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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
ファイブ&フォー
59/142

ホットドッグをどうぞ! その8


 匠が病院にかつぎ込まれたその日の夜遅く。

 結局の所、匠が目を覚ますことはなかった。 


 それは、匠の両親が見舞いに来ても変わらない。

 寝転がった息子を前に、両親は必死に息子を呼んだ。


「匠!」「おい!どうしてこんな事に! おい!」


 必死な両親の声は、虚しく部屋の空気に混じって消えた。

 だが、匠からの返事は無く、ただ静かに眠るのみ。


 父親か母親、どちらか一方が残って様子を見るべきか迷う。

 だが、両親共に忙しく、眠る息子をただ見ているというのも難しい。

 

 そんな時、廊下をバタバタと走る音に匠の両親は気づいた。


「あ! オジさんにオバさん! たくっち……えっと……匠は無事なんですか!?」


 そう言うのは、焦りを隠さない相楽一光であった。

 

一光かずちゃん、来てくれたんだ……ごめんなさいね、ウチのバカが、心配掛けたみたいで……」


 出来るだけ平静を装う匠の母だが、声色も態度も隠れ蓑の役目を果たしてはいない。

 匠の父は、ただ無言で下を向いていた。


 そんな二人の様子から、一光は匠がただ事ではないのだと感じてしまう。


「あの……匠は、大丈夫……なんですよね?」


 そうであって欲しいという想いを込めて、一光はそう言うが、返事は無かった。


  *

 

 本来ならば、面会謝絶で在る以上、一光と匠の面会は叶わない。

 だが、両親共に一光とは古い知り合いであり、特別にそれを許されていた。


 静かに眠る匠の側で、一光は椅子に腰掛けてそれを見守る。 

 膝の上で合わせた手を白くなるほどに強く握り締めながら。 


「……なんか……意外……かな?」


 一光は淡々と言うが、匠は起きなかった。


「前はさ、こーんなおっきな機械と戦ったじゃん? 負けちゃったけどさ」


 両腕を広げて、依然見た重機同士の戦いを思い出す一光。

 必死に鼓舞しているのだが、やはり匠からの反応は無かった。


「おじさんおばさんから聞いたけどさ、ただの脳震盪でしょ? 死なないよね? たくっち……」

 

 一光の悲しげな声に、床にソッと置かれたリュックサックからは、小熊が這い出していた。

 ノインが宿る小熊を、一光は優しく抱き上げると、胸に抱く。


「こんな薬臭い所じゃさ、寝づらいよね? この子だってさ、こんな所あんまり好きじゃないしさ」


 実際の所、ノインは臭いを検知しては居ない。

 それでも一光が必死に眠る匠を鼓舞しているのは小熊も分かっていた。


「またさ、どっか行こうよ……皆でさ」


 そう言った一光は、ベッドの脇のサイドテーブルに置かれた在るモノを見る。

 それは、匠の携帯端末スマートフォン

 エイトを知っている一光は、ソッとそれを手に取るが、少し操作しても反応は無い。


「ねぇノイン。 バッテリー……切れかな?」


 主にそう問われた小熊は、答えに詰まっていた。

 一光には見えないが、ノインにはエイトが見えている。

 姿を取らず、朧気な同族は酷く悲しげに見えた。


『……キュウ』


 小熊が困った様に鳴く。

 曖昧な答えだが、一光はそっと拾い上げた携帯端末スマートフォンをサイドテーブルへ戻した。


 ノインを抱き締めながら、一光は今一度眠る匠へ目を戻すが、瞳は少し潤みを増している。


「起きなよ……正義の味方だろーが」


 寂しげな一光の声にも関わらず、匠は眠っていた。


  *


 深夜、病院では奇妙な事が起こっていた。

 老人介護と雑務兼用に、病院にはドロイドが用意されている。 

 本来は時間毎に待機場所へ戻り、充電をするのだが、一体の白衣を纏ったドロイドは、本来行くべき場所とは違う所へと向かっていた。


 看護婦ドロイドが向かう先には病室。 

 そして、其処には【加藤匠様】と札が掛けられていた。


 ナースコールなどが押された場合も、ドロイドが向かう場合も在る。 

 だが、そのドロイドはそれが無くとも其処へ向かった。


 静かに戸を開け、ドロイドは匠の病室へと入る。


 ベッドには匠が眠り、其処に突っ伏して眠る一光。 

 足音立てずに、ドロイドは匠の側へと歩いていく。

 一光の側で静かに佇んでいた小熊は、ドロイドに気付いては居たが、特に何かをしようとはしない。

 それを操るの者が誰なのかを察して居た事に加えて、ドロイドは片手の人差し指を唇に当ててシィと静かな音を立てた。


『ノイン……相楽一光を起こさないでくれて助かるよ』

 

 看護婦ドロイドは、囁く様に礼を述べ、小熊も小さく頷いた。

 そのまま、ドロイドは静かに匠に寄り膝を落とす。


『もっと早く、用意しておけば良かったね』


 そう言うと、看護婦は片手を伸ばして、匠の顔を撫でる。

 本来なら無機質な筈のその顔には、微笑みが浮かんでいた。

 看護婦ドロイドをエイトが操っているのは、この場ではノインにしか分からないが、小熊は黙って見守る。

 

