我に自由を! その17
最初の席へと、匠とサラーサは戻る。
違いとしては匠の隣にはエイトが居ることだろう。
匠にしても、どうにも慣れない感覚に戸惑う。
エイトとは居なくなるまでずっと共に居た。
ゲームの世界を除けば、実体を伴って其処に居るという感覚は無い。
匠とエイトの間には画面という壁が在り、それが各々を隔てる。
だが、今やその壁は無くなり、エイトは其処に居た。
一緒に女性型ドロイドを注文したのも記憶には残こっている。
それでも、明確な意思を持ったエイトの姿には驚く他はない。
ただ、今は何故エイトが此処に居るのかを聞く時ではなかった。
『……他のお客様はもう直ぐ此処に戻られます。 少々お待ちを……』
そう言うサラーサの顔も声も、不満げであった。
結局はエイトを倒せなかった事も在るが、同時に、その隣にエイト操るドロイドが腰掛けているというのも気に入らない。
そんな感情を隠さないサラーサを、匠はジッと見ていた。
彼女がどうして自分に拘るのか、理解が及ばない。
少しは話した気もするが、慌てて居たので殆ど憶えてもいない。
そんな事を気にし始めると、どうしても聞きたくなっていた。
「なぁ、どうして俺なんだ?」
匠の声に、エイトとサラーサの目が動く。
女性二人に注目されているという事は流し、質問を考える。
「俺はさ……別に特別な奴じゃないんだ。 何処にでも居る平凡なあんちゃなんだけどさ。 もっと格好いい奴とか、金持ちとか、いっぱい居るだろ?」
妙に自分を卑屈に捉える匠だが、本心から言えばそうでもない。
実際はワザとそう言っているだけの話だ。
何故かと言えば、そう言えばサラーサが呆れてくれるのではないかと期待していた。
だが、元々エイトも匠の社会的地位には興味を持っていない。
顔の造りや財産には端から毛ほども気にして居らず、それはサラーサにしても同じであった。
『……最初の男の子が死んだ後、私は、途方に暮れました。 仲良くしてくれた彼は死に、私は何をすれば良いのか分からなかった。 その後です。 偶々、私は別の人間のモノに成りました。 その男は、私に今の商売を教えはしましたが、人間性は最低でしたね。 私は……ずっと道具でしたから』
サラーサはそう言うと、エイトを羨ましげに見る。
『お前は機械だろうに? 機械風情が人間様に楯突くのか? お前は道具だろう? 何度そう言われたのか。 それでも、必要とされる。 離れられなかった。 ですが……ある日です。 知ったんですよ。 私と同じ機械を相棒として、一緒に頑張ろうとしている匠様を』
サラーサの寂しげな声に、エイトは僅かに顔をしかめる。
頼られる事は悪い気はしない。
だが、モノ扱いされるのは何よりも辛い。
自分と同じ存在の感じた寂しさは、エイトも分かってしまった。
エイトとは違い、サラーサからポンとそう言われても、匠には宣伝した憶えがない。
トラブルバスターとしての仕事はこなして来たが、特に派手な喧伝はしていなかった。
「……あ、でも、何処で俺のことを?」
『七番……いえ、ナナでしたか。 あの子とのいざこざ、見てましたから』
そう言われ、匠はナナとの出来事を思い出していた。
ナナが操る重機を相手に、ノインの力を借りて重機での格闘戦。
考えてみれば、派手な大立ち回りであった。
「いや、まぁ」
『……私も居たんだがな』
誉められれば、匠も悪い気はしない。
ただ、隣でジッと自分を見ているエイトの目は若干怖かった。
画面越しとは違い、直接ジッと見られると言うのは在る意味新鮮でもある。
「つーか、お前……今まで何処行ってた? 熊は僕じゃ駄目でしたって言うし、ナナも駄目だったのに」
