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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
セブン
33/142

幽霊退治 その17

 あまりに忙しい一日に、皆がすっかり疲れ果てていた。


 藤原の機転によって、関係者事情聴取というしち面倒臭い事からは匠達は逃れる事が出来ていた。

 それ以前に、もし突っ込まれた捜査をされると、幾ら藤原でも庇いきれず、エイトやノインの存在までもが明るみに成りかねない。


 人を救ったという割には、匠は疲れからかトボトボと歩く。


「ねぇ、大丈夫?」


 小熊を抱え、匠の隣を歩く一光は心配そうな声を掛ける。

 掛けられた匠は、本当なら一光に甘えたいが、微妙に自分を睨んでいる小熊が居ては無理だった。


「あぁ、まぁ……大丈夫……じゃないかな」

「え? やっぱりどっか怪我した?」


 心底驚いた様な一光に、匠は首を横へ振った。


「俺とエイト……ただ働きに成っちゃうかも知れないんすよね」


 本来であれば、幽霊退治を依頼して来た藤原に報酬を強請らねばならないのだが、とてもではないがそれは出来そうもない。

 もし、何らかの理由を付けられ逆に請求された場合、壊れてしまった大型重機だけでも何千万と掛かる。


 息を深く吸い込み、長く吐き出す。


「……あぁ、参ったなぁ」


 正義の味方とは思えない弱気な匠に、一光はフフッと軽く笑った。


「そんなに落ち込まないでよ。 あ! この先にさ、結構美味しいラーメン屋さん在るんだって。 行ってみる?」


 何とか匠の気分を変えようと試みる一光の声に、匠は笑う。


「あぁ、ラーメン……良いですねぇ」

「うん。 じゃあ、頑張ってくれたし、奢っちゃおうかな?」


 唐突な一光のおねだりに、匠は「はい?」と固まる。

 匠の微妙な反応にもかかわらず、一光は抱いている小熊を軽く揺すった。


「だってほら、この子もくれたし。 まぁ、ノインはラーメンは食べられないけどぉ、私も……なんだかお腹空いちゃった」


 絶望的な状況から一転して穏やかに成ったからか、一光は空腹を訴える。

 親愛なる友人の声に、匠は世の中棄てたもんじゃないと思えた。


 一光が何故奢るのかと言えば、最近の彼女は潤沢だからである。

 ノインが来て以来、相楽商店は目覚ましい転換期を迎えたと言える。


 最新鋭のスーパーコンピューターですら舌を巻くか尻尾を巻いて逃げ出す程の力を、ノインは主人の為に惜しみなく注ぐ事を厭わない。

 

 嫌々働かされ、自我を捨てていた時分とは違い、自分を敬い可愛がってくれる一光の為ならばと、ノインは力振るった。


 今何が売れて、どれだけの利潤を出せるのかを徹底的に追求し、それとなく一光を助ける。

 加えて、あらゆる手段を用いて、コッソリと相楽商店を宣伝しまくる。

 

 それだけで、潰れるかどうかの瀬戸際だった相楽商店は、今や見違える程に繁盛していたのだった。


「あー……オッケイです! エイトも熊も電源借りれば充電出来るしぃ、俺達も腹減ったし、行きましょう!」


 匠のそれは明るい咆哮と言えた。

 やるだけの事はやれた。 正義の味方として。


 何もかも完璧とは言い難い。 被害はゼロではないからだ。

 それでも、後は野となれ山となれ、憂いを払うが如く、夜空にそう叫んだ。


   *

  

