ホットドッグをどうぞ!
ゲームから少女を助け出す。
そんな事件に匠が勤しんでいる間、別の場所ではとある軽食を売る店が開かれていた。
外観的には古き良きアメリカンスタイルといった風情だろう。
明るい色調で彩られ、大きめなガラス窓が店の中と外を分ける。
ガラス窓の間には隙間が在り、其処から売り買いか出来た。
雨除けの店舗用テントは鮮やかな赤と白。
ガラス窓には、店のメニュー表が貼られていた。
ソレを見て、フゥンと鼻を鳴らすのは匠の友人であり、ノインの主である相楽一光。
「へぇ? こんな所にお店出てたんだ」
普段は店で忙しい一光だが、暇を見つけては、偶に小さめのリュックサックにノインを押し込み、街を散策するのが彼女の最近の趣味である。
そしてこの日、一光は新しい店に立ち寄る。
軽食専門店らしく、メニューはハンバーガーからホットドッグ、サンドイッチといったモノから、フィッシュ&チップスといった品揃え。
自分の店は雑貨が主であり、こういった店も悪くないと期待を膨らませる。
お品書きを覗いてウンウンと鼻を唸らせていた一光だが、自分では決めかねていた。
「すみませーん。 オススメって在ります?」
選ぶのが面倒くさいからか、一光は店員らしき帽子を被った人物にそう尋ねる。
すると、帽子を被っていた店員はスッと頭を上げる。
『いらっしゃいませ。 まぁ、ウチですとそうですね、ホットドッグでしょうか?』
そう言う店員の声は、質が人間とは些か違う。
一光はウンと鼻を鳴らすが、店員は人ではなくドロイドなのだとわかった。
とは言え、元々ノインを預かる一光からすると、機械への偏見は無い。
店員の示す先を見ると、ホットドッグだけでも幾つか種類が窺える。
手書きらしい説明を一光は興味深げに見た。
パンにソーセージのみを挟んだ簡素なプレーン。
ソーセージの上にオニオンダイスとレリッシュ、トマトスライスを乗せたシカゴ風。
チリビーンズを乗せた南部アメリカ風チリドッグ。
それらを見て、一光はフゥンと鼻を鳴らした。
歩いていたからか、ちょうど小腹も空いている。
「えーと、じゃあ……シカゴ風? 一つお願いしまーす」
一光が注文を通す。
すると、店員が『畏まりました!』と、早速作業へと入った。
熱い湯に浸されていたソーセージをトングで掴み、真ん中に切り込みを入れたパンに取り、仕上げに刻まれた野菜を乗せる。
それだけでも、実に滑らかな動作であり、人のそれと比べても遜色は無い。
実にテキパキとした動作に、一光が見とれる内に、品は出来上がっていた。
『お待たせしました。 二百円です』
「あ、あー、ハイハイ」
思った以上の安さに、一光は慌てて財布を取り出し代金を渡す。
引き換えにパラフィン紙に乗せられたホットドッグを受け取る一光。
『ありがとうございました! またどうぞ!』
朗らかな挨拶を受けながら、一光は早速一口齧る。
温められ、ジューシーなソーセージに、薬味の野菜が良く合い、実に口に合う。
パクパクホットドッグと食べながら、良い店を見つけたとホクホクして居る一光。
だが、背中のリュックサックから小熊が顔を覗かせているのは気付けなかった。
一光がホットドッグを買った店を、ノインはジッと見詰める。
ジロリも目を這わせば、【5&4】という独特の店の名前。
店員のドロイドにしても、自分を監視する小熊の目に気付いたのか、わざと片手を軽く振ってウインクさえ見せた。
そんな仕草に、敵ではないと判断した小熊は、そそくさとリュックサックへ戻る。
小熊の視線が消えたからか、軽食屋の店員も仕事へと戻った。
*
依頼を終え、多額の報酬を手にした匠は休日を迎えていた。
だが、いざ多額の金が手に入った所で、どうしたものかと悩んでいる。
一応、田上電気店を通した仕事すればなのだと、報酬の内から一割を田上に手渡した。
