我に自由を!
ピンポーンと、音が響いた。
街の中、とある家の前では配達員が小箱抱えてインターホンを押ていたのだ。
小箱には伝票が貼られ、【玩具】とある。
配達先はともかくも、荷主は、何故か【本人】とあった。
「お届け物で~す」
作業服に身を包む配達員の声。
少しすると、インターホン横のドアが開く。
ドアは開かれたが、配達員は少し身を引いた。
何故なら、異様な目が見えたからだ。
人の目である事には違いはないのだが、その輝きは何かに怯えるようである。
「あ、あの、お届け、です。 サインか判子をお願い、します」
配達員が恐る恐るそう言うと、ドアの隙間から手が伸びる。
その手は、配達員が見せる受領書に名前を書いた。
荷物さえ届けて、名前さえ貰えば配達員の用は終わる。
「ありがとうございましたー」
挨拶自体はぞんざいに済ませ、配達員は家から離れた。
*
荷物を受け取ったのは、スウェットに身を包む少年。
ただ、少年という歳の割には風貌はおおよそ結び付かない。
それでも、少年は急いで小箱を抱えて、自室へ向かう。
少年の部屋はおよそ整頓とはかけ離れていたが、そんな事を彼は気にしない。
乱雑に小箱を開いて、中身を見る。
箱の中には、また箱が在った。 黒く、メーカーも名前も何も無い。
むしり取る様に黒い箱を取り出す少年は、その黒い箱も開く。
すると、中には黒光りを放つモノが入っていた。
傍目には簡素な銃と言える。
モデルガンと言えば、それに相違ない。
だが、銃にはドングリにも似た実弾が添えられていた。
それを撫で、少年は獰猛に笑う。
スッと箱から出した銃を握り締め、少年は銃の一部を引いた。
新品特有のもどかしさは在るが、動きに支障は無い。
カチンと空撃ちの音が響き、少年は、益々嬉しそうに笑った。
*
朝の学校。
何も起こらない、普通の平日。
学生達が気怠げに登校し、おはようと軽い挨拶を交わす。
中には初々しく異性に声を交わす者も居る。
何時もと何も変わらない、つまらない今日が始まる。
学生達の誰もがそう思っていた。
だがこの日は変化が在った。
トボトボと鞄を抱えて歩く生徒を見た学生達は、ひそひそと囁き合う。
「ね、アレ……誰だっけ?」
「転校生?」
そんな女子達だが、声色は芳しいとは言えない。
もし、トボトボ歩く独りの少年が美麗だったならば、或いは彼女達の話も花が咲いただろう。
だが地面をジッと見詰める少年は、それほど美形でもなかった。
特に特筆すべき特徴も無く、型破りな格好もして居ない。
ただ、この日まで彼は学校へは来ようとすらしていなかっただけだ。
男子達は、女子達と同じ方向を見て眉を潜める。
「えーと、彼奴なんてったっけ?」
快活そうな少年の声に、隣を歩く友達は肩を竦めた。
「あーまー、ほら、後で出席取れば思い出すっしょ?」
トボトボ歩く少年の評価は、その程度でしかなかった。
*
学生達は各々がそれぞれの教室にて、椅子に座る。
朝のホームルームが始まるまで、教室は騒がしかったが、件の少年はジッと押し黙っていた。
何かを堪える様な顔で。
その内、教室に名簿抱えた教師が姿を見せる。
「おーい、日直………号令………」
昨夜の酒が抜けていないのか、教師が気怠げにそう言うと、生徒の一人がつまらなそうに口を開く。
「きお………」
同級生を立たせようとした生徒は、言葉を止める。
何事かと教師が窺うと、独りの少年が立ち上がっていた。
朝の暗い様子は無く、今の彼には漲る覇気が窺える。
目は血走り、口は歯を剥いて笑う。
「どうせ……俺の事なんて覚えてないだろ?」
誰に言うでもなく、誰に向けるでもない声。
少年は、急いで持参の鞄に手を突っ込んだ。
本来ならば、教科書やノート、筆記用具などが収められて居るソレには、ロクなモノが入っていない。
少年が鞄から取り出しだのは、鈍い光を放つ自動拳銃であった。
「おーい……エアガンなんて持ち込んで、何するつもりだよ」
いきなりの生徒の蛮行を止めようと、教師はそう言う。
だが少年のは躊躇い無く、銃を教師に向けて引き金を引いていた。
