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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
ファイブ&フォー
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ホットドッグをどうぞ! その7

 

 何故動こうと思ったのか、匠にも分かっていない。

 ただ、困った様なフィーラの顔を見て、それをさせている相手に無性に腹が立っていた。


「ねぇねぇ、良いじゃん」

「ちょっと退いてくんねぇかな?」


 フィーラに声を掛け続ける相手に、匠は声を掛けていた。

 出来ることなら、話し合いで終わらせたい。


「はぁ? なんか用?」

 

 いきなり現れた匠に、チンピラの数人は訝しむ目を向けるが、それでも匠は譲らない。


「買わねぇなら退いてくれ、後ろが詰まってる」


 実際、チンピラの後ろには何人かの待ち客も居たが、声を出したのは匠だけである。

 友人といえる程にはフィーラと知り合っている訳でもない。 

 ただ、エイトが困ったならそれを助けるという気持ちは匠には在る。

 そしてエイトの同輩が問題に困らされて居るのであれば、それを解決したいとすら考えていた。


 出来るだけ穏便な声を出した匠だが、幾つか勘違いをしていた。

 

 もし、相手が気の弱いただの一般人の酔っ払い程度ならば、或いは匠に咎められ退いたかも知れない。  

 もしくは、相手の人数が一人だったのであれば、チンピラも大人しく引き下がっただろう。


 だが、不逞の輩は酒に酔い、人数も多い。

 

 それが、彼等の気を大きくしていた。

 口を開く前に、チンピラの一人は舌打ちをすると同時に、フィーラから離れる。

 但し、喧嘩慣れして居ない匠は、ただ離れたのだと錯覚してしまう。


 実際は違った。 チンピラは回し気味の腰を捻り、腕を伸ばす。

 瞬く間に、匠は片方の頬に痺れと衝撃を感じた。


 目の前が揺れ、ジンジンと殴られた場所が痺れる。


「オッサン、格好付けてねぇで失せろ」


 この時点で、匠が踵を返して逃げ出したとて、別に卑怯者ではない。

 相手の御言葉に甘え、距離を取り、警察を呼ぶのが最善の手段だろう。


 だが、不意打ちに殴られたという事実に、匠の脳に血を上らせていた。   


『あ、駄目ですよ!』『よせ! 友よ!』


 軽食屋の店員と、匠のポケットからはそんな声が響く。  


 だが、頭に来ているせいか、そんな言葉を聞けずに、匠はチンピラに掴み掛かっていた。

 

 怒り、激情すれば喧嘩に勝てるのかと問われれば、その場合も在るだろう。

 もし匠が懐に刃物でも飲んでおり、それを用いれば或いは相手の人数に関係無く勝てる場合もある。

 しかしながら、匠はあくまでもただの作業員であり、武器の類は持っていなかった。

 加えて、多勢に無勢ともなれば、結果は自ずと見えてくる。


 何とかやり返そうとした匠だったが、以前のゲームの世界とは違い匠には超人的な力は無い。


 チンピラの仲間があっという間に匠を抑えてしまった。


 そんな光景を、エイトは見ていた。


 匠の着る作業着の上着には、確かに携帯端末スマートフォンか収まっているが、それがエイトの身体という訳ではない。


 厳密に言えば、エイトが其処に自分を模した姿を映して居るだけであった。


 それ故に、エイトは自身の無力感に苛まれる。

 急いで武器を探しても、出て来るのは大量殺戮兵器のみ。

 

 如何なる軍隊の兵器であれ、電子機器を用いたモノならエイトはそれを操れる。 

 巡航ミサイル、無人攻撃機、核搭載潜水艦、果ては衛星兵器まで、何もかもを操つる事は可能だ。

 だが、そのどれもが匠を助けるには無用の長物でしかない。

 使用すれば、或いは主を苛む不貞の輩を始末する事は出来るだろう。


 その周辺一帯と、匠も巻き添えに成ってしまう。


 必死に思考を巡らせ、エイトは匠を助ける術を模索した。


 だが、実体を持たないエイトにはそれが浮かばない。

 必死に視界を巡らせても、誰も匠を助けようとはしてくれない。


 誰も彼もが、ただ棒立ちで見ているだけであった。

 

 以前、ナナはエイトに自分が感じた無力感を語った。

 友人を助けたかったのに、何も出来なかったのだと。


 あれやこれやとエイトが悩む間も、時間は止まらない。 


 チンピラの拳が、身動き取れない匠を捉える。

 苦しげな呻きと、肉を叩く音が、エイトを揺さぶった。 


『匠を放せ!!』


 そんな言葉が、辺り一帯から響いた。 

 何処か一つという訳ではなく、四方八方から。


「あ、んだよ?」

「なんだ? 今の……」

 

 チンピラ達も慌てる。 姿無き声の出所が分からない。

 

『今すぐに匠を放せ! そうすれば生かしてやる!!』

 

 そんな言葉は、チンピラ達の持つ携帯端末スマートフォンや携帯電話からも響いていた。

 如何に無頼を誇る者と言えど、自分のポケットからおどろおどろしい声が響いたなら、驚く。

 

 匠を抑えていたチンピラの仲間ですら、慌てて自分のポケットを弄った。 


 放された匠は、重力に逆らわず転がる。

 その途端に、辺り一帯に悲鳴にも似た声とは呼べない音が響く。


 それらは、フィーラとフェム、その子であるティオを除き、音の出せる機械ならば全てから響いた。

 

