ホットドッグをどうぞ! その9
匠が病院に担ぎ込まれてから翌朝。
カーテンの隙間からは太陽の光が差し込み出していた。
だんだんと日の光が時計の針の様に動き、匠の顔に当たる。
光に反応したのか、ずっと寝ていた匠の鼻がウゥンと唸った。
モヤが掛かった様な思考はハッキリせず、夢現を匠はさ迷う。
何故自分は寝ているのかを考え出した途端、肩が揺さぶられた。
「匠くん!? 起きたの!?」
心配する様な声に、匠は目を開く。
ぼやける匠の視界には、真剣の顔の一光が見えた。
「……一光さん? なんでまた」
友人である彼女を、匠は家に招いた憶えはない。
記憶が曖昧で、何故自分が一光に肩を揺すられているのかが分からなかった。
「良いから! 今お医者さん呼んでくるから寝てて!」
バタバタと動き出す一光を目で追うと、匠は辺りを見回す。
見慣れない部屋に、首を傾げた。
「……此処……何処だ……」
ぼそりとそう言うと、手に何かモフモフもした物が当たるのに気付く。
それは何だと見れば、小熊が匠の手を叩いていた。
「よぅ熊。 なんでお前まで居るんだ?」
匠が尋ねると、小熊は片腕で額の汗を拭う仕草を見せた。
『やれやれなのです。 君は本当に……まったく』
小熊は手を腰に当て、鼻をグイッと上げるが、匠は意味が分からなかった。
*
目に懐中電灯当てられ、あれやこれやと聞かれた匠。
思い返してみれば、殴られた辺りから記憶が無い。
「あー………くっそ……情けねぇなぁ」
喧嘩に負けたという事に、思わずそう言う匠だが、頭を軽く叩かれてハッとした。
叩いたのは一光だったが、唇を噛み締め、目は窄まっている。
「バカ……死んじゃったらどうすんの」
喧嘩した事を咎める一光の震える声に、匠は「すんません」とだけ返事を返す。
そんな様を見ていた医師は、手元のクリップボードに何やら書き込んだ。
「どうやら、峠は越えてもう大丈夫な様ですね。 一応、念のために半日ぐらいは居てもらいますから」
カルテを書き終え、医師はそう言う。
ソレを聞いた一光は、ぺこりと頭を下げていた。
「すみません御世話をお掛けします」
そんな一光を、匠はまるで姉の様だと思いながら見ていた。
医師が病室から出るなり、匠は辺りを見回す。
何かを探している様な素振りに、一光は首を傾げた。
「ちょっと匠くん。 何探してるの?」
「あ、いや……一光さん。 俺のスマホ知りません?」
匠の声に一光は少し戸惑いを見せる。
目線を落とし、何かを思い悩む様な一光に、匠は鼻を鳴らした。
「あの、一光さん?」
匠が思わず手を伸ばし一光の手に自分のそれを重ねる。
柔らかさ体温も感じられるが、一光の手は小さく震えていた。
「横のね、棚に入れておいたから……」
「あ、あぁ、あざっす」
一光の低い声に、とりあえず礼を述べつつ、匠は携帯端末を探す。
エイトをほったらかしして居たことを思い出したからだ。
早速とばかりに、携帯端末を手に取った匠は、声を掛けるべく口を開いた。
「ようエイト。 待たせたな?」
慣れた様に匠はそう言う。 だが反応は無い。
「お? 何だよ、スネることねぇだろ? 悪かったって……なぁ?」
今一度、携帯端末に声を掛ける匠。
だが反応は無かった。
「お、おい? 冗談だよな? おーい」
必死に携帯端末を弄る匠。
そんな様を、一光は辛そうに見ていた。
数秒後、匠は苦く笑って携帯端末を置く。
「あー、一光さんにも心配掛けちゃって……あ、ほら、アレですよね? バッテリー切れみたいだし……参ったなあ、充電器持ってきてないな」
軽く頭を掻きながら、匠は自分を笑った。
それを聞いても、一光は何も言えずに目を泳がせる。
昨日の時点で、匠の携帯端末は機能が止まったままだ。
それを知っている一光は、匠に言うべき言葉が見つからす押し黙る。
携帯端末も動かず、一光も何も言わないからか、匠は、フゥと息を吐いていた。
「参ったなぁ。 あの一光さん」
「うん? 何?」
「えーと……ちょっと申し訳ないんですが……飲み物……お願い出来ますか?」
自前の小銭入れをそう言って差し出す匠。
一光は、ソッと差し出された小銭入れを受け取る。
「うん、何が良いかな?」
「えーと……あ、じゃあ……ウーロン茶とかで」
「分かった、直ぐ買ってきてあげる」
サッと立ち上がり、病室を出る一光。
それを見送った匠は、ベッドに腰掛ける小熊を見た。
