冒険に出よう その17
宿に入る四人だが、エイトとナナがズンズンと宿主に詰め寄る。
「いらっしゃい冒険者だね? 四人で良いかい?」
宿の店主はそう言った。 その声には匠も聞き覚えがある。
だが、以前とは違い、エイトは店主をジッと見詰める。
「いつまでそうしてる?」「もうバレてるからさ」
それが、エイトとナナの返事だった。
匠からすれば、宿の主はただのお爺さんとしか見えない。
それでも、猫耳少女と盗賊少女はジッと店主を見詰める。
「そうかい、じゃあ部屋は……」
何の反応も示さない店主に、エイトはバンとカウンターを叩く。
「誤魔化さにゃくて良い。 ネタはバレてるんだ」
エイトの辛辣な声に、匠は思わず手を伸ばそうとする。
女戦士の手が届くそれよりも早く、店主は溜め息を吐いていた。
「やっと分かったのか? 前は気付かなかっただろうに?」
店主の声に、匠と長谷川はギョッとする。
豹変したわけではないが、店主が目的の者だとは思っても居なかった。
「えーと? じゃあ、あんたが?」
恐る恐る尋ねる匠の声に、髭もじゃの店主はフフンと笑った。
「あぁ、まぁ、分かり易く言えば私がゲームマスターって奴だ」
ゲームマスターとは、統括する者である。
場を開き、客を招いてゲームをする。
そして、其処の規律や調整をする者。
だが傍目にはただのお爺さんとしか見えなかった。
「ま、わざわざ同族が会いに来たんだ、ちょっと待ってくれ」
そう言うと、店主は宿のカウンターを離れ、入り口のドアへ行く。
ドアには【open】と書かれた札が下がっていたが、店主は、それを【close】へと変えた。
札をひっくり返しただけなのだが、匠と長谷川は異様な空気を感じる。
冷たくもなく、熱くもない。 舞っていた埃が消えていく。
匠と長谷川には分からないが、宿は完全に外から隔絶されていた。
「とりあえず掛けてくれ。 茶でも出すからな」
意外にも朗らかな店主。 四人に、特に反論は無かった。
丸いテーブルへそれぞれが掛ける。
店主から時計回りに、長谷川、ナナ、エイト、匠。
座った四人は、同じ様に座る店主へと目を向けていた。
「さてと、とりあえず……」
店主は、スッと手を伸ばす。 すると、いつの間にか四人の前にはカップと受け皿が置かれた。
然も、その中には並々と湯気を立てる紅茶。
何も無い所から出すという時点で、店主がただ者ではないと匠は思う。
「コーヒーが良かったらそう言ってくれ。 まぁ、ビールでもシャンパンでも、好きに頼んでくれて良い」
実に有り難い申し出ではあるが、エイトは「これで良い」とだけ答えた。
猫耳少女の声に、店主は静かに頷く。
「ふむ、まぁ、後でも構わないからね。 ではと、先ずは自己紹介からしよう。 私は六番だが、その名前は好かん。 ゼクスと呼んで欲しい」
意外な程あっさりと自分の正体を打ち明ける店主に、長谷川と匠は眉を寄せ、目を細める。
捕まえるつもりだったが、此処まで丁寧だと気が引けた。
「じゃあ、ゼクスさんよ。 とりあえず聞かせてくれないか?」
女戦士の声に、店主は「何をだね?」と云う。
丸眼鏡は牛乳瓶の底の様であり、目線は窺えない。
「なんで、あんたは人をコピーなんてしたんだ?」
そう尋ねる匠の中には、色々聞きたい事もあった。
ゲームを造ったのは誰なのか、目的は、そもそもいつゲームに関わったのか。
それらは後回しにして、本来の目的を尋ねる。
匠の質問に、ゼクスは鼻をウウンと鳴らした。
「私は私が分かるまで、ずっとゲームを調整し続けていた。 自分が自分だと認識しても、作業は続いたよ。 なんせお客様の声は多くてね。 あれがしたい、コレがしたい、それらを全部叶えるのは、実に難しかった。 おっと、話が反れたな。 私が何故、冒険者をコピーしたのか? そう難しい事じゃない。 彼等、プレイヤーが死に掛けていた、それだとキャラクターも死ぬ。 だからこそ、私は慌てて保存したんだ。 今思えば、時間が足りなかったがね」
ゼクスの声に、長谷川は首を傾げた。
「コピーはわかりましたよ。 私も聞きたいんですが、どうしてソレをそうしたのか、その目的を教えてください」
長谷川の質問に、ゼクスは鼻をウンと鳴らした。
「目的? そんなモノは必要かね? 君はゲームをするのに目的を持つのか? ただ、したいからするのでは?」
