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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
シックス
46/142

冒険に出よう その13

 家に帰るなり、早速食事を始める匠。


 その内容はコンビニエンスストアで買ってきたモノだ。

 弁当、菓子パン、ペットボトル飲料。


 それらを腹拵えだと言わんばかりに腹に詰め込み始める。

 だが、半分程食べた所で、匠は疑問に襲われていた。

 

【今、自分は何のために急いで食事をしているのか?】と。


 本来であれば、食事はゆったり取って問題は無い。

 寧ろ出来るだけゆったり食べた方が身体には優しい事まで匠は分かっている。

 にもかかわらず、慌てていた自分に疑惑を感じていた。


「危ねぇ危ねぇ、落ち着かないとな」


 もはやゲームへと入る必要性が無いと匠は感じる。

 柳沢瑠奈は誰かに殺された訳でもなく、敢えて言えば自殺に近い。


 無論、彼女のコピーを誰かが取ったにせよ、ゲームに入る事が出来る者は限りなく少ない以上、これ以降の被害者というのも考え辛い。

 エイトにゲームへと誘われたが、匠は今一度考え直す。  


 入る事はいつでも出来る。 それが、非常に強い誘惑とも言えた。


 特に準備も要らず、用意するモノも多くはない。 

 器具と電気さえ用意出来れば、後はあの世界へ行ける。


 だが、入っている間の匠はほぼ無防備であり、トイレすら覚束ない。  


 フゥと一息入れて、匠はよくよく考えてみた。


 ノインの場合、少額とは言え金銭に関わる問題故に動いた。

 ナナにしても、人を殺して回るという大問題故に自分とエイトは動いた。


 だが、今回に限って言えば、人的被害は無い。

 柳沢瑠奈以外の人間にしても、誰かに殺された訳ではなく、ただ自ら望んであの世界へと入り込んだ。

 

 つまりは、これ以上関わる理由は無い。


 無理に入り込み、のめり込めば、自分もそうなるかも知れない事実に、匠は唇を噛む。

 無理に行く必要は無いのだが、ソレがかえって何かを掻き立てる。


 知りたかった。 誰が、何故そうしたのかを。


 食べ終えた食べかすをきっちりと片付け、風呂場へ行く。

 ユニットバス故に、用を足すことも可能である。


 ケリを付けるべく、匠の準備には余念がなかった。


  *


 一通りの用意を終えた匠は、ゲーム機に近付く前に、パソコンの前に置かれた椅子へと腰掛ける。

 つい最近はエイトにずっと任せたままだった為に、こうして画面と面と向かうと言うのも新鮮に思えた。

  

「よう、相棒」


 軽く呼び掛ける。 すると、声に応じて画面が灯った。


『なんだ? 友よ?』


 やはりなのか、画面に現れたのは歪なエイトではなく少女の姿。

 だが、それを見ても匠は茶化そうとはしない。


 それどころか、大真面目に少女と目を会わせる。


「俺達さ、仕事自体は終わってるよな?」


 そんな問い掛けに、少女はゆったりと頷く。


『うん、それはその通りさ。 ルナは既に確保している。 後は入れ物へ入れるだけ。 それで終わりだよ』

「……なぁ、どうなると思う?」

 

 何をとは言わず、そう問い掛ける匠の声を、エイトは吟味した。

 意志さえ有れば意図の詳細が分からない質問であろうとも答える事は可能だ。


【わかりません】という御為ごかしではなく。


 匠の質問を吟味したエイト。 少女の顔が少し寂しげに歪む。


『コレは予想だけども、たぶん……ルナは怒るだろうね』

 

 エイトの声に匠は頷く。

 ゲーム内の風呂場で出逢ったルナの反応は、余り芳しいとは言えない。 

 ハッキリと言えば、敵対的ですらある。


「俺も想うんだよ。 たぶん、ルナが外に出た途端。 喚くんじゃないかってさ。 あの女が、お母さんお父さん、私を出してくれてありがとう、なんて、口が裂けたって言わねえよな」

 

 匠の悲しげな声に、画面上の少女は、手をソッと見えない壁に当てる。

 それは、匠とエイトを隔てる壁。


『君が、悲しむ必要は無いよ。 仮に怒り、暴れても、君が悪い訳じゃない』


 スピーカーから漏れるそんな声は、実に優しい響きだった。

 匠もまた、相棒の声を吟味し、小さく頷くと、顔を振る。

 

 何かを振り払った匠の顔は、明るい。


「お前のお陰で少しは気分が良い、ありがとよ、エイト」


 礼を述べる匠の声に、画面の向こうの少女は目を丸くする。  

 だが、直ぐに顔を柔らかい笑みへと変えていた。


 直ぐ後、ゲームの準備を始める匠を、パソコンに繋がれたカメラが捉える。


 エイトは実に複雑な気分を味わっていた。 本音を語れば、ゲームはしたい。

 それも、何かの依頼ではなく、ただ純粋に匠と二人で。


 あの世界ならば、自分も身体を持てる。

 匠の姿を見ているだけではなく、触れる事が出来る。


 もし、匠がずっと其処に居られたのなら、それはどんな気分なのだろうという疑問がエイトの中には在った。


 だが、それが不可能だという事も分かっては居た。

 現状に置いては匠は画面の外の住人であり、ゲームに無限に入っては居られない。


「……おーい……エイト?」

 

 聞こえてきた呼び声に、エイトは思考から抜け出る。


『あぁ、すまない。 用意が出来た様だね?』


「おう、コレでケリ付けるって事でな」


 匠の声に、画面上の少女は頷く。


『分かっているよ』 


 言葉にこそしない。 だが、内心エイトは安堵していた。

 またゲームへ入ることが出来るのだと。


「おぅしゃ……始めるか」


 ゴーグルとコントローラーを身に着け、ベッドへと転がる匠。


『では、始めるよ?』

「おう、頼むぜ」


 匠の合図に、エイトはゲームを起動する。

 

