幽霊退治 その16
立ち塞がる長谷川と一光の姿に、ナナは負けを感じた。
本来、自分の標的ではない者を殺すのは、ナナの規則に反する。
生身の人間などあっという間に潰せる重機は、二人の為に動けずに居る。
更なる脅しを掛けるつもりは無い。
今まで散々逃げ出す様に仕向けたのだか、相手は逃げてくれなかった。
この時点で、ナナは自分が仕掛けたゲームに負けた事を認めていた。
『ゲームオーバー……しょうがないね』
何かのテレビゲームで負けた様な残念そうな声が、重機から静かに響く。
高々と威嚇する様に持ち上げられていた腕は、静かに下りた。
『……ソッチの勝ちだし。 じゃあね?』
まるで別れを告げる様な声と共に、重機の至る所に灯っていた作動中を示すランプは消え、そのエンジン迄もが動きを止める。
幽霊と呼ばれたナナは去り、静寂が辺りを包んでいた。
何が起こったのか分からない警察官達は呆気に取られ、たっぷり三秒は固まる。
だが、逃げなかった自分達が勝ったという事実に、場は沸いた。
逃げなかった事を互いを誉め、生還した事を互いを慰め合う。
そんな中、長谷川はその場に腰が抜けた様に座り込んでしまう。
後輩のその様を見ていた藤原は、慌てて長谷川の元へと駆け出す。
「長谷川! おい! 大丈夫か!?」
急いで駆け付けた藤原は、長谷川を見る。
プルプルと震えていた長谷川だが、急に顔をくしゃくしゃに崩し、鼻をスンスンと鳴らしていた。
「ふじ……ふじわらさぁん」
嗚咽が混じったからか、長谷川の声はまるで幼女である。
先輩に抱き付き、「こわかったです」と泣く。
そんな後輩の背を、藤原は優しく撫でていた。
「マジで俺もビビったぜ。 小便チビるかと思ったよ」
出来るだけ長谷川を宥める藤原の声に、周りの目など無視して泣く。
ただ、泣き出す長谷川とは違い、一光は慌てて駆けだしていた。
匠とノイン、そしてエイトはまだ無事か分からない。
額に嫌な汗が出ても、構わず一光は走っていた。
*
一光が走る中、匠はと言えば、一応無事ではあった。
激しく揺さぶられたせいか、軽い脳震盪に悩まされつつも怪我は無い。
無論、ナナが操縦席を狙っていれば、匠は今頃、潰れた操縦席の中で挽き肉と化していただろう。
「……あぁぁぁ……くっそ。 エラい目に遭っちまった」
呻きながら、頭を軽く振る匠は、同じ様に倒れていた小熊をソッと持ち上げる。
「おい熊! 生きてるか?」
そう尋ねると、目をクルクルとさせていたノインは、バッと小さな腕を上げ匠の頬を叩いた。
フワフワとした手である以上、痛みは無い。
だが、いきなりの平手打ちには驚いてしまう。
「あ、なにすんだ! このアホ熊!?」
『馬鹿はソッチなのです! あのままキッチリ戦えば勝てたのに!? 貴方のせいで台無しなのです! やっぱり僕のご主人様の言うとおり! 貴方はブキッチョなんです!』
ノインは不満を露わにした。
言葉通り、エイトが操る警備ドロイドがやられたとしても、実際には匠が有利であった事に変わりはない。
一光という主の手前、成るべくならばカッコ良く、尚且つ穏便に事を解決したかったノインからすれば、匠の失態に怒っていた。
小熊に叱られた匠は、ムッとしつつもウゥと唸る。
下手をすれば、死んでいたかも知れない事は明白であった。
「……悪かったよ。 ちぇっ、ホントに可愛げが無いぜ」
悪態付きながらも、プンスカ愚痴を垂れる小熊を抱え、重機の外へと降りる匠。
周りの惨状は酷かった。
三台もの大型重機が暴れ回ったからか、路上の舗装は勿論、何台もの車両、加えて周りの建物にまで被害は及んでいる。
「うへぇ、やっべえなぁ。 こりゃあ損害が幾らかわかんねぇぞ」
