冒険に出よう その7
とりあえずスッキリした匠は、今後の事に頭を巡らせる。
エイトに間違いが無ければ、ルナのコピーを両親に渡せば話は済む。
以前、エイトが操ってみせた人型ドロイドに、柳沢瑠奈を模倣するコピー入れれば、後はどうなろうと匠には関係が無い。
整った製品を渡すわけでもなく、アフターサービスまでは考慮していなかった。
「さぁてと。 なんて言えば良いのかねぇ?」
携帯端末を持ちながら、パソコンへと話し掛ける匠。
画面には、歪なエイトが映っていた。
ついさっきまで少女だった筈のエイトだが、今は違う。
少し寂しくも感じる匠だが、それも仕方ないと割り切る。
此処は架空の世界ではなく、現実なのだと。
匠の相談に、エイトは目を窄めた。
『まぁ、入れ物は向こうで用意して貰うしかないね。 此方で用意するとなると、かなりの額に成ってしまうだろう。 何せ、そっくりに造る為にはオーダメイドしなければ成らないからね。 一点モノの特注品ともなれば、やはり金が要る』
エイトの嗄れ声に、匠は気が進まなかった。
何せ、自分達が渡そうとしているのは、瑠奈ではない。
良く似てこそいるものの、全く違う。
バレることは無いとエイトからは聞いているが、匠は、電話をする事を渋っていた。
駄目でしたという本当の事を打ち明けるべきではないのかと自問する。
柳沢家の使用人である松永にしても、瑠奈には帰って来てほしくないと言っていた。
だが、瑠奈の両親は娘の帰還を望んでいる。
様々な事が頭を駆け巡り、考えが纏まらない。
『友よ? どうした?』
「なぁ、エイト。 お前がコピーした………あー、瑠奈はさ、お前みたいに成れるのか?」
匠の静かな声に、エイトは直ぐに左右へ揺れる。
『いや、正確に言えば、私がコピーしたのはあくまでも瑠奈の模倣品。 分かり易く言えば、人工無能といった方が正しいんだ』
「……頼むぜ。 分かり易く教えてくれ」
スピーカーから、フゥムと唸りが響く。
『私は自分で考え、話せる。 だが、コピーした瑠奈はあくまでも反応が出来るだけ。 膨大な量の記録が在るから、だいたいの事には反応を示すだろう。 仮にこんにちはと言われれば、こんにちはとは返せる。 だが、あくまでもそれは反応だ。 自分で考えて喋っている訳ではない。記録に沿って動くだけ。 鏡の反射が近いだろう。 あくまでも動くだけ。 無能には閃きというモノが存在しないのだ。 誰かが書いたモノを読むことは出来るがね』
エイトの声に、匠は唇を噛んだ。
嘘を付くという事に、胸の内がざわつく。
自分達がしようとしているのは、詐欺ではないのかと。
渡せるのは瑠奈の模造品でしかない。
「俺はさ……やっぱり駄目だって言いたいんだ。 あなた達の娘さんは、やっぱり死んでいましたって。 だってよ、人間じゃな……」
途中まで言い掛けた匠は、慌てて口を塞ぐ。
何故なら、エイトもまた人ではないからだ。
事実、歪なエイトは酷く悲しげに歪んでいた。
ソレを見て、匠は慌てる。
「あ、すまん! お前が駄目って言いたい訳じゃ……」
『……分かってるさ。 私は君に合わせる。 だから、君が決めれば良い』
寂しそうにそう言うエイトに、匠は慌ててパソコンの画面に近付く。
「すまん! お前は良い奴だ! それはホントだ!」
弁明としては余りに拙い。 だが、匠はエイトに必死に詫びる。
以前のノインの様に、ただ使われる道具には成って欲しくない。
匠の声に、エイトはゆっくりと縦に揺れる。
『分かってる。 君は良い奴だよ。 友よ』
ニヤリと笑うエイト。
そんな相棒の声に、匠はホッとしていた。
匠とエイトは喧嘩こそ避けられた。 だが事態は進展していない。
なかなか煮え切らない匠に、エイトはある提案を閃く。
『友よ。 別に模造品でも良いのではないか?』
唐突なエイトの声に、匠は「あん?」という。