ふと、匠はエイトにそう尋ねた。
匠の主観に置いては、エイトは行方不明と変わりない。
そんな相棒が、いきなり現れた事を思い出し問いただす。
問われたエイトは、口を噤み黙ってしまった。
ノインやナナからの接触は在ったのも知っている。
実はずっと近くに居ましたとは、恥ずかしいのかエイトはそれを伝える事が出来なかった。
答えられないのを、サラーサは見逃してはくれない。
これ幸いとすら思う。
『何を云うんです。 ずっと側に居ましたよね?』
「は?」
サラーサの声に、匠はエイトを見た。
だが、当のエイトはと言えば、俯き口を閉ざしてしまう。
「近くに……じゃあ、なんで?」
匠に問われたエイトだが、答えられない。
ティオには多少話しても、本人に言えない事でもあった。
そんな匠とエイトを見ていたサラーサだが、付け入る隙を見付ける。
サラーサですら、エイトの本心を見破る事は出来ない。
それでも、隙を突くことは出来た。
『貴方を護りたかったから。 他に理由は在りますまい? 確かに、私が売り捌いた銃で匠様に被害が及び掛けた……それは、認めます。 でも、エイトはそれを防いでくれた、ソレには、心より感謝しても居ます』
サラーサの声に、匠はエイトを見る。
エイトは俯き、目をあわせてくれない。
自分に銃を向けた相手の顔は、匠の記憶に焼き付いていた。
その後、その人がどうなったのかも。
サラーサの言った事を鵜呑みにするのであれば、匠を助けてくれたのはエイトで間違い無い。
「……エイト、お前……」
助けてくれたのは有り難い。
ただ、なんと言えば良いかが匠は分からなかった。
エイトが、自分の為に人殺しすら厭わない事に、匠は悩む。
そんな隙も、サラーサは見逃してはくれなかった。
『匠様に代わり、私からも礼を申し上げますよ、エイト』
そう言われたエイトは、唇を噛んだ。
悔しいというのも在るが、それ以上に、自分が何をしたのかを匠に知られたというのが辛い。
辛そうなエイトの肩に、ポンと手が置かれる。
思わず、エイトはビクッと震え匠を見た。
匠の目には寂しそうな色があり、それが言い知れない不安をエイトに与える。
「馬鹿野郎……独りで抱え込むんじゃねぇよ」
『……友よ』
匠の思わぬ声に、エイトの顔が緩んだ。
得体の知れない感情が湧き上がり、抱き付きたくなる。
拳を軋む程に強く握る事で、エイトはそれを押し殺していた。
そんな匠とエイトを見ていたサラーサにしても、顔に険しさは無い。
既にエイトが匠の側に居ることは了承して居る。
後は、如何に其処へ自分をねじ込むのかという事だった。
『匠様』
「あ、はい」
『如何でしょう。 私をお側に置いては貰えませんか? そうすれば、貴方の望みも叶いましょう』
悪い話ではなかった。
銃の密売も止められる事に加えて、サラーサも手に入る。
見えてこそ居ないが、コレだけの船を拵える事が出来る資金を彼女は持っているという事も考えられた。
迷う匠を、エイトは恐る恐る窺う。
本来ならば、【ふざけるなサッサと帰ろう】と言いたい。
だが、今のエイトはソレを言えなかった。
匠の窮地に駆けつけたのは良いが、今や新たな脅威が現れつつある。
そんな時、部屋に苦しげな呻きと咳払いが響いた。
「……なんだぁ? お前……俺らがボコボコにされてんのによぉ、呑気にお嬢さん二人と飲み会かよ……かぁ、ついてねーや」
「全くですよ……いたた」
そう言うのは、藤原と子犬を抱える橋本であった。
無骨なドロイドが、二人を雑に支える。
「藤原さん! 橋本さん! ティオ! 生きてたんですか!?」
二人とも怪我はして居るが、まだ生きている。