『コラ! ちゃんと僕のお説教を聞くのです!!』
怒る小熊を抱えつつ、匠は思わずこの先のことを考えるが、それ以上にエイトの事が気に掛かっていた。
「そうだ……エイトは何処だ!?」
何処に飛ばされたのか分からない相棒を捜そうとする匠の耳に、「大丈夫!?」と必死な声が響く。
声の主は、一光であった。
駆け寄るなり、一光は匠とノインを纏めて自分の腕に抱く。
「良かったぁ……心配したんだぞ」
少し目尻に涙を浮かべつつ、一光は安堵する。
匠の目は明後日の方を向き「あ、ありがとうございます」と答え、小熊は『キュウ』と鳴いて一光に抱き付いていた。
暫しの間、一光は匠と小熊の無事を確認していたが、スッと顔を上げた。
「あれ? ところで、アプリさんは?」
未だにエイトをエイトと呼ばない一光だが、ソレを聞いた匠は慌てて顔を青くする。
「やべ!? ちょ、一光さん、熊! 探すの手伝ってくれ!!」
そうして、重機に飛ばされたエイト探しが始まった、
どちらに飛ばされたのかは匠は覚えていないが、ノインがエイトを探してくれる。
匠と小熊を抱えた一光は、導きに従い走った。
程なく、少し離れた所で匠は警備ドロイドを見付ける。
「……嘘だろ?」
重機に強かに殴られた警備ドロイドは、見る影も無くボロボロであり、残骸と言うに等しい。
フラフラと寄り、残骸を前に匠は膝を落とす。
「エイト……おい、なんで」
警備ドロイドの細部に至るまで動きは無く、修理は出来そうもない。
思わず、匠は残骸を揺さぶった。
「おい、返事しろ!? おい!?」
悲痛な匠の声に、一光は思わず目を背けるが、小熊は首を傾げる。
それに合わせて、残骸の中から声が響いた。
『……き……える……か』
そんな僅かな声に、匠はハッと成る。
「エイトか!? 何処だ!! 何処から喋ってる!!」
動かせそうな場所は動かし、引っ張れそうな場所を引く。
「クソ! 今出してやる!!」
残骸の一部をグッと引き抜くと、其処から匠の携帯端末が見えた。
その画面には、歪なエイト。
『いやー、参った友よ。 バッテリーはもう無いし、どうしたものかと悩んでいたのだ』
大して深刻ではないという声でそう言う携帯端末を、匠は慌てて拾う。
「馬鹿やろう! 心配させやがって!」
相棒を案じる匠の声に、エイトは歪な顔を笑う様に歪める。
『心配してくれるのは有り難い。 だが、友よ。 其処の残骸は私が操作していただけだから、ガワが潰れたとしても私は別に……』
「分かった分かった、少し休め」
匠の声に、エイトは自分が疲れない事は敢えて言わない。
ただ、自分を心配してくれる匠の気持ちを感じて居たかった。
エイトの無事も分かり、一光もホッと胸を撫で下ろす。
「良かったぁ……皆、無事で。 ねぇ? ノイン」
一光というご主人様の優しい声に、小熊は片腕をパッと上げながら『キュウ』と鳴いた。
そんな所へ、藤原が走ってくる。
「おう、お前らこんな所に居たのか」
「あ、藤原さん」
急に現れた藤原に、匠は何か用かと思う。
だが、藤原の言葉は意外なモノだった。
「悪いんだがよ。 今日はこのままフケちまってくれ。 でないと、まだ数時間は付き合って貰わなきゃ成らなくなる」
藤原の声に、匠はげんなりとした。
只でさえ疲れている。 これ以上揉め事は御免こうむりたい。
「そっすか……じゃあまあ、今日はここで。 一光さん行こう!」
「えー、まぁ良いか。 じゃあ藤原さん、また!」
正義の味方の割にはパタパタと逃げていく匠と一光。
それを、藤原は笑いながら見送った。
*
騒ぎは警察署の中でも沸き起こっている。
あちらこちらで歓声が轟き、騒がしかった、
そんな中でも、橋本は顔をしかめている。