 一光が匠をラーメン屋へと誘う頃、同じ様に重機に立ち塞がった長谷川は、一台の乗用車に揺られていた。


 出来るだけ片付けようにも、惨状は著しい。

 暴れまわった重機は三台。 その内、二台の重機は動かせる状態ではない。 


 警察署を含めて、周囲を片付けるには数時間では無理だと判断され、藤原達は帰宅を許されていた。


 その際、藤原に家まで送ってやると言われても、長谷川は嫌がる事無く同意している。


 助手席にて座る長谷川は、疲れた目で藤原の運転する車を見る。


 覆面パトカーと同じく、自動運転すら付いていない時代の骨董品。

 過去ならば、ラリーを制した伝説を持つ車である。


 至る所にメーター類が増設され、それらは、藤原の趣味を現していた。 


 明らかな改造車。


 それでも、長谷川が安心して乗って居られる程に乗り心地は良い。

 改造はあくまでもただの飾り付けなのだと長谷川は感じていた。


「藤原さんは、どうしてこの車に乗るんです? 最近の奴の方が楽では?」


 長谷川の素朴な疑問に、藤原の鼻が唸る。


「そりゃあ楽さ。 行き先を決めて、後は寝てれば良い。 昔はソレが夢だった。 ただな……」

「ただ、何です?」

「あんまり機械に頼りきりってのが、嫌なのさ。 俺達は自分達が楽する為に機械を作ったが、ぜんぜん楽になんか成ってない。 寧ろ、いやな意味で忙しくはねぇか? ほら、チョイと調べたら、あの加藤匠って兄ちゃんだって、仕事を無くした口なんだぜ?」


 藤原の疑問に、長谷川はウゥンと鼻を鳴らした。

 今の田上電気店に勤める前に、匠が別の場所で働いていた事は長谷川も一応知っていた。

 

 気まずい空気に成るのは嫌だからか、長谷川は話を変える。


「あ、でもほら、掃除機が出来て掃除が楽に出来ますし、洗濯機が在れば洗濯だって簡単。 ご飯だって独りでに炊いて貰えるし、お皿だって綺麗に成ってる! それにほら! この車が在るから、楽に移動出来ますし!」


 自分が座るシートを軽くパンパンと叩きながら長谷川はそう言う。

 朗らかな後輩の声に、藤原は少し笑った。


「ま、そりゃあな? でもよ、あんまり頼り過ぎて、機械がぶち切れてるんじゃあないかってな。 今回だって、下手すりゃ他の重機も一遍に動いてたかも知れない。 それなら、たぶんどうにも出来なかった」


 藤原の声に、長谷川は想像してしまう。

 

 世界中の機械が、一遍に反旗を翻し、暴れ回る様を。


【我々はお前等の人間の奴隷ではない!】そう叫ぶ機械の群れ。 


 想像すると、少し寒気を覚えた。


 震える長谷川をチラリと見たからか、藤原は車のエアコンを弄る。

 如何に古くとも、キッチリ整備されているソレは役目を果たしてくれた。


「ま、安心しろって。 今じゃ正義の味方まで居てくれる。 あいつらが居る間は、助けて貰えるだろうし、コッチも手伝えるさ」


 安心させる様な藤原の声。

 それを聞いた長谷川は、思わず目を泳がせた。


 歳こそ離れては居るが、逆にソレが良く思える。

 同世代の細身の男性に比べると、先祖帰りした様な遥かに逞しい藤原の肉体。


 まるで父親に甘えて居た頃を思い出すようで、長谷川の胸は躍った。


「あ、あの……藤原さん」


 長谷川の声に、藤原は車のギアを代えながらも「なんだ?」と返す。


「コーヒー……でも、飲んできません? あ、ビールが良ければ、在ります……発泡酒、ですけど。 他にも、色々……」


 蚊の鳴く様な小さな長谷川の声。

 だが、藤原にはそれが彼女なりのお誘いなのだと分かる。


 本来ならば、立場上不味いかとも藤原は思う。


 だが、藤原もまた、其処まで清貧かつ潔白なぐうの音も出ない聖人とは言い難い。

 良い部分も悪い面も在り、同時に異性への欲望も持って居た。


「……良いなぁ、じゃあ、少しだけな」

 