もし、教師の言葉に間違いが無ければ、小さなプラスチックの球がペチンと当たるだけだろう。
だが耳をつんざく様な爆音発して、銃は銅に包まれた鉛玉を吐き出していた。
胸に衝撃を受けた教師は、見て聞いて感じた事が信じられないといった様子で倒れる。
次の瞬間、女子達からは金切り声が上がった。
だが自分で発砲した少年は、耳が詰まった様に成りそれは聞こえていない。
銃の発射音は、それだけ大きかった。
耳など彼はどうでもよく、ただヘラヘラと笑っていた。
自分は、力を手に入れたのだと。
何の訓練も要らない。
筋肉トレーニングも、座学も、反復練習も。
必要なのは動かす知識と、狙うやり方だけ。
彼は、それを熟知していた。
無論、どこかの軍隊で特別にトレーニングを受けた訳ではない。
謎の組織にさらわれ操られている訳でもない。
専らはゲームの知識だが、機器を動かすには十二分である。
少年は、身をグルッと回して同級生を睨む。
今や誰もが、少年を恐れる様に見ていた。
ずっと欲しかった、その立場。
誰に脅かされるでもない、孤独な自由。
「何だよ……今更命乞いなんてしないってか?」
少年はそう言うと、銃の一部を弄った。
その部位は、発射の間隔を変える為の装置である。
単発ではなく、連発へと。
「今度は、お前等が脅える番だ」
そう言うと、少年は誰と言うことなく、引き金を引いていた。
薬莢という殻を剥かれた弾丸は、銃身から放たれ自由を得る。
そして、本来の役目を果たす為に暴れまわった。
肉に食い込み、内臓を抉る。 骨を砕き、皮を裂く。
横なぎに数十発と放たれた弾丸は、容赦なく学生達を襲っていた。
皮肉にも、変化を欲した者はそれを手に入れる。
つまらない毎日は、阿鼻叫喚の日へと変わっていた。
*
発砲事件が在ったその日の朝、別の場所では、匠が目を覚ましていた。
ウーンと呻き、チラリとパソコンを窺う。
「……おーい、おはよう」
モノは試しと、挨拶を送った。
だが、部屋の機器は当たり前だが返事をくれない。
それが、匠に酷い寂しさを感じさせた。
溜め息吐いて、身を起こす。
いつもであれば、へそ曲がりの相棒が居てくれた。
なのに、それは今居ない。
ずっと一緒に居られると思っていたのに、それは届かない。
匠は、苦い顔を浮かべて息を吐く。
「あの馬鹿……家出するってのも、在るかも知れないけどさ、少しぐらい……連絡してくれたって良いだろうが」
居ない相棒の身を案じる匠。
そんな時、ピンポーンと音がした。
「……はい! 今行きます!」
寝起きとは思えない速さで玄関へ向かう。
急いで鍵を外して、ドアを開く。
だが、インターホンを鳴らしたのは待望の者ではなかった。
「あ、どもー。 加藤匠さんで間違いないですか?」
ヤケに大きな荷物を抱える配達員。
人一人入りそうな箱を見て、匠は目を疑う。
「はい、俺です」
「あぁどうも、じゃあ、判子かサインでお願いしま~す」
とりあえず、配達員の差し出す受領書に名前を書く匠。
はいどうぞと渡された箱は、それなりに重い。
「ありがとうございましたー」
忙しいのか、大きな荷物を渡すなり素早く帰って行く配達員に、匠は「ご苦労さまで~す」と声を掛けていた。
*
部屋に運び入れた箱は、在る意味ダンボールで出来た棺桶にも見える。
そんな大きな家具を買った憶えは匠には無い。
「なんだっけ? こんなもん……注文したかな?」
ぶつくさと文句を垂れつつも、とりあえず送り主を見ると、ソレには見覚えが在った。
其処は、最近大きく成りつつあるドロイドメーカーである。
ソレを見て、匠はハッと思い出していた。
「もしかしたら……」
箱に手を出し、慌てて放す。
中には何が入っているのか思い出したからだ。
その後、箱を開ける匠だが、その手つきは慎重に慎重を重ねるといって過言ではない。
テープ一つ取り去るにしても、割れ物でも扱うようにする。
蓋を開き、更に中のビニール袋を丁寧に開いていく。
緩衝材を押しのけ、中身を見た。
「……エイト…」
匠の目の先。 其処には、以前匠とエイトが注文した女性型のドロイドが眠る様に横たわって居た。




