冒険に出よう その9
暫くの間、猫耳少女を猛然と追い掛け回した女戦士だが、急に足が止まる。
足腰の力は抜けていき、力が湧かない。
「……あれ?」
脱力感と同時に、著しい疲労が匠を襲う。
ゲームの中で疲労を感じるという違和感に、女戦士は顔に焦りを浮かべていた。
「おーい、大丈夫かにゃあ?」
猫耳少女の声に、匠は何とか立ち上がるが、余り動けそうもない。
「……なんか、変だ……急に……」
次の瞬間、女戦士の腹の虫が盛大に鳴いた。
赤面し、慌てて腹を抑える。 だが、空腹感は止まない。
そんな相棒を見て、エイトはフゥと息を吐いた。
「燃料切れだね。 あんにゃ無理やり動くから」
「誰のせいだと思ってんの?」
恨みがましい匠の声。
それに構わず、エイトは、女戦士に肩を貸す。
「ほら、にゃにか食べれば直ぐに元通りだよ」
「……参ったぜ……まさか、腹が減るなんてさぁ」
燃料切れの戦士は、既に相棒を追い掛けるのを諦めていた。
下手に動けそうもなく、目眩さえ覚える。
「ほら、頑張って!」
そう言うエイトの声は、実に優しい。
本来ならば、異常を用いれば空腹など問題ではない。
キャラクターを弄り、操作する事も可能なエイト。
だが、エイトはそれをしようとはしない。
出来ないのではなく、したくなかった。
「ほらほら、奢ってやるから頑張にゃいと!」
匠は辛そうだが、エイトは微笑む。
相棒が苦しむ姿が楽しいのではない。
肩を貸し、共に歩ける事を、エイトは楽しんでいた。
「……くっそぅ、腹さえ減ってなけりゃあなぁ」
猫耳少女に肩を貸される匠は空腹感に苛まれ、他の事には気が向いて居なかった。
*
近くの飲食出来る店へと辿り着いた女戦士と猫耳少女。
店と言う割には屋台に近いが、出された料理は豪華である。
若鶏の丸焼きに、果物の盛り合わせ。
屋台らしからぬ品揃えであり、それが小さい屋台の何処から出て来たのかを匠は問わない。
それは野暮だと分かっているが、それ以上に空腹に苛まれている。
「おーし……では早速」
いきなり丸焼きを鷲掴みにするかとも思われた女戦士。
だが、意外にも肉切りナイフと大型のフォークを手に取る。
野性的な見た目の反して、器用に肉を切り分け始めた。
その様に、猫耳少女は目を丸くする。
エイトは確かに匠のキャラクターのレベルを引き上げた。
但し、手先の作業などはあくまでも個人の技量に左右される。
つまり、丸焼きを切り分けるのが上手いのは、匠がその手の作業に熟達しているという事の証明であった。
「友よ、意外だ」
「あん? なにが?」
返事を返しつつも、匠は切り分ける作業は止めない。
その手つきを見ていた猫耳少女は、ホゥと息を吐く。
「君にそんにゃ事が出来たとは」
感心した様なエイトの言葉に、女戦士は軽く笑った。
「いやまぁ、ほれ、ヤモメが長かったからさ。 なんつーの? 電子機器なんてのは苦手だけど、こういうのは出来るのよ」
照れ隠しなのか、女戦士は「ほらよ」と切り分けた分を相棒に差し出す。
ソレを見ていた猫耳少女は、キョトンとしていた。
「ん? 食べないの?」
分けた肉を食べようともしないエイト、匠は首を傾げる。
女戦士の声に、猫耳少女はソッとモモ肉を掴んだ。
恐る恐る口を開き、エイトは食べ物を口にする。
味という感覚を知覚した途端に、その驚きを示すが如く猫耳少女の尻尾がピクリと跳ねた。
「お、おいエイト? 大丈夫?」
傍目には、猫耳少女は一口焼き鳥を食べただけだ。
だが、その反応は著しく、余りの事に匠は心配する。
エイトは、味に感動していた。
鶏の丸焼きとは言え、匠の感想は普通の焼き鳥と大差は無い。
そして、無論の事、本当に食べているという訳でもない。
それでも、エイトは初めての体験に素直に驚いていた。
初めこそ、ただの仕事にキャラクターなど自分には必要無いと決め込んだ。
だが、匠の手によってエイトは身体を与えられる。
手や脚、色々動かすのは、手間だとしか思えなかった。
勝手に言葉を変えられ、怒りさえ覚えた。
それでも、匠に渡された食べ物が、エイトの何かを揺さぶる。
無かった筈のモノが、芽生える感覚。
思考が麻痺し、固まる少女。
「おい、大丈夫か?」
ポンと肩を叩かれ、エイトは我に帰る。
「あえ、あ、何でも、無い。 何でも……」
そう言うと、猫耳少女はハグハグと鶏のモモ肉を食べ始める。
まるで飢えていた子猫を思わせるエイトに、匠も席に戻り食べ始めた。
暫くすると、猫耳少女は次に果物を手に取り、それを皮も剥かずに齧る。
新しい味に驚きつつも食べるエイト。
その様を見ていた匠は、在ることを思い出していた。
まだエイトと出逢って間もない頃、匠は、ラーメンの味に付いて明確に答えられなかった。
それでも、旨いか不味いかを答えたのは憶えている。
「なぁエイト。 それ、旨い?」
