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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
スリー
66/142

我に自由を! その5


 とりあえず子犬を伴って自宅へと帰る匠だが、ふと、自分の部屋がペットは大丈夫なのか気に掛かる。

 とは言え、中身がティオである以上、その心配は無いだろうと考えていた。


 チラリと窺えば、トコトコと隣を歩く子犬。

 子犬は、辺りを物珍しいといった様に見ていた。


「どうした? なんか在ったか?」


 しきりに辺りを窺うティオに、匠は尋ねる。

 すると、子犬はパッと匠を見た。


『凄いです! なんて云えば良いのかが分かりませんが、感慨深いと言うんでしょうか?』

 

 見た目にそぐわぬ言葉遣いに、匠は笑った。

 嗤われたと思ったのか、子犬の顔は困った様にシュンと成り、ピンと立っていた耳や尻尾まで垂れ下がってしまう。


『あの、何か変でしたか?』

「いや、なんか、似てるなぁってさ」

 

 新鮮であると同時に懐かしい。

 そんな奇妙な感覚に、匠は軽く首を横へ振っていた。

 匠の寂しげな顔を子犬はジッと見つめる。


『そんなに……似てますかね?』


 足を止め、自分の前脚を見るティオ。 だが、匠は首を横へと振る。


「見た目って意味じゃないんだ。 あー、なんつーのかな? 話し方とかさ、色々在るだろ?」


 具体的に何処がどうとは言えない匠の声に、子犬は鼻をクゥンと鳴らす。


『………難しいです。 でも、興味深い』

 

 子犬の声に、匠は「そっかぁ」と返した。


 特に話す話題もなく、匠と子犬は歩く。

 ただ、無言を暇に感じたのか先にティオが口を開いていた。


『ところで……加藤さん』

 

 苗字で呼ばれた匠は、ウーンと鼻を鳴らす。

 自分の呼び名に、妙な堅苦しさを感じていた。


「匠で良いぜ。 ティオ」

 

 そう言うと声に、子犬は頭を縦に揺すった。


『匠さん、ところで………エイトって、どんな方でした?』

「うへ……何だよ、藪から棒に」

『ずっと一緒だったんでよね?』


 一緒だったのかと問われると、間違いではない。

 エイトが産まれた時から、匠は側に居た。


「……まぁ、ね」

   

 何とも曖昧な声だが、それが匠の返事である。

 事実、今はエイトは匠の側には居らず、何処にいるのか見当も付かない。

 帰って来たのならば、御説教を二時間は聞かせてやりたいと思う匠ではあるが、そもそも聞く相手が居なければ意味が無かった。


「エイトは……なんつーのかな? 良い奴で、色々出来て、すげー奴さ」


 相棒を思い出しながら、匠は語る。 子犬も、ソレを黙って聞いていた。


「彼奴が居てくれなかったら、俺はたぶん……全然パッとしない奴で終わってたかもな。 なんかすげー事が出来る訳でもないし、手から光線とかも出せない。 でも、彼奴が側に居るだけで、色々変わったよ」


 前に相棒と何をして居たのかを、匠は思い出しながら懐かしむ。

 心の其処から分かり合ったと言えるかどうかは分からない匠だが、まるで身体の一部の様にも思えていた。


『楽しかったですか?』

 

 不意な質問に、匠はウンと鼻を鳴らした。 見れば尻尾を振る子犬。

 色々な出来事と在ったが、楽しかったと問われれば答えは一つしかない。


「……あぁ……楽しかった」


 もうエイトが戻ってこないのではないかと悩みは尽きないが、匠はそれを口には出さない。

 匠の返事を聞いたティオは、また足を進める。


『直ぐ帰って来ますよ』

 

 子犬の励ます様な声に、匠も「そうだな」と応えていた。


  *


 帰宅の途中、ティオが女子高生数人にやんややんやと取り囲まれるという珍事も在ったが、なんとか家に帰り着いた匠と子犬。


『なんか……変わった……建物ですね?』


 匠の自宅であるアパートを見て、子犬は感想を漏らした。

 端から見れば、築十何年と経てば劣化は避けられない。


 本来なら、別の場所へ引っ越す予定だったが、今のところその気がない匠は顔をしかめる。


「悪かったよぉ、その内もっと上等な所へ行く予定よ。 ま、とりあえず我慢してくれよ」

 

 飼い主という訳ではない匠だが、そんな声に、ティオは鼻クゥンと鳴らした。

 口には出さないが、ティオは内心コレも人生勉強だと前向きに捉えている。

 

 匠の後に続き、部屋の前まで来る。


 子犬型のドロイドを用いているせいで、ティオの体格は著しく小さい。

 下手をすると、ドアすら開けられないと悟った。


「ほい、入ってくれ」

 

 どうぞと掛けられた声に、子犬はトコトコと歩き部屋に入る。


 小さな土間で脚を止めたティオだが、目を細めた。

 軽食屋兼、自宅である場所では、両親が几帳面に掃除をしているせいか清潔が保たれて居たが、匠の部屋はそうではない。

     