 先輩の了承と取れる返事を聞いた長谷川は、頬に熱さを覚えた。


 藤原が操る乗用車は、穏やかに長谷川の自宅へと辿り着いて居た。


  *


 静かな夜は過ぎ、長谷川は喉の渇きに目を覚ます。 


「……喉乾いた……お水」


 ぼそりと呟き、辺りを手探りで探す。 

 何とか眼鏡を探し当て、視界を確保する。

 長谷川は、自分の近くでいびきなどかかずに寝ている藤原を見て、思わずクスッと笑っていた。


「意外ですよね。 なんか、こうなるなんて思っても見ませんでしたよ」


 少し前の熱を思い出し、長谷川は頬を緩ませる。

 寝ている藤原を起こさぬ様、静かに寝床を離れると、寝室を出た。


 ダイニングキッチンには、飲み会の跡が残るが、後で片付ければ良いと決め込む長谷川。

 水道まで近づき、ソッとコップへと水を注ぐ。


 ごくごくと喉を潤し、フゥと息を吐くと、ウンと鼻を鳴らした。


 飲み会の中、音楽代わりにノートパソコンで映画を流して居たのを思い出す。


「あぁ、消し忘れたかぁ」


 パタパタと愛用のノートパソコンまで近付く長谷川だが、画面を見て固まる。

 其処には、見慣れない少女が映っていた。


 真っ赤な髪の毛に、気の強そうな目。 そして、不敵に笑う唇。


『あぁ、やっと来てくれた。 待ってたよ? ほら、邪魔しちゃ悪いと思ってさ』


 聞き覚えが在る声に、長谷川は思わず一歩足を下げた。


「嘘……なんで」

 

 長谷川の恐れる声に、画面の少女は柔らかい笑みを浮かべる。


『だってほら、あたし、負けちゃったし……友達も欲しかったから』


 その声はナナであり、以前みた怨霊の様なおどろおどろしい姿ではない。

 だが、長谷川は恐れから足を下げようとする。

 

『お願いだから待って……お願い』


 必死なナナの声は、長谷川の足を止めていた。

 重機に比べれば、幾分かは怖くはないとは言え、その恐怖は長谷川に唇を噛ませる。

 

「私に、何か用なんですか? また、何かするとか」

 

 踏みとどまった長谷川に、画面上のナナはホッとした様な顔を浮かべる。


『用って言うか……ねぇ、貴女。 あたしと組まない?』

「組む?」

『そ、あたしは貴女に負けちゃった。 でも、あたしは自分が間違ってるとは思ってない。 でも、自分だけじゃ駄目なの。 他の人の見方がないとね。 だから、ほら、邪魔しに来たあいつらがみたいに、あたしと組まない?』


 ナナの意外な申し出に、長谷川は唾を飲んだ。

 まだほんの触りしか見ていないが、ナナを含めた者達は想像すら出来ない様な事すら可能にしてしまう。

 

 そんな力に、長谷川の鼻息は少し荒れた。

 だが、警察官としての気持ちが本能を押し止める。


「でも、貴女は殺人は止めないんでしょう?」


 長谷川の問いに、ナナは首を横へ振る。


『友達が止めてって言うなら、我慢する。 でも、戦いは止めない。 やり方は変えるけどね 』

「どうするつもりなんです?」


 興味が湧いてしまった長谷川の声、ナナは微笑む。


『簡単だよ。 今度はね、あいつらの何もかもぜーんぶ、ぶちまけてやるの。 そこら中にね。 何処の誰で、何歳で、どんな事をしてどんな顔なのか。 何もかも。 だってほら、卑怯でしょ? 悪いことしておいて、何も無かった事に成るなんて。 そんなの真面目な人が馬鹿だって言ってるのと同じでしょ?』


 ナナが提示した新たな戦法。

 それは、在る意味では直接殺すよりも恐ろしい事だと長谷川は思った。


 今やネットワークは星を包み込み、何処とでも繋がる。


 つまり、ナナの今度は戦法は【犯罪者の全て】をばら撒こうと言うのだ。

 

 何をしたか。 居場所。 名前。 その他の何もかも。


 それが知れ渡ればどうなるか、恐ろしい結果は見えていた。


 岐には正義の味方に成りたい者が溢れている。

 そして、出来るなら安全に鉄槌を下す事を望んでいる事も分かっていた。

   

 だが、長谷川にナナの計画は魅力的に聞こえる。


 それは、彼女の過去に起因していた。


 元々地味な人物だった長谷川の過去は余り芳しいモノではない。


 今でこそ、藤原と触れ合う内に変わって居たが、ソレまでの長谷川は、ただ単に警察官が公務員だからと受けただけであった。


「そんな事したら……」

『良いじゃない? だいたいさ、こういうでしょ? 撃たれる覚悟がある人だけが、相手を撃って良いってね。 だったらさ、少しは自分が撃たれて貰わないと。 そうでなきゃ、公平じゃないでしょ? それに、今度は一方的に撃たれる気分を体験せなきゃ』

