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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
シックス
38/142

冒険に出よう その5

 何処か東欧の山野を想わせる自然豊かな風景。

 野草は咲き、蝶がゆったりと飛び交う。


 そんな長閑な中をテクテクと歩く二人組。


 新鮮な感覚に、匠はチラリと横をいく連れを見る。


 いつもとは違い、身体を持ってエイトは其処にいた。

 そんな感覚に、匠は頬を緩めてしまう。


 見られて居ることに気付いたからか、スッと顔を向ける猫耳魔法少女。


「さっきからにゃんだ? あぁ、もう……」

 

【な】を発音すると【にゃ】に成ってしまう事に、エイトは顔をしかめた。

 そんな不機嫌そうな声ですら、今の匠には愛おしく思える。


「そう怒るなって。 偶には良いだろうが」

「君はそれでも良いかも知れ……んが、こっちは大変……だぞ!」


 意地でも【にゃ】と言いたくないのか、エイトは言葉を選ぶ。

 その様ですら、益々匠の笑顔を増す要因にしかならない。


「少しぐらい良いだろうが。 偶にはさぁ? あ、ところで、俺達って何すれば良いんだ?」

  

 このまま弄って居ると、本気でエイトが怒りそうだからか、匠は話を反らす。

 匠の質問に、鼻息荒かったエイトだが、遠くを見つめた。


「知れたことだろう? 目的の人物を見つけ出す。 連れ出す。 簡単だ」


 簡単だと言い張るエイトに、匠は首を傾げた。


「おいおい、お前は前に無理だって言っただろう? 神様でもなけりゃ、死んだ人間を外に出すなんてよ?」


 そんな匠の声に、エイトは脚を止め、片手をヒョイと上げた。


「まぁ、とにかく先を急ごう。 いつまでもちんたらと歩いて居るわけにはいかにゃい……」

 

 また【にゃ】と言ってしまったことに、エイトは顔をムスッとさせる。

 エイトを宥める為なのか、匠は相棒の頭を撫でた。


「悪かったって……ちょっとふざけた。 すまん」


 流石に面白がり過ぎたと、匠は詫びつつエイトを撫でる。

 撫でられるエイトも、困った様に目を泳がせていた。


「ま、ま、まぁ、今回は……このままで良い。 仕事優先だから……」


 しどろもどろなエイトの声に、匠はウンと鼻を鳴らした。

 自分の相棒に恥といった概念が在るのかと考える。


 少し前ならば、エイトも少女の姿を取ることには大した意味を持って居なかった。 

 ただ、ナナとの出逢いから、相棒は少し変わってきている。

 それが何なのか、匠は分からなかった。


 色々と考える内に、猫耳少女の掌に浮かぶ画面に変化が起こる。

 それは唐突に揺れだし、色まで変わっていた。 


「エイト? なんだソレ?」

異常グリッチさ。 まぁ、要するに、意図的に引き起こした故障とでも言うべきか」

「ぅおい!? 故障って大丈夫かよ? バグとかチートじゃねぇの?」


 エイトの物騒な言葉に、匠は懸念を示す。 

 だが、エイトはキョトンした顔をするばかりであった。


「何を恐れる? ゲームはゲームだぞ? 君ににゃんの影響が在る? 私にしても、そもそもゲームの関係している訳ではにゃい。 君と一緒に入ってるだけさ」

 