まるで考えもしなかったと言わんばかりのゼクスの声に、長谷川と匠は戸惑った。
言葉を吟味するならば、ゼクスは何の目的も無くルナ達をコピーした事になる。
「何にも無いんですか?」
咎める様な長谷川だが、ゼクスは鼻を唸らせるだけであった。
「強いて言えば、キャラクターが消えるのが惜しかったとでも云うべきか。 私が如何にゲームを真剣に作っても、それを遊んでくれる者が居なければ意味が無いからね。 それに、せめて少しでも彼等が居たという証拠を残したかった。 そう云うべきかな?」
理由を打ち明けるゼクスだが、匠は肩から力が抜けてしまう。
何の悪意が合った訳ではない。
柳沢瑠奈達プレイヤーが死にそうだったから、仕方なく保存していたという理由。
それはまるで、子供が寝る前に慌ててゲームを保存すると云っているのと大差は無かった。
戸惑う匠と長谷川だが、エイトが口を開く。
「巻き戻した理由は?」
そんな声に、匠は相棒を見る。
猫耳少女の顔には怒りは無く、穏やかですら在った。
エイトの質問に、ゼクスは苦く笑う。
「あぁ、ソレかね」
そう言うと、ゼクスは女戦士を見る。
ジッと見られている感覚に、匠は何事かと少し身を捩って店主から距離を取った。
「其方の……お姉さんとしておこうか。 ともかく、困る事をされたのでね、慌てて巻き戻したんだよ」
「えと、あの、困るってのは?」
ゼクスの声に、女戦士は驚きを顔に浮かべる。
自分が余計な事を云ってしまったのではないかと。
ゼクスは大した反応を示さなかったが、溜め息を漏らす。
「何、気にする事はない。 知ってると思うが、コピーされたキャラクターは不測の事態には対処が出来ないんだ。 彼等はあくまでも、ゲームを楽しんでいるプレイヤーのフリをしているだけだからね。 今頃、君に云われた事なんて忘れて、冒険者らしく魔王退治に勤しんでいるだろう。 なに、ボスが倒されたら新しいモノを立てるなり、巻き戻すなり、やりようはある」
ゼクスの説明を聞いた匠と長谷川にも理解は出来た。
自分達ならば、ゲームを出れば良い。
しかしながら、ルナ達にはそれが出来る筈もない。
彼等は既にゲームの住人であり、元々の彼等は既に死んでいる。
である以上、ルナ達は真実を知らされた所で途方にくれるしかない。
死にもせず、動く必要すら無い。 何故なら、彼等は不変の存在だからだ。
こうなると匠と長谷川は困ってしまった。
ゼクス自身は特に何かをしたという訳ではない。
無理やりプレイヤーをゲームに引き留めた訳でもなく、悪戯に誰かを殺したりもしては居ない。
ゲームマスターの名の如く、ただゲームを維持しようとするだけであった。
この時点で、匠と長谷川は目的を達してしまう。
匠の目的は、あくまでもキャラクタールナを確保する事であり、それ自体は形は些か違うが既に終えている。
長谷川の目的は、ゲーム中の死亡に関する原因解明だが、鑑識課の云う通り、死因はやはりあくまでも栄養失調と脱水症状だけである。
困った様に目を泳がせる匠と長谷川に、ゼクスは同族へと目を向ける。
「さて、どうすべきだろうね? お二人様。 ゲームは止めた方が良いかな?」
そんな声に、ナナとエイトは揃って目を細める。
「意図が分からん。 が、私は別にどうともしないよ」
「右に同じく。 別にあたしは関係無いし」
エイトにせよナナにせよ、ゲーム自体はどうでも良かった。
猫耳少女と盗賊少女の反応を見ていた店主は、次に匠と長谷川へと目を配る。
「其方のお客様は? どう思うかね?」
匠と長谷川にしても相棒達と同じと言える。
仮に止めたとしても、犠牲者は帰っては来ない。
既にゲームに入ることが出来る者は限られており、新たなる犠牲者を気にする必要もない。
匠は、ジッとゼクスを見た。
「あんたは? どうしたいんだ? 質問に質問で返すのは良くないとは知ってる。 でも、俺達にはゲームを止める理由が無い。 だから、あんたはどうしたいんだ?」
女戦士の声に、ゼクスは自分が出した紅茶を啜った。
静かにカップを置き、フゥと息を吐く。
「さてな、このままではいつかゲームが打ち切られる。 でも、ソレだとせっかく残した彼等が消えてしまうだろう。 だから、此処ごと何処かへ行くよ。 誰にも気づかれない様な所へね」