そんな女戦士の質問に、猫耳少女は半分ほどかじったリンゴを持ったまま固まる。
鼻をウンウンと唸らせ、答えを探している様にも見えた。
「うん」
ただの返事。 それでも、それを聴いた匠は満足げに頷いていた。
「そっか」
以前ならば答えられなかった。 それを、エイト自身が見つけ出す。
相棒の成長に、匠も素直に感動を覚えていた。
*
すっかりと大量の料理と果物を食べ終えた女戦士と猫耳少女。
なんとも言えない満足感に匠は浸る。
どれだけ食べようが、苦しいという感覚は無く、胃袋が圧迫されるという事もない。
「こんだけ食ったってカロリーゼロだもんなぁ……こりゃあ良いや」
そう言う匠は、奇妙な感覚を感じる。
外よりも遥かに快適かつ、何ものにも縛られぬ自由。
何をしても良く、可能性は無限に広がる。
─このまま、ずっと此処に居たい─
そんな想いが、匠の脳裏を過ぎった。 制約の無い自由は、実に魅力的ですら在る。
ボケッとした女戦士だが、ゆったりとしたシャツがグイと引かれた。
「さぁさ、燃料満タンだろう?」
エイトの声に匠は慌てて立ち上がる。
「あ、あぁ、ごめん」
猫耳少女追いかけ回していた事など、既に匠の中には無い。
それ以前に、自分すら忘れかけていた。
此処に来たのは、何の為なのか。 匠は、それを思い出す。
「いっけねぇ……満腹だからかな? ついつい、な」
おどけて見せる女戦士。
そんな顔を、猫耳少女は食事中とは違う真面目な目でジッと見つめる。
「気を付けてくれよ? 実際の君は、何も食べてにゃいんだ」
そんな声に、匠は背筋に寒気を覚えた。
実際の自分はただ寝転がってゲームをしているだけ。
「そっか、そうだった」
「やはり……このゲームは危にゃい。 今からでもいい、止めるかい?」
エイトは不安に駆られていた。 ミイラ取りがミイラに成りかねないと。
事実、もし自分が引き戻さねば、匠は取り込まれていたかも知れないと恐れる。
切実な相棒の声に、匠は唇を噛む。
真剣に自分を心配してくれる相棒に、女戦士は片目でを瞑りウインクをする。
「心配すんなってエイト。 それに、ヤバかったら頼むぜ?」
まだやるべき事は在る。
匠の声に、エイトはウンと力強く頷く。
「任せてくれよ、友よ。 君を護るさ」
その声は、実に力強かった。
*
早速とばかりに町の探索へと戻るのだが、コレでは埒が明かないと直ぐに分かった。
誰が柳沢瑠奈の記憶コピーをしたのか、それを確かめる方法をエイトと匠は探る。
「どうするよ? 前みたいにさ、呼べないの?」
以前エイトがナナを呼んだ事を思い出し提案する。
だが、エイトは首を横へ振った。
「何でだ? 前は……」
「前はナナだったからね。 ただ、ノインだってコッチには気付いても居なかった。 でも、私達はゲームのにゃか。 とにゃると、向こうは私が異常を使った時点で気付いた筈だ。 私達は在る意味、向こうの腹に入った様にゃものだからね」
エイトの説明に、女戦士は首を傾げる。
「つまり?」
「向こうは忙しいから気付いても居にゃいか、私達にゃど気にも掛けてにゃいのかも知れにゃい」
今度は、女戦士は鼻をウウムと唸らせる。
「なんか、引っ張り出す様な事は出来ないもんかね?」
そんな匠の声に猫耳少女は周りをグルッと杖で示した。
それが何を意味するのかは、匠にはまだ分からない。
「方法の一つとしては、このゲームをクラッシュさせる」
物騒な発言に、匠は思わず足を一歩引き、腕で顔を庇った。
「お、おいおい、そいつはヤバいんじゃあ?」
戸惑う女戦士に、猫耳少女は肩を竦めフゥと息を吐く。
「ヤバいね。 とは言っても、君も私もゲームの住人ではない。 だから、別にゲームがどうにゃろうが関係は無いよ? それに、覆っているモノを取っ払った方が早いとは思わにゃいか?」
確かに、その方が早いとは匠も分かる。
もし、ノインやナナの様な者がゲームを操って居るのならば、ソレその物を退かせば出て来ざるを得ない。
匠は、エイトが示した様に周りをグルッと見渡す。
仮初めかも知れない。 架空かも知れない。
だが、其処にはキャラクターが居る。
それを、匠は壊したくなかった。
必死に頭を巡らせ、何か良い方法はないかと念じる。
エイトが語った【閃き】に賭けた。
あれやこれやと考える匠だが、何かを思い付いたのか、パッと目を開く。
「エイト!」
「おぉ? 友よ、妙案か!」
期待に目を輝かせる猫耳少女に、女戦士はニヤリと笑う。
「まだ時間は在るよな?」
急な質問に、エイトは上げていた肩を落としてしまった。
「あ、あぁ、まだ約束の日までは時間は在るけど」
その答えに、女戦士はゆったりと大きく頷く。
「焦っても良い答えは出ない! と言うことで! どっか宿を探そう!」
結局の所、匠の出した答えはソレである。
それを聞いた猫耳少女は、長い長い溜め息を吐いていた。




