表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラブルバスターエイト  作者: enforcer
シックス
49/142

冒険に出よう その16


 女戦士の一声に、冒険者達は一瞬動きを止めていた。

 誰も彼もが【此奴は何を言っている?】という顔を隠さない。


 そんな驚きに身を固める冒険者達を、女戦士は悲しげに見ていた。


 匠は医者ではない。 

 それでも、気分的には余命宣告をする様で良い気分ではなかった。


「分からないのか? 試して見ろよ。 ほら、ログアウトしてみなよ。 戻る気なら直ぐ戻って来れるだろ? 出来るもんならね」


 そう言うと、女戦士は足を少し前へ出す。

 革靴の底がジャリッと音を立て、冒険者は目を泳がせどよめく。


 唯一唇を噛んで女戦士を睨む者も居た。

 それは、そもそも匠とエイトがゲームへと入る理由でもあるルナ。


「いい加減にしてよ!? 何がしたいの!?」


 持っていた美麗な剣を放り出し、幼子の様にルナは叫ぶ。

 ソレを聞いても、匠は動じず、ただ寂しそうにルナを見ていた。


「何もしたい訳じゃない。 試して欲しいだけさ。 あんた達が、此処から出られるのか、出られないのかをね」


 そんな声に、冒険者は奇妙な反応を示す。

 当たり前だが、元々彼等はゲーム内に居た訳ではなく、外から入り込み、それが複写コピーされただけの存在だ。


 然も、完全なる写し身ではなく、不完全な模倣品でしかない。

  

 女戦士の指摘に、何かに囚われた様な冒険者の一人が慌てて指を二度鳴らす。

 いつもであれば多少の操作をするだけ。

 

 しかしながら、この時は違った。

  

 冒険者の中から、ヒィと引きつった悲鳴が上がる。


「う、ウソ、嘘!? 何で!? 出られないの!? 何で!?」


 必死に掌からあがるウィンドを操作しようとする冒険者の少女だが、ログアウト(切り離し)が出来ない事に気付き、慌てて居た。 

 

 それは波及し、他の冒険者達も慌て出す。


「あ、おい!? 嘘だろ!? どうなってんだ!?」


 先ほどまで、ルナと一緒に成って匠を追い詰めようとしていた勇者ですら、【出られない】という事に怯え声を震わせた。

 

 ソレも無理は無い。 そもそも彼等は【外】の住人ではないからだ。


 悲鳴と嗚咽。 ソレを聞いた匠は、口を強く引き結ぶ。


 殴り倒すか諭すのかを選ぶ時、匠は、諭す事を選んでいた。

 先輩である田上の助言を生かすのであれば、戦い打ちのめし、ルナ一人を説得すべきだろう。


 だが、喧嘩は嫌だと匠は諭す事を選んでいた。

 

 その結果は、無惨でしかない。


 冒険者達の何人かは、仲間に縋り付き「帰りたい!」と泣く。

 呆然と膝を落とし、頭を抱えて震える者も居た。

 

 そして、匠の見守る前で、ルナも必死に試していた。

 自分が出られるのか、出られないのかを。


「嘘……どうして? なんで……おかしい……こんなの」

 

 困惑の頂点といったルナに、匠は、酷い胸の痛みを感じていた。

 自分がした事は、正義ではなく、ただの死者への鞭打ちなのだ。

 そんな想いが、女戦士の顔を硬くする。


 匠の前で、ルナはゆらりと顔を上げる。

 

 美麗なハズの顔は、幽鬼の様な色を浮かべていた。


「あんたでしょう? あんたが……何かしたんでしょ?」

 

 脅す訳ではない。 懇願する様な声。

 ルナは、否定して欲しかった。 自分は死人ではないのだと。

 だが、女戦士は首をゆったりと横へと振る


 今更、冗談でしたでは済まない。

 もう既に冒険者の全員が、【帰れない】という事実に打ちひしがれる。

 そんな中、諦めが付かないのか、ルナは先程まで殺そうとしていた相手へユラユラも寄り、衣服を掴んでいた。


「どうして? どう言うことなの? こんなの嘘でしょう!?」


 今にも泣きそうな声に、匠は思わず目を伏せてしまう。


「すまない」


 出来ることはなく、匠はただ謝る。

 謝られたルナは、女戦士の衣服を放して後ずさった。


「……死んだんだ……私……」


 腰が抜けた様に、ルナはその場にへたり込む。 

 その様から、匠は彼女が自分はあくまでもゲームに居るだけだと錯覚していたのだろうと分かった。

 

