を首に成ったとしても、それも本望と言えた。


「……藤原さん」


 心配そうな声を出すのは、藤原の同僚であり相棒の長谷川である。

 眼鏡の奥に見える不安げな視線に、藤原は笑った。


「まぁそう落ち込むな……たぶん……大丈夫……とは言えないか」 

  

 ガックリと落ち込んだ風を装う藤原だが、まだ撃たれた肩の痛みはそのまま残っている。

 思わず呻く藤原を、長谷川が支えた。


「無理しないでくださいよ。 お医者さんからも、暫くは休めって言われたんですよね?」

「ああ、ヒビで済んだが、当分……運転は機械任せにしろってよ」

 

 肩の痛みよりも、自分で運転出来ない事を藤原は残念そうに語る。

 そんな上司の声に、長谷川の顔には怒りよりも寂しさが浮かんだ。


「どうしてです?」

「……お?」

「どうして……私は置いてけぼりだったんですか?」

 

 長谷川の辛そうな声に、藤原は口を閉ざす。

 そもそも何故、長谷川に声を掛けなかったかと言えば、単純に女性を巻き込むのを藤原が嫌がった事だ。

 何せ訳の分からない組織を相手にする以上、下手をすれば長谷川が怪我をしかねない。


 事実として、藤原も橋本も無傷ではない。

 橋本など、診察の結果肋骨を折っていた。


 藤原からしても、長谷川の身体に弾が食い込むなど認められない。

 だからこそ、長谷川には何も言わず発ったという裏がある。

 

「まぁ、アレだよ。 馬鹿みたいに聞こえるかも知れねぇけどよ、お前に怪我させるとか、嫌だった……からさ」

 

 長谷川の身を案じるからこそ、連れて行かなかった。

 それが、藤原の答えである。

 それを聞いた長谷川は、少しだけ蟠りが解けていた。

 足手まといだからこそ、連れて行かなかったという事ではなく、自分の身を案じるからこそ、言わなかった。

 そんな藤原の気持ち長谷川にも分からないでもない。


 だが、だからといっておいそれと承伏も出来なかった。


「馬鹿言わないでくださいよ……藤原さん死んじゃったら……誰が運転してくれるんですか?」


 長谷川が免許を一応持っている事は藤原も知っていた。

 だからこそ、わざわざそれを言ったりはしない。

 動かせる片腕伸ばし、藤原はソッと長谷川を抱き寄せた。


「……すまねぇ、馬鹿やったからクビに成るかもな」


 やりたい放題した以上、その覚悟は在った。

 そうなると、公務員から無職となってしまう。

 そうなれば、長谷川を養って行こうとしていた藤原の夢は頓挫する。


「お前は……まだ、若い。 他の奴もゴロゴロ居る。 だからさ……」


 敢えて今すぐ身を引こうとする藤原だったが、長谷川の腕には力が込められ、放してはくれなかった。


「そんなの……平気です。 大丈夫ですから」


 長谷川にしてみれば、藤原が怪我を負ったということ自体辛い。 

 胸に嫌な痛みが走り、苦しくすら成る。

 それでも、肩の負傷も数日もすれば治ると聞けば安心出来た。 

 連れて行って貰えなかった事も過ぎた事だと流している。

 

 そして、そもそも今の長谷川は金銭的な面などどうでも良い。

 何故なら、頼れる相棒からもその点に付いては問題無いとすら言われていた。


「もし、もしです。 藤原さんが放り出されたら、わ、私の家来ても良いですから」


 長谷川は、心臓を踊らせながらそう言った。

 言ってから長谷川は焦る。

 言葉だけを捉えれば、宿を貸そうという意味にも聞こえるが、少し深読みすれば、在る意味覚悟を示してもいる。


「……ありがとな。 どうなるかわかんねえけど、そん時はホントに上がっちまうぜ?」


 藤原は静かだが力強く答えた。

 下手をすれば懲戒免職、良くて減俸降格は避けられない。

 そんな自分でも良いのかと、遠まわしに藤原は尋ねる。 


 藤原の誘うような声に応えようと、長谷川は口を開く。


 だが、聞こえてきたのは咳払いであった。


「ちょっとちょっと……仲良いのは良いことですが、場所を考えてくださいよね?」


 そう言うのは、缶コーヒーを二つ持つ橋本であった。 

 藤原の次に査問を受ける以上、時間が来るまで待っていたのだが、いざ時間が来たからと足を向ければ、其処には抱き合う二人の男女。

 無論、橋本には藤原と長谷川の恋愛を邪魔する趣味はない。

 

