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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
シックス
36/142

冒険に出よう その3


「ははぁ、とりあえず、問題が在ればお聞かせ願いたいのですが」


 そう言うと、匠はクリップボードと紙を取り出す。

 仕事として引き受ける以上、契約書は要る。


 実際、藤原に頼まれた【幽霊退治】など、契約書が無かったばかりに無報酬である。

 とは言え、壊した物の総額を調べると、とてもではないが請求しようとも思えなかった。

 

 次こそはただ働きはするなという店長である田上の言葉に、匠は倣う。


「あの……此処では少し」


 匠に用紙を出された男性は、困った顔を見せる。

 こういった客は珍しいモノではなかった。 

 

 時折、小中学校も出ていない様な子供ですら、時には親に内緒でトラブルバスターを頼みに来る時もある。


【アダルトサイトを見ていたら、こんな請求が来ました、たすけて!】

【彼女が欲しくて出逢い系に登録したら、変なのが来ました、なんとかして!】

【SNSしてたら人間関係に困っています。 どうしたら?】


 その手の類ならば、だいぶ慣れて来た匠は、別に驚きはしなかった。

 やはり、誰かに下手に聴かれたくない事も在るのは分かる。


「そうですか。 では、住所を教えて頂ければ此方からお伺いしますが?」


 匠がそう言うと、男性は外を手で示す。

 窓ガラス越しに外を覗くと、匠の知らない高級外車が留まっていた。


「出来れば、自宅の方までご足労願いたいのです」


 男性の声に、匠はポリポリと頭を掻いた。

 内心では、面倒くさいと思うが、困っている様子を見て見ぬ振りをする気はない。


「はぁ、分かりました」


 仕事ならば仕方ないと、匠は男性の申し出に同意を示していた。


  *


 移動の為だと乗せられたら高級外車の乗り心地は悪くはなかった。

 次に車が到着したのは、街外れの豪邸。


 高さこそ二階建てだが、横に広く、豪華な玄関も広くよく手入れされた庭も言うことはない。


 そして、大きな玄関を通り抜け、応接間へと匠は通された。


 スリッパ越しでも分かるフカフカとしたカーペットに、高い天井、上品な木目の壁も素晴らしく、照明や調度品も嫌みでない程度に質の良さが窺える。

 そして、何人かの使用人まで居るとなると匠は目を見張った。

 

「自己紹介が遅れました。 柳沢と申します」

「この度はご足労ありがとうございます。 柳沢の家内で御座います」


 上座には依頼人とその妻が座り、下座へと匠は通される。

 下座でも、ソファーの座り心地は非常に良い。 


「あ、どうも田上電気店の加藤です。 では、早速お話をお聞かせ願いたいのですが」


 ただ、其処で話された依頼の内容は、実に奇妙であった。


「こんな事をいきなり言うとおかしいと想われるかも知れません。 私達の娘は死にました」


 匠からすれば、正にいきなりの話でしかない。

 誰が死んだと言われても、それは葬儀屋に言うべきなのではないかと思う。


「はぁ、それは……お悔やみを」

 

 自分からすれば、特に何とも思わない匠だが、一応の言葉を送る。

 だが、話は終わった訳ではない。


「ですが、死んだ筈の娘は、まだゲームの中に居るらしいのです」


 沈痛な面持ちで、依頼人である紳士はそう言う。

 匠は、半信半疑であった。


「はぁ……娘さんが、ゲームに」


 幽霊として扱われたナナですら、人工知能の類であり、空気中に浮遊している様な正体不明の何かではない。

 

 ゲームの中に居る。 そう言われても、匠はピンと来なかった。

 

「馬鹿な親の戯言と聞こえるかも知れません。 ですが、私と家内は、娘の…………瑠奈の魂が生きている事を信じたいのです。 貴方はその手の問題の専門家とお聞きしました。 だから瑠奈を探して欲しいのです!」


 と、いうのが今回の依頼である。

 

 話を聞いた匠だが、困ってしまった。

 電子機器には疎い匠だが、ゲームをから死んだ娘を引っ張り出して来いという。

 普通に聞けば、むちゃくちゃとしか思えない。

 

 かつて、小坊主が屏風の虎を捕まえろと言われたが、頓知が得意な小坊主ですら、屏風から虎を抜き出す事は出来なかった。

   

 にもかかわらず、依頼人はそれをやってくれと言う。

 

 依頼人夫妻に、お為ごかしを言うことは出来る。


 死んだ娘さんは、あなた達の心の中で生き続けているだろうと。 

 だが、わざわざそう言いに来た訳でもない。

 

