冒険に出よう その14
姦しいという言葉が傍目には正しい四人組。
そんな四人は、町を離れて先に行ったという一団を追っていた。
道中、眼鏡の魔法使い長谷川が、景色に目を向け鼻をフゥと唸らせる。
山野に広がる花畑は美しく、遠くの山林も素晴らしい。
ハイキングとしては実に風光明媚と言えた。
「あー、凄いと思いません? これがゲームなんですよね」
そう言う魔法使いは、パタパタと走ると道端の花に目を付ける。
外、所謂現実ではお目にかかった事もない色彩の花。
思わず、スィと長谷川はそれを摘んでみようと手を伸ばす。
「……キャ!?」
摘まもうとしていた花が、唐突にグシャリと踏み潰され、長谷川は焦る。
花をグリグリと踏みつける革靴。
「ちょっ!? 何て事すんの!!」
如何に相棒とは言え、いきなりのナナの暴挙に長谷川は目を剥く。
だが、問われた盗賊少女は、チョイチョイと下を指さしていた。
「よく見て……ほら」
そんな声に、長谷川はウンと唸って潰された花を見る。
だが、それは、花ではなかった。
周りの地面も、よくよく見れば何かの肌の様に思える。
「え? 何コレ!?」
慌てて立ち上がる長谷川が足元を見回すと、自分を囲むように歯が見えていた。
パッと離れて見れば、大口開けた何かがぐったりとしているのが分かる。
戸惑う魔法使いに、ナナは肩を竦める。
「何でもね、オカアンコウってんだって。 綺麗な花とか、美味しそうな実に似たモノを出して置くと、獲物がやってくる。 其処をパクリとね」
仮に食べられても長谷川自身には何の問題もない。
だが、ナナは躊躇わず友達を助けようとする。
「で、でも、もう少しやり方無かったの? 何も踏み潰さなくても」
「はぁ? 良いじゃん別に、どうせ倒すなら同じでしょ?」
「そう言うところ……変わってないのよねぇ」
姦しい長谷川とナナ。
そんな様に、匠は少し鼻を鳴らしていた。
何が在ろうと友達を護ろうとするナナ。
それは、以前の苦い思いがそうさせているのだと分かった。
以前、重機を用いて戦った相手が其処に居る。
実に奇妙な感覚に、女戦士は鼻からフゥと息を吐く。
前は前だと、割り切る事に決めた匠。
「ところで長谷川さん。 何か、見つかりましたか?」
匠の質問に、長谷川は目を丸くし、話に顔を突っ込まれたナナを目を窄める。
ナナの仕草は、匠にはなんとなくエイトに似て見えた。
「いえ、特に何も。 ナナに言わせると、ゲームを壊しちゃった方が早いって言うんですけど……まぁ、もっと穏便な方法はないかって思って……」
長谷川の言葉に、匠は自分との共通点を見いだすが、それと同時にナナとエイトの類似点も見えた。
やはりと言うべきか、兄弟姉妹か呼び名はどうであれ、似ている。
手っ取り早い解決策を見いだす所など、在る意味ではソックリだろう。
「そうですよね」
とりあえずと、長谷川の言葉を吟味する匠。
ゲームを壊す理由はその裏に居るであろう者を誘き出したいからだ。
とは言え、直接的に害を及ぼして来ない相手に、其処までする必要もないと匠は思う。
「まぁ、とりあえず向こうに追い付いたら、別の方法を考えますよ」
そう言うと、女戦士はナナが踏み潰したオカアンコウを避けて歩き出す。
その後に、猫耳少女も続いた。
「あ! ちょっと、待ってくださいよぉ!」
服装故に走り辛いのだが、それでも長谷川は女戦士の後を追う。
更にその後を、ナナが肩を竦めて追っていた。
*
道中、ゲームらしく様々な魔物が現れるが、特に苦には成らない。