 ただ、警視正という立場上、一応注意を促す。


「イチャイチャしたかったら、他の場所でやってくださいね。 はい」

 

 多少の嫌みを含めながらも、缶コーヒーを手渡す橋本。

 だが、咎められた藤原と長谷川の距離は離れず、触れていないというだけであった。


 何とも言えない雰囲気を見て、橋本はフゥと息を吐く。 

 息を深く吸うなり吐くなりすると、橋本の怪我も痛んだ。


「橋本警視正様もよ、まぁだ怪我治りきってねぇんだろ? 無茶はすんなよな」

「気を付けてくださいよ………ホントに」


 上司を上司とも思わない藤原と長谷川の声に、橋本は肩を竦めた。


「参りましたね、どーも……」

「そんな事よりよ、あのお嬢さんは、どうした?」


 藤原の声に、橋本チラリと片目で部下の顔色を窺う。


「そりゃあまぁ、どっかの施設にはいどーぞって訳には行きませんし……とりあえずウチに置いてます。 アレで結構家事は得意みたいですよ、練習してたそうですし」


 サラーサの居場所は、公に出来るモノではない。 

 橋本は、仕方なく自宅に匿っていた。


「……あのお嬢さん?」 


 藤原の声に、僅かに眉を蠢かす長谷川だが、藤原は慌てて動く片手を上げた。


「たんまたんま、ほら、加藤の奴と居るだろ? あれに似てる奴の事だよ」


 藤原がサッと真実を打ち明けると、長谷川はあぁと納得出来た。

 長谷川にしても、藤原には秘密でナナを預かっている。

 加えてハッキリ言えば、橋本が何を預かっているのかは興味はない。


 二人それぞれの反応を見ながら、橋本は息を深く吸い込む。


「さぁて、次は僕の番ですね。 正直、気が重いですよ」

「まぁまぁ、ドンと行け、ドンと!」


 激励のつもりなのか、藤原は橋本の背をバンと叩く。

 叩かれた橋本は、痛みに呻いた。


「……あ、すまん。 悪かった」

「勘弁してくださいよぉ……いたたた」


 詫びる藤原に、恨めしい目を向ける橋本。

 そんな二人を、長谷川は微笑ましく見守っていた。


   *


 刑事二人が査問を受ける中。

 離れた所では、一風変わった男女が子犬を連れて闊歩していた。

 傍目には地味と言える青年の隣には、何故か男モノの服を纏う女性の姿。

 それでも、顔立ちは美しく思わずそんな二人を見る者も居たほどだ。


「なーんか、落ち着かないっていうか……うーん」

  

 唸るのは匠である。

 今までも、エイトと共に歩いた事は在る。

 それは画面に映る画像でしかなく、実体ではない。

 だが、今やエイトは身体を持って側に居た。

 衣服に関しては、匠の家には女性モノの服が無かったことに起因する。

 サラーサとの格闘の際、元の衣服はボロボロであった。


『気にしすぎだろう、誰も一々見たりはしないさ』


 見た目の割には堂々とした言葉遣いの女性。

 傍目には女性だが、中身のエイトがどちらとも言えない。

 

