ホットドッグをどうぞ! その5
画面上に映る女性は、匠の目にも実に魅力的に映る。
流れる様な髪の毛は艶やかに映え、過剰ではないが豊かな肢体、そして、どことなく気が強そうだが整った顔立ち。
もし、彼女が着飾り立っていたなら、恐らく自分は見取れるだろうと感じた。
『ムフフ……どうだね、友よ?』
匠を押し切り、自分で選んだからか、エイトは自信満々といった声を出す。
「あー、いや、まぁ、スゲェなぁってさ……」
『そうだろうそうだろう、我ながらなかなかの出来映えだと思うのだ!』
益々機嫌上々といったエイト。
そんな相棒に「ちっと待ってくれ」と相槌を打ちつつ、匠はドロイドの見積もりを見てみた。
一瞬、匠の鼻が唸る程の金額が映し出される。
この間の柳沢家の依頼で稼いだ額の三分の一以上が吹き飛ぶ程の額であった。
元が高いのかと調べると、そうではなかった。
エイトは、元の素対にあれやこれやと追加を注文している。
それらを一々確認するという事はしない。
「結構するのな?」
その気なら程度の良い車が買えそうな額に、思わず匠はそう言う。
それを聴いたからか、画面上の歪な円は少し顔を寂しげに歪めた。
『……駄目かい?』
そんなエイトの声に、匠は、深呼吸をする。
トラブルバスターとしてはほとんどがエイトの手柄であり、自分は大した事は出来ていない。
であれば、そんな相棒の要望を叶えるべきだと匠は思った。
「いや、お前が良けりゃソレで良いさ。 でと? 早速注文して良いのか?」
善は急げと、匠はエイトに決断を問い掛けた。
すると、画面上の歪な円は迷う様に画面内を泳いだ。
『うー………んー………友よ。 君はどう思う?』
「ほ?」
『私はこうだと決めたが、もし、あー……君がこの辺はこうが良いという事ならば意見が欲しいんだが?』
エイトの質問に、今度は匠が悩み出していた。
画面に映るドロイドの完成図に問題らしい問題は無い。
強いて上げればその値段だが、それにしても今の資産全てがすっ飛ぶと言うほどに大きくはなかった。
「そうさなぁ……まぁ、うーん」
『焦る事はないんだ。 ゆったりと決めよう』
その晩、延々と匠とエイトのドロイド注文は深夜まで及んだ。
*
深夜まで及んだドロイド注文だが長々と話し合い、結論に至るまでかなりの時間が掛かってしまった。
その結果として、翌朝、疲れた顔で田上電気店へと出勤する匠。
それを見た店主の田上は、目を剥いていた。
「よう……ってお前……なんて面してんだよ?」
「いやはや、おはようございますぅ」
ウーと唸る匠に、田上は肩を竦めていた。
「まぁた相棒とゲームでもしてたのか? ま、個人の生活に関しちゃ、別に俺からあーだこーだとは言わんがな。 程々にしとけよ?」
後輩兼、作業員を案じる田上の声に、匠は「あい」と返事を返した。
問題が持ち込まれない限り、匠とエイトには出番は無い。
時折、細々としたモノを買いに来たり、何かを注文するしてくる客も居るが、基本的には勤務は暇であった。
相も変わらず、暇つぶしなのか何かのカタログを見ている田上をチラリと窺う匠。
ふと、先輩の左手薬指に光る指輪を見つけ出した。
普段ならば、大して気にもして居なかったが、最近一光と遊んだり、エイトにドロイドをねだられる等を経験したせいか、匠は指輪が気に掛かる。
「先輩って……結婚してたんですよね?」
ぼそりといった匠の声に、田上は眉を上げる。
「なんだ? 急に」
「あ、いやー、ほら……先輩って、奥さんとどんな風に出逢ったんすか?」
匠の質問に、田上は読んでいたカタログをパタンと閉じた。
それを脇に置き、腕を組んで鼻を鳴らす。
「馴れ初めって奴かぁ、て、お前……そんなん聞いてどうすんだ?」
田上の声に、匠はうーんと鼻を鳴らす。
理由としては、聞いてみたいが半分だが、もう半分は何をどうしたと言うのが知りたいのが半分であった。
「まぁまぁ良いじゃないっすか。 良かったら教えてくださいよ」
匠の促すような声に、田上はウゥムと唸る。
自分の馴れ初めを話せと後輩から迫られ、少し悩むが、掻い摘まんで話せば良いと、田上は口を開いていた。
「俺と嫁さんは……まぁ、普通だろうな」
身も蓋も無い田上の声に、匠はウゥンと唸った。
「普通って……それじゃあ分かんないですって」
先を急かす匠だが、急かされてと田上は焦らない。
「まぁ聞け。 良いか? チョイと昔なら親とか親戚、知り合いなんかが気を利かせてお見合いとかさせたもんさ。 俺の従兄弟なんかな、凄かったらしいぞ? ねぇ、君も良い歳なんだからさ、この子なんかどうだね……ってよ」
何とも言えない嫌な笑いを浮かべる田上は、スッと両手の掌を見せながらそう言う。
実際の田上の手には何も無く、空気だけだ。
だが、田上の演技が上手かったせいか、匠には無いはずのモノが見える。