匠が以前エイトに教えられた通り、女戦士のレベルは限界値であり、派手な魔物でも片手で払い除けられてしまう。
そんな光景を、後に続く三人は見ていた。
中でも山高な三角帽を被る魔法使いは、ハハァと声を出す。
「加藤さんて、案外やるもんですねぇ」
意外な一面を見たといった長谷川だが、両際の少女達は違った。
猫耳少女はやれやれと肩を竦めて、盗賊少女は顔に手を当て息を吐く。
「まぁ、レベルマックスだからにゃ」
「そんな凄くないって、何なら真理もする? 直ぐ出来るよ?」
キャラクターを弄った張本人と同じ視点を持つナナは、それぞれが感想を漏らしていた。
そんな後続に、先行する女戦士は片手を挙げて歯を剥く。
「こらぁ! 少しは手伝おうって気には成らんのかぁ!」
戦闘に関してはその全てを任されている女戦士の言葉に、格段の反応は無い。
精々が長谷川が困った様な顔を浮かべるだけである。
「良いじゃにゃいか友よ、別に苦労でもあるまいに?」
猫耳少女の声に、盗賊少女も後に続く。
「そーだぞー! 中身は男なんだから、頑張れば?」
そんな声援に、女戦士は歯をギリギリと鳴らして戦闘へと赴いていた。
「んがが! お前ら! 後で覚えとけよ!?」
鬱憤晴らすように、女戦士は迫り来る魔物を殴り飛ばしていた。
八面六臂に戦う匠の姿に、長谷川は面白い見せ物でも見るように眺めるが、相棒のナナは、エイトを見ていた。
今のエイトは、猫耳や尻尾を除けば女の子といっても相違ない。
「ねぇ、エイト」
ナナの呼び掛けに、猫耳少女は首を向ける。
「そろそろ……その気になれた?」
そう言われると、猫耳少女はプイとそっぽを向いてしまう。
その仕草を見ていた盗賊少女は、軽く笑った。
黙ってこそ居るが、エイトは否定をしなかった。
それだけが、ナナに取っては大事である。
少し前、重機で組み合った際も、ナナは同じ質問をした。
その時は、エイトは声を荒げて否定を見せたが、今はそうではない。
その事に、盗賊少女は静かに、そして楽しげに笑っていた。
*
道端にゴロゴロと伸された魔物転がる道を、身長差が山なりの三人組が行く。
右からナナ、長谷川、エイトだが、その行く先では女戦士がただ獅子奮迅にて突き進む。
だが、匠は如何なる武器をも使用せずにいた。
その様に、ナナは腕を頭の後ろで組んで鼻を唸らせる。
「なんであんな面倒くさい戦い方すんの? チャチャっと伝説の剣でも何でも渡して片付けちゃえば良いのに? 出してあげられるでしょ?」
退屈そうな盗賊少女の声に、猫耳少女がフフンと鼻を鳴らした。
「友は優しいのだよ。 仮初めの相手でも、手加減したいのだろうね」
エイトの自信満々といった返事だが、ナナは鼻で笑った。
「はぁん? ゲームで手加減とか……馬鹿なの?」
そんな指摘に、猫耳少女は顔を歪めるが、直ぐに唇を噛んだ。
ナナの指摘通り、実の所エイトは対戦ゲームで匠相手に手加減をした事が無かった。
してはいても、元々の腕の差も有り、匠はエイトに勝てた事が無い。
そんな自分を思い出し、猫耳少女は悔しげに顔を歪める。
無論、ナナもそんな顔を見逃しては居ない。
更に追い打ちを掛けんと身を乗り出すが、それは、長谷川によって止められていた。
「こぉら、そう言う事しないの……」
まるで子を叱る母親の様に、長谷川は素早く盗賊少女を捕まえ、口を手で塞ぐ。
口を塞がれたナナはムゥムゥと呻くが、魔法使いは放さない。
「ごめんなさいね? 悪気は無い……在るかも知れないけど、とにかく、ごめんなさい」
ナナに代わって詫びる長谷川に、猫耳少女は軽く首を横へと振った。
