我に自由を! その8
いきなり目の前で人が死ぬ。
それが如何に強盗の犯人だったとしても、匠にとっては衝撃的な光景と言えた。
だが、以前にも見ているからか、ソレほどには驚かない。
ノインを以前所有していた男もまた、匠の見ている前で呆気なく死んだ。
窮地から脱したという感覚も無く、匠は、遅れて駆け付けた警官に色々と聞かれ、隠す事もなく正直に答えていた。
「何度もすみません。 あー、つまり犯人が銃を向けて来たが、すぐ後に轢かれてしまった……間違いないですか?」
警官の質問に、匠は頷く。
強盗がコンビニエンスストアから金なり商品を盗んだのかは分からない。
それでも、死んだという事は見ていた。
「逃げる間も、無かったと思います。 まぁ、俺は助かりましたけど」
気まずい感覚に匠の顔は苦い。
それを窺っていた警官も、匠に非が無い以上は質問する事も無かった。
「お手数お掛けしました、ご協力ありがとうございます」
事務的な礼を受け、匠はフゥと息を吐いていた。
ホッとすると、周りが見える。
強盗事件から一転して交通事故という派手な事だけに、野次馬も多い。
数多の視線に晒される事は、匠に取っては余り心地良いものではなかった。
そんな匠の肩を、田上がポンと叩く。
「帰ろうぜ、もう俺たちには何も出来ねーよ」
そんな田上の声に匠は頷いた。
車に乗り込む瞬間、チラリと事故の跡を見る。
もし自分に力が在れば、或いは違った結果に成ったのかも知れない。
だが、全ては終わった事に過ぎず、匠の葛藤に意味は無かった。
車に乗り込むと、子犬が匠の膝に乗ってくる。
何とも言えない顔を覗かせる子犬に、匠は微笑んだ。
「大丈夫さ、でも、お前が助けてくれたのか?」
エイトが側に居ない以上、同じ事が出来るのはティオだけだ。
だが、匠の問いに子犬は首を横へ振る。
『……残念ながら、僕ではありません』
「そっか」
子犬の声に、匠は頷きながら静かに答えた。
無論、偶々運転手が操作をしくじったと見ることも出来る。
だが、匠は相棒を思い出す。
見えない相棒が、自分を護ってくれているのではないかと。
どうせなら顔を見せて欲しいと望む匠だが、それは叶わなかった。
*
田上電気店近くまで戻って来たバンだが、その車内では、匠と田上が首を傾げていた。
「あれ? お客さんかな?」
店の前に車が留まって居るのを見て田上はそう言う。
だが、匠はその車には見覚えが在った。
傍目には地味なスポーツセダンとも映るが、至る所に普通とは違う所も見受けられる。
そして、そんな覆面パトカーに匠は記憶が在った。
段々とバンが店に近付く訳だが、その時、留まっている車から二人程降りてくる。
「藤原さん?」
知り合いの顔に、匠は思わずその名を呼んでいた。
バンは停車し、匠と田上も車から降りる。
その際、匠は子犬を抱えて居たが、藤原ともう一人は気にしなかった。
「よ、またすまねぇな」
藤原の声に、一日の内に二度も警察に関わる事に成るのかと匠は思うが、隣の田上は鼻を唸らせる。
「匠、知り合いか?」
田上の質問に、匠は「ええまぁ 」と答えた。
匠も藤原とはそれ程長く付き合っている訳ではない。
それでも、知らぬ間柄でもなかった。
そんな藤原の隣に居た人物が前に出る。
その人は長谷川ではなく、匠の知らない青年であった。
「あー、どうも。 とりあえず、中で話せませんか?」
名乗りもせずにそう言うのは、橋本である。
以前の重機が警察署へ殺到した事件から、橋本は昇進し警視正と成っていたが、傍目にはとっぽい青年と言って差し支えない。
「はぁ、そうですか。 とりあえず中へどうぞ」
橋本の声を受けて、田上は店の鍵を外す。
その間にも、匠はまた面倒な事件に巻き込まれるのではないかと考えていた。
*
作業服姿の匠と田上。
そして子犬を挟んで背広姿の藤原と橋本。
一塊の電気店にしては、実に重苦しい空気が店の中には在った。
「……あのー、藤原さん? 今日はどの様な御用件で?」
重苦しい空気を裂くように、とりあえず匠が切り出す。
そんな声に、藤原がフゥと息を吐いていた。
「最近さぁ、鉄砲がやたらと出回ってるって知ってるか?」
そう問われた匠と田上も、心当たりは在った。
ついさっきも、コンビニ強盗がソレを手にして居たからだ。