「あ、おい……」


 すっかり変わった冒険者達に、思わず手を伸ばす匠。 


 女戦士の手がルナに届こうかという時、何かが起こった。

 ソレは、エイトが発した見えない波にも似ている。


「な、なんだ?」


 慌てる匠だが、世界か急激にざらつき、視界が虚ろになって行く。


「えぇ!? ちょっと、何ですコレ!?」


 匠に合わせて居るわけではないが、長谷川も慌てた。

 

 自分達には何の変化も無いのに、周りだけが変わっていく。

 珍妙な事態にも関わらず、エイトとナナは動じない。


「コレは……」「向こうだね」


 そんな猫耳少女と盗賊少女の声に合わせて、四人はパッと何処かへと立っていた。

 

 何も無い山脈辺りに、いきなり放り出される。

 其処には、匠も長谷川も見覚えが在った。


「此処は?」「最初の場所?」


 辺りを見渡す女戦士と魔法使い。

 間違い無く、ゲームを始めて一番最初に居た場所であった。


 ソレを示す様に、遠くから唸りな聞こえてくる。


【此処は、人の世を離れた無限の世界。 アナザーワールド】


 そんな野太い声にも、聞き覚えが在った。


「やっぱり……一番最初のナレーションじゃん」

「でも、何ででしょうか? いきなりの振り出しなんて」


 戸惑いを隠せない女戦士と魔法使いに、それぞれ相棒が近寄る。


「驚くにゃ友よ。 どうやら……向こうが巻き戻した様だ」


 今のエイトは、【な】が【にゃ】に成ってしまっていた。

 そんな事よりも、匠は今の事態に驚きを隠せない。


「巻き戻したって……やっぱりお前に似た奴の仕業か?」


 エイトもまた、ゲーム内時間を止めて見せた。

 だからこそ、同じ様に誰かがそれを操作したのだと分かる。


「そんな事決まってんでしょうが? あんたじゃ出来ないでしょうに?」

「こらこら、ナナ、止めなよ」


 自信たっぷりに背を反らすナナだが、細身故に余り目立たない。

 そんな盗賊少女を、長谷川が咎める。


 ほっそりとしたナナと比べて、長谷川の肢体は豊かだが、それに負けずとも劣らない女戦士は、腕を組んで鼻を唸らせた。


「えーと? でもよ、巻き戻したって……事は?」


 匠は、少しだけ胸に安堵を感じていた。

 巻き戻しに間違い無ければ、今までの全てが無かったことに成る。

 

 ルナが怒った事も、教われた事も。

 ホッとした様な匠に、エイトは細い眉を寄せた。


「事はそう単純ではにゃいよ。 巻き戻したと言うことは、何も変わってにゃいと言うことでも在るんだ」


 そう言われた匠は、がっくりと肩を落とす。

 

「てことはよぉ、また、始めからか?」


 何とかルナ達をコピーした相手を見つけ出したかった匠からすると、今までの何もかが無かったことに力を無くす。


 そんな女戦士の腕を、猫耳少女は掴んでいた。


「いや、さっきのでだいたいの位置は分かった」


 エイトはそう言うと、盗賊少女を見る。

 見られたナナも、長谷川をソッと掴んだ。


「そーそ、捜査もキチンとしないと……ね?」


 女戦士と魔法使いの中に、嫌な感覚が蘇る。


「お、おい? ちょっと待ってくれないか?」

「そ、そうですよね? 私……ジェットコースターなら何とか大丈夫なんですが、他のは………」


 何とも言い難い表情で、今から起こるであろう事を否定する匠と長谷川。


「いい大人おとにゃだろうに? ゴチャゴチャ云うものではにゃい」

「一回やったんだからさ、平気でしょ?」


 次の瞬間、猫耳少女と盗賊少女はそれぞれ相棒を抱えて飛ぶ。


「「イヤアアアアァァァァァ─………」」

 

 女戦士のモノか、はたまた魔法使いのモノか、どちらにせよ、黄色い悲鳴が轟いていた。


  *


「だあぁぁかぁぁらぁぁ! 何で空なんて飛ぶ必要が在るんだよぉぉぉ!?」

「そうですよぉ! なんで!? ひぃぃ……」


 空を飛ぶ間、相も変わらず高所恐怖症の匠はエイトの腕の中で喚き、長谷川もまた必死に帽子を掴みながら顔を硬くする。


「ソッチも大変みたいだにゃ?」


 エイトの声に、ナナは軽く笑った。


にゃにか可笑しいのか?」

「ソレ設定したの、彼なんでしょ?」


 ナナの指摘に間違いはない。

 猫耳少女をの姿を設定したのは、匠であった。


「そうだ」

「そっか」


 素っ気ないエイトに、ナナも応じる。


 ただ空中をかなりの速度で飛んでいるせいか、ナナとエイトに掴まれている方はたまったものではなかった。


「いい加減にしろぉ!? 下ろしてくれぇ!」

「あー、もういやー! 藤原さーん!」

  