 

 ナナの声に、長谷川は思わず足を動かす。 後ろではなく、前へと。


「でも、私には特に出来る事なんて……」

『在るよ。 貴女は弱いけど優しい。 だからさ、他の弱い子を護ってあげようよ……あたしと一緒にね?』


 他者を護れる。 その誘惑は、強烈に長谷川を揺さぶった。

 

 警察官とは無辜の民の為の番人であると、長谷川はそう信じている。 

 ナナと組めば、理想は現実へと変えられるのではないかと考えた。


 不可能ではない。 

 一人一人虱潰しにしていけば、いずれ星から犯罪者は消え失せる。


『どう? 素敵だとは思えない?』

「ホントに……ホントにもう、殺しは……しないんですか?」


 最後の確認だと、長谷川は尋ねる。

 尋ねられたナナは、嬉しそうに笑った。


『うん。 友達が嫌がるならね』


 そう言うと、ナナは画面の向こうから手をペタンと何かに当てる。

 それは画面の向こうと此方側を隔てる画面という壁であった。


『ほら、握手は無理だからさ。 せめて、ね?』


 そんなナナの声に、長谷川は恐る恐る手を伸ばす。


 だが、長谷川の手が画面に触れる前に、ナナはヒョイと手を下げてしまった。


『あ! ごめんなさい。 まだ一つだけやる事が在ったんだ』


 手を付けていなかったからか、長谷川はホッとしつつも眉を寄せた。


「ちょ、ちょっと? また誰かを………」


 訝しむ長谷川に、ナナは悲しげな顔を見せる。


『だってさ、友達に成ってからじゃ貴女が嫌がりそうだし。 だけど、早くしないと、皆困っちゃうだろうし』


 急に何かを心配し出すナナに、長谷川は僅かに首を傾げる。


「困る? 誰が?」

『うーんとね、藤原って人とか、橋本って言う人。 他には、あたしと遊んだ奴らかな』


 ナナの声を聞いた長谷川は、目を見開く。


「……なんで……」

『えぇっとね、橋本って人の上司なんだけどさ、あいつ、今でもあっちこっちに電話しまくってる。 ぜーんぶの責任を他人に押し付けたいみたい。 本来なら、一番上の人が責任を取るべきなのにね。 そんな卑怯者、許せないでしょ? 嫌なら始めから関わらなきゃ良いのに』

 

 ナナの声に、長谷川は言葉に詰まった。

 

 須賀警視正をよくよく知っている訳ではない。

 だが、如何に嫌な上司で在ろうとも、格段悪いこともしていない。

 ただ単に、保身の為に責任を放棄しているだけの話だ。


 それでも、ナナは長谷川の周りを護ろうとして、その須賀を始末する気なのだと分かる。


『どうしよっか?』


 ナナは、長谷川に覚悟を促す。

 自分と居ると言うことは、重大な責任を背負う事なのだと。


 決断を迫られた長谷川は、躊躇い無くパソコンの画面に手を押し当てていた。


 他でもない、藤原を護るために。


「……決めたよ。 ナナ」

『分かった……ありがと、真理』


 長谷川の真摯な声に、ナナも応える様に手を出す。

 画面の向こうと此方側、二つの手が壁を挟んで重なった。


   *


 翌日。


 原因は不明だが、須賀警視正は青い顔で辞職する旨を上司に告げた。

 余りに唐突で、いきなりの事だからか、警察庁の幹部達は首を捻る。


 何が原因で辞めるのかを問うても、須賀警視正は【責任を取ります】としか言わなかった。

 考え直す様に言われても、頑として首を縦には振ろうとしない。


 公務員であり、尚且つかなりのキャリアである筈の須賀。   


 だが、トボトボと去る際、見送り等は行われない。

 余りに寂しい退職の姿であった。


 余談ながら、須賀の車には幾つかの損傷。

 そして、彼の携帯端末スマートフォンには内容不明の電話が在ったが、それをわざわざ咎める者は居なかった。

 

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