表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラブルバスターエイト  作者: enforcer
スリー
71/142

我に自由を! その10


 勇んで海に出た三人と一匹。

 其処まで良かったが、直ぐに匠は後悔を感じていた。


 船の揺れは船の大きさに由来する。

 大きければ大きい程に、船の揺れは少なく、大型の客船ともなれば地面に座っているのと大差は無い。

 だが、それはあくまでも船が大きければの話でしかなかった。

 匠が乗り込んだ船だが、はっきりと小舟であり、エンジン付きで漕がなくとも済むというだけの話でしかない。


 つまり、波の揺れはそのまま乗ったものへと伝わる。


「うぅぅ……ぎぼぢわりぃ……」


 猛烈な吐き気と共に、酷い目眩。

 所謂船酔いに、匠は悩まされていた。 

 内臓は言うことを聞いてくれず、勝手に吐き気を込み上げさせる。

 胃の中がすっかりからっぽに成っても、匠の悩みは尽きない。


 そんな様に、藤原はやれやれと肩を竦めていた。


「おいおい大丈夫かぁ? まだ全然波が緩いはずなんだが」


 体格通り、正に偉丈夫タフガイといった藤原の声に、鼻歌混じりに操船する橋本は笑った。


「いやいや、藤原さんみたいにな人は最近少ないですからね」


 アハハと軽い調子の橋本に、藤原はニヤリと笑うと太い腕を橋本の肩に回す。


「ほほう、橋本くん。 それじゃあ何かね? 俺様は先祖帰りしてる猿だと言いたいのかな?」 

「嫌だなぁ、恩在る先輩を猿だなんて言いませんよぉ」


 実に朗らかな刑事二人組である。


 反面、ソレに同行した匠は、未だにウゥウゥと呻き、子犬が心配そうに見ていた。


『大丈夫ですか?』


 ティオがそう案じてくれるのは有り難い。

 だが、返事を返そうにも言葉が出ない匠。


 仕方なく、無理に笑って平静を装う。

 ビシッと親指立てて、【俺は大丈夫だぜ!】と示すが、内臓は反旗を翻した様に蠢いていた。


 またしても海面に向かって呻く匠に、子犬はやれやれと首を横へ振っていた。

 

  *


 匠が船の揺れに苦しむ最中、其処から近い範囲では、変わった出来事が起こっている。

 

 偶々海岸線を走っていた車の車内では、その持ち主が首を傾げていた。


「あらら……ナビが随分ずれてるなぁ」


 指でソッと画面を叩いてみるが、やはりナビゲーションの画面では車は在らぬ所を走ってしまう。

 それでも、車自体は普通に車道を走っている。


「ま、いっかぁ」


 多少ナビがずれようが、乗っている者は大して気にもしては居なかった。

 

 そんな車から離れる事約六百キロ程の上空。


 其処では、衛星の一つが在るモノを探してカメラを蠢かしていた。

 周りにはほとんど何も無い真空に近い空間でも、衛星はただ一つの目的を持って動く。


 高精度のカメラは、確かに苦しむ匠を捉えていた。


  *


 どれくらい経ったのか、匠が忘れた頃。

 すっかりげっそりとした匠を、藤原が揺り起こす。


「おーい、生きてるかぁ?」

「死んでるんじゃないっすかね?」


 ぼそりと愚痴る匠を、藤原はグイッと引き起こす。


「それだけ愚痴るってことは生きてるって事さ。 ソレにほら。 見てみろ」 

 

 藤原の声に誘われ、匠は頭を上げる。

 すると、自分達の船が行く先に、比べるのも馬鹿らしい大きさの船が海の上に鎮座していた。


「デッケェ………って、アレがそうなんすか?」


 酔いも忘れた匠の声に、橋本は頷く。

 

「半信半疑って奴でしたけど……まさかホントに留まっているとは」


 感嘆とした橋本の声に、匠は大型船の横側を見ていた。

 赤と黒に塗られたソレは重油や荷物を運ぶタンカーにも似ている。 

 客船の様な装飾は無く、無骨な外観。

 

 そんな船舶の横には、船の名前なのか【Deus ex machina】とある。

 

「で、でうす……イーエックス? よう博識、アレなんて意味だ?」

 

 自分で読み解くのを諦めた藤原に代わり、橋本がハァと息を吐いた。


「……良いですか? アレはデウスエクスマキナと書いてあるんですよ。 ラテン語で機械仕掛けの神様、もしくはら機械から現れる神。 どちらにせよ、事の最中に現れ、無理やりでも解決してしまう。 そんな所です」


 橋本の語った蘊蓄うんちくはともかくも、匠は、船に異様な感覚を覚えていた。

 見る限り、誰も姿を覗かせない。

 もし、大型船ならば、それなりの乗員が居るはず。


 にもかかわらず、船には気配が無かった。


「誰も……乗ってないんですかね?」

 

 まるで幽霊船がそのまま浮いている様な感覚。

 巨大な物がその場にズンと鎮座しているだけでも、異様な光景である。


「もっと近付きます。 行かないと成りませんからね」


 橋本の操船に合わせて、小船はゆったりと大型船へも近付いていた。

 近付けば近付く程に、船の大きさがより如実に伝わる。


「いやぁ………スゲェ………デッカいっすね……ん?」

 

 余りの巨大さに、匠は上を向いたまま呟いた。

 上を向いて居たからか、匠は大型船の一部が動くのが見える。


 それは、階段付の細いスロープであった。


 下りてくるソレは、船体に比べると綺麗であり、わざわざ後で付け足した様にも見える。

 ゴンと僅かな音がして、スロープは下りていた。

 