 ゲームに入る際、エイトは毎回奇妙な【感覚】を味わう。

 無い筈の手足がまざまざと感じられ、重力を身に帯びる。


 普段、身体などは邪魔でしかないと思っては居ても、【感覚】は感慨深く、棄てがたいモノに思えた。


「……あぁ、コッチだとやっぱり無いんだよなぁ……」

 

 実に残念そうな声に、少女は目を開けると、視界は一変していた。

 カメラで外を間接的に窺うのではなく、直接見ている様な感覚。


 声の方を向けば、其処には、酷く悲しげに体の一部を探る女戦士。

 薄手のシャツに下着のみという、寝間着としては些か問題の在る格好だが、エイトはそれを咎めない。


 既に片付けられた宿の一室は架空とは言え、匠の側に要るという感覚をエイトに与えてくれる。

 猫耳少女は、それが大切に思える。


「君もいい加減ににゃれたまえ」


 自分では【な】と発音しているつもりでも、【にゃ】に成ってしまう。 

 だが、エイトは慣れたのか、軽く笑うだけで嫌だとは思わなかった。

 

   *


 着替えを終えた女戦士は、相棒の猫耳少女を伴い宿を出る。


 現実の時間とは違い、既に空には日が昇り、町は活気付いていた。


 だが、見渡しても冒険者らしい者は多くない。


「あれぇ? なぁエイト。 あの連中どこに居るのかわかるか?」


 そんな声に、猫耳少女は小さく頷く。


「簡単さ」


 そう言うと、猫耳少女は片手を軽く上げ、指を二度鳴らし掌を見る。

 

 手から小さな光のウィンドウが出るというのも不思議な光景だが、それが揺らぎ、砂嵐の様に歪む。


 数秒間、猫耳少女は掌を見ていたが、直ぐにそのウィンドウを閉じた。


「うん、どうやら暫く前に出たらしい。 今すぐ行けばまだ追い付ける筈だよ」


 エイトの声に、女戦士は頷く。


「おっしゃ! じゃあ早速行こうぜ……」


 元気良く手を挙げようとした女戦士だが、何故かがっくりと肩を落とす。

 その様に、猫耳少女は首を傾げた。


「うん? 友よ? どうした?」


 心配したエイトがそう言うと、女戦士の頭が上がる。

 だが、その顔は浮かない。


「いやぁ……なんか、俺ホントに男なのか分かんなく成ってきた」


 普段とは違う身体に、匠は違和感を訴える。

 ソレ聞いた猫耳少女は、フフンと不敵に笑った。


「良いじゃにゃいか? ほら、前に私が言った事を憶えている?」

「ん? 何だったかな……」


 考え込む匠に、猫耳少女はスッと片手を挙げて指を軽く振った。


「こう言ったのさ。 偶には違う顔も見てみたいって」


 エイトの声に、女戦士は猫耳少女へパッと近づき捕まえてしまう。

 身長差故に、持ち上げられたエイトはパタパタと脚を動かした。

 

「あ! こら! にゃにをする!?」


 戸惑う猫耳少女に、女戦士は顔を近付け頬を刷り当てた。


「ん~……その違う顔を実感させてやろうかと思ってな」


 暫くの間、エイトはグリグリと頭に頬摺りをされてしまう。

 だからなのか、猫耳少女は酷く慌てていた。

 

「あわわ……や、止めろ! 人に見られる!」

「何言ってんだよ? 誰も居ないって」


 じゃれあう猫耳少女と女戦士だが、「んっんぅ!」と咳払いが響いた。

 

 何事だと、匠とエイトは其方を向く。


 其処には、何とも言い難い二人組が居た。


 二人の内、片方は赤い髪の毛を揺らす。

 薄手のタンクトップに丈の短めのジャケットらしい上着。

 細いウエストにはベルトが巻かれ、ソレには大小様々なバッグが取り付けられ、脚にはゆったりとしたパンツに革靴。


 パッと見は、快活な少女とも言えるが盗賊の様にも見えた。

 そして、もう一人は眼鏡を掛けた妙齢の女性。


 ツバの広い三角の帽子を被り、ローブを羽織るが、その下には、身体のラインを強調するような服。

 キャンディケインの様に細く長い杖に革製のモカシン。


 魔法使いとでも言うべき姿だが、それら纏うのは長谷川であった。


「加藤さん! 何してるんですか!」


 現職刑事からすると、自分の格好よりも、知り合いの男性が見知らぬ少女を捕まえてグリグリと頬摺りしているのが気になったらしい。


 一応匠は女性の姿を取っては居るが、それの中身が匠だと魔法使い長谷川は知っている。

 

 咎められ、困ったからか女戦士は少し慌てる。

 

「あ、いやぁ……コイツは……」

「やぁ、長谷川巡査長、また会ったね?」


 戸惑う女戦士と、朗らかに挨拶をする猫耳少女。

 ソレを聞いた長谷川は、ウンと鼻を唸らせる。

 

「あれ? なんでその子……私の事を?」


 眼鏡をクイと上げながら、目を細める長谷川に、隣にいる赤い髪の少女はフゥと息を吐く。


「真理ぃ……ソイツが………エイトだよ」


 案外鈍い相棒に、ナナはため息を吐いていた。


※キャンディケイン


 クリスマスツリーなどに掛けられる装飾用のステッキ型の飴。

 赤白で捻られ、ペパーミント味、シナモン味などが一般的。

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