 そうは言われても、匠の不安は拭えない。

 体感的には、自分は今、見知らぬ土地に立っているからだ。


「だからといってよぉ」

「ゴチャゴチャ煩い。 さっさと目的の少女を見つけるぞ」


 エイトは、ガシッと匠を掴む。


 すると、貧乏戦士と魔法猫耳少女は、重量など知らない様にフワリと浮く。


「あ!? なんだ? うぉぉおおぉぉぉぉ─…………」


 あっという間に、二人は風の様に飛んで行く。

 匠の悲鳴を、飛行機雲の様に残しながら。


  *


 空を駆けるという事には、匠は目を見張った。

 体感的には差ほど風を感じないが、飛んでいるという感覚は在る。

 それは、普通ならば体験出来ないモノであった。

 しかしながら、高所恐怖症の匠はそれどころではない。


「……下ろせぇ! 下ろしてくれぇ!」


 仮想空間とは言え、高所の恐怖に声を漏らす匠。 

 だが、隣で空を飛ぶエイトは取り合わず、ハヤブサの様に遠い地表を睨む。

 そもそも高所に居ると言っても、現実の匠はベッドに寝ているだけで問題は無い。


「ゴチャゴチャ喚くにゃ! お? 見つけた。 友よ、降りるぞ」

「は?」


 降りると言われた匠だったが、文字通りエイトは降下する。

 ただ、それは速すぎた。


 自由落下同然のスピードで、エイトは落ちていく。

 勿論、隣で掴まっている匠もだ。


「あぁぁあああぁぁぅぁぁ!?」


 思いもよらず、いきなりの落下に、匠は悲鳴を発した。


 高所からの落下は、死を連想させる。


「落ち着け。 もし落ちても君は平気だ」


 落下のスピードに髪を靡かせながらも、エイトは全く動じない。

 それどころか、まるで意に介して居らず、涼しい顔である。

 が、匠からすれば恐怖以外何物でもない。


「ふざけんなぁぁぁぁあああ!!」

  

 流石に声を荒げる匠だったが、後少しで地面とこんにちはしようという時。

 落下速度は急激に遅くなっていた。


 フワリと、悠々と着地するエイトに、ドタンと落ちて「うぉ!?」という匠。

 

 地面に大の字に寝転がる匠を、エイトはジッと見た。


「だから言っただろう? 落ち着けと」

「……あぁ、ちっくしょう……覚えとけよ……」


 そんなエイトの声に、匠は、うんざりだという顔を浮かべていた。


 二人が降り立ったのは、寂れた町である。


 荒れた山野に、無理やり建てられた建物。

 見た目には余り美麗とは言えず、はっきり言えば小汚い。


 ムクッと起きた匠は、身体の埃を払いつつ、辺りを見渡す。


「なんだぁ? この汚い町は?」


 率直な意見を隠さない匠に、エイトが口を開く。


「此処は魔王とやら……所謂ラスボスの根城に近い所さ。 まぁ、余り綺麗じゃにゃいのは、前哨としての急拵えで造られたという設定だからだろうにゃ」


 また【にゃ】と言ってしまったことに、エイトは顔をしかめる。

 だが、前ほどには嫌がらない。

 

 匠が茶化さなかった事もあるが、匠自身は周りに気を向けていた。


「おいおい、俺達が空落ちて来たってのにさ、だぁれも俺達を見ないぞ?」

  

 普通なら大騒ぎだろう。

 貧乏戦士が猫耳少女を伴って空から落ちて来たと在れば。

 だが、町の者は誰もが匠とエイトを気にしてすら居なかった。


 そんな光景と匠の声に、エイトは細くすんなりとした肩を竦める。


「そりゃあそうさ。 現在、このゲームには人間のプレイヤーは友しか居ない。 後はNPCノンプレイヤーキャラクターだけだからね」


 そう言うエイトの声に、匠は少し不満そうであった。


「なんか……寂しいのかなぁ?」


 匠のぼそりという感想に、エイトは腰に手を当てる。


「にゃんだ? 君は私だけでは不満かね?」


 フンと鼻息を出しつつも、頬を僅かに膨らませるエイト。 

 実に可愛い反応に、匠は笑う。


「悪い悪い。 そうだよな。 お前が居てくれる」


 敢えて小柄に設定したからか、エイトは少女としか見えない。

 怒る少女の頭を、匠はソッと撫でていた。

 

 すると、怒っていた筈の少女は、目を左右へ泳がせる。


「あ、あわ、ま、まぁ良いんだよ。 別に」


 満更でもない。 エイトの声はそう訴えていた。 


「ところでさ、見つけたって言ったよな? 何処に?」


 撫でるのを中断し、辺りを見渡す匠だが、冒険者という者は多い。

 