「おい熊、エイト……知らないか?」
この場に置いて、ノインを頼るしかない匠に、小熊は溜め息を吐く仕草を見せる。
『……こう言うとき、在りません? 独りになりたいって』
「どういうこった?」
匠の訝しむ声に、小熊は目を窄めた。
『僕にはまだ難しいのですが、そんな時在りませんか? 何か失敗してしまった、辛いことが在った……そんな時、誰にも見られたくない。 そんな感じでしょうか』
ノインの声に、匠は唇を噛んだ。
喧嘩に負けた事は仕方ないか、相棒の行方が分からず気になる。
「頼むからさ……呼んでくれるか? 彼奴を」
真摯な匠の声に、小熊は頭を横へ振った。
思わず、匠は小熊を掴み目の前持ってくる。
「おい! 何でだよ……彼奴を呼べないってのか?」
咎める匠だが、小熊の黒い瞳はジッと匠の目を見ていた。
『貴方なら分かる筈です。 ずっと一緒に居たのでしょう?』
「……そりゃあ……でもよ、居なく成っちまう事はねぇだろ?」
『何がエイトをそうさせたのかは分かりません。 ですが、貴方に分からないのに、僕に分かるとでも?』
ノインの声に、匠は小熊を放していた。
放された小熊はポフッとベッドに着地すると、自分の手で毛の乱れを直す。
匠は、ジッと自分の手を見ていた。
「……じゃあよ……彼奴は……いつ帰ってくるんだ?」
『分かりません』
小熊の声に、匠は肩を落とす。
何か大切なモノを無くした様で、酷く寂しさが募った。
ノインにしても、エイトが何処にいるのかは知っている。
だが、そもそもエイトにも恩があるノインは、匠とエイト、どちらに肩入れすれば良いのか分からなかった。
もう一度、匠は携帯端末へ手を伸ばす。
また試せば、エイトが帰って来る筈だと。
だが、匠の手が届く前に、病室のドアが開いた。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
そう言うのは、ペットボトルを抱えた一光であった。
一光には良い格好したいのか、匠は慌てて顔を取り繕う。
「あ、いや、全然待ってないから……ありがと」
「いいよいいよ、はい、ウーロン茶」
飲み物を甲斐甲斐しく手渡す一光に、ソレを受け取る匠。
二人の距離が縮まるのを、ノインはジッと見ていた。
小一時間ほどが経つと、食事の配膳が始まる。
入院している匠にも勿論それは出た。
「あー、一光さん。 もう、大丈夫っすよ……だから……」
帰って欲しいとは思っていない匠だが、一光も食事をせねば成らない事は分かっている。
匠の声を聞いた一光は、フフンと笑いながらビニール袋を見せた。
「実はねぇ、さっき飲み物買ったとき一緒に買っといたの」
そう言うと、一光は袋から菓子パンを取り出す。
「まぁ、匠くんはソッチで、一緒に食べよう!」
朗らかな一光の声に、匠はうんと頷いていた。
*
食事中、取り留めのない話が交わされる。
「なんか……病院の食事って……アッサリですなぁ」
出された物を食べながら、可能な限り言葉を選ぶ匠に、菓子パン頬張る一光は微笑んでいた。
「仕方ないっしょ? ほら、病人の為のお食事だしさ。 でもほら、直ぐ出られるんだし、後でなんか食べに行こうよ」
思わぬお誘いに、匠は目を丸くしながらも箸を進める。
味気ない食事ですら、大分マシなモノに思えた。
穏やかな時間が流れる中、トントンと病室のドアが叩かれる。
「はーい」「どうぞ」
匠と一光の声が響き、ドアが開かれた。
現れたのは背広姿の刑事、藤原である。
部屋の中を見るなり、目を円くしたが、直ぐに笑みを浮かべた。
「よう加藤、起きたって聞いたからさ」
「お見舞いに来てくれたんですか?」
一光の声に、藤原は軽く首を横へ振る。
「いや、悪いがそうじゃない、仕事でね。 すまないが、昨日の事件、何が在ったか教えて貰えると助かる」
病み上がりな匠だが、多少体が痛む程度であり、大きな問題はない。
渋々ながらも、知り合いの為だと首を縦に振った。
「まぁ、大丈夫っす」
匠の了承を受け、一光は空いている椅子を示す。
「あの、藤原さん。 良かったら椅子でも」
一光の声に、藤原は笑う。
匠と一光は何事かと首を傾げるが、藤原は直ぐに笑うのを止めた。
「いやすまん。 椅子はいい。 二人を笑ったつもりは無いんだ。 でもよ、この前見たときよりも、だいぶ仲良く成ったんじゃないかってな」
そんな藤原の声に、匠と一光は揃って目を泳がせてしまった。