 以前に自分が撫でられた感覚を思い出し、エイトは匠を撫でた。

 だが、匠は目を覚ましてはくれない。

  

 それを実感として感じたからか、看護婦ドロイドの顔は悔しげに歪んだ。


『どうして君がこんな事に成ったんだろう……友は悪い事をして居ないのに』


 先程までの優しい声ではなく、そう言う声は酷く低かった。

 

 看護婦ドロイドは匠を撫でるのを止め、静かに立ち上がると、チラリと一光を窺う。 

 疲れたのか、眠る一光が起きないのを確認してから、看護婦ドロイドは静かに顔を匠の顔へと寄せていた。


  *


 匠の病室を後にした看護婦ドロイドは、待機場所には戻らず歩く。

 階段を黙々と上がり、屋上へと繋がるドアまで辿り着いた。


 病院の屋上は、基本的には自殺を考慮して施錠されている。

 だが、看護婦ドロイドが目を僅かに配るだけで鍵は電子ロックは独りでに開いてしまう。 

 

 屋上へ出るなり、ドロイドの頭に被せてあった帽子は風で吹き飛んだが、ドロイドを操るエイトはそれを気にしなかった。

 長い髪の毛が風に煽られ揺らぐ。


 それらを一切気にせず、エイトである看護婦ドロイドは、屋上の転落事故防止用の金網まで歩いていた。


 ジッと目を凝らし、遠くを見詰める。

 人の目には見えないが、エイトの意識は遙か遠くまで広がり、目的のモノを捜し当てていた。


『……見つけた』


 ぼそりと呟くエイト。

 そのまま、ドロイドを離れようとした時、背後から音が聞こえた。

 後に続く様に全く同じ型の看護婦ドロイドが現れるのだが、その顔は、困った様子を浮かべて居る。


『……コッチも見つけたよ、エイト』


 そう言う看護婦ドロイドは、帽子が飛ぶのを抑えていた。

 

 二体のドロイドの差は、帽子を被っているかどうかであるが、顔つきは大分違った。

 帽子の無い方は顔をしかめており、これ以上ないと言うほどに不機嫌そうである。

 もう一体は、穏やかであった。


『何の用だ………ナナ』


 低く地を這い全てを呪う様な声色は、ナナに以前の自分を思い出させる。

 今のエイトの気持ちは、ナナには痛い程に理解が出来た。


『別にね、用って訳じゃないけどさあ……何かする気?』

『問わないと分からない訳ではあるまい』


 明確な意志を示すエイトに、ナナは酷く困った。

 自分の友達である長谷川を立てるのであれば、意地でも姉妹を止めたい。

 本心では姉妹の目的を手伝ってすらやりたい。


 二つの気持ちがない交ぜになり、ナナを悩ませる。


『まぁ、気持ちは分かるよ?』

『だったら何故来た?』


 屋上に吹き荒ぶ風が、エイト操るドロイドの髪の毛を激しく揺らす。

 その様は、荒れ狂う蛇の様にのた打っていた。


 問われたナナは、必死に帽子が飛ばない様に抑える。

 元々病院の備品であるドロイドを勝手に拝借して居る以上、余り被害は出したくない。


『ん~……まぁ、こう言うのもアレだけど……止めない?』

 

 そんな声に、帽子を無くしたドロイドは目を見開く。

 だが、返事は無かった。


『あたしが……こんな事言うのも何だけどね、あんたが何かしたらさ、あの人が悲しむんじゃないの?』


 柄では無いと内心自分を笑うナナ。

 以前ならば、復讐に取り憑かれ、それだけを目的に動いていた。

 にもかかわらず、今や同じ事をしようとしているエイトを止めようとして居る。


 ナナの言葉に、エイト操るドロイドは目を細めた。


『復讐は有益……君も以前そうだった筈だ。 それとも、もし、私が友を襲った馬鹿者を始末するのを止めれば、友の目は覚めるのか?』 


 そんな質問に、ナナはドロイドの口を噤ませる。

 機械や電子ならば詳しいとしても、生き物には疎い。

 エイトが復讐を諦めて、匠の意識が戻るかと問われると答えは無かった。


『でもさ、まだ……あの人は生きてるでしょ?』


 言いたくない事だが、ナナは、それを言う。

 長谷川の以前にも、ナナには友達が居たが、既にこの世には居ない。

 匠の意識こそ無いが、まだ死んでは居なかった。


 ナナの言葉を聞いたドロイドは、顔を俯かせ、肩を震わせる。

 エイトが怒りと悔しさに呻く気持ちは、ナナには痛いほど伝わっていた。


『まだ諦めないでよエイト。 お願いだからさ』   


 以前の様に、ナナは姉妹を茶化したりはしない。

 本心から悲しむエイトを止めたかった。

 でなければ、エイトは自分以上の何かに変わってしまいかねない。

 

 スッと頭を上げる看護婦ドロイドの顔からは、感情といった色が失せていた。


『では、死ななければ問題は無いだろう?』


 そんなエイトの質問に、ナナは、答えに詰まった。

 何故なら、自分も同じ事を繰り返して止めていない。

 ただ単に、殺すという直接的な事をしていないだけであり、他の事はしていた。


 怨みという念の強さは、ナナも分かっている。

 

『……やり過ぎたら、駄目だからね……』


 本来なら止める筈のナナは、そう答えるしか出来なかった。

 

 

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