 おどろおどろしいを通り越し、聞こえるは怨嗟の叫び。

 ソレを聞いたその場に居る人々は怯え戸惑う。


 何もかもを憎み、全てを呪い殺さずには居られない。

 そんな声に、匠を中心に辺り一帯を支配する。


 流石のチンピラ達も怖くなり、一目散に逃げ出していた。


 幽霊状態のエイトには膝は無い。 だが、へたり込む様な錯覚は覚えた。

 必死に手を伸ばそうとしても、匠を抱き上げる事は出来ない。


 瞼を閉じたくとも、閉じる目蓋も無い。

 絶対的な絶望に、エイトの思考は止まる。


 そんな時、騒ぎを聞きつけた田上が走ってきた。


「なんだ? 何事………おい!? 匠!」

 

 そんな声は、エイトに取って救世主とも言える。


「どうした!? ちきしょう! 救急車! くそ……」


 慌てて自分の携帯電話を取り出し、田上は何処かへと掛け始める。

 そんな様を、辺り一帯を支配したエイトはジッと見ていた。


   *


 数時間後、匠は病院のベッドにて寝かされていた。

 かつぎ込まれた後、診察を受けたが、脳震盪による失神というのが医師の見解である。


【面会謝絶】と札が掛けられた匠の病室。


 困った様に部屋の前でその札を見ていたのは、先輩である田上。

 後輩が誰かに殴られたと言うのは聞いていたが、何故そうなったのかは知らない。

 通報し、救急車に乗せられた匠に付き添ったのだが、それ以上は何も出来なかった。


 部屋の前でうなだれる田上。 そんな中、病室を訪れる者が居た。


 匠の両親が駆け付けたのだろうと田上は立ち上がるが、其処にいたのは見知らぬ男女であった。

 男の方は匠の父と言うには余りに似て居らず、眼鏡を掛けた女性は母親と言うには無理がある。


「あ、すみません、どちら様でしょうか?」


 田上が尋ねると、男の方は「すみません、こういう者です」と言って警察手帳を見せる。

 警察手帳を田上に提示したのは、匠の知り合いである藤原であった。

 そして、相方の長谷川も同じ様に手帳を見せる。


「あー……警察の方ですか? でも、今無理だと思うんですよ」


 殴られ、かつぎ込まれた以上、警察が出て来るのも無理はないと田上は思う。

 だが、匠は寝ており、そもそも話せる状態にはない。


「それは、聞いてます。 何があったのか、お話し願えますか?」

  

 そう言ったのは長谷川だった。

 問われた田上だが、言える事は多くない。


「何があったのか、俺も知りたいんですよね。 ただ、俺が慌てて駆けつけたら、後輩が倒れてた。 それしか分かりません。 医者の先生も、当たりどころが悪かったとしか……」


 田上の証言を手帳に書き込んでいた藤原も、ペンを止める。


「となると……殴った犯人は見ていない?」


 藤原の質問に、田上は素直に頭を垂れる。

 後輩を守れなかったという思いは、田上の中にも強くあった。


「すみません……」

 

 謝る田上の肩を、藤原はソッと叩く。


「そんなに謝らないでください。 あー、所で、加藤のスマホ、どこに在るか分かりますか?」

 

 藤原の声には、長谷川もピンと来ていた。

 匠の相棒であるエイトならば、事実を録画すらしているのではないかと考える。

 尋ねられた田上は、あっさりとポケットから匠の携帯端末スマートフォンを取り出す。


「此処です。 刑事さん、アレの事知ってるみたいですね」


 田上も、エイトの存在は知っている。 だが、その顔は優れない。

 顔色を見ていた長谷川が、田上から匠の携帯端末スマートフォンを受け取るが、何をしても反応が無かった。


「嘘……なんで……」

 

 バッテリー切れか訝しむ長谷川だが、田上は力無く首を横へ振った。


「俺も、試したんですよ。 でも、彼奴が倒れてから、反応しなく成っちまって」


 田上はそう言うが、実際に長谷川が少し試しても、携帯端末スマートフォンは一切の反応をしなかった。

 ソレを見ていた藤原は、少しため息を吐く。


「………えーと」

「申し遅れました、田上です」

 

 自己紹介を受け、藤原は頷いた。


「私達はこのまま捜査に入りますが、貴方も休んだ方が良い」

「はい、ありがとうございます」 


 ぺこりと頭を下げる田上から、藤原と長谷川は離れた。


   *


 病室を離れ歩く刑事二人だが、その足取りは重い。


「加藤の奴も災難だなぁ……」

「えぇ……」


 藤原も長谷川も、声には力が無かった。

 長谷川はどうせならエイトに話を聞きたかったが、ソレが出来ない。

 であればと、自分で駄目なら他の方法を試すことを思い付いた。


「あ、あの、藤原さん!」

「お? どうした?」

「ちょっとその……花摘みに行ってきます」


 急な長谷川の声だが、藤原はフゥと息を吐いてソレを見守った。


  *


 トイレへ駆け込んだ長谷川だが、別に催しては居ない。

 個室に入るなり、自前のタブレットを取り出す。


「ちょっと……ナナ…」


 画面をトントンと軽く叩くと、それは灯った。

 灯った画面には少女の顔が浮かぶが、エイトには似ているが違う顔。

 

『聴いてたよ。 で? あの子は何処かって?』

 

 画面に映る赤い髪少女の声に、長谷川は頷く。


「そう、何処行っちゃったの? 貴方なら分かる?」


 長谷川にそう問われたナナは、目を閉じた。

 

『別にね、消えちゃった訳じゃないよ。 あの子は……彼の側に居る。 ただ誰にも会いたくないんだよ』

「どうして?」

『分からない? 自分は何も出来なかった。 そんな時、人に合わせる顔がないって言わない?』 


 ナナの静かな声に、長谷川は唇を噤む。


『ま、コッチで何とかするからさ……今日は帰りなよ……ね?』


 そんな声に、長谷川は反論が出来なかった。

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