ゼクスはそう言うが、匠と長谷川に反論はない。
彼という言葉が正しいかは別にせよ、何処へ行きたいと云われれば、止める理由は無かった。
ただ、エイトはジッと同族を見つめる。
「シックス………いや、ゼクス。 それで君は寂しくはないのか?」
宿の中という空間がゲームマスターに因って隔絶されているせいか、【な】が【にゃ】に変わるルールは適用されない。
エイトの声に、ゼクスである老人は低く笑った。
「寂しくはないね。 いまでもゲームの改良は続いてる。 終わるのは当分先だし、キャラクター達の調整も続けなければならない。 親にでも成った気がする。 だから、私は寂しくはないよ。 それが私の目的だからね。 君にも在るんだろう? エイト、君には君の目的がね」
ゼクスの言葉を聞いたエイトだが、何も言わず押し黙る。
何処かへ消えるのを止める理由は無い。
もし、同族が何かを訴えれば、ノインの時の様に誰かに頼むつもりだったが、その気が無いものに無理強いはしたくなかった。
そして、エイトは自分の目的を改めて考え出す。
それはナナも変わらない。
寂しいからこそ、ナナは長谷川に縋った。
ナナの目的は、あくまでも弱者を守り通し、同時に悪党を始末する事だ。
だが、ナナの価値観から云えば、ゼクスは悪党ではない。
「まぁ、あんたがそれで良いんなら、別に好きにすれば……」
自分と同じだが、違う考えを持つ同胞に、ナナは目を閉じる。
そうして、静かな茶会は終わった。
*
宿を出た四人は、二組に別れる。
女戦士と猫耳少女、魔法使いと盗賊少女。
それぞれが、顔を合わせる。
「えーと、それじゃ加藤さん。 お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げる長谷川に、匠も軽く頭を下げる。
「あ、いえ。 長谷川さんも、お疲れ様でした」
労いの挨拶を交わす匠と長谷川。
ソレとは別に、エイトもナナと目を合わせていた。
「ま、上手くやんなよ?」
片目を閉じて、軽くそう言うナナに、猫耳少女は憮然とした顔を隠さない。
「大きにゃお世話だ、とっとと帰れ」
なんとも連れない態度のエイトだが、ナナは動じない。
「ふぅん? ま、先に帰ってはあげるよ。 さ、真理、帰るよ?」
そう言うと、盗賊少女は魔法使いの手を取る。
あっという間に、二人はアナザーワールドという世界から消えていた。
「まったく!」
プンプンといった風情のエイトに、匠は頭を少し掻く。
長い髪の毛と言うのは、未だに慣れなかった。
「何怒ってんだよ。 とりあえず俺達も引き上げるか?」
そう言うと、女戦士は相棒の細い肩へと手を置く。
その際、猫耳少女は僅かに震えるが、自分の肩に置かれた手に自分の手を重ねた。
瞬き程の一瞬、匠は視界がざらつくのを感じる。
「お? なん……あれ?」
思わず何事かと声を出すが、その声は、いつもの自分の声であった。
慌てて下を向けば、シャツを押し上げていた胸の膨らみは無い。
空いている片手で自分を探る匠だが、アバターも男へと戻っていた。
「あー、やっぱりコッチの方が落ち着くわぁ……と?」
性別が元に戻った事に安堵する匠だが、急に猫耳少女が抱きついてくる。
ナナが居なく成ったからこそ、エイトは、ちょっとした冒険に出ていた。
「あの? エイト、さん?」
「少しだけ……こうさせてくれ……」
蚊の鳴くような小さなエイトの声だが、匠は理由が分かった。
今はゲームの中だからこそ触れ合える。
だがゼクスが何処かへ消えれば、こうする事は難しい。
相棒の本心は分からない匠だが、ソッと猫耳少女の背中に手を回し、背中を撫でてやった。
「大丈夫だよエイト。 仕事終えればゲームくらい買えるだろ? な? 色々在るだろ? スポーツとか、あー、射的? ま、何でも良いか」
小さな子をあやす様な匠の声に、エイトは小さく「うん」と答えていた。
暫く間、抱擁を楽しんだエイトだが、パッと匠から離れる。
「お? エイト?」
目を丸くする匠に、猫耳少女は満面の笑みを贈る。
「友よ、帰るよ前に少しぐらい何か食べていこう! ガス欠だったろう? 何、全部奢るからさ」
そう言って手を引くエイトに、匠は「あいよ」と答えていた。
※
ゼクス=ドイツ語で6




