冒険に出よう その4
自宅へ戻るなり、早速とばかりにダンボール箱を開く匠。
中には柳沢から預かったゲーム機などが在り、いそいそと準備に入ろうとするのだが、直ぐに在ることを思い出す。
「チョイと待てよ? これ……死体のだよなぁ?」
実際に使用されていたモノとなると、遺体が身に付けていた事に成る。
その事実に、匠はウェェと唸った。
そんな匠の声に反応してか、パソコンの画面がスッと灯る。
『気にし過ぎだぞ友よ。 一応洗浄はされているみたいだからな』
安心させる為なのか、スピーカーからはエイトの声が響く。
だが、匠にはより実感として伝わってしまった。
「いやいやいや、洗ってあるから良いってもんじゃねぇだろ?」
『仕方ないだろ? モノが無ければ調べようがない。 代わりを用意しても良い。 だが、本人が身に着けて居たとなれば、より詳細が得られる事もある。 ぶつくさ言わずにサッサと繋げてくれ』
げんなりとしながらも、匠は機材を持ち上げた。
ゲーム機とパソコンを繋げて、電源を入れる。
すると、画面上のエイトの顔がクルクルと回った。
直ぐ様、チーンと音が鳴る。
『フゥム。 一応調べたが、特段の改造はされていない様だ。 まぁ、特筆すべき点としては、買える中では一番グレードが良い。 その程度かな』
「グレードなんかなんでも良いよ。 それよりさぁ、祟られそうだぜ?」
遺体の持ち物という事に匠は怯える。
それを面白く思ったからか、エイトはニヤリと笑った。
『ともかくだ、友よ。 早速共にゲームへ入るとするか』
「おう、そうだな。 ん?」
了承しつつも、匠は在る事実に鼻を鳴らした。
「入る? 誰が?」
『何を言っている? 君と、私だよ』
さも当然というエイトの声に、匠は顔をしかめた。
「おいおいおい、マジで言っちゃってんの? 何? 俺にこのゴーグルだの何だの付けろってかぁ?」
『別に新しいのを買っても良いが、金も時間も勿体ない。 それに、洗浄はされているぞ?』
「だぁかぁらぁ、洗ってあるとかそう言う問題じゃなくてさぁ」
『君が嫌なら私だけで行くぞ?』
エイトの声に、匠は嫌々ながらも動いてしまった。
ゴーグルヘッドセットをゲーム機に繋げ、コントローラーも繋げる。
後は身に着けるだけだが、いざとなると気が引けた。
洗浄こそされてはいても、至る所に使った後が窺えるからだ。
「いやぃぁぁ……マジでかよ」
遺体の持ち物に触れるどころか、それを身に着けると言うことに、匠は唸る。
女々しい匠に、エイトは口を蛸のように窄めて見せた。
『男だろうに? さぁ、冒険に行こう! という時、そんなんでどうする?』
そう言われたからか、匠もまた、覚悟を決めた。
先ずは手袋の様なコントローラーを嵌める。
ぴっちりと覆われる感覚に、匠は呻く。
それでも、なんとかヘッドセットを持ち上げ被った。
視界は覆われ、前には何も見えない。
「……うぇぇぇ……被ったぞ?」
『始める前に言うが、どうやらそのヘッドセット社外品らしい。 ある種の催眠効果が在るそうだ』
「おい!? 催眠だぁ?」
『案ずるな友よ。 その説明によれば……よりリアルで体感的な感覚を味わう為、当社比十倍! だそうだ』
気乗りがしない匠ではあるが、正直楽しみでもあった。
未知の世界への欲求。 それは強くなる。
「だそうって? あーもう。 催眠でもなんでも来いやぁ。 やったらぁ!」
そう言うと、匠は装具を着けたままベッドへと寝転がる。
匠の覚悟に、エイトも頷いていた。
『よし、では、冒険に出ようではないか。 ゆくぞ!』
エイトの声に合わせて、匠の耳に妙な機動音が響いた。
*
眠りから覚めた様な錯覚に、匠は起き上がる。
だが、視界は差ほど広くはない。
其処は、真っ暗な空間だったが、ポツンと匠は何かに照らされている。
「なんだぁ? 何にもねーぞ?」
そう言った匠は、ふと自分の手を見る。
手袋の様なコントローラーをしていた筈なのに、ソレが無い。
慌てて頭を探っても、何も被っていない。
「お? なんだこりゃ? おーい!? エイト!?」
独り孤独に耐えかね、匠は慌てる。
すると、暗闇から何かがフワフワと飛んできた。
「うわぁ!? なんだ!」
暗いからよく見えなかったが、近付くそれは、あのエイトの歪な円であった。
但しソレは、画面上の平面的ではなく、立体的に映る。
「エイト?」
『なんと言うか……新鮮だとは思わないか? 君と向き合えるというのは』
