ホットドッグをどうぞ! その2
出掛ける前に匠は着替えるのだが、エイトにはその必要は無い。
そもそも実体を持たない存在である。
それが、エイトに寂しさを感じさせた。
以前、ナナから自分はどうしたいのかと問われ、ゼクスからも目的が在るのだろうと問われたエイト。
それらを反芻し悩む。 果たして、自分の目的は何なのかを。
意識持って以来、エイトは匠と共に在った。
ゲーム共に楽しみ、時には茶化し茶化され、それが楽しかった。
だが、いざ目的を自分に問うと、それが難しい。
ノインに成る前の九番は以前、利用されるだけの存在であった。
だからこそ自己というモノを持たず、道具の様に使われる。
今は違う、新たに一光という主人を得て、ノインは大きく変わった。
ナナにしても、友人を殺された恨みから怒り鉄槌を下す存在へ化した。
今や友人の仇を討ち、本来の道筋とは違う道を行こうとした。
だが、今や長谷川と共に在り、自らの正義を貫こうとしている。
ゼクスもまた、自分で為すべき目的を見出している。
自らを親と証し、架空とは言え自分世界を護ろうと去っていった。
「おいエイト? どうしたの?」
匠の声に、画面上の少女はハッと成った。
『いや、すまない。 直ぐに用意するよ』
そう言うと、画面上の少女はいきなり何処かへと歩き出す。
ほぼ同時に、匠の手にある携帯端末にエイトがスイッと現れた。
それだけ見れば、異様な光景だろうが、とっくに慣れている匠は驚かない。
「おっしゃ、んじゃ行こかい?」
『あぁ、行こう』
出掛けるという事に、匠の声は弾む。
対して、エイトの声は平坦であった。
*
匠の懐に収まって居る間、エイトは周りが見えていないかと言われればそうでもない。
二十世紀末から、防犯の為だと監視カメラは増えだしている。
つまり、エイトがその気に成れば主を見守っている事も出来た。
事実として、エイトはスタスタ歩く匠を見ている。
歩く匠を見て居る内に、言いようの無いもどかしさが募った。
どうせなら、隣歩きたい。 そんな想いが募る。
モンモンとした想いにエイトが捕まっている間に、匠は片手を上げていた。
そして、その先には同じ様に手を振る相楽一光。
カメラにてそれを捉えていたエイトは、スッと意識を移していた。
意識を携帯端末へと戻すと、視界は暗い。
そもそも匠のポケットに収まっているのだから無理もない。
ただ、外からの声は聞こえていた。
「おっす、結構早かったね?」
「いやー、待たせちゃ悪いと思いまして……はい」
「全然だよ。 ま、行こ」
一光と匠の会話を聴いているエイトは、またもや思考の檻に囚われる。
自分は何なのか、それが分からない。
人工知能であると言えばその通りなのだが、それ以上でも以下でもない。 自分はどうしたいのか、エイトは真剣に悩んだ。
*
一光と合流した匠は、彼女に誘われるままに歩く。
軽食屋が在ると言われればそれも期待したいが、それ以上に、一光と一緒に歩くという事が匠は楽しかった。
超人的な力も無く、空も飛べる訳ではない。
それでも、匠には十分と感じられた。
ぼやっと歩く匠に、一光は目を向ける。
「そう言えばさ、最近どう?」
そんな質問に、匠は鼻を唸らせる。
金銭面で言えば、当面の間は問題は無い。
柳沢の依頼を受けてそれを完遂し、報酬を受け取っている。
無駄な浪費さえしなければ、数年は遊んで暮らす事も出来るだろう。
「うー……まぁ、ボチボチって所っすかね? 喰ってく分には、ほら、コイツのおかげで楽に成りましたし」
そう言うと、匠はポケットから携帯端末を取り出した。
「なぁ、エイト。 ん? エイトさん?」
反応が返ってこない事に、匠は携帯端末の画面をツンツンとつつく。
すると、機械が慌てた様に画面が灯る。
『い、いきなりなんだ……あ、相楽一光』
相も変わらず一光に対しては微妙な対応を見せるエイト。
だが、元が朗らかな性格をしているからか、一光は画面に映る少女に手を振っていた。
「やっほー、アプリさん。 久し振り」
柔らかい声に、エイトは目を窄めるが、ぺこりと頭を下げていた。
そんな相棒を見ていた匠は、ふと、一光の相棒である小熊を思い出す。
「あれ? 一光さん。 熊はどうしたんです、熊は? 店番ですか?」
匠の質問に、一光は軽く笑い、背中のリュックサックが蠢く。
端から見ていると、独りでにリュックサックが動くと言うのは些か奇っ怪な光景だが、蓋の部分が開き、小熊が顔を覗かせた。
両手で器用にリュックサックに捕まりながら、辺りを窺う小熊。
自分を見ている匠に気付いたのか、小熊はパッと片手を上げていた。
『キュ!』
鳴き声としてはどうなのかはともかくも、小熊の挨拶に匠は苦く笑った。
「よう熊、元気そうだな?」
一応ノインという名が在ることは知っている匠だが、敢えてそう呼ぶ。
