冒険に出よう その8
被ってるゴーグルから起動音が響き、意識が何処かへ飛んでいく。
その感覚に慣れていない匠は、未だに違和感を拭えなかった。
目で画面を見て、手でコントローラーを操作するのではない。
あたかも、自分がゲームに入るという奇妙な感覚。
程なく、匠の意識は別の場所へと飛んでいく。
以前、ゲームから出た時は、空へと登った気がした。
今度は、逆に何処かへと落ちていく様な気がする。
浮遊感こそ無い。 だが匠の意識は宇宙から地上へと降り立つ。
急に視界はハッキリとし、以前立ち寄ったあの町の風景が見えていた。
「お? あぁ、そうか……コレが読み込みの感覚ってか?」
ついさっきまで、自分の部屋に居た筈なのに、いきなり何処かへ飛ばされる。
そんな感覚には慣れそうもないが、頭を軽く振って周りを窺った。
「おーい? エイト? ……あれ?」
何かがおかしいと、匠は感じた。
喉が悪いのか、自分の声が違って聞こえる。
口調こそ自分のモノに間違いは無いのだが、口から漏れる音には聞き覚えが無かった。
差ほど高いというモノではないが、別人が喋って居る様な感覚。
「故障なんて使われたからデータがおかしいのかな?」
耳に届く声は自分のモノとは思えず、恐らくは裏技の弊害ではないかと匠は察する。
衣服は妙に緩い部分とキツい部分が有り、全身の違和感が拭えない。
とりあえず、手を握ったり開いたりと試すが、身体は動く。
「なんだ……コレ?」
身体は自由に動くのだが、手がおかしかった。
全体がぼやけているといった事はないが、妙に細い。
手自体が小さく、指もほっそりとしてしまっている。
ガリガリに痩せてしまった訳でもないのに、何もかもがおかしい。
自分の異変に訝しむ匠だが、直ぐ近くのクスクスという抑えた笑いには気付いた。
ハッと其方を向けば、あの猫耳少女が口を手で抑えている。
「おうエイト。 居たのか……って、何だよ?」
益々疑いを強める匠だが、猫耳少女は咳払いを一つすると、匠に近付いてきた。
「……うん友よ。 とりあえず装備を変えにゃいか?」
妙に愉しげな少女の声に、匠は、自分の身に纏っているモノを確認する。
以前に喧嘩をしたせいか、只でさえボロボロの鎧は悲しい有り様。
元々小綺麗ではない。 それに更に汚れが加わり、悲惨と言えた。
「あー……じゃあ、変えるか。 でもよ、持ち合わせがねぇんだが」
「うん! それぐらい奢るさ! さぁ、行こう!」
待ってましたとばかりにエイトは匠の手を引く。
自分の手を引かれるのは悪い気はしないが、やけに楽しそうに笑う猫耳少女を匠は訝しむ。
*
貧乏戦士と猫耳魔法少女が訪れたのは、所謂装備屋である。
「へいらっしゃい!」
無骨な外観の通り、中へと入れば、威勢の良いかけ声と共に、所狭しと様々なモノが目に映る。
美麗な刺突剣から、鞘に納まった日本刀。
身の丈を超える様な大仰な大剣。
メイスやハンマーの様な殴打武器も有れば、槍や薙刀の類。
手に持って直接使うモノだけではない。
弓を始めとしてボウガンからパチンコといった手動の投射機器から、火縄銃や旧式の連発銃に、果ては用途不明な銀色に輝く怪しい鉄砲。
剣だけでも目を回しそうな程の数が有り、他の武器も合わせればこのまま戦が出来そうな程の数が見えた。
「すんげぇけど、まぁ、武器は後々……」
武器はともかくも、とりあえずと匠は防具を見たい。
今の革の鎧が余りにボロボロの為に、何かないかと探すのだが、イマイチピンとは来なかった。
「なんだコレ? チンドン屋かよ」
陳列されている防具の中には、意味が在るのか無いのか定かでないモノも在った。
傍目に見るとどう見ても動き辛そうなモノが多い。
仕方なく、防具は後回しで衣服を取る。
だが、それらを持って店のカウンターまで行くと、店主らしいキャラクターは、匠を訝しむ様に見た。
「あの、何か?」
恐る恐るそう尋ねる匠に、店主は鼻をウゥムと鳴らす。
「なぁ姉さん。 ソレ、売れって言えば売るけどよ? ホントに良いのかい?」
実にRPGらしい確認の台詞。
だが匠は、店主の姉さんという単語が引っ掛かった。
「はい? あの……俺は……男なんですが?」
匠の声に、店主は益々難しい顔を浮かべた。
混乱状態の店主と匠。 それを解決せんと、猫耳魔法少女が動く。
相棒に近寄り、グイグイと手を引く。
「友よ、あんにゃ所に鏡が在るぞ。 試着したらどうだ?」
「あ、おう……」
そんなに愉しげなエイトの声に、匠は、訝しみながらも鏡の方へ行く。
だが鏡を勧めた猫耳魔法少女は、口を手で抑えて嗤うのを堪えていた。
鏡を見るなり、匠の手からモノがボトボトと落ちる。
「なん……なんだコレ!?」
鏡には、見慣れない女性が映っていた。
艶やかな黒髪は所々が跳ね、まるで狼の毛の様である。
目付きこそ鋭いが、逆にそれが引き締まった印象を醸し出す。
在る意味では、野性的な女性であった。
慌てて手で顔を探ると、鏡の女性も同じ様に顔を弄る。
いつの間にか性転換させられていた匠は、慌てて振り向く。
「おいこらエイト! コレは何だ!? どういう事だ!」