本来ならば、全額懐に入れても問題は無いのだが、一応の義理もある。
すると、田上は「お前が稼いだんだろ?」と更に其処から四割程を匠に渡す。
結果として、匠の財布は大分厚みを増していた。
当面の間は、無駄使いしなければ困ることはない。
「ようエイト」
スッとベッドから起き上がる匠の声に、部屋のパソコンは灯る。
『呼んだか? 友よ』
スピーカーから響くのは嗄れ声ではなく、高めの声。
そして、画面に映るのは丸い歪な顔ではなく少女であった。
「今日さ、休みじゃん?」
『うん、まぁそうだね』
「どっか行く?」
匠の問いに、画面に映る少女はウウンと唸った。
ゼクスの一件以来、エイトは在ることに悩んでいた。
柳沢の依頼を終えた後、約束通り匠はエイトを動物園へと連れて行ってはくれた。
その際、エイトが感じたのは不満である。
カメラを通し、周りを見ることは出来た。
音声マイクを通し、周りの音を拾うことも出来るが、如何にそれらを情報として得ても、不満が拭えない。
以前はそうは感じなかった。
それが当たり前であり、当然なのだと感じていた。
しかしながら、今は違う。
仮初めながらもゲーム内で肉体を得たエイトは、自分が何かに閉じこめられているのではないかと錯覚してしまう。
無論、自由ではある。
無限大に広がるネットワークの広大な海を好きな様に行き来する事も容易い。
だが、それらはあくまでも情報でしかなかった。
それらを幾ら溜め込んでも、実感が湧かない。
その気に成れば、国会図書館の内容全てを内包する事も出来るが、それもただの情報としか思えなかった。
どうせなら、以前の匠の案に乗るべきなのではないかとエイトは思う。
ノインの様に、何かに入るべきなのではないかと。
エイトは、実感に飢えていた。
無論、ゼクスの世界の事などただの記憶であり、情報に過ぎないと切り捨てる試みもしたが、結局は出来なかった。
匠と歩いた道のり、分け合った食べ物、撫でられた感触。
その何もかもが、得難いと同時に捨て難い。
どうせなら、匠に新しい身体を買って貰いたいとエイトは思う。
何せ資金は潤沢であり、今ならそれを手に入れる事も匠は出来る。
『な、なぁ……友よ』
スピーカーから漏れ出る声は、迷いが在った。
それはまるで、店で親に玩具をねだろうか迷う子供の様でもある。
「お? どうし……」
匠が返事を言い切る前に、携帯端末が着信を告げていた。
「おっと? すまんエイト、ちっと待ってくれ」
『……あぁ、良いよ』
エイトに断りを入れてから電話に出る匠。
匠は知らないが、エイトは既に電話の相手が誰なのかを把握していた。
そして、内容すら聴こうとしているが、それは、匠には分からない。
「はい? 一光さん? どうしたの?」
お互いに忙しい身である事から、最近はなかなか交流が無かった一光からの電話に、匠の声は自然と弾む。
『あー、ちょっとさ、この前ね、街歩いてたら新しいお店が出てたんだ』
一光の声に、匠の鼻はフゥムと鳴る。
「……お店、といいますと?」
『軽食屋さんなんだけどね、結構美味しかったし、また行こうと思うんだけど、今暇?』
思いがけないお誘いに、匠はすっくと立ち上がる。
「あー、ハイハイ。 暇っす」
『そ? じゃあさ、ちょっと遊びに行かない? ほら、アプリさんも連れてさ』
「オッケイですわ。 じゃあちょっと着替えるんで」
『うん。 じゃあ連絡してくれる?』
「あいあいさー」
匠と一光の会話はソレで終わる。
それを聴いたからか、画面に映るエイトの顔は浮かない。
電話を交わした匠と一光が男女の関係でないことはエイトにも分かっている。
だが、如何にそれを分かっていても、モヤモヤとしたモノがエイトの中に産まれていた。
※
レリッシュ=キュウリ、キャベツなどの野菜を細かく刻み、甘酢に漬け込んだモノ