 一応片付けられては居るが、掃除が足りないのではないかとティオは感じていた。


『掃除は……した方が良いと想います』


 忌憚のないティオの意見に、匠はムゥッと唸った。

 まさかいきなりダメ出しを喰うとは思っても居なかったからだ。


「………す、すんません」


 自分の十分の一程しかない子犬に、匠は素直に謝った。 

 ともかくも、匠に足を拭いて貰って部屋へと入ったティオは、珍しい部屋に見とれた。


 (フェム)(フィーラ)は人ではない。


 清潔に付いては文句無しだが、些か人間臭さには欠けていた。

 居住用の部屋ですら、親子でかける椅子しかなく、あくまでも充電用の場所でしかない。

 匠の部屋は様々なモノに溢れ、生活感が見て取れた。


 ただ、見られている匠は、またダメ出しを喰らうのではないかとヒヤヒヤとしたモノを感じている。


「あ、あのーティオさん? ど、どうかしましたか?」

 

 お客様と言うことも在り、丁寧な口振りの匠だが、子犬は物珍しさに辺りを見るのを止めない。

 中でも、変わった形のパソコンと壁に立て掛けてある箱に気付いた。 

 

『あの箱の中身は何ですか?』

  

 蓋が閉めてあれば、当たり前だが、中身は見えない。

 人が一人は入れそうな程に大きな箱。

 問われた匠は、ソッと箱の前に立つだけで蓋を開こうとはしない。


「誤魔化してもしゃあないわな。 中身はさ、ティオのカーチャンみたいのが入ってるんだよ」

『カーチャン?』

「母親って意味さ。 ま、中身が無いから、起こさなくても良いかなって」


 匠はそう言うが、ティオには疑問点であった。

 せっかく買ったモノを寝かせておく意味が理解出来ない。


 エイトが居なくとも、ドロイド自体は動くからだ。


『勿体ない。 どうせなら動かせば良いじゃないですか? そうすれば、部屋の掃除くらい出来るでしょう?』


 そんなティオの声に、匠は苦く笑う。 子犬の言葉は間違いではない。

 如何に人の形をして居ようが、使わない道具など何の意味も無かった。

 それが分かっていても、匠は蓋に手を掛けない。


「いや、どうせならさ、彼奴が………彼奴に任せたいってさ、そう思ってな」

 

 匠のいう彼奴が誰なのか、それはティオにも分かる。

 だが、この場に居ない以上、ドロイドが動く事はない。

 

 親から匠を手伝えと言われているティオ、スッと匠の足元へ動く。


『なんなら、動かしましょうか?』


 ティオがそう提案すると、匠の眉が寄る。


「え?」

『ほら、このボディでは出来る事に限りが有りますから』


 子犬はヒョイと後ろ脚だけで立ってみせるが、それ以上は何も出来そうもない。

 ただ、ティオの提案は有り難くとも、匠は首を横へ振った。


「悪い……それだけは勘弁してくれ。 あ、でもほら、明日っからは仕事で手伝って貰うからさ、今日は、ゆったりとしてくれないか?」

 

 そんな匠の声に、子犬はストンと上げていた前足を落とす。

 声には出さないがエイトに興味が湧いていた。


   *


「ぐわぁぁあああ!」


 子犬がやってきたその夜、匠の部屋には悲鳴が轟いた。

 まるで刺されたかの様な断末魔。


 ただ、実際にやられて居るのは匠ではなく、彼が操るテレビゲームのキャラクターである。

 せっかくなのだからと、ティオに対戦ゲームを持ちかけた匠。


 犬なら大丈夫だろう、ゲームに勝てる筈だと。


 だが、蓋を開けてみればティオには決して勝てない。

 何せティオはコントロールを用いて操作する必要など無い。

 エイトと同種である以上、同じ事が出来る。


『コレ、初めてやりましたけど結構面白いですね?』

「面白かねぇよぉぉ!? 何なんだお前ら? 接待って知らねえのか!?」

『何ですかソレ? そんな事より続きをやりましょう』

「お前………分かってて言ってねぇか?」


 その後も、小一時間はたっぷりティオとゲームをした匠ではあるが、エイト以上に手加減の無い戦いぶりに、顔面蒼白であった。


 疲れを知らないティオだが、匠はそうも行かない。

 さんざんボコボコにされた後、休憩をさせてくれと泣きを入れていた。


「くわぁ……まぁ、テレビでも見ててください……あーもう」


 悲しげに夕飯の用意を始める匠とは反対に、新しい事を素直に楽しむ子犬。

 テレビを見ると言うのも、なかなかに新鮮であった。


 バラエティー番組を見ながら、人を観察する。

 それだけでもかなり勉強になるが、ふと、画面は切り替わり臨時ニュースが映った。


『また発砲事件が発生しました。 現在確認されている情報に因りますと、集団同士の撃ち合いが発生し、多数の死傷者が出ている模様です。 現場は大変危険なので、付近の人は気を付けてください!』


 何とも血なまぐさいニュースに、子犬の耳は垂れる。

 ゲームで在れば、仮にキャラクターが倒れても人に被害は出ない。

 なぜわざわざ殺し合うのか、ティオには理解が及ばなかった。


 悩む子犬だが、カップラーメン片手に近くに座った匠がその頭を撫でる。


「なんかさぁ、最近多いんだよなぁ。 物騒な話だぜ」


 呑気な匠の声に、子犬の鼻はクゥンと唸るが、その目はチラリと動く。

 テレビに夢中に成っている匠は気付いていないが、パソコンに繋がるカメラが、匠と子犬を捉えている。 

 それを、子犬は見ていた。

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