案外鈍い匠。 今鏡を見て、ようやく自分の異変の本質に気付く。
髪の毛は妙に伸び、スタイルが良いせいか革の鎧は合って居らず、手が小さく声が違う理由も分かった。
そんな風に慌てる女戦士に、猫耳魔法少女は嗤うのを止められない。
「いやぁ、友が私の格好を決めた訳だし……どうせにゃらほら、私も、君の設定を少し弄ってみたんだよ……ちょっぴりだけね?」
人差し指と親指の間に少し隙間を作るエイト。
何とも可愛い仕草ではあるが、匠はそれどころではない。
「ちょっぴりって……何処がちょっぴりなんだ!? 全然違うだろ!?」
喧しく喚く女戦士は、見た目と相まって中々に迫力が在る。
その様は、見る者が見れば目を引かれる程であった。
「……そ、そう言えば」
慌てていた女戦士だが、ふと、在ることに気付く。
「なんだコレ! 邪魔だなぁ……もう」
自分には無い筈の乳房が邪魔で下がよく見えないが、それでも急いで探る。
匠が女性の乳房に興味が無いかと言えばそうでもないが、もっと大事な事が在った。
匠が探す部位。
その部分は、肉体的な部位で言えば、全体量の一部に過ぎない。
無い筈のモノが在り、在るべき筈のモノが無い。
壮大なる喪失感が、女戦士を襲っていた。
慌ててあらぬ場所を探っていた女戦士だが、がっくりと肩を落とす。
ゆらりと上がる頭。 その顔は、怨霊が取り憑いた様であった。
「お前……コノヤロウ……」
ヨタヨタとゾンビの様に歩く匠に、エイトはケラケラと笑った。
「そんなに怒るにゃ、友よ。 君だってしたんだ、おあいこさ」
悪びれないエイトに、女と化した匠は歯をギリギリと軋ませていた。
*
少し後。 装備屋からは二人組の女が現れた。
片方は相も変わらずの尻尾を揺らし、杖を携える猫耳魔法少女。
だが、相方は狼の様な女戦士であった。
カウボーイが羽織るダスターコートさながらの長い上着に、ゆったりとしたシャツ。
革のパンツで決め、足元には短めのウェスタンブーツ。
もし、ガンベルトに拳銃を差し、テンガロンハットを被れば、カウガールの出来上がりといった風情である。
「そんにゃんで良いのかい? まぁ、君に防具は要らにゃいと思うが」
片目を窄める猫耳魔法少女に、女戦士はジト目を向ける。
「だぁれのせいだと思ってんの?」
そう言うと、匠は自分の胸元を叩く。
ゆったりとしたシャツで豊かな胸は隠されては居るが、ハッキリ言えば匠は邪魔だとしか思えない。
慣れないせいか、どうにも落ち着かない匠である。
「店の中の鎧も服も……全部水着みたいなこっ恥ずかしいのか無いしぃ、下手に男物着けりゃあ胸が苦しい。 だぁれのせいかしらぁ?」
小柄な少女に言い寄る妙齢の女性。
端から見れば、二人の関係を疑いたくなる光景である。
背の高い女戦士に寄られたせいか、エイトはおどけた。
「まぁまぁまぁ、君だって人の事を笑ったろ? 自分だけでは不公平だろうに?」
茶化すエイトの声に、女戦士は獰猛な笑みを浮かべた。
ゆらりと両手を上げる構えは、まるで熊の様である。
「そうだよねぇ……エイトちゃあん?」
「あれ? 何か……よこしまにゃ邪気を感じる」
不味いと思ったのか、猫耳魔法少女は慌てて踵を返し走り出す。
「むぁてぇ! こらぁ! 大事な玉を返せ!」
逃げ出した猫耳少女を、女戦士は追い掛け始めていた。
*
魔法使いというのは匠が設定したのに間違いない。
だが、半分猫という種族だからなのか、エイトの逃げ足は正しく猫の様に素早い。
ただ走るだけではない。
時には軽やかに箱をヒョイと乗り越え、低い梁が在れば素早く身を屈めその下を潜る。
そんな少女の後を猛然と追跡する女戦士。
「待てぇい! 泥棒猫!!」
必死に追い掛ける女戦士だが、見た目に反して力業であった。
箱が在れば殴って退かし、梁が在ろうが壁が在ろうがぶち破る。
人間暴走特急と化した匠の追走に、エイトは笑う。
「待てと言われて待つ奴はいにゃいのだ!」
この時ばかりは、【な】が【にゃ】に成ろうがエイトは構わない。
それどころか、猫耳少女の言葉を聞いた匠は、小馬鹿にされた様に感じる。
「んがが………エイトお前……馬鹿にしてるだろぅ!?」
前を優雅に行く猫耳少女に、女戦士は吠える。
「いいやぁ? ぜぇんぜんそんにゃ事はにゃいぞ?」
愉しげな猫耳少女の声に、女戦士の顔が固まる。
笑顔なのだが目は座り、歯は剥き出し。
匠は、自分の中で何か細いモノがプツンと切れるのを感じた。
「このこそ泥猫がぁ!? 素直に謝ればお尻ペンペンぐらいで済ませたモノを!? もうタダじゃ済まさん!!」
何かの決意を固めた様に、女戦士は驀進する。
「何を云う! 君がこの姿を設定したんだろう! ほら! 捕まえて見たまえ!」
そう言いながらも、エイトは匠との追いかけっこという遊びを楽しんでいた。
以前ならば、エイトと匠には画面という絶対的な壁が立ち塞がり、触れ合う事は無かった。
言葉を交わし、対戦ゲームをしても、何か物足りなさは否めない。
だが、今は違う。
仮初めの身体であっても、匠と共に過ごせる時を、エイトは思う存分楽しんでいた。