「良いんだ。 在る意味、その通りだからね」
同族の言葉を噛み締め、胸に刻もうとするエイト。
ただ、遠くでは女戦士が目を剥いて怒っていた。
「くぉらぁ! エイト! 長谷川さんとオマケはともかくぅ! お前は少しぐらい手伝ってくれたって良いだろうがぁ!」
女性とは思えない咆哮を放つ女戦士に、猫耳少女の尻尾がピンと立つ。
「あ、あぁ! すまにゃい!」
女戦士の怒声に、慌ててパタパタと駆けていくエイト。
その姿を見ていた長谷川は、其処でやっとナナを放していた。
ずっと抑えられて居たからか、盗賊少女は顔をしかめる。
「ちょっとぉ、酷くない? 彼奴に言いたいこと……いっぱい在ったのに」
悪戯を止められた様なナナの声に、長谷川は首を横へ振った。
「私達の取り決めでしょ? もう忘れた?」
静かながらも、真摯な魔法使いの声に、ナナは目を伏せる。
二人は、悪者以外は手出しをしないと決めていた。
無論、その基準は法に照らし合わせたモノではなく、あくまでも長谷川とナナが取り決めた私法に過ぎない。
それでも、ソレを破ると言うことは、ナナと長谷川の約束を破ると言うことに他ならなかった。
「分かってますよーだ」
そう言うナナは、母親に叱られ仕方なく応じる子供に似ていた。
駄々っ子の様なナナの頭を撫でる長谷川。
眼鏡の奥の瞳は、少し離れた所で戦う女戦士と猫耳少女を見守る。
以前、大型重機を用いて戦った匠とエイトだが、今見せる二人の戦いぶりはそれに劣らない。
大型の魔獣相手にもかかわらず、勇猛果敢に突進していく女戦士。
四メートルはありそうな魔獣を相手に、素手でねじ伏せる。
そして、それをチョコチョコと支援する猫耳少女が、何も無い杖から稲妻を放ち、手から火を飛ばす。
匠とエイトは、長谷川に幻想的な光景を見せていた。
*
「ずぁぁあぁ……疲れたぁ」
レベルこそ高くとも、不殺という戦い方は著しい疲労を齎す。
ましてや、現れる魔物を殆ど独りで片付けていた匠は、すっかりと燃料切れの憂き目を見ていた。
「ほら、頑張ってくれ友よ。 後少しで休めそうな場所が在る」
「あいよ……分かってまぁーす」
女戦士に肩を貸して歩く猫耳少女。
その少し離れた所を歩く魔法使い長谷川と盗賊少女ナナだが、ナナの方は片目を窄めて鼻を鳴らす。
「ガス欠なんて直ぐにどうにでも出来るのにねぇ」
自身も異常を使えるナナからすれば、エイトの行動が不可解で成らない。
その気に成れば、無から何もかもを産み出せる。
いきなりパッとパンを出すことも出来れば、どこかの町の飲食店をそのまま呼び出す事も可能だ。
それ以前に、【空腹】という状態を【満腹】へと変えるだけでも良い。
エイトを訝しむ相棒に、長谷川は面白そうに笑う。
笑われたナナは、スッと顔を向けた。
「ちょっと、何?」
ムッとする少女に、長谷川は余裕を崩さない。
「分かってる様でも、まだまだよね? 貴女もさ?」
長谷川の声に、ナナはプイと顔を背ける。
その仕草はエイトに似ており、姉妹の様にも見えた。
以前のおどろおどろしい雰囲気は今のナナには無い。
それでも確実に変わっていく友達に、長谷川はまるで育ての親にでも成った様な気持ちを味わっていた。
つまらなそうに歩いていたナナだが、急に顔を無表情へと変え、辺りを窺う。
「ナナ?」
何事かと首を傾げる長谷川に、ナナは片腕を伸ばして歩くのを押し止めた。
「止まって」
そんな指示に、いったい何事かと長谷川は足を止める。
訳の分からない長谷川が「どうしたの?」と問い掛けるのと、彼女の足元近くに矢が突き立つのは同時であった。