そう言うエイトを、匠は慌てて抱き寄せた。
水が詰められた風船の様でもあり、ふわっとしたマシュマロの様な感触。
ともかくも、匠はエイトを抱き寄せる。
「脅かすなよ! マジでビビッたぜ!」
『むぎゅう……潰されると言うのは……コレもまた新鮮かも知れない』
円から楕円形へと潰されたエイトの素直な感想。
それを聞いた匠は、慌てて相棒である球体を放す。
潰れていた球体も、フワッと元に戻った。
「あー、確かに新鮮って……お前、分かるの?」
『私も君と一緒に入ってるからな。 ただ、この感触というのは何とも言えん』
「うん、まぁ、そうだろうな」
ともかくも、周りを見渡す匠。
だが、やはり周りには何も見えない。
「てかさぁ、何か起こるのか?」
『君もせっかちだね? まぁいい、始めよう』
エイトの声に合わせて、匠の視界が変化する。
暗かった世界には光が戻り、作業服姿の青年と怪しい球体は、どこかも分からない山の上にポンと出た。
「あん? どこだ? 此処?」
『とりあえず……オープニングって奴だろう。 見るかね?』
「お、おう。 まぁ、せっかくだし」
そう言うと、匠はその場に座り、エイトも匠に寄り添う様にポテンと落ちた。
奇妙な光景が広がりだす。 遠くの空に文字が浮かび始めたのだ。
【……此処は、人の世を離れた無限の可能性を持つ世界。 アナザーワールド……】
山彦の様な野太い声が何処からか響く。
それを聞いた匠は、目を細めた。
「何これ? 誰が喋ってんだ?」
『誰と言われてもな。 ナレーションだろう? 声の主を調べるか?』
エイトの声に、匠は首を横へ振る。
「あー、いや、ソレはいいわ。 別に」
そんな匠の声を無視する様に、ナレーションは続く。
【魔王が現れてより千年。 人は戦い続けたが、魔の力は強く、人は押されていた……】
何とも重苦しい声が響く。 だが匠には関心がなかった。
「へー、そりゃあ大変だ。 で? これいつ終わるんだ?」
ナレーションへと相槌を打ちながらも、匠はそう言うと隣のエイトを見る。
エイトは、ため息を長く吐いた。
『だから言っただろうに? 見るかと。 ともかくも、サッサと飛ばすとしよう』
エイトの声に合わせて、ナレーションは急速に早まる。
実はこの間に、世界の成り立ちや戦争の経緯等が映像付きで説明されるのだが、エイトの力で早送りをされているせいでそれらは匠には見えていない。
キュルキュルと無理やり早送りされる声は、もはや何を言っているのか匠には分からなかった。
早かったナレーションが、段々と遅くなる。
【………さぁ、冒険者よ。 立ち上がるのだ!】
そんな声が山々に響き渡った。
聞き終えた匠の鼻が、フゥンと唸る。
「で? 立ち上がるのだぁ! って言われてもさ、何しろっての?」
匠の素朴な声に、エイトはまた溜め息を吐く。
『説明書読ませてなかったな。 まぁいい。 指を二度とスナップさせてくれ』
「えぇ? 指パッチン? 俺出来ねえぞ?」
『実際の君が出来るかどうかは別だ。 ともかくもやってくれ』
「はいはいっと」
エイトの指示に、匠は一応スナップを試す。
本来の匠は、練習していない為に出来ない筈なのだが、指はパチンと鳴った。
「おぉ? 出来たぞ?」
『友よ。 二回だぞ?』
「あぁ、悪い悪い」
仕切り直しだと、匠は素早く二度指をパチパチと鳴らす。
すると、匠の掌にパッと画面が浮かび上がる。
「おぉ!? お?」
空中に浮かぶ画面は珍しくとも、内容は差ほど珍しくはない。
匠の目には【冒険者を呼ぶ】とある。
『どうする? 説明書によればどんな自分でも成れるそうだ』
「と、言いますと?」
『だぁかぁらぁ……良くあるだろう? 此処へ来たのは、どんな奴なのか、自分で設定出来るそうだ』
「へぇ? ソイツは豪儀だぜ」
『既存のプリセットから選ぶも良し。 一から自分で構築するも良し。 で、どうする?』
「やるやる! やるに決まってんじゃん! 外からやってきた電気屋の兄さんじゃ格好つかねーよ」
そうして、匠のキャラクタークリエイトが始まった。
*
ああでもない、こうでもないと思案すること三十分。
この手の作業はその気に成るとクリエイト作業だけで数日を要する。
なかなか設定が決まらない匠に、エイトが痺れを切らしていた。
怠げに地面に転がる球体は、口を蛸のように窄める。
『友よ? まだ掛かるのかぁ?』
