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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
スリー
67/142

我に自由を! その6


 客を迎えたからか、はたまた新しい友人の誕生を祝う為か、匠は酒を持ち出しソレを飲んでいた。

 当てである肴は保存食の缶詰め。


「ようティオ! お前も飲むか? って……飲める訳ねぇんだよな」


 コップを傾ける匠に、子犬はフゥと息を吐く仕草を見せる。

 両親とは全く違う生き物という種族を見て、物思いに耽った。

 一見すると上機嫌に呑んでいる匠だが、傍目には自棄酒としか映らない。 

 

 何故そうなのかと考えると、寂しいのだと分かった。


 時折、匠は壁に立て掛けてある箱に目をやる。

 それが動かないと分かっていても。


「まぁ、いいか……ところで、何か映画とか見るか?」

『お任せしますよ』

「オッケーオッケー、何か良いのがあると思うんだ」

 

 酔った匠に対して、借りてきた犬といったティオ。


 青年と子犬の夜は更けていった。


  *


 酒に溺れた匠はそのまま寝てしまう。

 ベッドへ転がり、動かない。


 匠とは違い、眠る必要がないティオは悩んでいた。

 生き物は風邪という病気に成るということも知っている。

 どうにか布団を掛けてやろうとも試すが、子犬の身体ではとても出来そうもない。


 親とは違う困った生き物に、子犬は左右へトコトコ歩く。


『……困ったなぁ』


 心底悩む声を発する子犬。 

 そんな時、匠が放置していたスマートフォンが動いた。

 エイトが匠の側を離れて以来、あくまでもただの機械であった筈のそれは独りでに動く事は無かったが、今は違う。

 画面が灯り、あの歪な丸い顔が浮かぶ。


 そして、子犬はそれに気付いていた。


『……エイトさん?』


 ティオの知り得る限り、それ以外思い当たる節はない。

 そして、呼ばれたエイトは、ため息を漏らしていた。


『はじめましてかな、ティオ。 すまないが、私をあの箱に運んでくれるか?』

  

 本来なら、今すぐ匠を起こすべきかと悩む子犬だが、それはせず、エイトに頼まれた事を優先する。

 トコトコとスマートフォンに近付き、口にソッと咥えた。


『すまないね。 近くでないと届かないんだ』


 子犬に運ばれるスマートフォンはそう言った。 

 本来なら、聞きたいことが在るティオも、今は運ぶ事に真剣である。


 短い前脚をなんとか動かし、子犬は箱の蓋を開こうと足掻く。

 幸いな事に、一度封を切られていたからか、なんとか蓋は開いた。

 自分よりも遥かに大きい女性型ドロイドの足元に、咥えていたスマートフォンをソッと置く。


 数秒後、今までずっと眠っていた筈の女性型ドロイドの目が開いた。 

 その瞳はしきりに辺りを窺い、口も開く。

 初めて動くからか、些か動きが硬い。


 それでも、女性型ドロイドは箱からのそりと身を乗り出していた。

 ゆったりと身を屈め、スマートフォンを広い上げる。


『ありがとうティオ』


 礼を述べる声は、実に柔らかいのだが、子犬は戸惑いを隠せなかった。

 今までずっと匠に姿を見せなかった筈のエイト。

 何故今に成って現れたのかと。


『どうして……ずっと隠れてたんです?』


 思い付いたままを尋ねる子犬に、女性型ドロイドは苦く笑った。


『別に……隠れていた訳じゃないよ。 私は、ずぅっと側に居たさ』


 エイトの声に、子犬は顔を歪める。

 今すぐ匠を起こすべきかどうかを悩むが、そんな子犬の横を抜け、エイトが操るドロイドは眠る匠へと近付いていた。

 

『……全く……私が居ないだけでこの様か? 友よ』


 寂しそうな声を出しながらも、ソッと布団を匠へと掛けた。 

 布団を掛けられた匠だが、鼻をウンウン唸らせるだけで起きない。

 

 そんな匠に、女性型ドロイドは怖ず怖ずと手を伸ばしていた。

 一旦止め、また伸ばす。

 それが届いた時、ほっそりとした手が匠をソッと撫でる。


 その光景を見ていた子犬は、首を傾げた。


『どうしてですか? 匠さんは、貴方の事をずっと探してました。 なのに、どうして……』


 ティオにそう問われたエイト。

 女性型ドロイドの顔は、微笑みから寂しそうな顔へと変わる。


『私は……不安だった。 友を守れなかった。 その後、色々しててね、我に帰った時、私は彼の側に居るべきか迷ったんだ』


 其処まで言った所で、エイトは顔を子犬へと向ける。


『私よりも、他の者の方が良いんじゃないかとね』

 

 そんな声を聞いたティオだが、目を窄める。


『どうしてそう思うんです?』


 子犬の疑問に、エイトは目を伏せる。 

 口をモゴモゴと動かし、何かを言わんとしている様でもあった。


『……私では……彼の子は為せない』

 