「ええまぁ、そうですね。 テレビとかのニュースでもよく見ますし、さっきも……なぁ?」
「はい、さっきも強盗にやられ掛けましたから」
田上と匠の声に、橋本は頷いた。
「そうですか、お怪我が無くて幸いです」
他人ごとだからか、橋本の声は些か親身に欠ける。
とは言え、それを一々咎めようとは匠は思わなかった。
軽い挨拶を終え、橋本は遠回りをせずに話の本題へと入る。
「ともかく……最近では国内外問わず銃器が売られて拡散されているのですが、それによる事件も多発してます。 その大半がネットで売られている様です。 其処で我々も独自に調査した結果、在る場所からコンタクトが来ましてね」
橋本はそう言うのだが、田上も匠もチンプンカンプンと言えた。
多数の銃器が取り引きされていると言うことは、それだけ大きな犯罪組織が関わっている事は想像出来る。
だが、それと自分達が関わる理由が分からなかった。
「えぇと、橋本さん? それで、ウチに何か出来ることが?」
田上の声に、橋本は頷いた。
「率直に申し上げます。 加藤匠さん。 我々に同行してください」
橋本の声に、匠は「はい?」と狼狽えた。
何せ大規模な犯罪に荷担した覚えなどない。
にもかかわらず、警察関係者から同行しろと言われ、匠は焦った。
「ち、ち、ちょっと待ってください。 おれ、何もしてないっすよ?」
焦る匠に、橋本は軽く笑い手を振った。
「あぁ、すみません。 言い方が不味かったですかね。 此方としては、加藤さんに協力して欲しいのです」
協力と言う言葉に、匠もホッと出来るが、直ぐに迷いが生まれた。
ネットワーク関係ともなれば、エイトの真骨頂である。
だが、今の匠の側にエイトは居ない。
つまり、手伝いたくともそれは出来ない。
「あのー……ソレなんですが……」
橋本に断りを入れようとする匠。
エイトが居なければ、出来る事は多くない。
ただ、脚が何かに引っ張られる様な感覚には気付いていた。
何事かと其方を窺えば、子犬の姿。
必死に匠の脚を頼りに立ちたがり、任せろと言わんばかりの顔を見せる。
ティオにエイトと同じ事が出来る事は分かってる匠は、ジッと自分を見る目を見て頷いた。
「わかりました」
匠の声に橋本も頬を緩めた。
「いや、話が速くて助かります。 では、今から早速なのですが、構いませんか?」
まさしくいきなりの事に、匠は首を傾げた。
*
店主である田上に許しを貰い、子犬を伴って覆面パトカーに乗り込む匠。
居心地自体は悪くは無いのだが、やはり落ち着かない。
何せ自分の前には刑事が二人も居るのだ。
「なんか……落ち着かないっす」
動き出す車内で、匠は思わずそう漏らした。
そんな声に、助手席に座る橋本は軽く笑う。
「まぁ、ソレはそうでしょうね。 普通に暮らして居れば、警察に厄介に成ることは少ないでしょうから」
橋本はそう言うと、背広から手帳を取り出し匠に見せる。
それを見せられた匠と子犬は、橋本の手帳をジッと見た。
「へぇ、橋本さんって警視正なん……ん?」
警察に疎い匠でも、多少は知識が在る。
それだけに、橋本の階級の高さは理解が出来た。
「ひぇぇ……でも、何だってまたそんな偉い人が?」
匠の声に、運転手である藤原が溜め息を吐く。
「変わってるだろ? このとっぽい上司様はよ、自分から相手の懐へ行こうってんだよ。 変わってるよなぁ」
「はい?」
藤原の声に、匠は困惑していた。
言葉をそのまま捉えるのであれば、何処かに居るであろう組織の中へ飛び込むつもりにも聞こえる。
「あの、何処かに行くだけじゃあない……んですか?」
慌てる匠だが、そんな声に橋本はフゥと息を吐いた。
「此処だけの話しなんですがね。 向こうからオファーが来たんですよ。 何でも、加藤さんとその相棒を連れて来いって」
橋本の軽い声に、匠は目を剥いていた。
「なん……何で俺が?」
慌てふためく匠の声に、藤原が苦く笑った。
「さてなぁ……お前さん、向こうになんかしたのか?」
そう言われても、大規模な犯罪組織と関わった経験など匠には無い。
在るとすれば、向こうにもエイトやティオと同じ様な者が居ると言うことなのだろうと思う。
本来なら関わらずとも問題は無い。 だが、匠は断れなかった。
断りを入れる代わりに、匠は子犬を持ち上げる。
「いけるか? ティオ」
そんな匠の声に応える様に子犬は片方の前脚を上げた。