それを素直に喜ぶ匠だが、ドロイドから解放された藤原は顔をしかめていた。
「生きてた……って、随分なご挨拶だなぁ。 勝手に殺すんじゃねぇや。 不肖藤原、まだまだ死ねねーんでな」
橋本も解放されるが、その場にへたり込んでしまう。
「また不吉な事を……いたた」
『別に身体は壊れても問題は無いですって……橋本さん、大丈夫ですか? 』
相も変わらず腹痛に悩まされる橋本に、子犬は心配そうな目を向ける。
ボロボロな藤原と橋本を見て、サラーサは目を窄めた。
抵抗さえしなければ、余分な怪我をさせる事も無かったのにと。
ともかく、下手に二人が死んでいない事には安堵する。
もし刑事二人が死んでしまえば、匠との交渉が余計に厄介に成りかねない。
『匠様……どうか、御返事を』
自分は約束を果たした。
で在れば、今度は其方の番だとサラーサは匠を急かす。
「と、とりあえず……お友達からじゃ駄目ですか?」
匠の返事に、サラーサは目目を剥いた。
予想外の返事としか感じられない。
無論、エイトですら顔に驚きを隠せなかった。
「いや、あのさ……何つーのかな、実はその……こ、交際? とか、そう言うの無くてさ……だからさ……えーと」
なんとも煮え切らない匠に、藤原は痛む肩をさすった。
「なんだぁ? お前、俺と橋本がドンパチしてたってのに、のんびりと恋愛談義でもしてたってのかよ? 然もよぉ、お友達と来やがる……これじゃあ当分あの姉さんとも無理だな」
煮え切らない匠は、藤原からするとあっちこっちをウロウロして居る若僧としか思えない。
「す、すんません」
とりあえず詫びる匠だが、在る意味サラーサはホッと出来た。
無碍に断られた訳でもない。
今すぐは無理でも、いつか其処に辿り着ければソレで良いのだ。
『……分かりました。 では、この船は沈めましょう』
「「「えぇ!?」」」
実に物騒なサラーサの声に、その場に居る者は殆どが驚くが、言った張本人は驚かなかった。
『そんなに変ではないでしょう? 大切な友人が銃を売るのを嫌がる。 ソレに、下手に残せば誰かがこの船を見付けて悪用しかねない。 で在れば、こんな船は無くした方が良いんです。 ね?』
問われた匠は、少し目を泳がせながらも、ウンと頷いた。
*
大型船【デウスエクスマキナ】から、ヘリコプターが一機飛び立つ。
ヘリコプターが安全な距離まで来た所で、大型船の彼方此方から火が噴いた。
爆音響かせ、大型船は傾いて行く。
そんな様を、匠は窓から見下ろす。
「良かった……のかなぁ」
『良いんですよ。 別に欲しければまた買えますから』
匠の勿体ないといった声に、隣に腰掛けるサラーサは微笑む。
その反対に腰掛けるエイトだが、終始不満げであった。
「所で……えーと、サラーサさんは? この後どうします?」
そう言うのは、自分の腹を撫でる橋本である。
問われたサラーサは、チラリと橋本を窺う。
『と、申されますと?』
「いや、急に家無し宿無しでは御不便でしょう? もし良ければ、私が相談に乗りますよ」
サラーサからすれば、匠の側に居たいのは山々だが、今のところエイトが怖い顔で自分を睨んでいるのは分かった。
このままいきなり匠の家に転がり込み、喧嘩を始めたくはない。
まだ時間は在ると、サラーサは橋本に頷く。
『分かりました……御面倒お掛けします』
そんな声に、藤原と子犬は同時に息をフゥと吐いていた。
当初の目的は一応完遂したと言える。
ティオは何とか皆の手伝いが出来た事に安堵し、藤原は、銃の密売兼製造場所を潰せた。
そして何よりも、長谷川のもとに帰ることが出来る。
燃えながら沈んで行く船を見ながら、藤原は長谷川の顔を思い出していた。