 女戦士と魔法使いの両名から泣きが入る。

 

 だが、二人とも忘れているが、飛んでいると言うことは、降りねば成らないという事だ。

 空飛ぶ猫耳少女と盗賊少女は、揃って降りていく訳だが、その際、まるでダイブブレーキの様に黄色い悲鳴が辺りに轟いていた。


  *


 町へと降り立った四人だが、うち二人はケロッと平気な顔をしている。

 対して、残り二人はげんなりとした暗い顔をしていた。


「あぁぁぁ……なんで空飛ぶん? もっとさぁ、馬とか、無いわけ?」 

「そうですよぉ……何でも良いですよ、ロバでもこの際竹馬でも、馬車とかで良いじゃないですかぁ」


 恨みの籠もったどす黒い声を漏らす女戦士と魔法使いだが、相棒である二人組の少女は差して気にもしない様子であった。


「友よ、チャチャッと解決したいのだろう? だったら少しぐらい我慢してくれよ。 と言うか、いい加減ににゃれてないか?」

「真理もさ、ホントに飛んでる訳じゃないんだよ? 分かり易く云えばね、AからBへ移動してるだけなんだから」


 さも当然といった少女二人に、匠と長谷川は顔を見合わせる。


「長谷川さんも、苦労してるみたいっすね」

「まぁ、加藤さんもでしょうけど」

 

 互いに労い合う女戦士と魔法使いだが、そんな二人とは別に、エイトとナナは町の方へと歩く。


「ほら、早く行こう、友よ」

「真理もさ、サボってる場合じゃないんでしょ?」


 言葉こそ優しいが、少女二人に、匠と長谷川は人使いが荒いと内心愚痴っていた。


 町を行く匠だが、以前の事が頭に浮かぶ。 

 巻き戻ったと言うことは、また、襲われるのではないかと。

 だからなのか、女戦士は辺りをキョロキョロと窺う。


「どうしたんだ友よ? 落ち着かにゃいみたいだが?」

「いやぁ、なんか、また喧嘩ふっ掛けられるんじゃないかって……あ」


 女戦士の唖然とした声の通り、それ程離れていない所に、以前に拳を潰した巨漢が見える。

 そんな姿に、女戦士はそそくさと猫耳少女の背後に隠れた。

 体格差故に目隠しとしては全く機能していない。


「こら、にゃにをする?」


 少し慌てるエイトだが、匠は別にふざけては居ない。


「いや、ほら、彼奴が居るからさ」 


 そんな声に、猫耳少女は前を向けば、椅子に腰掛ける巨漢の姿。

 だが、エイトは溜め息を吐くばかりである。


「友よ……大丈夫だよ」

「何でだよ?」

出来事イベントというモノはね、切欠が無ければ起こらないモノさ」


 そう言うと、スッと脚を進めるエイト。 

 背中に隠れている以上、嫌でも匠は巨漢に近づかなければならない。


 奇妙な二人組を、巨漢は見る。

 だが、フイとそっぽを向いてしまった。


 素通り出来たからか、匠は猫耳少女の背中から離れる。


「おぉ? やったぜ……なぁエイト、なんかしたのか?」

 

 そんな質問に、エイトはゆったりと首を横へ振った。


「いいや、君が今は女性の格好をしているせいだね」

「んー……なんか、複雑だ」


 エイトの説明に、匠は嬉しいやら悲しいやら分からない。


 そんな二人を、少し離れた所で見守る長谷川とナナ。


「何やってんのかな、彼奴等」


 片目を窄め、唇の片方を釣り上げるナナだが、長谷川は微笑む。


「良いじゃない、仲良さそうでさ」


 長谷川の声に、ナナは肩を竦めてフゥと息を吐いていた。

 ナナからすれば、エイトは実にもどかしく見える。

 

 ゲーム内であれば、エイトは匠と触れ合える。 望めばそれ以上も。

 それ故に、ナナは同族が何を迷っているのかが分からなかった。

 

   *


 程なく、四人は在る場所へと辿り着く。


「お? 此処って……」


 訝しむ匠だが、其処には見覚えが在った。

 外見は飾り気が少ないが、以前泊まった宿である。

 少し離れた所には、以前の様にルナ達が居たが、エイトはそれらには目もくれない。

 少し前の事もあり、匠は冒険者達を少し見ていたが、直ぐに相棒へと目を戻す。


「よう、此処にまた泊まるのか?」


 そう匠が尋ねると、猫耳少女は、少し首を斜めに向け、唇を引き伸ばし目を細めた。


「……ちょっと違う」

 

 それだけ言い残すと、エイトは我先にと宿へと入る。

 

「お、おーい、待ってくれよ」


 何かは分からないが、女戦士は相棒の後へと続いた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