 身の丈を超える大仰な大剣を背負う戦士から、何かの生物の革を加工したらしい派手な鎧を身に纏う異形の戦士。

 果ては、ホストとキャバ嬢といった出で立ち者まで居る。

 その類まで幅は広すぎた。

 

「うん、少し向こうだ。 歩けば直ぐさ。 行こう」

「あ、おう!」


 スタスタと歩き出すエイトに、匠は続く。

  

  *  

 

 歓楽街か、裏街道まっしぐらといった町は、御世辞にも見た目が宜しくない。

 

 平然と其処を進んでいた匠とエイトだが、不自然な視線に気付いた。


「よぅ、なんか、さっきからチラチラ見られてる気がするんだが?」

「あぁ、これから強制イベントって奴が在るからだろうね」


 エイトの軽い声に、匠は「はい?」と素っ頓狂な声を出す。


 宣言通りなのか、二人の行く手を塞ぐ様に、巨漢が現れた。

 衣服自体は差ほど珍しいモノではない。

 だが、その巨漢の筋肉はまるで鎧その物である。


 歩く毎に、地響きすら立つような威容を放っていた。

 

「おうおう、待ちな!」


 地を這うような低い声に、匠は、思わず気を付けといった不動の姿勢。

 対して、隣のエイトはホホウと喉を鳴らす。


「お前ら? 此処を何処だかわぁってんのか!?」


 威嚇する声に、匠は思わずエイトのピンと立つ耳に口を寄せる。


「………ぉい。 なんか、すんげーのが居るぞ?」


 囁く匠に、エイトの耳はピコピコと動く。


「まぁ、いわゆる腕試しって奴だろ。 この町に来るまでに、必要にゃレベル、装備を整っているのか試せる。 そんにゃイベントさ」


 全く動じないエイトに対して、匠は顔を青くしていた。

 記憶に間違いがなければ、匠はまだゲームを開始して間もない。

 装備にしても、最初に貰える物しか身に付けては居なかった。 


「えぇぇぇ? ちょ……どうすんだ?」


 慌てる匠に、エイトは鼻をフゥムと唸らせた。


「まぁ、良いんじゃにゃいか? 遊びだと割り切って楽しんだら?」

「は?」


 気軽なエイトの声に、匠は目を丸くする。


 そんな二人だが、巨漢はズンズンと近付いていた。


「なにゴチャゴチャ言ってんだ!? 掛かってきやがれ!」


 巨漢の威嚇に、エイトは、ポンと匠の背を叩く。


「ほら、ご指名だってさ」


 そう言うと、エイトは近くの木箱にヒョイと腰掛けた。 

 残された匠は、余りの事態に気が追いついて居ない。


 だからといって、巨漢は待ってはくれなかった。


「行くぞこの野郎!」


 振り上げられる異様な拳。 

 当たったらどうなるんだろうと匠は思うが、慌てて横へ跳んでいた。


 まるで巨大な重機の如く、巨漢の拳は匠が立っていた地面を抉る。


 それを見た匠は、益々顔を青くしていた。


「うぉいおい! ふざけんなぁぁぁぁあああ!! 俺が何したってんだ!?」


 咆哮というよりも、暴漢に襲われた様な匠の悲鳴。


 直ぐ様、巨漢は「逃げるな!」と匠を追い掛ける。 

 当の匠は、慌てて走り回っていた。


 円を描く様に走り回り、巨漢から逃げる匠。

 その様を、エイトは面白そうに見ている。


「こらぁ!? エイト!? なんとかしてくれぇ!」


 逃げ回る匠の声に、エイトは優雅に脚を組む。

 スリットが深く入った衣服だからか、エイトの細い脚が僅かに見えるが、それを見ている余裕は匠には無い。


「友よ。 ゲームだぞ? 逃げててどうする? 戦士ファイターを選んだのは君だろうに? それにゃら最初から忍者や暗殺者アサシン潜入工作員スパイの様に隠密ステルスを出来る職業にすれば良かっただろうね」