【そうですか、お帰りください】では仕事に成らないのだ。


 とは言え、事が事だけに思案する。


「えっと、娘さんですが……あ、失礼。 聞き辛い事をお尋ねしますよ? 娘さんは……あ、その……死ぬ前に何かしてましたか?」


 匠の質問に、家内と紹介された女性は、手で顔を覆って泣き出してしまう。


「あ、すみません……その、すみません」


 余計な事を聞いてしまったのかと匠は慌てるが、依頼人の男性はゆったりと首を横へ振った。


「お気になさらないでください。 貴方が悪い訳ではないのです。 松永!」


 妻の背中を撫でつつ、依頼人はそう言うと、横で控えている使用人に頷いて見せる。


「畏まりました。 少々お待ちを」


 恭しく頭を下げたのは、松永と呼ばれた使用人。

 サッと応接間を離れたが、程なく、松永は何かを持って現れる。


 匠の前に、意外なモノが置かれていた。


「……あー、コレは。 ゲーム機……ですね」


 パッと見ても、それ以外の感想は出ない。

 市販品のゲームハードであり、それに連なるコントローラーにゴーグル。


 ごく一般的な製品でしかなく、子供でも買える品であった。

 とりあえず見たままを匠が告げると、柳沢も頷き、スッとゴーグルを手に取った。


「馬鹿な親ですよね。 娘は、死ぬまでコレでゲームをしていたらしいのです。 実家に置いておけば良かったのですがね、若いからでしょうなぁ、一人暮らしがしたいと言いましてね。 それで……放任した私の責任でしょうな。 結果はこの様です」


 そんな声に、匠は、なる程と感じた。  


 もし、死んだという少女が自宅に居れば、親、或いは使用人が死ぬ前にゲームを止めさせただろう。

 嫌がろうとも、無理やりにでも。

 

 だが、家から離れた一人暮らしともなれば、そうも行かない。

 それでも、死ぬまでゲームをするという事が匠には気に掛かった。


 普通ならば、まず不可能だ。


 ゲームを続ければ疲れ、動かずとも空腹は起こり、喉も乾く。

 加えて、生理現象も逆らえない。 下手をすれば垂れ流しに成ってしまう。

 

 つまりは、この機械かソフトに何らかの問題が在るのかと推察する他はない。


「あの……とりあえずソレ、少し調べてみたいのですが?」

 

 恐る恐る匠がそう言う。

 本心を言えば、匠は電子機器に関しては未だに苦手であった。

 調べるにしても、自分だけでは電源が入るかどうかしか出来ない。


 匠の声に、柳沢は持っていたゴーグルをソッと置いた。


「………どうぞ、お持ちください」


 そう言われた匠だが、この場で調べる訳にも行かなかった。

 道具も無ければ、知識も足らない。


 で在れば、助けを求める必要が在った。


「……おっと、すみません。 あの、お手洗いをお借りしたいのですが?」


 匠がそう言うと、柳沢は使用人に顎をしゃくる。


 サッと匠に近寄る使用人の松永。


「此方です。 どうぞ」「すみません」


 場に居る人に頭をペコペコと下げ、匠は使用人の松永に続いた。


  * 


「ごゆっくりどうぞ」


 そんな言葉を背に、匠は邸宅内のトイレへと案内された。

  

 ドアを開けて中に入る訳だが、匠は中の設備に目を見張る。

 空間自体の広さもさることながら、専用の流し台に、男性用の小便器に、ドア付きの便器。


 それを見て、匠は息を漏らした。


「すげーな。 こんなん成ってんだ」

 

 そのまま住めそうな程に広いが、そうもしては居られない。

 とりあえず蓋を下ろした便器へ腰掛け、ポケットから携帯端末スマートフォンを取り出す。


「よ、エイト」

 

 匠の呼び掛けに、画面にはパッとエイトが現れた。


『どうした、友よ?』

「さっきの話し聴いてたか? 」

  

 匠の質問に、歪な円は縦に揺れる。


『あぁ、聴いていたさ。 ただ、私からすれば不可解だがね』

「だよなぁ? どう思う? ゲームから女引っ張り出せるか?」


 今度は、歪は丸は横へ揺れた。


『無理だな。 聞いた話だけを吟味すると、瑠奈とやらは死んでいる。 全知全能だという神様ならば、或いはその死んだ筈の人間をパッと出せるかも知れないが、私達にそんな力は無い』

「そう言うなよ。 なんか、上手い手がねぇかなぁ」


 困った匠の声に、エイトも思案を始める。

 数秒間、たっぷり時間を掛けて、エイトは在る答えに辿り着いた。


『仮にホントにその娘がゲーム内に居たとしよう。 もしそうなら、そのまま抜き出せ、というのは確かに無理だろうが、形を変えたやりかたなら、或いは……』


 そんな声に、匠は顔を明るくする。

 