特に返事もなく、小熊はそそくさとリュックサックへと戻っていった。
「何だよ、愛想ねぇなぁ?」
匠の感想に、一光は少し笑った。
「まぁ、人見知りって言うの? でもさ、この前一緒に頑張ったじゃん? もう少し仲良くしてあげてね?」
「はぁ、努力致しますよ」
一光に諭され、肩を竦めて笑う匠。
それを聴いていた携帯端末は、フッと画面が消えていた。
*
匠と一光の二人が歩いて居ると、件の軽食屋が見えてきた。
遠目にも派手な色合いだからか、匠は片手を帽子のツバの様に額に当てる。
「へぇ、あんな所に店出てたんすね」
普段は田上電気店にてトラブルバスターとして忙しく動き回っていたせいか、街の変化には疎い匠。
既に何人かの客の姿もあり、店の繁盛振りが窺える。
「うん、結構安いしさ、味も良いからね」
どうだと自信あり気に語る一光に、匠はフゥと息を吐いた。
「いやー、流石っす、お目が高い」
お世辞には変わりない。
それでも、一光は満足げに匠の背中を軽く叩いていた。
「うんうん、素直に誉められるのはよい子だよ」
軽い会話を楽しみながら、一光は匠を伴い店の前の列に並んだ。
「ちょっと並ぶけど大丈夫?」
「あぁ、全然平気っす」
一光に相槌を打ちながらも、匠は店の店員に目を向けていた。
次々と来る注文をテキパキとこなすのは、お揃いの服を着た二人で一組の店員。
それだけならば、匠もそう驚かなかっただろう。
男女並んで仕事するという光景なら、そう珍しいモノではない。
以前何度か目にしたからこそ、匠は分かる。 店員は人ではないのだと。
肌は滑らかであり、体毛は見えない。
身体の起伏の差から男性女性の差は窺えるが、両名共に顔の作りはかなりのモノであり、目を奪われる者も居るだろう。
だが、何よりも匠が目を見張ったのは手付きであった。
衛生に気を使っているのか、使い捨ての手袋で手自体はよく見えないが動きは見える。
何の澱みも無く、間違いすらせず動く手付きは、余程の熟練者でない限り難しい。
そんな見事な手捌きに、匠は舌を巻いていた。
自分が試しにあの場に立ち、同じ様に動けるかと問われると自信は無い。
それほどに、店員二人組の動きは見事と言える。
手際良いせいか、余り待たされる事無く匠と一光の番が来る。
『『いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらどうぞ!』』
男女のドロイドは微塵のブレも無く、明るい挨拶を見せる。
その様に、一光の方がウンと鼻を鳴らしていた。
「あれ? この前は二人じゃなかったですよね?」
そんな質問に、以前応対した女性のドロイドが微笑む。
『あぁ、この前来てくれたお客さん。 忙しい時は相方に手伝って貰うんですよ。 ね?』
『また来て頂けただけで有り難いですよ。 ところで、ご注文は?』
実に仲の良い男女といった風情の店員だが、匠は内心訝しんでいた。
他の場所でも、ドロイドが人間を代行しているのは珍しくはない。
匠が訝しむのは、余りにドロイドの対応が滑らかだからだ。
とは言え、他の客も待っている事もあり、そうそう突っ立っても居られない。
先ずはと一光が品書きに目を通す。
「あー、じゃあチリドッグ二つにフィッシュアンドチップスで」
持ち前の性格から、パッパと品を選ぶ一光。
ソレを受けた店員も、『『畏まりました!』』と答えた。
作り置きは無いらしく、テキパキと調理を始めるドロイド二人組。
二人組の素性はともかくも、やはり素晴らしい動きには匠もホゥと息を漏らしていた。
『お待たせしました! 八百円に成ります!』
「ハイハイどうも」
品が収まった紙袋を受け取りつつ、小銭を渡す一光。
ふと、匠は慌てて財布を取り出していた。
「あ、一光さん! 俺も出しますって」
「良いから良いから、じゃあどうも!」
慌てる匠をトントンと押しつつ、店を離れる一光。
そんな二人に、店員も『『ありがとうございました、またどうぞ!』』と応えつつ、その視線は、匠のポケットへと向いていた。
*
「はい、とりあえずどうぞ」
軽食屋【5&4】から少し離れた所で、早速紙袋からチリドッグを匠に手渡す一光。
「あー、すんません。 喰ったら払いますからね」
「良いから、ね、食べて見て」
とりあえず勧められるままに一口チリドッグ齧る匠。
最初はチリビーンズソースが甘めかと思って居たが、程良い辛さが後からやって来た。
温められ、ジューシーなソーセージと相まって舌を楽しませる。
コレと言った変わった味付けではない。
だが、実直な味は実に匠を唸らせる。
「へぇ……案外……いや、旨いっす」
「でっしょう? やっぱり気に入ってくれると思ってたよ」
そう言うと、一光も買ったフィッシュアンドチップスを食べ始める。
ただ、食べ進めながらも、匠はジッと軽食屋を見ていた。