 匠の窮地など、どこ吹く風のエイト。

 

 あんまりな相棒の態度に、匠の中で何かが切れた。

 走り回っていた足を止め、振り返ると巨漢を睨み短剣を引き抜く。


「ちっきしょうがぁ! やったら!」


 まるでヤクザの鉄砲玉の如く、腰に短剣を構えた匠は巨漢へと突き進む。

 そして、匠は巨漢にドンとぶつかった。

 

「あ? お前……そんな玩具で何してんだ?」


 巨漢の呆れた声。

 匠の持っていた短剣だが、巨漢の身体には突き立たず、根元からポッキリと折れている。


 折れた武器をまじまじと見る匠。


「なんだぁ? 剣が折れちまった! 不良品かぁ!?」 


 そんな匠の悲しげな声に、エイトはフゥと優雅に息を吐いていた。


「友よ? 初期装備だぞ? ラスボス近くの敵にそんなものが通用したらおかしいだろう?」


 エイトのそんな説明は、今の匠には有り難く感じられない。

 事実、「舐めてんのかぁ!?」という声と共に、匠は殴り飛ばされていた。


 数メートルは軽く飛んだ匠は、土煙を立てながらエイトの元へと滑る。

 ちょうどエイトが見下ろせる位置に倒れた匠を、猫耳少女はジッと見ていた。


「うぐぐ……痛くはねぇんだけどさ。 エイト、助けてくれよぉ」


 ゲームである以上、如何に殴られても痛みは感じないと思うが匠だが、殴られた悔しさは在った。

 弱音を吐く貧乏戦士に、猫耳少女はフゥと息を吐く。


「あのにゃ友よ。 私は君のレベルも弄って置いたんだぞ? 君の今のレベルは理論最高値の二百五十五。 つまりは、その辺のドラゴンでも、素手で勝てる筈だが? 第一、今のパンチだって、君には痛くも痒くもにゃいだろ?」


 そんなエイトの声に、匠は「え?」と呻きつつも立ち上がる。

 身体中埃だらけだが、言われてみると全く支障は無かった。


「お? あれ?」


 立ち上がり 一応身を確かめる匠。

 最初からボロかった革の鎧は益々ボロボロだが、特に身体には異常は無い。


 拳を握ってみれば、異様な程の力が実感出来た。

 

「こいつぁ……」

「さぁ、サッサと行ってぶちのめして来い」 

 

 相棒である猫耳少女の声に、匠は顔引き締めて前に出る。

 

 ソレを見て、巨漢は笑った。


「なんだぁ? 懲りねぇ野郎だぜ!」


 今一度、巨漢の拳は振り上げられる。

 怖い事は怖いと思う匠だが、見えない訳ではない。


「いっけぇ!」


 モノは試しだと、迫り来る巨漢の拳に、自分の拳を目一杯ぶつける。


 次の瞬間。 町に野太い悲鳴が轟いていた。


 腕を抑えて転げ回る巨漢に、匠は、思わず自分の手を見て唇を噛む。

 

 咄嗟に拳を合わせてしまったことに間違いは無い。

 だが、相手の拳が潰れるまで殴るつもりは匠には無かった。


 巨漢の仲間なのか、何人かが現れて恐る恐る匠に倒された巨漢を運ぶ。


 如何にゲームのキャラクターとは言え、悲鳴を聞いてしまったからなのか、匠には苦い後味が残った。

 ポツンと拳を見たまま立つ匠。 その背を、猫耳少女が軽く叩く。


「さ、イベントも終わった。 目的の女を探すぞ」


 実に軽くそう言うエイトの声。


 さっき迄は可愛く見えていた姿に、匠は、何か寂しさを感じていた。

  

 以前出逢ったナナとエイトは、全く違う性格の筈。

 だが、本質的には同じ存在であると感じてしまう。


 もしかしたらという想像が浮かぶが、匠は、それを首を振って打ち消していた。

 

 

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