 寂しそうな声に、子犬は窄めていた目をぱっと開く。

 ティオの両親共に人ではない。 だが、親に変わりはなかった。


『それは……』

『仕方のないことだと? それは、そうだろう。 でもね、もし、友が相楽一光と結ばれてくれれば、それなら子も出来ると思うんだ』

『でも、貴方はそれでも良いんですか?』


 子犬の声に、エイトは苦く微笑む。


『良くはない……が、納得は出来るよ? それに……友はいつか死ぬだろう』


 そう言うと、エイトは匠を見た。  

 今はまだ青年といえる匠ではあるが、無限にそのままでは居られない。

 いつかは年老い、命は尽きる。


『もし、友が怪我をすれば……それを看護するのは躊躇わない。 もし、友に介護が要るなら、そうしよう。 だが、ソレでは……いつかは彼を見送らねば成らない。 だから、私は怖かったんだ』


 以前、匠が倒れる前まではそうとは想わなかったエイトだが、今は不安に駆られていた。

 いつか、不死の自分だけが残される。 無限に終わらない寂しさ。

 

 だが、エイトの声を聞いた子犬は、不満げに顔を歪めた。


『僕は……まだそう言うことは分かりません。 でも、匠さんは貴方を心配してあっちこっち回ってたんです』


 そんな指摘に、エイトはクスッと笑った。


『知ってる。 ノインもわざわざ来たし、ずっと見ていたからね』

『だったら何故です? そりゃあ、不安という感覚が在るのは理解出来ますが、そんなのはたられば話でしょう?』

 

 ティオがそう言うと、エイトは立ち上がる。

 そのまま箱へと戻ろうとするのを、子犬は慌てて止めていた。


『ち、ちょっと! 待ってください! また何処へ行く気ですか!?』


 若干荒いティオの声に、エイトは片手を持ち上げ、立てた人差し指を口に当てる、シィと息を吐いた。


『頼む、友を寝かせてやってくれ。 君が居るからか、久し振りに眠れているみたいだ』


 そう言うエイトをなんとか止めようと試みる子犬だが、必死であっても体格の差は埋められない。


『駄目、ですよ、匠さんが、悲しみますから』

 

 必死に身体を駆動させるティオだったが、最終的には、軽々と持ち上げられてしまった。


 ジッと目を合わせる女性と子犬。


『友を……頼むよ、ティオ』

『どうしても駄目ですか?』


 尋ねられたエイトは悲しげな顔を隠さない。

 本来、今操っているドロイドも匠の為にとわざわざ特注したモノだ。

 

 ただ、今更何を言えば良いのかがエイトは分からずに居る。


『もう少し………考えたい………だから、頼むよ』

 

 エイトにそう言われた子犬は、フンと鼻から息を吐く。


『……仕方ない。 分かりましたよ。 でも、いつまでもなんて無しですよ?』


 そう言う子犬をソッと下ろしたエイトは、ドロイドを箱へと戻す。


 その様は、まるで棺桶に入り直す様にも見えた。


 匠と言葉を交わす事無く、ドロイドは目を閉じる。

 エイトの気配は消えてしまい、ティオは悩んだ。


 今更ながらに、吠えてでも匠を起こせば良かったのではないかと。

 だが、過ぎ去った時間は戻らない。


 言われた事しか出来なかった。 


 それがティオに口惜しいという感覚を与えていた。


   *


 翌朝、匠は顔に違和感を感じて目を覚ます。

 何かフサフサとしたモノが顔に当たり、匠の鼻が唸った。


「なんだなんだ……なん……」


 目を開けると、子犬と目が合い匠はもう一度ウンと鼻を鳴らす。

 匠の目が覚めたからか、もぞもぞと動き回っていた子犬は前脚を上げた。


『おはようございます。 一応起こしてみました』

「………おま…」

 

 ヤケに自信満々といった子犬の声に、匠は何かを言い掛けて止める。

 何事かと、子犬は首を傾げた。


『どうかしました?』


 手を目に当てまま、匠は笑う。


「いや、前にもさ、起こされたなぁって……まぁ、あん時はへったくそな歌だったけどさ」


 以前、無理やりエイトに起こされた時を思い出し、匠は笑う。

 それは、ティオに取って寂しさを押し隠して居るようにしか見えなかった。


  *


 暫く後、田上電気店へと出勤した匠だが、そんな匠の顔を見た店主の田上は片方の眉を上げた。


「……匠、もう良いのか?」


 以前匠が喧嘩に負け、倒れたのを介抱したのは田上である。

 一時期は目を覚ますのか不安であったが、久し振りに顔を見せた匠に田上はホッとして居た。

 先輩の安堵する声に、匠も頭を下げて見せる。


「いやぁ……すみません、だいぶ迷惑掛けまして」

「そりゃあ良いけどさ、お前……大丈夫か?」


 匠の体調も気になる田上だが、ソレにも増して気になるのは匠の相棒の事である。

 匠が倒れて以来、田上はエイトを見て居ない。


「あ、仕事の方っすか? チョイとお待ちを……」


 田上の質問に答えるべく、匠は子犬を持ち上げた。


「どうも、代打のティオ君です」

『こんにちは』


 ぱっと前脚を上げて挨拶する子犬に、田上は目を剥いていた。

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