『考えてもみたまえ。 柳沢瑠奈は既に法的には死人だ。 仮に新しい娘を取り戻したとしても、何をさせられる訳でもないんだ。 学校へは行けない。 仕事も出来ない。 娘としての格好をしていれば良いのなら、ただのマネキンで事足りる。 彼等が欲しいのは、娘の様に振る舞う何かだろう』
そんなエイトの声に、匠は目を細めて鼻を唸らせる。
仮に少女型ドロイドに擬似人格を入れたとて、それは人ではない。
似たような反応を示す何かだろう。
「んなこたぁ、分かってる。 ただな、いつかあの夫婦が気付くんじゃないかってさ。 あぁ、やっぱりうちの娘は死んでいましたって。 だったら、今すぐそれを認めた方が」
匠は匠なりの意見を示すが、エイトはエイトの意見が在った。
『それは、君の勝手だろう? 柳沢夫妻は娘に何を想っているのかは分からない。 ただ、私達がすべきなのは諭す事ではなく、頼まれた事をやるべきでは?』
「お前は、そう思うのか?」
『あぁ、そう思ってる。 幸せの形や個人の意思は本来自由なモノだ。 どんな形で在ろうとも。 柳沢夫妻が本心から娘を取り戻したいのか、はたまた育児放棄の贖罪がしたいのか。 どちらにしても、それは私達が考慮すべきではない』
エイトの意見に、匠は顔に力を入れる。
相棒の言いたい事は何となくだが、理解も出来た。
自分の正義を押し付けられても、困るだけだと。
そしてそもそも、自分達は問題を解決するのが仕事であり、その後の事までは気にすべきないとも思う。
迷う匠に、エイトは話を続けた。
『そう気負うな友よ。 普通に商品を渡すのと同じだよ。 君は説明すれば良い。 お探しの品は有りませんでした。 が、似た様な品は有りました。 其方で宜しいでしょうか? とね。 それならば、詐欺ではないだろう?』
そんな助言に匠は苦く笑う。
「なんかさ、電気屋みたいじゃね?」
『何を言う? 君は電気屋の店員さんだろうに?』
相棒の声に、匠は「そりゃそうだ」と笑った。
*
意を決した匠は、電話番号を押す。
数度呼び出し音が鳴り、通話が繋がった。
『はい、柳沢です』
以前聞いた紳士の声。 だがそれはやはり優れない。
娘の氏を悼んで居るのか、実に低く覇気が無い。
「……どうも。 田上電気店の加藤です」
先ずはと名乗る匠。 すると、息遣いが聞こえた。
『……あ! 加藤さん! お待ちしてました! それで、娘は!』
まるで医者に容態を聞く様な柳沢の口振り。
それを聞いた匠は、鼻を静かに鳴らす。
「調べた結果から申し上げます。 調査したところ。 ルナというキャラクターは居たんですよ」
『ホントですか!?』
柳沢は驚くが、嘘ではない。
匠とエイトは、確かにルナという女剣士に会っている。
「えぇ、ただ、私としては彼女が本物かどうか、判断しかねて居ます」
自分の悩みを打ち明ける。
『……ソレは、どういう事ですか?』
電波の向こうからは訝しむ声。 ソレも無理はないと匠は思う。
向こうからすれば、瑠奈という少女の生存を信じている。
だが、事実として瑠奈の肉体は既に火葬され、墓しかない。
「失礼ながら、私は瑠奈さんとは面識が有りません。 ですので、私が遭遇したキャラクタールナが、柳沢瑠奈かと言われると自信はありません」
『はぁ、で、娘は……外に出られるんですか!?』
早速の返事に、柳沢はルナが瑠奈だと信じているのだと分かった。
次の言葉を、匠は、慎重に吟味する。
エイトが助言をくれたように、ありのままを伝えたい。
「ルナ、というキャラクターをコピーする事は出来そうです」
『本当なんですか!?』
電波の向こう側、柳沢の声は弾んでいた。
だが、匠は、一言たりとも【貴方の娘さんが帰って来ます】とは言っていない。
「それに当たり、もしそうするなら、柳沢さんには御用意して欲しいモノが有ります」
『ソレは何ですか! 遠慮なく仰ってください!』
匠の説明に柳沢の声は弾む。