「流石だぜ。 で、どうする?」

『この場で、はいどうぞ、というのは無理だ。 で在れば、少し時間が掛かりますといってくれ。 それと、あのゲーム機を借りるのを忘れるなよ?』


 エイトの提案は、差ほど難しいモノではない。

 それを受けた匠は、エイトに頷いてみせる。


「オッケイだ。 任せろよ」

『上手くやるのだぞ? 友よ』


 匠に仕事を任せ、エイトは画面から姿を消した。

 

 如何にも用を足しましたと装う為に水を流し、手を洗ってからトイレの外に出る。

 すると、やはりなのか、松永が待っていた。


「すみません、お待たせしたようで」

「いえいえ、構いませんよ」


 ぺこりと頭を下げ合う匠と松永。 

 応接室へと戻る間、松永が先に立って歩くが、その足は遅い。


「あの~……松永……さん?」

「この様な事は、使用人の私が言うべきではないのでしょうが、出来るのでしょうか? 瑠奈るな様をゲームから出すなど」

「やってみないことには………まぁ」


 松永の声に、匠は曖昧に返す。 実際に出来るかどうかはまだ分からない。

 匠の前を行く使用人は、ため息を漏らしていた。 

 

「正直なところ。 私は、あの方には帰って来ては欲しくありませんので」


 松永の声は、使用人としては越権行為だが、匠には関係は無い。

 それどころか、情報としてであれば、聞いておきたかった。


「と、言いますと? 何か在ったんですか?」


 先を促す匠に、松永の足は益々遅くなる。

 どうやら、愚痴を漏らしたいのだと分かる。


「瑠奈お嬢様は、失礼ながら余り御賢明なお方ではありません。 ご兄弟のお二人に比べますと、些か人としては問題が多かったので」


 使用人の愚痴とも取れるが、それを聞いた匠は鼻を唸らせる、

 何故少女がわざわざ豪華な家を出たのか、分かった気がした。


「問題……と、言われますと?」

「お嬢様は、ゲームを始めてからのめり込んでいらっしゃられた。 学校へも行かず、段々と、家族と過ごすよりも、架空の世界に入り浸る時間が延びていきました。 最後は、私達がウザいと仰せられ、お一人で過ごすと、マンションまで借りていましたから。 まぁ、手配は私が致しましたが」


 ため息混じりの声に、匠は目を泳がせる。 


「あー、松永さんは……その…」


 はっきりと言うべきか迷う匠に、松永は肩を竦めた。


「私的な意見なのでお忘れください。 ですが、正直御夫妻にはお嬢様の事は忘れて欲しいと思っていますよ。 瑠奈お嬢様はお亡くなりに成られた。 あの子は可愛かったんだという美しい思い出だけで十分でないのかと」


 松永の言葉は、死人に鞭を打つようでもある。

 だが、匠は特に何も言わない。 他人の人間関係まで口を出すのは筋が違った。

   

  *


「調べるに当たり、お時間を頂きたいのです。 まだ、何とも言えませんので」


 応接室へと戻るなり、匠はそう言う。


「分かりました」


 柳沢夫妻も、特に反論はせず、夫の方が懐から何かを取り出す。

 それは、名前が書かれていない小切手であった。


「もし、成功したならば、これだけお支払い致します。 なので、どうか……娘を」 

 

 そんな声に、匠はチラリと額面を見る。

 小切手に書かれた額は【10000000】と在った。

 見たこともない額面に、匠は思わず唾を飲む。


 前回のただ働きとは違い、実に魅力的な金額に、匠は目を疑っていた。


「と、とりあえず、それはしまってください。 まだ、着手すらしていないので」


 パッと小切手を受け取る訳には行かない。

 仕事もこなさず取ったと在れば、詐欺師に成ってしまう。


 時間は稼いだ匠は、テーブルに置かれたままのゲーム機を手に取る。


「あと、調べたいので………此方をお借りしたいのですが?」

「どうぞ、お持ちください。 私達には必要が無いモノですから」


 とりあえずエイトの作戦を遂行する匠は、時間と機器を手に入れていた。


  *


 柳沢の豪邸から、車で自宅へと送られた匠。

 戻ってみると、自分の住まいが貧相に見える。


 ゲーム機と装具一式が入ったダンボール箱を抱えつつ、フゥと息を吐いた。


「あー、やっぱり俺ってコッチなんだよなぁ」


 凄まじい違いに匠は寂しく声を漏らすが、作業服のポケットがブルブルと震える。


『遊んでいる暇は無いぞ! さっさと仕事に入ろう!』


 ポケットからは、エイトの促す声。

 

「はいはい、やりま~す!」


 匠は無理にでも張り切る。 なにせ大きな報酬が掛かっていた。

 上手く行けば、安アパートからマンションや一戸建てまで転居が可能である。


 将来に夢を馳せ、匠はアパートの階段を駆け上がった。

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