 ソレを見て、藤原はフンと息を吐く。


「……何だよ、向こうから誘って、ついでに乗って来いってか? 上等じゃねぇか」


 そう言うと、藤原は小船の縁に付いている輪付きのロープを投げ、スロープの杭に引っ掛けた。 

 藤原が引っ掛けたロープをグイッと引くと、小船も大型船へと近付いていく。

 隣接していると言うよりも、接岸していると言う方が正しかった。


「さてとだ……行こかい?」


 先陣を切ろうとする藤原に、橋本も続き、匠も子犬を抱える。


「頼むぜ、ティオ?」


 そう呟く匠の声に、子犬は軽く頭を縦に揺すった。  


  *


 スロープの階段は長い。 それはそれだけ大型船の大きさを示す。

 ビルにして数階分を登り終え、三人と一匹はいよいよ大型船の船上へと辿り着く。


 乗り込む前でも、大きさには驚いていた匠だったが、その広さに驚く。

 そのままサッカーでも始められそうな程に、大型船はの上は広かった。


「こりゃあまた……広いっすねぇ」


 子犬を抱えた呑気な匠とは違い、藤原と橋本は辺りを警戒する。

 何せ広いということは、身を隠す遮蔽物が無いからだ。


 それを知っている藤原は、顔を苦く歪ませた。


「不味いぜ……こりゃあ」

「えぇ、今襲われたら、僕ら蜂の巣ですね」

 

 焦る藤原と、ノホホンとした橋本。

 二人の声はともかくも、二人は必死に気を配っていた。

 

 そんな中、匠の腕に抱かれている子犬の耳がピクンと動く。

 人間よりも遥かに集音に優れる耳は、近付く音を捉えていた。


『…………来ます』


 ティオの声を合図に、三人の目にも近付いて来るモノが見えた。


 ソレは、場違いな美女。

 流れる様な艶やかな髪に、豊かな肢体とソレを隠す際どいワンピース。

 足元には敢えてサンダルだけだが、嫌みではない。

  

 思わず、三人は目を疑っていた。

 

 タンカーの作業員としては、有り得ない姿。


『ようこそ。 自由の船へ。 此方から連絡差し上げた橋本様ですか?』


 実に柔らかい声には、吸い込まれそうな魅力が在る。

 

 だが、そんな姿に匠は不審を抱く。

 何故なら、そもそも場違いな上に外国人風の姿の割には流暢な日本語を話したからだ。

 無論、外国人風の顔でも、日本語が上手者は居るだろう。


 何よりも一番匠に不審を抱かせたのは、纏う空気であった。

 今腕の中にいるティオの親であるフィーラやフェムにも似ているが、明確な意志が感じられない。


 有り体に言えば、ただ何処かの店で突っ立っているマネキンとしか見えなかった。


 ともかくも、いきなりの銃撃戦は避けられたからか、橋本はチラリと現れた女性を窺う。


「えぇ、お招き頂きありがとうございます。 いきなりで本題なのですが……其方のトップが会ってくださるとか……」


 言葉こそ丁寧だが、警戒は怠らない橋本の声に、女性はチラリと匠を見た。

 美女から見られれば匠の心臓も跳ねるかも知れないが、作り物の瞳で幾ら見られたとて少しも驚かない。


『ところで……其方の貴方が加藤匠様ですね』


 いきなりの呼び声に、匠は目を泳がせた。

 向こうが何であれ、自分を知っていると言うことに驚いてしまう。


 不味いことに、不意打ちを喰った藤原と橋本が匠を見てしまう。

 こうなると、いいえ違いますとは言えなかった。


「……あー、はい。 そうですけど?」


 匠の返事に、女性ドロイドは柔らかい笑みを浮かべると手招きをする。


『此方へどうぞ。 主がお待ちですので』


 そんな呼び声に、橋本も藤原も警戒心を解かないが続いてしまった。


 無論、匠もティオを抱えたまま進むのだが、在ることに気付いて居ない。

 子犬も、ただ匠の腕に収まっているだけだった。


  *

 

 タンカー型の船ともなると、居住出来る区画は概ね船の後部に位置するのだが、匠達一行が乗った船は変わっていた。

 居住区足る部分は増築され、それだけでも大きな建物に見えなくもない。

 

 其処へと、三人と一匹は行く。


『此方です。 中へどうぞ』


 入り口へと辿り着いた所で、案内役らしい女性ドロイドはそう言った。

 その態度、物腰自体は武器を売り買いしている組織の者とは思えない。


 だからこそ、匠は聞いてみたかった。


「……なぁ、あんたが此処の責任者じゃないのかい?」


 ティオを抱き締め、匠はそう言う。

 だが、問われたドロイドに大した反応は無い。


『違います。 さぁ、どうぞ中へ』


 反応を見て、匠はなる程と感じていた。

 女性ドロイドは顔は笑っているが、それだけなのだと分かった。 

 以前、エイトが語った様に一定の反応しか返せない人工無能と言う言葉を思い出す。


 このまま帰る事も出来なくはない。

 だが、ソレでは来た意味が無くなってしまう。


「オーケーオーケー、せっかくのご招待だ、お招き預かろうじゃあないか」


 わざとらしく尊大な藤原の声に、橋本も肩を竦め息を吐いた。


「……ですね……虎穴に入らずんば虎児を得ずですから」

   

 橋本の声には匠も同意である。

 如何に危険とは言え、脅え逃げ帰っては意味が無い。  


 鬼が出るか蛇が出るかと、三人は建物へと入っていく。

 ただ唯一残念なのは、ドアが自動ではなく手動であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