事件こそ終わったが、被害は甚大であり、その犯人が捕まえられるとは思って居ない。
「あ~あ……どうしたもんかなぁ」
警視としての立場上、下の後始末から上への報告と、橋本がやるべき事はまだまだ山積みと言えた。
そんな橋本の後ろでは、須賀警視正がフンと忌々しげに鼻を鳴らす。
「あの暴走した重機の持ち会社、メーカー。 そして、勝手に動いた現場の奴らに責任を取らせてやる!」
須賀の声に、橋本は目を窄めた。
「いや、須賀さん。 それはないんじゃあないですか?」
「何を言ってる橋本!? だいたい、あの重機に乗ってた奴は誰だ? 見た所、藤原警部補が何かしていたみたいだが?」
「民間人の協力者って奴です。 だいたい、彼等のお陰で死傷者は居ないみたいですし」
橋本の声に、須賀は近くの長机をバンと叩く。
「そんな事知るか!? 私のキャリアに傷が付いたらどうする!? え?」
そんな上司の声に、橋本は肩を竦めて溜め息を漏らした。
「はいはい、じゃあ僕が被りますよ、それで良いでしょ?」
橋本からすれば、本音である。
元々上昇志向が強いと言う方ではなく、面白そうだからと試験を受けたら偶々昇進したに過ぎない。
天才肌の橋本からすれば、須賀は何かにしがみ付く猿にしか見えなかった。
「そう言えば、あの警備ドロイドは君の手配だったな? 橋本。 お前、あの重機が来ること知ってたのか?」
急に強気を取り戻した須賀に、橋本は関わる気は無い。
「さぁ? 知ってる訳ないでしょうに。 まぁ、報告書の方はお好きにどうぞ?」
それだけ言うと、橋本は飄々と肩を竦め、会議室を後にする。
その背中を、須賀は忌々しく見ていた。
*
駐車場で片付けの手伝いに当たっていた長谷川と藤原。
そんな二人の元へ、ビニール袋を下げた橋本が現れる。
「やや、どうも。 精が出ますな!」
片付けに当たる警察官達へと、ビニール袋から飲み物を渡す橋本。
そして、橋本が近付いて来ることに藤原と長谷川も顔を緩めた。
「ややっじゃあねぇぞキャリア組! コッチが現場でヒーヒー言ってるのによぉ」
茶化す藤原に、橋本も素直に笑う。
「そう言わないでくださいよ。 後片付けの手配とかしてたんですから」
詫びる様にそう言うと、橋本は藤原と長谷川に飲み物を手渡し、後少しで警察署まで辿り着けた重機を見た。
「いやぁ、コレが突っ込んでたら、正直ヤバかったとヒヤヒヤしました」
そう言うと、橋本は辺りを見渡す。
「ところで、今回……あー、協力者様は?」
流石に名前を明かす訳にも行かず、気を付けながら匠達を探す橋本だが、既に姿は見えない。
橋本の疑問に、藤原は渡された飲み物の封を切る。
「ああ、サッサとお帰り願ったぜ。 本来なら、首根っこ抑えてああでもないこうでもないって色々と調書やら何やら取るんだが、ま、アレだけやってくれた奴らにこれ以上迷惑は掛けたくない」
本来で在れば、藤原と長谷川は匠と一光に色々と聞かねば不味い。
如何に協力者で在ろうとも、書類は要る。
だが、十二分に働いてくれた仲間に、更に何かをさせるつもりは無かった。
それは、橋本からしても吝かではない。
「まぁ、そりゃあそうですね」
そう言うと、橋本は重機を見る。
最近はとんとワクワクする機会に出会す事もなかった橋本からすれば、降格処分で現場に戻っても良いと思えた。
だが、長谷川は心配そうに飄々とする橋本を見る。
「でも、橋本さんは大丈夫なんですか?」
そう尋ねられた橋本は、肩を竦めて笑った。
「大丈夫な訳ないんですがね。 でもほら、上でゴマすってるよりもコッチの方が面白そうで」
橋本の声に、藤原は笑い、長谷川は目を丸くしていた。