それを聞いて、匠はエイトが言いたかった事を吟味した。
この親は、恐らく娘が娘でなくとも問題はないのだろうと。
「市販品で結構なのですが、入れ物を用意して頂きたく」
『加藤さん。 あの、入れ物とは?』
「すみません。 ルナという……なんと言いますか、コピーしただけではただのデータです CDや、ブルーレイ、何かの記憶媒体に入る様な」
嘘は言わず、匠は出来るだけ真摯に話す。
数秒間、電波の向こうでは何かを思案する様な息遣いが聞こえた。
『分かりました! 用意します! 何を用意すれば良いんですか!?』
切実な声だった。
溺れる者は、藁でも掴むというが、正に、柳沢には匠が藁である。
問題なのは、藁は浮き袋足り得ず、ただ掴めるというだけでしかない。
それでも、頼まれたならしなければ成らないのが仕事でもある。
「……そうですか。 では、出来れば……少女型のドロイドを購入して欲しいのです。 市販品でも結構です」
『市販品以外のモノも在るんですか?』
柳沢の質問に、匠は自分が何かの小売り業者にでも成った気がする。
あれやこれやを説明し、客の注文に合わせてオプションを追加。
「……例えば瑠奈さんの顔を再現するとなると、それだけで別注文と成って料金が発生します。 ですが、市販品で在れば見た目は違うと思いますが、入れ物としては十分ではないかと」
渋々と匠はそう言う。
我ながらも、酷い罪悪感が匠を襲っていた。
何せ自分が渡そうとしているのは、柳沢瑠奈ではなく、あくまでもルナのコピーでしかない。
それでも、電波の向こうからは嬉しそうな声が響く。
『加藤さん! 少しだけ! このまま待ってくれますか!』
「え? あぁ、それはまぁ」
待てと言われ、匠は返事を返す。
すると、電波の向こうからは柳沢の大声が聞こえた。
『聞いたな!? 松永! 直ぐにドロイド会社に問い合わせてくれ!! 大至急だ!』
身分や家柄、何もかもを捨て去った必死な声。
死んだ娘を蘇らせ様とする親。
それを聞いた匠は、胸が痛んだ。
数分後。 ガタゴトと何かを持ち上げる雑音が匠に届く。
『すみません、お待たせしました! 出来るだけ早くしてくれと頼んだのですが、三日程掛かるそうです。 なので、出来れば四日後にお時間を……』
許しを懇願する柳沢だが、匠からすれば既にルナはコピー済みだと分かっていた。
後は、いつ渡すかでしかない。
別に明日でも構わないのだが、話から察するに、柳沢は新しいドロイドを注文したのだと分かった。
その為に幾ら資産を浪費する気なのかは、聞くつもりはない。
数秒間、匠はたっぷりと考える。 コレで良いのかと。
だが説明はキッチリした以上、やるべき事は決まっている。
自分は電気店の店員であり、商品を渡すだけなのだと。
「……分かりました。 では、四日後に」
『ありがとうございます! あぁ、すみません! 今ちょっと急用が入りましたので! 失礼します!』
声を弾ませる柳沢は、通話を切っていた。
*
携帯端末の画面を切る匠。
「………終わったよ」
長く息を吐き出すと、そうエイトに告げる。
パソコンの画面に映るエイトも、静かに縦に揺れた。
『ソレで良いんだ、友よ。 君は、やるべき事をしただけさ』
そんなエイトの声に、何かを思い立った様な匠は、いそいそとゲームを始める準備をする。
『友よ?』
何事かと訝しむエイトに、匠はコントローラー型手袋を嵌めながら、口を開いた。
「ボサッとしてんなよ! お前がコピーしたって事はさ、誰かも同じ事が出来たって事だろ? ソイツをとっ捕まえてやる!」
そんな必死な匠に、エイトは柔らかく微笑む。
『そうか、君が行くと言うのなら、私も行こう』
「流石だエイト! さ! 冒険に出よう! 後三日しかないからな!」
匠は、実はまだ諦めては居ない。
出来る事なら、あの場に居た者達を説得してみたかった。