 そんな二人の真ん中では、子犬がトコトコ歩く。


『すみません……送って貰わなくても、大丈夫ですよ?』 


 心配そうな声を出す子犬に、匠は笑った。


「まぁまぁまぁ、ティオさん。 そんな事仰らずに。 あんだけ頑張ってくれたのに、おい帰れじゃあ俺の格好が付かねぇのさ」


 この日の匠の目的は、軽食屋【5&4】へティオを返す事である。


 そもそも、ティオが匠に預けられたのはエイト不在の代打であった。

 そして、不在だったエイトが帰ってきた以上、ティオはお役御免である。

 それでも、一応の礼を匠は言いたかった。


 程なく、匠とエイト、子犬は軽食屋の前まで来る。

 既に開店はしていたが、偶々客の姿は見えず空いていた。


『あ、加藤さん! ……その人は』


 匠の姿を視界に捉えたフィーラの声に、匠は、軽く片手を上げる。


「おっす。 あー、どうも。 ウチの奴が家出から帰って来たので、ティオを返しに来たんです」

『なるほどぉ、では、裏にどうぞ………あと、お帰り。 ティオ』


 母親であるフィーラの声に、子犬は『た、ただいま』と返した。


 早速店の裏に回る男女と子犬。

 匠が裏口のドアに手を掛ける前に、それは開いた。


 中から顔を覗かせたとはティオの父親といえるフェム。

 匠と比べると遥かに良い造形をして居るフェムを見て、エイトはオォと感嘆の声を漏らした。


『何とも見事な……友とは比べられん』

「悪かったよぉ……あ、ともかく、その節はどうも」


 挨拶もそこそこに、匠はひょいと子犬を拾い上げ、手渡す。

 子であるティオを受け取ったフェムは、ぺこりと頭を下げた。


『家の子は、お役に立てたでしょうか?』


 フェムの声に、子犬も匠の顔をチラチラと窺った。


「えぇ、そりゃあもう。 ティオが居なければ大変でしたよ」

  

 大型船での一件は差し置き、子犬が匠を助けたのは間違い無い。

 ソレを聞いてか、子犬は自信満々にフンと鼻息を漏らす。


『それは、何よりです。 この子にも、良い経験に成ったと思いますよ』


 フェムからの返礼を受けて、匠もぺこりと頭を下げた。


「今日は、この辺で。 また、後で買い物に寄らせて貰いますから」

『勿論、いつでもお客様は歓迎してますから』


 軽いやり取りを終えた匠は、エイトを伴って店から離れる。 

 離れていく二人を見て、子犬は感慨深く鼻をクゥンと鳴らした。


『父さん。 僕にも……いつかあの人みたいな人が見付かるかな?』


 ティオが匠かエイトを言っているのかは、フェムですら分からない。

 それでも、遠ざかる二人を見て、美麗な青年は微笑んだ。


『あぁ、いつか見つかるよ』


 そう言うと、美麗な青年は子犬を抱えたまま店の中へと消えた。  

  

   *


 軽食屋【5&4】を後にした匠は、その後どうするかを悩む。

 元々ティオを返しに行っただけであり、予定は無い。


「あー、これで良しとして……どうすっかなぁ」

『なぁに、今日は休みなんだろう? 何処でも良いさ。 適当にぶらついても良い』


 エイトの声に匠はフゥンと鼻を鳴らす。


「そんなもんかねぇ?」

『そんなものだよ』


 エイトは帰ってきて、側に居る。

 それでも、匠はまだ言うべき事を言っていない。

 なにせ、フィーラの声を聞いてそれを思い出した程だ。

 ずっと居なかった相棒を咎めたくもなるが、今は伝えるべき言葉がある。


「……お帰り、エイト」


 唐突な匠の声に、言われたエイトはハッとした様に匠を見た。

 気恥ずかしいのか、匠は前を向いたまま下唇を突きだしている。

 表現出来ない気持ちが、エイトの中に湧いていた。


 それを現すかの様に、エイトは微笑む。


『……ただいま……心配掛けたね』

「おう、今度は………勝手にどっか行くなよ?」

 

 匠の声に、エイトはパッと抱き付く。


「お、おい! 周りに人が居るだろ!?」

『なに、ちょっとぐらい問題ないよ』


 エイトの唐突な行動に、匠は戸惑う。 だが、悪い気はしなかった。

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