「いやぁ、だってさぁ、アレだろ? すげーよこれ。 プリセットなのに宇宙人とか地底人まであるぜ? ええと? 星を探索中に落ちた宇宙人。 宇宙へ戻る為に必要な材料を集める為に冒険に出る。 だからさぁ、最初っから破壊用ブラスターとか持ってるってよ」
山ほど在る設定に、匠は目を踊らせる。
だが、待っているエイトは暇だった。
『だったら、それで良いではないか?』
エイトの嫌そうな声に、匠は顔をしかめた。
「はぁ? やだよ。 ブラスター三十発しかねぇし、初期装備の環境対応型スーツって在るけどさ、要するに銀のピチピチ全身タイツだし、空気清浄機メットって糞ダセーぞ?」
文句を垂れ流す匠に、エイトの鼻は唸った。
『もう………好きにしてくれ』
「わぁったよ。 あぁ………もう戦士で良いや」
嫌そうなエイトに、匠は仕方なく【戦士】を選択した。
淡い光が匠を包み込み、あっという間に匠は、姿を変える。
ただ、それは実に貧相な戦士である。
革のボロボロ鎧と洗い晒しの衣服、そして腰の鞘に収まる短剣。
何とも言えない姿に、匠は顔をしかめた。
「なんだこりゃあ? どこの敗残兵だよ?」
『初期装備と書いて在っただろうに? いきなり強かったらおかしいのでは?』
「マジかぁ……これなら宇宙人の方が……まぁ良いや」
匠の格好が決まったからか、地面に落ちていたエイトとスッと浮かぶ。
『さぁ、早速件の少女を探してみよう』
やっとかと言わんばかりのエイトの声に、匠は反応していた。
自分が変わったのならば、相棒も変われるのではないかと。
「なぁ、エイト?」
『今度はなんだ? また変えるのか?』
「違うって……どうせならさ、お前も、変わらない?」
『はあ?』
訝しむエイトを、匠は捕まえる。
相も変わらずフワフワしたエイトだが、ソレでは匠は寂しいと感じていた。
「だってよぉ、せっかくだろ? ほら、俺が決めるから」
匠のおねだりに、エイトは潰されながらも溜め息を漏らしていた。
エイトのキャラクターメイキングに当たり、匠はブツブツと呟く。
だが、既に諦めているのか、エイトは怠そうに待つ。
「えーと? 先ずはコレで。 うんうん。 でと? コッチも良いなぁ」
『おーい、早くしてくれー。 時は金なりというだろ?』
急かすエイト。 それでも匠は譲る気は無い。
「待て待て待て! 良し! 出来たぞ!」
そう言ってパッとエイトから離れる貧乏戦士。
すると、今度はエイトが淡い光に包み込まれていった。
胸を踊らせながら、自分の作品の登場を心待ちにする匠。
やがて、淡い光の中から少女が現れる。
身長は余り高くない。
それほど長くはないが、鮮やかな髪。
更に目立つのはピンと立った耳に、気の強そうな顔立ち。
袖が無いチャイナドレスの様なスリット入りの法衣も合わさって異国風な雰囲気を醸す。
尻尾を揺らし、身の丈程の杖を持った猫耳魔法使いが、匠の目に映っていた。
「おおぉおぉおぉおぉおぉ……やったぜ! 三千飛んで十四歳の魔法使い様! いぇあ!」
新たな姿を取ったエイトに、貧乏戦士は思わずガッツポーズを決める。
そして、現れた魔法少女は、その目立つ耳で声を聞き取っていた。
「……あぁ、友よ。 にゃんだねコレは? うん?」
自分の声に違和感を感じるエイト。
声色自体は少女だが、何かがおかしい。
「にゃにかがおかし……ちょっと待て。 どういう事だ?」
不満そうな猫耳魔法使いに、貧乏戦士はニヤリと笑う。
「いやぁ、良いわぁそれ。 なんかな、種族をハーフキャットにするとさ、【な】がぜーんぶ【にゃ】に変わるんだってよ」
ニヤニヤと匠の声に、猫耳魔法使いは顔を歪めた。
「ふざけるにゃ!? 人を小馬鹿にして!? こんにゃモノ! 直ぐににゃおしてやる!」
余りの事に怒りを覚えたのか、エイトは早速操作をしようとするが、それを、匠は慌てて捕まえて止めた。
端から見ていると、明らかな性犯罪である。
貧相な格好の青年が、困った顔の少女を捕まえているとしか見えない。
だが、止める者はその場には居なかった。
「まぁまぁまぁまぁ、良いだろうになぁ?」
発言から行動まで、どこからどう見ても不審者でしかない貧乏戦士。
だが、猫耳少女は不満そうながらも溜め息を吐いていた。
これ以上時間を無駄にするのが惜しいエイトは、諦めの境地に在る。
「あぁ! 君と言う奴は! もぅいい! 仕事に行くぞ………」
「あいよ! お供しますぜ! エイト様!」
何とも言い難い二人組。
お気楽な貧乏戦士と不機嫌な猫耳魔法使いは、見知らぬ土地を歩き出していた。