其処には、気楽な格好ではなく、着飾った一光が映っていた。
妄想に呆ける匠だが、田上は後輩の妄想には取り合わない。
「とまぁ、それが昔ながらって所だな。 ともかく、俺の場合はそんなんじゃなくてな、偶々嫁さんの家に商品届けに行って、あれやこれやと接点が出来て、いつの間にかそうなってたって訳だ」
田上の昔話に、我に帰った匠はハハァと息を吐いた。
「で? お前はどうなんだ? 匠」
「はい?」
「俺は俺さ。 お前はお前だろ? そういや、結構仲が良いって子居なかったか?」
田上は相楽一光とは面識が無い。 それでも、居るという事は知っていた。
「どうだ? その子口説けば良いじゃないか」
あっけらかんと云う田上の声に、匠はウゥムと迷う様に鼻を鳴らした。
「あー、まー、そう、そうなんですがね……」
一光と仲が良いかと問われれば、良いと答えたい匠である。
接点も多く、時折遊んだり食事をしたりという間柄に間違いは無い。
「じゃあ良いじゃないか。 別に百年の恋なんてしなくたって良いんだよ。 燃える様な愛ってのもロマンだがなぁ、ま、そんな理想よりよ、一緒に居て気が楽な子の方が良くないか?」
持論を展開する田上に、匠は口を噤む。
無論、理想を語るのならば、田上の言った百年の恋と言うのも良いと思える。
とはいえ、実際にこの先の人生に置いてその様な人物が現れるかと問われると、そんな保証は無い。
「まぁ、お前の人生はお前のさ。 好きにすると良い」
「はぁ、うっす」
田上の声に、匠は簡単な返事しか返せなかった。
*
昼休みに成ると、匠は外へ食べにいく。
田上は田上で昼休みを過ごす事もあり、基本的には匠は独りであった。
無論、ポケットの携帯端末にはエイトが宿っており、話し相手が居ないという訳でもない。
「よう、相棒」
そう声を掛けると、匠の手の中の携帯端末は画面を灯らせる。
『呼んだか、友よ』
普段のエイトであれば歪な丸が顔浮かぶ。
だが、ここ最近の画面には少女が浮かんでいた。
それは、匠が以前に無理を言ってして貰った格好なのだが、最近のエイトは専ら少女の姿をしていることが多い。
それが何を意味しているのか、鈍い匠でも何となくではあるが察していた。
ただ、察したからといってどうしたものかとも悩む。
嫌われるよりは好かれる方が気分は良いに決まっている。
だがそれ故に匠は悩んでいた。
「……昼……何が良いかなぁ?」
本当は別の事を相談したかったのだが、ついつい口をついて出たのは別の事。
それを聞いたエイトは、フゥムと小さく唸り、画面上の少女は真剣に悩む顔を見せた。
『君の最近の食事を考えるとだね、些か食物繊維が足りてない気がする。 私としては、もうちょっとフルーツや野菜を取るべきだと思うね』
質問の返答も、以前とは変わっていた。
以前のエイトは、匠の身を案じる事は在ったが、健康面については特に何かを云うという事はなかった。
だが、今のエイトは細かい事まで気にし始めている。
そんなエイトの声に、匠は苦く笑った。
「まぁそうだわなぁ……ってもよ、外食じゃそう言うの難しいだろ?」
匠の声に、画面上の少女は少し眉を寄せた。
『ムゥ、そんな事は無いぞ! この先のホカ弁屋では健康に気を使ったメニューも在るのだ!』
怒った訳ではなく、どちらかと言えばプンプンといった風情のエイト。
そんな相棒に、匠は彼女や嫁さんと言うよりも、歳の離れた妹の様な感覚を覚えていた。
「分かった分かったよ、とりあえず買いに行くわ」
苦く笑う匠に、画面上の少女は急に困った様子を見せる。
『あ、いや、別にそれを買えという訳ではないんだ。 まぁ、余り気にせず、君の好きなのを選んだ方が……』
慌てた様なエイトに、匠は小さく頷いた。
「まぁ其処はほら、エイトさんが料理出来るようになって助けてくださると有り難いんですがね?」
半分茶化すつもりでそう言った匠だが、画面上の少女は鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしていた。
数秒間は固まっていたエイトだが、直ぐに気を取り戻した様にぐっと拳を固めて見せる。
『あ、ああ! そんな程度の事なら、私ならお茶の子さいさいだよ!』
画面の中のエイトは、自信満々といった態度を見せ、それを見た匠は、軽く笑っていた。
「気が早いって相棒。 まだ……注文したばっかりだろ? そんなに早くは来ないって」
実際には鼻息は無いが、匠は鼻息が荒そうなエイトを宥める。
だが、気が高ぶったのか、画面上のエイトは所狭しと動き回っていた。
『何を言う! そっちはそっちで忙しいかも知れないが、コッチもこっちで忙しい、後は任せるぞ!』
画面の向こう側で何が忙しいのかは分からない匠だが、ソッと携帯端末をポケットへと収めると、軽い足取りで弁当屋へと向かった。




